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ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

帰還

「流石に……やりますね」
「時間はこの結界の中の固有のモノらしいな。でなきゃ……誰も来ない筈がない」
 見る限りクリヌスにはまだ余裕があるが、流石にこちらまでそうとは行かない。膝をつかなければ、やっていられない。
「体力、落ちましたか?」
「体力だけは……まだあるよ。お前の攻撃が運動系を潰すようなモノばかりじゃなきゃ、まだ動けるぜ?」
「貴方の身体能力が未だ私を上回っているとは驚きでしたので、致し方ありません」
 互いの血で互いを洗うこの闘争。草木はいつの間にか赤く染まり、視界もまた赤く染まっている。ああこれは、目に血液が付着したからだが。
「全然決着が付きませんね」
「お前のせいだ」
「貴方のせいです」
 互いに譲る気は無し。体力の問題ではないが、このままではまずそうだ―――
「お兄ちゃん!」
 投げられた声に、二人の動きが止まった。
「クリヌス。幾ら何でも汚いんじゃないか? まさか妹を呼んでくるなんて」
「……私は知りませんよ。勝手にイティスが入って来たんですから、むしろあんな妹さんの兄である貴方の方が汚いのではないですか」
 もはや両者驚きすぎて、責任の押し付け合いをするしかない。クリヌスに至っては意味が分からない。それくらい、驚きだった。可能性すら考えていなかったと言ってもいい。
 そも、この結界は好き勝手に出入りできる類では無い筈。イティス程度が入れる筈なんて―――いや、まさか。
「なあ、実はこの結界、戦いの余波で壊れかけているなんて事は……」
 クリヌスは地面に手を付き、意識を集中させた。
「―――! 流石ですねクウィンツさん、その通りですよ。ですがそれとは無関係です。妹さんは私と同じところから入ってきただけです」
「―――何故閉めておかない」
「貴方との戦いでまた開いただけですよ。修復する時間なんてありませんし、仕方ない事態です」
 クリヌスは隙だらけだが、狙う気など到底起きない。クリヌスだって同じ筈だ。
 せっかくの戦いを邪魔されて興が削がれたが、飽くまでそれは個人としての感想だ。仲間を助ける身としては、戦いが中断されて助かったと思う。あのまま続けていれば……まあ勝っていたかもしれないが、死んでいた可能性が高い。どんな幸運があっても瀕死が精々。イティスの介入は僥倖だったと言える……か?
「死んだんじゃ……無かったの?」
 イティスは駆け足でこちらに近寄ってくる。目には涙が浮かんでいて、再会をこの上なく喜んでいる事が分かる。
 その問いに答えたい。今まで死んだふりをしていて悪かったと抱きしめてあげたい。また一緒に……暮らしたい。
 だけども……自分は魔王だ。彼女に合わせる顔なんてないし、家族として触れ合う事は許されない。
 いよいよこちらに触れようとするイティスの腕を、血まみれの腕が掴んだ。クリヌスだ。
「クウィンツさん、こうなってしまうのは予想外ですので、責任は取らせてもらいます。今すぐナイツとやらを連れて逃げて行ってください」
「ねえ、お兄ちゃん! 返事してよ! 生きてたならどうして今まで連絡くれなかったのッ? ねえってば!」
 クリヌスは今回の事を、飽くまで私事として処理するのだろう。出なければ自分の事を知らせずに、ここで逃がすなんてありえない。
「ディナントッ、行くぞ!」
「了解」
 泣きわめく妹を通り過ぎ、出口をぶち壊す。奥では間違いなく瀕死のナイツ達が倒れていた。そこにはルセルドラグも含まれているので、これから来るモノを含めれば、カテドラル・ナイツは全員揃った。
 王剣は、チロチンが所持していた。馬鹿者め。剣で戦うような魔人では無いだろう、お前は
「離してよ! ねえクリヌスッ、お願いッ」
「む! 何をするッ、え、ちょ、クッ、クウィンツさん! 手負いの私では彼女を抑えきれません! 出来れば早く逃げてください!」
「分かってるよクソッタレ! ディナント! 手を貸せ。ナイツ達を運ぶ!」
「言われずとも承知」
 クリヌスは自分達に協力はしていない。敵に協力する馬鹿は居ないだろう。だからこれは飽くまで責任。ルール違反を犯した埋め合わせという奴だ。
 だから感謝はしない。どうせいつか、戦う事になる―――おそらく、四大陸を全て落とした後、所謂、最終決戦の時に。
 メグナ、ファーカ、チロチン、ルセルドラグ、ヴァジュラを―――と言っても、四人はディナント、自分はヴァジュラと王剣―――担ぎ上げ、再び妹の横を通り過ぎる。蹴られたり殴られたりしているクリヌスが可哀想だが、やはり感謝はしない。
 またいつか、やろうじゃないか。
 今度闘う時は、騎士と騎士ではなく。魔王と人間として。そしてその時こそ、決着をつける。
 心の中で勝手に約束し、アルドは大門を抜ける。先程までは魔力で遮断されていたが、クリヌスが開いていたか。
「あ」
 階段が、無い。そうだ。階段の長さに業を煮やした自分が消し去ったのだ。まさかこんな所であの行為が裏目に出てしまうとは思わなかった。だがそもそもこんな事態は予想していなかったので、これも仕方ない事かもしれない。
 仕方ないからと言って諦める訳には行かない。クリヌスがいつまでも暴走したイティスを止められるとは思っていない。いや、普通に止められるが、自分との約束を守ったうえで言えばという話だ。
『危害を一切加えず、また、脅威から守ってほしい』
 この口上が、まさかこんな所に響いてくるとは……口は災いの元とは言ったものだ。
 跳べば届くだろうが、それはナイツを置いていく事に他ならない。それは魔王としても、個人としても、絶対に選ばない選択だ。
「ディナント、飛べるか?」
「無理だという事はアルド様が一番ご存知の筈では」
 知っていた。だが今は誰でもいい。上に引き上げてくれるならばどんな手段でも良い。誰か、誰か―――
「クウィンツさん! 妹さんがそっち向かったので、頑張って逃げてください。足に石化を喰らって、ちょっと動けそうにありませんッ」
 妹が介入してから分かっていたが、戦いは中断か。助かったと言うか何というか……剣士としての血が騒ぐが、そんな事は言っていられないようだ。状況は切迫している。
「力を抜けい!」
―――え?
 その声を忘れるような二人では無かった。言われた通りに力を抜き、無念無想の境地へ至る。
 体が、浮いた。それは優しく、力強い。ナイツにも例外は無い。助かった。このタイミングは幸運以外の何モノでもない。
 真下で妹が泣き叫ぶ声が聞こえるが……無視を決め込む。
 お兄ちゃんは……お前と話す訳には行かないんだ……分かって欲しい。
 心の中でそう思った時だった。
「何やら……複雑な事情があるようじゃのう―――主様」
 懐かしい声。愛しい声。
 視線の先には以前よりも妖力の増した濡闇の巫女―――
「フェリーテ……来てくれたのか」
 妖の魔人は、頭のてっぺんからつま先まで雅やかである。目の前にいる彼女は、より美しく、艶やかで。心身ともに磨きが掛かっている事が分かる。
「遅れてしまって、申し訳ないのう、主様」
 フェリーテはいつものように口元を隠した。
「フェリーテ」
 ディナントの言葉に起伏は無いが、それでも喜んでいる様に見えた。
「ディナント。喉を塞いでまでよう頑張った」
 フェリーテは明らかすぎる身長差にも拘らず、それでも僅かに浮いて、手を伸ばし―――ディナントの頭を撫でた。
「フフフ……昔は簡単だったんじゃが……男児おののごは、成長も早いんじゃな」
 ああ、こうして三人で集まると……昔を思い出す。フェリーテを助けた後の、全国放浪の旅を―――
「おっとこうしている暇は無いんだったな。フェリーテ、再会を懐かしむのは後にして、行くぞ」




 トゥイーニーの居た部屋に戻ると、そこは血みどろの処刑場だった。トゥイーニーに外傷はなさそうだが、それでも押し寄せる精鋭に、苦戦を強いられていた。
 こいつらは……第三兵士長の奴等か。
「トゥイーニーッ」
「あ、アルド様。もうナイツは奪還したんですね―――よっ」
 背後より迫る凶刃を躱し、身を翻すと同時に回し蹴りを放つ。流石に武闘派か。一歩も譲らない。続いてくる敵も勢いを殺す事無く斧を薙ぎ、首を両断。人の血が、彼女を赤く染め上げる。
 本来はもっと時間がかかっただろうが、自分達が来たことで変化。兵士長の内何人かは、こちらにその武器を向け、つっこんできた。彼女には何人居ても無駄だと悟ったのだろう。だから手負いのこちらに来た、と。
 最低な行為は最低な結果を招く。アルドが抜刀しかけたその時、それを制するようにフェリーテが前に出た。
 フェリーテは妖艶ながらも、しかし敵意を剥き出しにした笑みを浮かべた。
「主様を殺さんとするその脳髄。一度壊れねば、直らんか?」
 刹那、この場に居た全ての第三兵士長が、その活動を停止させた。トゥイーニーを助けたのはついでか。いずれにしろ、彼女の負担が減ったし、合流できるので助かったが―――
「フェリーテ。お前……」
 何故か以前より力を取り戻している。それはかつて命を賭けて戦い、何千回と殺されたアルドが良く分かっている。
 今フェリーテが行使した妖術。それは生物、非生物関わらず、その知性と形を完全に破壊するというモノ。一応防ぐ手段は無い事も無いし、アルドは切り裂いたことで事なきを得たが、あいつらにそれが出来る故は無い。だから全員脳を爆破され、死んだ。
「トゥイーニー撤退だ! 後に続け!」
「仰せのままに!」




 地下二階。オールワークが居る所だが、こちらはトゥイーニー以上に熾烈を極めていた。数ではなく、質だ。何が言いたいかと言うと―――
「何故団長が……」
 後ろに流した髪オールバックと、その手入れのされた顎髭。何より語られるべきはその猛禽類のような鋭すぎる瞳。リューゼイは既に不惑を超えているが、その眼力の鋭さは未だ衰えを知らず。むしろその年波を威厳の演出に利用できている。
 そんな団長が握る剣は裂剣『叢錯そうさく』。抜刀している時間に比例して硬度と切れ味の上がる悪魔の剣。それは一分とか一時間の段階で上昇するのではなく、一秒どころか半秒毎に能力が二乗される……一体どこの誰だ、こんなふざけた剣を作った奴は。
 一応鞘に戻せばリセットされるが……大帝国騎士団団長、リューゼイ・クラットは、あの剣を長い事鞘に戻していない。強度が無限の死剣を除けば、あの剣は今、あらゆる物体を破壊できるようになっているだろう。
 遠目からでもはっきりとわかる。何となくあの剣の特性を察したオールワークが、ギリギリで全て躱している事を。そしてその度に背後の壁が破壊され、形を失っている。
 団長相手ではフェリーテの妖術も意味を成さない。気づけばアルドはヴァジュラをフェリーテへと引き渡し、死剣を抜刀。団長に斬りかかっていた。
「む―――お前は」
 不意打ちのつもりだったのだが、団長は難なく対応した。剣戟がぶつかり合う。死剣が聞いた事も無いような酷い金属音を奏でたが、それでも破壊は起こり得なかった。
 破壊はどんな手段を以てしても不可能なのが、この剣の特性なのに、今僅かにでも壊れるかもと思った自分が居た。
「アルド……何故生きているのだ。貴様は……死んだ筈であろう!」
 その膂力には数秒も抗えなかった。直後にアルドは石ころを棒で打つように吹き飛ばされた。壁に背中が埋もれる。
 信じられん膂力だ。クリヌスと戦った後にこれは……きつい。
「まさか貴様、この魔人共の邪法によって、魔王として復活したとでも言うのか」
「……そうですね。団長が思うのならそうなんでしょう―――」
 予備動作無しに突っ込み、再びリューゼイと衝突。
『フェリーテ。オールワークを連れて逃げろ。私も後で追いつく』
 思考を浮かべ、後はフェリーテに任せる。自分は数秒でも、団長の足止めをしなければ。
「――――――ぬうッ!」
「―――――ハァッ!」
 再び衝突する剣戟。幾つもの筋繊維が容易く千切れ、肩が外れかける。骨はビキビキと奇妙な音を立て、神経はいよいよ麻痺してきた。
 負ける訳には行かない!
 裂剣を押し返し、体勢が崩すと同時に、右足に一閃。反撃として放たれた必殺の刺突を、ぎりぎりで躱し、掌底を顎に叩き込む。
 今の状態では団長に勝つことなど不可能だ。団長の足元がふらついているその間に、アルドは素早く離脱した。
 考えていた作戦が上手く行かないのはいつもの事だ。あまり気にはしなかった。




 かつての家に飛び込むように入り、扉を閉める。追手は来ていなかった。
「アルド様、大丈夫ですかッ?」
 真っ先に飛びついてきたのはトゥイーニーだった。少し意外だったが、フェリーテやオールワークがそんな事をするようなタイプではないので、当然と言えばその通りだった。
「トゥイーニー……心配してくれて有難う。私は大丈夫だよ。所で、そういうお前は大丈夫なのか」
「俺……ですか? 大丈夫……じゃありません。もう少しだけ、こうさせてください」
 一層トゥイーニーの体が押し付けられる。鎧部分は痛いが、それ以外はやはり柔らかく、暖かった。
 アルドもまたトゥイーニーを抱きしめ、頭を慰めるように、優しく撫でる。今はこういう時ではないのは分かってるが……それでも、頼みは蔑ろにするものではない。
 オールワークとフェリーテは、微笑ましいとばかりに笑っていた。ディナントは良く分からない。
「―――さて、ディナントも居るし、ナイツ達も居る。後は移動するだけだが……フェリーテ」
「……申し訳ないがのう、主様。全盛期に近い力を使った事自体、半分、契約無視みたいなモノじゃ。何より二年もアルド様と離れていた故、今の妾では、大陸間の移動は、少し厳しいと言わざるを得ぬよ」
 申し訳ないと項垂れるフェリーテ。その姿は、本気で落ち込んでいる様に見えた。
 アルドは下手くそながらも、すかさず励ます。
「まあまあ。私だって二年もお前達を忘れていた事は本気で悲しいんだ。それがお前の能力に関わったんだから、仕方ないさ」
 とは言うが、どうしたものか。まさかこのままここで隠れている訳には行かないし、仮に騎士が此処に来なくても妹がここに来る可能性がある―――
「お兄ちゃん! ここを開けてッ、居るんでしょッ?」
 なんて考えていたら、もう来てしまった。流石は自分の妹と言わざるを得ないが、ここは自宅、即ち密室。一体どうやって―――
「ディナント、チロチンはマントを持っているか?」
 ディナントがチロチンを下し、マントを見るが、首を振った。どうやら空間の外にでるあれではないらしい。
「―――そうか。空間外に出るマントでは無いか……」
「む? チロチンの褻衣か? それならば妾の深淵ポケットに―――」
 また全部脱ぐのかと思ったが、流石に違った。時と場所と場合を弁えているのか。良識のある魔人で良かった。
 フェリーテが胸元からチロチンの襤褸切れマントを取り出した。何故フェリーテが持っているのか、それは置いといて。
「『首椿姫』。概念操作『特異拡張』。記憶処理『ゼロ』ッ、操作!」
 チロチンのマントが持つ特性、空間の外に出るという特性を拡張し、全員を空間外へ―――!




 視界は消えた。真黒になった訳でも、真っ白になった訳でもない。消えたのだ。五感の全てが消えた。何も感じない。何も分からない。
 思考のみが機能する。思考の中で自分はリスド大陸に向かって歩いている。だが感覚が無い為、実際にそっちに行っているかは分からない。だが信じるしかない。これが妹から逃れる、唯一の方法だからだ。きっと他のナイツも自分の隣にいる。一緒に居る事を感じる事が出来ないだけだ。大丈夫、空間に戻れば再び会える。ここまで来てまた災難が来るなんて認めない。大丈夫、大丈夫だ―――






 時間という概念は空間の外には無い。一秒も掛かる事無く、無事、全員が城に辿り着けた。ナイツ達の傷が完治しているが、どうやらそれは『鳳』の魔人である彼女が、城に辿り着くと同時に再生させたのだそうだ。あと数分もすれば目を覚ますらしい。
 本当に良かった。計画は大きく狂ったし、まだ、アジェンタ大陸すら落せていないが、誰一人失う事無く、再び帰る事が出来たのだ。ここに。












 

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