ワルフラーン ~廃れし神話
忘れがたき任 ~4 犲の魔人
首都何て探すまでも無い。それも当然ながら、一番栄えているのは最早当然として、首都の周りにはいくつもの障壁や軍隊が張り付いているのだ、分からない筈が無い。
視る限りではそれはアジェンタの首都、フルノワ大帝国の全方位に敷かれていて、付け入るスキなど何処にもない……様に見えるが、肝心な所が空いている。空中だ。この世界は三次元的な空間によって構成されている故、何より魔人という以上、飛行能力を持つ魔人が居ないとも限らない。あの障壁を空中にもっていけないものかと疑問に思うが、どうやら誰一人として空中ががら空きである事に気づいていないらしい。
あの軍隊は揃いも揃って知性の無い案山子なのだろうか。魔人一人一人の力が人間の何倍もある事は周知の事実。だというのにあんな棒立ちで、受け身的では、到底国なんて守れる筈が無い。だから救援を要請したのではないかと言い訳の一つもされるかもしれないが、考えても見てほしい。フルシュガイドがよこしたのは自分一人だ。
確かに魔人の討伐は承った。それは事実だ。だが自分は飽くまで討伐を承っただけであり、国の守護を頼まれている訳ではない。『討伐』と『守護』が、まるで違う事はもはや説明に至らなくとも分かる事だろうが、それでも一部の者は同一のモノと考えているので、ここではっきりと違いは造っておくべきだ。自分は討伐の為に。彼等は守る為にあそこに居るが、守り切れないから救援を要請した……
確かにアルドの行動は実質的には国を守っているのだろう。だが国を守るのは現地騎士の役目であり、アルドは飽くまで『実質』というだけ。守れるかそうでないかは騎士たちの問題だ。自分に頼らないでほしい。おまけに自分一人じゃ、取り敢えず正攻法では魔人一人にも勝てない(あちらは知らないだろうが)。更に言えば王女様に頼み事までされてしまった―――今回の任務は魔人を相手取るという案件から既に困難を極めているが、それを遥かに凌ぐ案件ばかりが続出。騎士団の中では最弱に入る(入りたての新人騎士にも負ける程)アルドが背負えるモノでは到底無い。本当に諦めたいくらいだが……格上を殺せてこそ成長。諦める訳には行かない。
今のアルドが信じるべきものは、どう見ても案山子の群れにしか見えない軍隊の活躍と、国の防衛力と―――何より信じるべきは己の強さだ。最強と言う訳では無く、かといって魔術はからっきし。だがそれでも……信じなくてはこの任務は失敗する。魔人を相手取るという事。王女様の頼みを聞いてやる事。それが今出来るのは、アルドだけなのだから。
一部の軍隊長がこちらに気づき、敵意を露わにするが、戦う気はまるでない。意味が無いのはそうだが、何よりこんな所で実力を見抜かれては困る。出すのは飽くまで王者の覇気。それ以外の何かを悟られる事は許されない。
「主、腕の立つ旅人、或いは高名な騎士とお見受けする。が、しかし! 如何なる者もこの鉄壁を許可なく通る事は許されぬ。名を名乗られよッ」
上空ががら空きの軍隊を鉄壁と称すか。優れた比喩なのは間違いようが無く、彼の知能の高さが窺えるだろう。きっと。
「我が賜りし名はアルド也。其都より救援の要請を受け、馳せ参じた次第。ついては鉄壁と称された軍隊を開き、そこに聳える正門を開門してもらいたく思う」
もはや彼の口調に合わせているだけだが、元来騎士とはこういうものなのだろう。フルシュガイドが如何に緩いかが良く分かるやり取りだ。言っている言葉が難しいだろうが、そこは安心してくれて良い。慣れない言葉に自分も何を言っているのか理解できない故。
軍隊長の男が自分の名前を聞いたその瞬間、表情を嬉々たるものへと変化させ、アルドを抱きしめた。
「おお! 主こそが我ら騎士達の叫びを聞き届けてくれた救世主か! 感謝してもしたりぬこの気持ち! 抱擁以外の何で表せばよいのかッ」
アジェンタ大陸に居るにしては珍しい人種だ。他の兵士達は予想通りの目線でこちらを見ていると言うのに、この男はかなり友好的だ。余りにも友好的過ぎる故に、むしろこちらが動揺してしまう。
言いたい事? ああ―――感謝なら言葉で表してほしい。
「……何か勘違いをしているようですが、私は飽くまで討伐の任を請けたにすぎません。貴方方の任務は守護の筈。一体私は何に感謝されなければならないのでしょう」
「だからこそであろう? 討伐と言う事は、主が成功すればもう我らの負担は無くなると言う事だ! そんな主を救世主と呼ばずして何と呼ぼう! うおおおおおおッ」
背骨が明らかに異常な音を立てている。悲鳴、というレベルでは無いだろう。後数秒でも続けば背骨が折れて、戦うどころでは無さそうだ。だが、この男をどける手段は―――
「私は正門を通りたいだけであり、ここで立ち止まっている時間などは無い。迅速な対応をお願いしたい、軍隊長」
「おうや了解! 待っているがいい、直ぐに開門させよう!」
……どうにか平静を装ったが、本当にまずかった。全く。王女様と言い、この軍隊長と言い、例外的な者ばっかりに縁があるのは、果たして幸運なのだろうか。
魔人と戦った訳でもないのに、既に体が持ちそうにないが―――アルドからすればいつもの事だ。なるべく覚られないように、挙動の一つ一つに気を配りつつ、正門を見つめる。
疲れるなんてモノではないが、いつもの訓練よりかはずっと軽いだろう。風は動乱の予兆を孕んでいた。
 フルシュガイド大帝国の内部は平和そのものだ。騎士団や、教会騎士団の働きが、フルシュガイド大帝国内部の人々に平和を与えているのだ。外の村とかの被害はまるで考えていないのが玉に瑕だが、ともかく内部だけは平和だ。それは自分と妹の生活を見て頂ければ、十分に理解できると思う。
だがアジェンタ大陸首都、フルノワ大帝国では、そんな事は無かった。如何に騎士達に囲まれている内部と言えど、一部はこの包囲の欠点に気づいているようで、不安そうに空を見上げては、足早に自宅に駆け込む者、万引きをする者など、その様子は様々だが、共通する事はと言えば、決して穏やかでは無い事。治安が良いなんてとても言えそうにないし、これが一大陸の首都の具合かと思うと、少々情けない。
だから救援を要請したのだろうが、この治安ばかりはどうする事も出来ない。自分がするのは飽くまで討伐だ。
「おらッ、どけッ!」
食べ物をたくさん抱えた男がこちらに突進してきたが、素人である以上アルドが勝てない道理は無かった。男の突進の力を利用し、逆に床へと叩きつける。男の抱えていた食べ物が、周囲に転がった。
見境なく襲い掛かるモノまでいるとは、ここは本当に首都か。まるで崩落寸前だが、それくらい追い詰められているという事なのか。こんな状態で良く他人嫌いを貫きとおせるモノだ。相変わらずこの国の者は攻撃的な視線をぶつけてくる。その姿勢は嫌いじゃないが、好きじゃあない。
王城までは振り返らずに一直線。あまりぐずぐずしていると、王女様の輸送隊が来そうだからだ。あの王女様の性格を考えると自分を見つけ次第何かしらの行動を取りそうで、そうなると自分の考えている作戦が失敗する。それは困る。
仮にも王女のためだ。悪く思わないでほしい。
「……」
アルドは王城の入り口を見据えたまま、苦い顔をして立ち止まる。民達の必死さをよそに、この城は『我、関せず』とばかりに佇んでいる。この安全地帯の中で、王族達は怠惰に塗れた生活を送っているのだろう。全く、こんな状況なのに全く動かないとは、大した肝の持ち主だ。
アルドは僅かな緊張を持ちつつ、扉を開けた。
「そいやッ!」
不意に放たれた不可避の拳。アルドの顔が歪み、瞬間吹き飛ぶ。城壁に叩きつけられた身体が悲鳴を上げて、へし折れる。
「余所者がぁッ、この城に足を踏み入れるなんて、アッ! 何事だッ、ンッ?」
独特な口調でアルドに話掛ける、もとい拳を吹っ掛けてきた男の名前は、アルテゼライ・フーテゼライ。他人を嫌うアジェンタ大陸の中で、特定的に自分を嫌う男だ。そう、この男は普段は軍隊長のような人間で、アジェンタの中では希少な存在なのだ。理由は後述するが、別に危ない人間という訳では無い。只特定の人物を異常なまでに嫌っていて、出会おうものなら拳を飛ばしてくるだけだ。
「お、お前は……俺を感知する能力でもあるのかゴフッ!」
「ン、ン? 俺は余所者を追い出した、アッ! だけだあぜ?」
一応抗議してはみたが、やはり無駄だったか。この男は自分に対してのあらゆる行為に悪意のみを持つ。謝る為の良心なんて微塵もないのだろう。
城壁に埋もれた体を引きずり出して、改めて入り口を跨ぐ。流石に今度は拳を放っては来なかった。
「……まあ冗談は、えッ、置いといて。俺がお前へ……むっ! 任務を出した男だ」
―――団長はこの事を知ったうえで自分に任務を持ちかけてきたのか? 悪趣味以外の何物でもない。だが確定的だ。こいつは―――元フルシュガイドの騎士。そんな彼が『お前へ』と言っているので、これはもう『まさか』ではなく『もしかして』だ。アジェンタ大陸に居ながら、前述のような希少な存在となり得ているのは、そういう理由なのだ。
王女様の頼みを引き受けると決めた以上、彼は最難関の障害だろう。彼はこの大陸で自分の強さを唯一知る人物なのだから、もしばらされたりでもしたら……たまったものでは無い。
「……そうか。そうかそうか。団長が俺に回してきただけだと思ったが、お前が関わっているなら悪意しかねえやな。それで、最弱の俺にどうして任務を?」
アルフは唐突に周囲を見回し、不味いと思ったのだろう、アルドの手を引っ張り、城の隅へと移動した。
「侵攻大隊も編成できないくらいこちらも切羽詰まっていたからと言うのもあるがな……それは表向きの話だ。なあ、お前は王女様から何か聞かなかったか? 例えば、『自分を攫ってほしい』―――とか」
そのあまりにも的確な質問に、アルドは思わず声を荒げた。王女は自分以外に協力者は居ないような口調だった筈だが。
「どうしてそれをッ?」
「静かに静かに。俺だってさっきまでは知らんかったさ。だが―――」
それはやはりあの鍔の長い帽子を被った男の話だった。何をどうやったのかは知らないが、どうやらその男は王女様への協力の一環で、アルフに協力を頼んだらしい。その程度でこの男が動くとは思えなかったが……そもそもこの男は金でアジェンタの騎士になった人物。協力など簡単に取り付けられるのだ。尤も、彼の提示する金額は明らかに常軌を逸している。変に実力があるから尚性質が悪いのは、もはや突っ込まずにはいられない。
「俺は冗談半分に金貨千枚を要求したんだが、なんとまあ、あの男はどっから持ってきたのか袋に詰まった金貨千枚、丸ごと俺に寄越してきたわけだよ」
「……成程な。つまり冗談だったにも関わらず、用意されたんじゃ、協力しない訳には行かないってか」
「そういう事だあ。お前がもう一人の協力者で、実質パートナーてのは気に食わないが、あんな金額渡されたんだ。我慢するよ」
そう言うアルフの顏は、言うほど嫌そうでは無かった。面白そうな依頼だとでも思ったのだろうか。
「王女様は知っているのか?」
「いや? だから実質的な協力者は、アッ! お前ひとーり~! そこは、エッ、忘れるなよー?」
意識的にやっているこの言葉遣いだが、その間抜けさ故に、話していると妙に気が抜ける。こいつの事は嫌いだが、この喋り方だけは……嫌いにはなれない。
一応の味方を得た事で安心してしまったが、そこでハッと気づいた。
「そう言えばお前、どうして俺を待ってたんだ?」
自分の来訪を感知した事はさて置いて、こんな事を伝えるだけならば後でも良い筈だ。殴る為に来た、なんて事はあるまい。仮にも騎士なのだし。
それに、任務を出した者は彼だ。用も無いのに自分の所に訪れる依頼者は居ない。
「ああ、それは、ン! 俺が依頼者でもォッ、俺に任務を出せと命令してきた、オンッ、奴は王様なのさ。だから―――」
直後、アルフの首に提げられていた転信石が光り出した。両者は視線を交錯。アルドは魔力を拡散し、アルドにも響くようにメッセージを拡散させる。
『こちら第四部隊! 現在魔人から攻撃を受けている! 種族は―――やまい……グ」
言葉はそれきり途絶えた。最後の言葉はやけに血塗れていたので、この通信をした彼はもう……
「第四部隊というのは、王女様の所に群がっていたあいつらの事か?」
「そいつらだな。そして通信から察するに襲っているのは『犲』の魔人。こいつは不味いぜ。何しろ数こそ多くある魔人の中でも、最強と言われているからな!」
言葉が元に戻っているという事は、それだけ真面目と言う事だ。わき目も振らずに港へと駆けるアルフに続くように、アルドもまた全力で駆けていく。
最弱の自分に何が出来るか分からないが、そんな事は着いてから考えればいい。いずれにしても、王女様を救う事は変わりないのだから。
視る限りではそれはアジェンタの首都、フルノワ大帝国の全方位に敷かれていて、付け入るスキなど何処にもない……様に見えるが、肝心な所が空いている。空中だ。この世界は三次元的な空間によって構成されている故、何より魔人という以上、飛行能力を持つ魔人が居ないとも限らない。あの障壁を空中にもっていけないものかと疑問に思うが、どうやら誰一人として空中ががら空きである事に気づいていないらしい。
あの軍隊は揃いも揃って知性の無い案山子なのだろうか。魔人一人一人の力が人間の何倍もある事は周知の事実。だというのにあんな棒立ちで、受け身的では、到底国なんて守れる筈が無い。だから救援を要請したのではないかと言い訳の一つもされるかもしれないが、考えても見てほしい。フルシュガイドがよこしたのは自分一人だ。
確かに魔人の討伐は承った。それは事実だ。だが自分は飽くまで討伐を承っただけであり、国の守護を頼まれている訳ではない。『討伐』と『守護』が、まるで違う事はもはや説明に至らなくとも分かる事だろうが、それでも一部の者は同一のモノと考えているので、ここではっきりと違いは造っておくべきだ。自分は討伐の為に。彼等は守る為にあそこに居るが、守り切れないから救援を要請した……
確かにアルドの行動は実質的には国を守っているのだろう。だが国を守るのは現地騎士の役目であり、アルドは飽くまで『実質』というだけ。守れるかそうでないかは騎士たちの問題だ。自分に頼らないでほしい。おまけに自分一人じゃ、取り敢えず正攻法では魔人一人にも勝てない(あちらは知らないだろうが)。更に言えば王女様に頼み事までされてしまった―――今回の任務は魔人を相手取るという案件から既に困難を極めているが、それを遥かに凌ぐ案件ばかりが続出。騎士団の中では最弱に入る(入りたての新人騎士にも負ける程)アルドが背負えるモノでは到底無い。本当に諦めたいくらいだが……格上を殺せてこそ成長。諦める訳には行かない。
今のアルドが信じるべきものは、どう見ても案山子の群れにしか見えない軍隊の活躍と、国の防衛力と―――何より信じるべきは己の強さだ。最強と言う訳では無く、かといって魔術はからっきし。だがそれでも……信じなくてはこの任務は失敗する。魔人を相手取るという事。王女様の頼みを聞いてやる事。それが今出来るのは、アルドだけなのだから。
一部の軍隊長がこちらに気づき、敵意を露わにするが、戦う気はまるでない。意味が無いのはそうだが、何よりこんな所で実力を見抜かれては困る。出すのは飽くまで王者の覇気。それ以外の何かを悟られる事は許されない。
「主、腕の立つ旅人、或いは高名な騎士とお見受けする。が、しかし! 如何なる者もこの鉄壁を許可なく通る事は許されぬ。名を名乗られよッ」
上空ががら空きの軍隊を鉄壁と称すか。優れた比喩なのは間違いようが無く、彼の知能の高さが窺えるだろう。きっと。
「我が賜りし名はアルド也。其都より救援の要請を受け、馳せ参じた次第。ついては鉄壁と称された軍隊を開き、そこに聳える正門を開門してもらいたく思う」
もはや彼の口調に合わせているだけだが、元来騎士とはこういうものなのだろう。フルシュガイドが如何に緩いかが良く分かるやり取りだ。言っている言葉が難しいだろうが、そこは安心してくれて良い。慣れない言葉に自分も何を言っているのか理解できない故。
軍隊長の男が自分の名前を聞いたその瞬間、表情を嬉々たるものへと変化させ、アルドを抱きしめた。
「おお! 主こそが我ら騎士達の叫びを聞き届けてくれた救世主か! 感謝してもしたりぬこの気持ち! 抱擁以外の何で表せばよいのかッ」
アジェンタ大陸に居るにしては珍しい人種だ。他の兵士達は予想通りの目線でこちらを見ていると言うのに、この男はかなり友好的だ。余りにも友好的過ぎる故に、むしろこちらが動揺してしまう。
言いたい事? ああ―――感謝なら言葉で表してほしい。
「……何か勘違いをしているようですが、私は飽くまで討伐の任を請けたにすぎません。貴方方の任務は守護の筈。一体私は何に感謝されなければならないのでしょう」
「だからこそであろう? 討伐と言う事は、主が成功すればもう我らの負担は無くなると言う事だ! そんな主を救世主と呼ばずして何と呼ぼう! うおおおおおおッ」
背骨が明らかに異常な音を立てている。悲鳴、というレベルでは無いだろう。後数秒でも続けば背骨が折れて、戦うどころでは無さそうだ。だが、この男をどける手段は―――
「私は正門を通りたいだけであり、ここで立ち止まっている時間などは無い。迅速な対応をお願いしたい、軍隊長」
「おうや了解! 待っているがいい、直ぐに開門させよう!」
……どうにか平静を装ったが、本当にまずかった。全く。王女様と言い、この軍隊長と言い、例外的な者ばっかりに縁があるのは、果たして幸運なのだろうか。
魔人と戦った訳でもないのに、既に体が持ちそうにないが―――アルドからすればいつもの事だ。なるべく覚られないように、挙動の一つ一つに気を配りつつ、正門を見つめる。
疲れるなんてモノではないが、いつもの訓練よりかはずっと軽いだろう。風は動乱の予兆を孕んでいた。
 フルシュガイド大帝国の内部は平和そのものだ。騎士団や、教会騎士団の働きが、フルシュガイド大帝国内部の人々に平和を与えているのだ。外の村とかの被害はまるで考えていないのが玉に瑕だが、ともかく内部だけは平和だ。それは自分と妹の生活を見て頂ければ、十分に理解できると思う。
だがアジェンタ大陸首都、フルノワ大帝国では、そんな事は無かった。如何に騎士達に囲まれている内部と言えど、一部はこの包囲の欠点に気づいているようで、不安そうに空を見上げては、足早に自宅に駆け込む者、万引きをする者など、その様子は様々だが、共通する事はと言えば、決して穏やかでは無い事。治安が良いなんてとても言えそうにないし、これが一大陸の首都の具合かと思うと、少々情けない。
だから救援を要請したのだろうが、この治安ばかりはどうする事も出来ない。自分がするのは飽くまで討伐だ。
「おらッ、どけッ!」
食べ物をたくさん抱えた男がこちらに突進してきたが、素人である以上アルドが勝てない道理は無かった。男の突進の力を利用し、逆に床へと叩きつける。男の抱えていた食べ物が、周囲に転がった。
見境なく襲い掛かるモノまでいるとは、ここは本当に首都か。まるで崩落寸前だが、それくらい追い詰められているという事なのか。こんな状態で良く他人嫌いを貫きとおせるモノだ。相変わらずこの国の者は攻撃的な視線をぶつけてくる。その姿勢は嫌いじゃないが、好きじゃあない。
王城までは振り返らずに一直線。あまりぐずぐずしていると、王女様の輸送隊が来そうだからだ。あの王女様の性格を考えると自分を見つけ次第何かしらの行動を取りそうで、そうなると自分の考えている作戦が失敗する。それは困る。
仮にも王女のためだ。悪く思わないでほしい。
「……」
アルドは王城の入り口を見据えたまま、苦い顔をして立ち止まる。民達の必死さをよそに、この城は『我、関せず』とばかりに佇んでいる。この安全地帯の中で、王族達は怠惰に塗れた生活を送っているのだろう。全く、こんな状況なのに全く動かないとは、大した肝の持ち主だ。
アルドは僅かな緊張を持ちつつ、扉を開けた。
「そいやッ!」
不意に放たれた不可避の拳。アルドの顔が歪み、瞬間吹き飛ぶ。城壁に叩きつけられた身体が悲鳴を上げて、へし折れる。
「余所者がぁッ、この城に足を踏み入れるなんて、アッ! 何事だッ、ンッ?」
独特な口調でアルドに話掛ける、もとい拳を吹っ掛けてきた男の名前は、アルテゼライ・フーテゼライ。他人を嫌うアジェンタ大陸の中で、特定的に自分を嫌う男だ。そう、この男は普段は軍隊長のような人間で、アジェンタの中では希少な存在なのだ。理由は後述するが、別に危ない人間という訳では無い。只特定の人物を異常なまでに嫌っていて、出会おうものなら拳を飛ばしてくるだけだ。
「お、お前は……俺を感知する能力でもあるのかゴフッ!」
「ン、ン? 俺は余所者を追い出した、アッ! だけだあぜ?」
一応抗議してはみたが、やはり無駄だったか。この男は自分に対してのあらゆる行為に悪意のみを持つ。謝る為の良心なんて微塵もないのだろう。
城壁に埋もれた体を引きずり出して、改めて入り口を跨ぐ。流石に今度は拳を放っては来なかった。
「……まあ冗談は、えッ、置いといて。俺がお前へ……むっ! 任務を出した男だ」
―――団長はこの事を知ったうえで自分に任務を持ちかけてきたのか? 悪趣味以外の何物でもない。だが確定的だ。こいつは―――元フルシュガイドの騎士。そんな彼が『お前へ』と言っているので、これはもう『まさか』ではなく『もしかして』だ。アジェンタ大陸に居ながら、前述のような希少な存在となり得ているのは、そういう理由なのだ。
王女様の頼みを引き受けると決めた以上、彼は最難関の障害だろう。彼はこの大陸で自分の強さを唯一知る人物なのだから、もしばらされたりでもしたら……たまったものでは無い。
「……そうか。そうかそうか。団長が俺に回してきただけだと思ったが、お前が関わっているなら悪意しかねえやな。それで、最弱の俺にどうして任務を?」
アルフは唐突に周囲を見回し、不味いと思ったのだろう、アルドの手を引っ張り、城の隅へと移動した。
「侵攻大隊も編成できないくらいこちらも切羽詰まっていたからと言うのもあるがな……それは表向きの話だ。なあ、お前は王女様から何か聞かなかったか? 例えば、『自分を攫ってほしい』―――とか」
そのあまりにも的確な質問に、アルドは思わず声を荒げた。王女は自分以外に協力者は居ないような口調だった筈だが。
「どうしてそれをッ?」
「静かに静かに。俺だってさっきまでは知らんかったさ。だが―――」
それはやはりあの鍔の長い帽子を被った男の話だった。何をどうやったのかは知らないが、どうやらその男は王女様への協力の一環で、アルフに協力を頼んだらしい。その程度でこの男が動くとは思えなかったが……そもそもこの男は金でアジェンタの騎士になった人物。協力など簡単に取り付けられるのだ。尤も、彼の提示する金額は明らかに常軌を逸している。変に実力があるから尚性質が悪いのは、もはや突っ込まずにはいられない。
「俺は冗談半分に金貨千枚を要求したんだが、なんとまあ、あの男はどっから持ってきたのか袋に詰まった金貨千枚、丸ごと俺に寄越してきたわけだよ」
「……成程な。つまり冗談だったにも関わらず、用意されたんじゃ、協力しない訳には行かないってか」
「そういう事だあ。お前がもう一人の協力者で、実質パートナーてのは気に食わないが、あんな金額渡されたんだ。我慢するよ」
そう言うアルフの顏は、言うほど嫌そうでは無かった。面白そうな依頼だとでも思ったのだろうか。
「王女様は知っているのか?」
「いや? だから実質的な協力者は、アッ! お前ひとーり~! そこは、エッ、忘れるなよー?」
意識的にやっているこの言葉遣いだが、その間抜けさ故に、話していると妙に気が抜ける。こいつの事は嫌いだが、この喋り方だけは……嫌いにはなれない。
一応の味方を得た事で安心してしまったが、そこでハッと気づいた。
「そう言えばお前、どうして俺を待ってたんだ?」
自分の来訪を感知した事はさて置いて、こんな事を伝えるだけならば後でも良い筈だ。殴る為に来た、なんて事はあるまい。仮にも騎士なのだし。
それに、任務を出した者は彼だ。用も無いのに自分の所に訪れる依頼者は居ない。
「ああ、それは、ン! 俺が依頼者でもォッ、俺に任務を出せと命令してきた、オンッ、奴は王様なのさ。だから―――」
直後、アルフの首に提げられていた転信石が光り出した。両者は視線を交錯。アルドは魔力を拡散し、アルドにも響くようにメッセージを拡散させる。
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言葉はそれきり途絶えた。最後の言葉はやけに血塗れていたので、この通信をした彼はもう……
「第四部隊というのは、王女様の所に群がっていたあいつらの事か?」
「そいつらだな。そして通信から察するに襲っているのは『犲』の魔人。こいつは不味いぜ。何しろ数こそ多くある魔人の中でも、最強と言われているからな!」
言葉が元に戻っているという事は、それだけ真面目と言う事だ。わき目も振らずに港へと駆けるアルフに続くように、アルドもまた全力で駆けていく。
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