ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

忘れがたき任 ~2 彼女の瞳は

「……これは知っていてほしいんだが、この頃のアジェンタはあんな奇怪な大陸では無かった。王女様が即位してから、あの奇怪さは現れた。だから、この時は至って普通の大陸だったと断言しておこう。かなり他大陸の人間を嫌っているだけで、間違っても十年昇華恋慕錯覚症を排出するような大陸でなかった」




道中は特に変わった出来事は無かった。割とこういう所は不運な自分だが、今回ばかりは神様のご加護は在ったと言う所か。ともかく、アルドは今、船に乗船している。これはアジェンタより遣わされた船で、乗船員は子供ばかり―――なぜこうなったか。耳を疑うだろうが……そう。何をとち狂ったか、この船は自分の他に、アジェンタの王女様を乗せているらしい。
 この大陸の人間は、大概が他の大陸の人間を嫌っている。だと言うのに、自分を乗せるなんて、一体何をどう間違えたのだ。仲の悪い人を同じ船に突っ込むなんて、誠に信じがたい上に、理解もし難い行為だ。
 それが王女ならば尚更。何をしたいのだ、アジェンタの大人共は。
「……」
 船員との関係は最悪も最悪。乗り込んだ時、皆こちらを睨んで敵視していた。これがモノを頼んできた人の態度かと思ったが、まあこんな感じだ。もっと言えば、これはましな方。大人に置いては攻撃を仕掛けてくるのだから。
 詰まる所、あちらも精いっぱいの配慮なのだ。……勘違いしないでほしいが、アルドへの、ではなく、自分への、だ。よそ者とは会いたくないという意図が見え見え。だったら頼みに来るなという話だが、魔人は彼等には手に余る故、仕方ないだろう。こちらも自分一人では手に余るが。
 余りもので済みませんね。皮肉とかでなく、素直な謝罪だ。余りものを寄越された心中、お察しする。
 まあ、騎士団長の事だから、差し詰め自分を、
『フルシュガイド一番の騎士』
 とでも言ったのだろう。でなければ余りものにこんな船を寄越す訳が無い(年齢で直ぐに分かると思うのだが)。こっちからすれば割と不満だらけだが、きっと最高級の待遇なのだろう。
 船の揺れに身を任せていると、自然と眠りに誘われる。今まで眠っていなかったツケだが、こういうのも悪くない―――
「海賊だ!」
 どうも不自然なタイミングで敵襲だ。いや、不自然ではないのだが、こういうタイミングで邪魔をされると何か意図あっての事だと勘繰ってしまう。
 半端に眠りかけていた故、体が妙に重いが、ここからは覚醒しなければいけない。全力を尽くして戦わなければ、自分は絶対に負けてしまうのだから―――
「王女を渡すな!」
 言葉を聞くや否や、甲板の方に駆け付けたが、そこは既に戦場。血で汚れ、血で浄化されていく刃。子供を使った事が仇となっているのはもはや明白だろう。ぶちまけられている血は、全て子供のモノだ。甲板に連れてかれた子供もいるが、多分女子だろう。アルドはその後の未来を知っているが……助けるような余裕はなかった。
 『王女を渡すな』。この言葉の必死さから、相当に不味い状況に追い込まれていると思っていたが、そんなレベルはとうの昔に過ぎていた。これはもう不味い以前に作ってはいけない状況だ。
 だからと言って勝負は諦めない。瞳を左右させ、状況を確認。―――生き残りは既にゼロ。数十分も経たない内に、全員死亡か。
 現在、この船で王女を守る事が出来るのは自分だけ。王女は大人が嫌いなモノだから死んでも出てこないだろう。上手く事が運んでいれば、厄介な事この上無かったが、今だけは都合が良かった。王女が居るだろう扉の前に立ちはだかり、海賊共を見据える。
「ああ、なんだあてめえ。大人しくそこを退いた方がいいぞ? でないと―――」
 下衆の笑みを浮かべた男の首に狙いを定めて……一閃。首の骨に引っ掛かる事も無く、男の首は綺麗に落とされた。切断面から血が溢れだしているが……滑らないように気をつけなくては。
「―――てめえッ!」
 騎士では最弱のアルドだが、練度も低く、ほぼ素人の海賊共に負ける要素はなかった。荒々しい振り方。隙だらけの体裁き。気を抜かなければ、取るに足らない相手だった。
「くそッ!」
「強いぞ、こいつッ」
 自分が強いのなら他の騎士を相手した時は更に苦戦するであろう。自分はこれでも剣しか使えない上に、その剣すらも中途半端。最弱を冠るには十分なくらいは、自分は弱い。
 むしろフルシュガイドの中では強いなんて言われた事が無い。こちらのレベルが高いだけなのか、あちらのレベルが低いのか。好きな方を選ぶといい。どっちを選んでも、アルドの弱さは変わらない。




「……はあ」
 戦闘開始から三十分が経ち。海賊共は自分の船に撤退していった。弓や魔術なんかを使わない辺り、撃退成功という事でいいのだろう。
 傷一つ付く事は無かったとはいえ、面倒な事この上ない数を相手にした気がする。というか、港に着く前にこれでは、これから先は一体どうなるんだという不安がある。何故自分以外の警備が役に立っていないのだ。子供だったとしても、せめて戦闘できるくらいの力は持っていてほしかった。自分は魔人の一掃の任務を受けてこっちに来たのだ。間違っても王女様の護衛なんかでは無い。暴れている魔人との戦いが、本来の自分の任務だ。
 ……追加労働分は報酬に上乗せされるんじゃないだろうか。
 ふと、アルドは自分の働きが報われる事を考えたが、そんな甘い展開は無い。アジェンタが他人の自分にそこまでする筈が無い。この待遇から察するに、やはり自分は最強にされているのだろうが、そうだったとしても、この任務に対して報いなんて期待しない方が良い。それくらいアジェンタ大陸の人間はケチだ、守銭奴だ。
 ……さて。このまま背後の甲板に戻ってもいいのだが―――流石に血まみれで上陸は不味い。自分が殺したと文句を付けられそうだ。最悪ここで拘束されて火刑にでも処されるかもしれないが、アルドは無罪であり、そんな事で命を取られては溜まったモノでは無い。
 アルドは急いで血を拭き取ろうとするが、遅まきながらそこで気付く。
 雑巾がないのだ。水の魔術が使えない自分では、雑巾を使っての掃除以外に方法が無いにも関わらず、それすらもないのではもはやお手上げ状態だ。
 背後の積荷の所には雑巾らしきものは無かったはずだ。そしてここにも無い。探していない場所なんて皆無―――
―――分かっている。王女の部屋だけは探していない。だが王女の部屋に雑巾があるのかと言えば、その可能性は低いだろう。常識で考えて。
 ただでさえ王族は綺麗な物が好きなのに、雑巾なんて汚物の象徴のようなものを部屋に入れている訳が無い……いや、先入観で物事を判断するのはやはり……いやしかし……
 埒が明かない。ここは覚悟を決めて王女の部屋を見るとしよう。さっきの海賊との戦闘に何の反応も示さなかったのだから、もしかすれば寝ているのかもしれない。
 アルドは扉のノブに手を掛けて、ゆっくりと開いた。

「ワルフラーン ~廃れし神話」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く