ワルフラーン ~廃れし神話
己が全て
クリヌスとの戦いでは、魔術は一切使われない。理由は単純だ。お互いの剣技は最上級。魔術を放つ暇など刹那たりとも在りはしないのだ。故にこの戦いは、互いに有利であり不利である。
そしてこの戦いは、絶対に負けられない。言い訳をするつもりは無いが、かつてのアルドならばこの程度は問題にはしなかっただろう。だが、エインにやられ、エヌメラにやられ(それでも幸運だった。エヌメラをあの短時間で撃破出来たのは、間違いなく不意打ちとエインの銃弾のおかげである)命のストックは無く、無限に等しい疲労が体を潰す。この状態を以てして、如何に現『勝利』を打倒するか。それも刹那たりとも小細工をする暇が無い実力勝負で。
何度でも言おう。アルドが現在有利な部分は、その豊富な経験だけである。それ以外は重大なハンデとも言える状態を背負っているため、不利である。
「腕が落ちましたね、クウィンツさんッ」
戦闘が始まって三十分。何とか経験に基づく先読みでクリヌスの斬撃を防ぎ続けているが、時間の問題か。数秒も経たずしてクリヌスには弱体化を看破されている。
「ハッ!」
先読みをしつつの一撃。速度は無くとも躱す事は難儀である。クリヌスは未だ余裕を見せているが、その余裕はいつまでもつものか。
続いての二連が軽く流されると同時に、素早く刃を返す。剣戟がぶつかり合い、悲鳴を上げた。剣戟の交差、力の比べ合い。不利である事など重々承知。
「ハアアアアアアアアッ!」
クリヌスの剣を押し返すと同時に、クリヌスの態勢が僅かに崩れた。速度を度外視した一撃を放つ……防がれない筈が無いが、それでいいのだ。
アルドの狙い通り、その刃をクリヌスは受けた。
瞬間。広がる衝撃。外傷はないが、クリヌスは数メートル程足を擦過させ衝撃を流す。いや、流しきれていないから吹き飛んだのか。
……クリヌスの表情から余裕が無くなるのを、アルドは見逃さなかった。
「腕を上げたな、クリヌス」
「貴方を超える為だけに私は剣を振るっていますからね」
クリヌスの持つ剣は、死剣に似せて作られた贋作。本来は只硬く鋭いだけの上位の一品。だが、それを終位と同等たらしめているのは クリヌスの魔力による異常強化の御蔭である。死んでいるからこそ壊れない剣が死剣だとするならば、あれは生きているからこそ壊れない剣。人の持つ果てしない意思の強さを体現した剣なのだ。
両者は再びぶつかり合う。躱して斬って、防いで斬って。互いの勝利を主張し合い、命を捨てては拾っていく。
剣閃がアルドの肩を両断せんと軌跡を描く。アルドはぎりぎり軌道から外れる程度に身を捻り、そのままクリヌスへと肉迫していく。剣の触れぬ程近距離へ、素早く。
下がれば斬られる事を知っているクリヌスは、敢えて下がろうとはしなかった―――それこそ計画の通りだ。
「一つ教えてやろうクリヌス。―――剣だけで戦う事が、騎士だと思うな」
―――クリヌスの頬に、鉄拳が炸裂した。想定外の行動に威力は殺せなかったが、体を素早く一回転。どうにか体勢を保つ。
卑怯などとは言わせない。獲物無き騎士が無力な時代など、とうに終わった。こんな事をしてはいけないのは実質演武大会だけであり、実戦にはそんなものは関係ない。追撃とばかりに大振りで一撃。剣で受け止められるが、体勢が整っていない為、実際はまるで衝撃を殺せていない。筋肉が断裂した音が、確かに聞こえた。
「―――っく」
防御の構えを取って後退するクリヌス。余裕などその顔には無かった。当然だ。一撃一撃が千里を駆ける一撃。山を崩す一閃。それら全てを受け流し続けた事は称賛できるが、先程の一撃だけは、受け流せなかったようだ。
「やりますね」
休ませるつもりはない。後退に合わせ瞬時に肉迫、抜刀。剣戟を以て防ぐも、周囲に広がる衝撃波は、一帯の地形と共に、クリヌスの鎧の半分以上を削り取った。
驚愕にクリヌスの力が緩む。
貰った―――
「らあッ!」
クリヌスの防御を切り開き、ガラ空きになった胸に一閃。鮮血が迸り、何割かはこちらに降りかかった。
手ごたえはある。間違いなく致命傷だ。無防備になる体に、アルドは更に踏み込む。
クリヌスにはまだ足りない。全てが必殺の一撃。人間が、いや、生物が耐えられる筈も無い連閃を―――
―――『亟象五月雨』―――
剣を振るう事しか能が無いアルドは、切り札と思えるモノを持ち合わせてはいない。アルドが使う事の出来るただ一つの切り札。それは剣技の創造である。
ありとあらゆる局面で最適と思われる動きを想定し、必要であれば剣技として創造する。それが剣に全てを捧げた、アルドの極致。
首。
左肩から心臓。
右肩から心臓。
股下から頭蓋。
腕に足に腿に―――さながらそれは舞い散る花びらが如く。
森羅万象を外れた終焉の連撃。美しくも無情であるその刃は、必殺を語るにふさわしい絶技。
クリヌスの体は数秒遅れ、盛大に弾けた。四肢両断。骨肉粉砕。彼の死は誰が見ても明らかだ―――
「……成程。文句は言わないぞ。先にルールを破ったのは俺だからな」
振り返って刃を向ける。
「―――ええ、そうして頂けると助かります。これでお相子ですから、次はもう致しません……というか、致せません」
そこには五体満足のクリヌスが立っている。先程の死体はもうない。変化と言えば、彼の両腕に在った両篭手が砕け散っているという事だけ。
「殺しにくいったらないな。その篭手が全部受けるんじゃ、やってられん」
「でももう消費しきってしまいましたからね。次は流石に死にますが……同じ剣技を喰らうような状況にはもうなりませんよ」
分かりきっていた。クリヌスがあの程度で死ぬような男では無い事は。だからこそ。だからこそ死んだと思ってしまった。思いのほか早く終わったと安堵してしまった。
思えばクリヌスはそれを悉く裏切るような人間。神様に愛されし人間なのだ。あの程度の攻撃で、死ぬ訳が無い。
「それにしても、流石はクウィンツさんですね。この短時間で勘を取り戻すとは」
「可愛い弟子が俺の腕が戻るのを待ってるのでな。悠長に素振りなんかしてられないのだよ」
「……驚きましたね。クウィンツさん、また弟子を取ったんですか?」
「才能は世界にまだまだ眠っているのだ。ひょっとしなくても、近い内にお前を追い抜くかも―――」
首を薙ぐ軌跡を、ぎりぎりで防ぎ、刃を以て返すが、クリヌスはそれを読んでいたかのように躱し、代わりにアルドの前足を切り裂いた。反撃をしようにも、奴は直ぐ後退してしまった上に、足が痛んで思うように動かない。
そんな状況で、一歩踏み出したのは失敗だった。
刹那、アルドの体勢が崩れると同時にクリヌスが再び突っ込んできた。防ごうにも、体勢すら整っていないアルドでは、一撃受けるのが精一杯であった。
「ぐッ―――」
膂力も以前より増しているようで、いい加減に受けてはいけない事を実感した。自分でさえ五十メートル程吹き飛ばされたのだ。その衝撃は凄まじいという他あるまい。
体勢の整わない内にクリヌスとの距離は三メートルを切っていた。容赦がない。お互いに死ぬわけには行かなくなったからだろうか。
「これを喰らってもまだ、私が追い抜かれると?」
「お前こそ、その程度の強さで、誰にも追い抜かれないと思ってるのか?」
死剣を構え、迎え撃つ。この身がどうなろうとしった事か。この戦いに負ける訳には、絶対に行かないのだ―――
表向きこそ侍女であり、テイリアという名前だが、自分の名前はイティス・クウィンツ。元『勝利』であり、大罪人としてその身を清められたアルド・クウィンツの妹だ。いや、大罪人とは言いたくない。あれは紛れも無く理不尽であり、抗議すらしたいと思っていた。だが、聖女として皆の支持を集めていた事、その皆を裏切るなと、兄とクリヌスから言われてしまったので、抗議する事は出来なかった。母が死んだ事もあって、自分が死ぬ事を恐れたのだろう。
だが結局、兄は死んだ。その身を罪として焼かれ、あらゆる人々からの罵倒を受けた。魔人から世界を奪還したその代償は人類からの憎悪。怨む事も嘆くことも無く、只その身を焼かれた……と聞いているが、どうもクリヌスは何かを隠している、話してくれない事は分かっていたので、未熟ながらも尾行する事にした。最初こそ気づかれたが、今では殆ど気づかれずに会話を盗み聞きする事が出来ている。しかしその内容はまるで無く、色恋に現をぬかす兵士の惚気話にうなづいてるだけと言っても過言では無かった。
だが今回は、クリヌスの様子が違った。いつもより気を張り詰めていて、以前まで気づかれなかった尾行にも直ぐに気づき、付いてくるなと念を押された。その時の表情たるや尋常では無く、クリヌスとのこれまでの交流が無ければ卒倒していただろう。
この数年で、クリヌスがここまで真面目になった事は無い。大抵はサヤカという人物と死体みたいに動く勇者数人と話しているだけだ。おちゃらけていると言うか何というか。だが今はそれが一切無い。まるで昔の友人に会うかのような、そんな感じ。
そんなクリヌスが姿を消して数分。本来ならば捜しようがないが、自分を侮ったクリヌスの落ち度だ。自分の脚裏に魔力を付着している事など知る由も無いだろう。イティスの視線の先には、濃厚な魔力の足跡が幾つもある。
これを辿っていけば、クリヌスの所に行けるはずだ。
扉を僅かに開き、左右を確認―――誰も居ない。かつて兄に教わった、『足音を一切立てずに歩く方法』を使用して、足跡をたどっていく。
「……え?」
足跡は壁に向けられていた。触っても偽りの壁という事ではなく、普通の壁だ。という事は……クリヌスの魔力を検知する専用の壁か。
どうしたものかと考えあぐねていると、ふと電撃のように突然に、案は思い浮かんだ。そう言えば自分が居た部屋は―――
一旦部屋へと戻り、瓶を持ってくる。クリヌスが自ら作った魔力瓶で、これにはクリヌスの魔力がしこたま詰まっている。
不思議なくらい人は通らなかった。
足跡の向けられた壁に魔力を振りかけると、思った通り、壁は消えた。その先には階段が続いていて、奥は暗い。
生憎ランプなどは持ってきていないので、このまま進むしかない。段差に気を付けつつ、奥へと進んでいく。
カツンカツンと響く音。返り方を見るに、まだまだ奥は遠そうだ。クリヌスはこんな所を通っていったのか。はてはて、それは何のために。
光が見えてきた。無意識の内に足が早まる。あの光を抜けた先には、一体何が―――
「―――え?」
広がる景色は別世界。空は青く、果てしなく。草原は血に染まり、風は身を切り裂かれそうな程強い。
信じたくなかった。いや、信じる訳には行かなかった。だが信じなければいけない。だって、そう考えれば、クリヌスが頑なに隠そうとしていた理由が、理解できてしまうから―――
「お兄、ちゃ……ん」
そしてこの戦いは、絶対に負けられない。言い訳をするつもりは無いが、かつてのアルドならばこの程度は問題にはしなかっただろう。だが、エインにやられ、エヌメラにやられ(それでも幸運だった。エヌメラをあの短時間で撃破出来たのは、間違いなく不意打ちとエインの銃弾のおかげである)命のストックは無く、無限に等しい疲労が体を潰す。この状態を以てして、如何に現『勝利』を打倒するか。それも刹那たりとも小細工をする暇が無い実力勝負で。
何度でも言おう。アルドが現在有利な部分は、その豊富な経験だけである。それ以外は重大なハンデとも言える状態を背負っているため、不利である。
「腕が落ちましたね、クウィンツさんッ」
戦闘が始まって三十分。何とか経験に基づく先読みでクリヌスの斬撃を防ぎ続けているが、時間の問題か。数秒も経たずしてクリヌスには弱体化を看破されている。
「ハッ!」
先読みをしつつの一撃。速度は無くとも躱す事は難儀である。クリヌスは未だ余裕を見せているが、その余裕はいつまでもつものか。
続いての二連が軽く流されると同時に、素早く刃を返す。剣戟がぶつかり合い、悲鳴を上げた。剣戟の交差、力の比べ合い。不利である事など重々承知。
「ハアアアアアアアアッ!」
クリヌスの剣を押し返すと同時に、クリヌスの態勢が僅かに崩れた。速度を度外視した一撃を放つ……防がれない筈が無いが、それでいいのだ。
アルドの狙い通り、その刃をクリヌスは受けた。
瞬間。広がる衝撃。外傷はないが、クリヌスは数メートル程足を擦過させ衝撃を流す。いや、流しきれていないから吹き飛んだのか。
……クリヌスの表情から余裕が無くなるのを、アルドは見逃さなかった。
「腕を上げたな、クリヌス」
「貴方を超える為だけに私は剣を振るっていますからね」
クリヌスの持つ剣は、死剣に似せて作られた贋作。本来は只硬く鋭いだけの上位の一品。だが、それを終位と同等たらしめているのは クリヌスの魔力による異常強化の御蔭である。死んでいるからこそ壊れない剣が死剣だとするならば、あれは生きているからこそ壊れない剣。人の持つ果てしない意思の強さを体現した剣なのだ。
両者は再びぶつかり合う。躱して斬って、防いで斬って。互いの勝利を主張し合い、命を捨てては拾っていく。
剣閃がアルドの肩を両断せんと軌跡を描く。アルドはぎりぎり軌道から外れる程度に身を捻り、そのままクリヌスへと肉迫していく。剣の触れぬ程近距離へ、素早く。
下がれば斬られる事を知っているクリヌスは、敢えて下がろうとはしなかった―――それこそ計画の通りだ。
「一つ教えてやろうクリヌス。―――剣だけで戦う事が、騎士だと思うな」
―――クリヌスの頬に、鉄拳が炸裂した。想定外の行動に威力は殺せなかったが、体を素早く一回転。どうにか体勢を保つ。
卑怯などとは言わせない。獲物無き騎士が無力な時代など、とうに終わった。こんな事をしてはいけないのは実質演武大会だけであり、実戦にはそんなものは関係ない。追撃とばかりに大振りで一撃。剣で受け止められるが、体勢が整っていない為、実際はまるで衝撃を殺せていない。筋肉が断裂した音が、確かに聞こえた。
「―――っく」
防御の構えを取って後退するクリヌス。余裕などその顔には無かった。当然だ。一撃一撃が千里を駆ける一撃。山を崩す一閃。それら全てを受け流し続けた事は称賛できるが、先程の一撃だけは、受け流せなかったようだ。
「やりますね」
休ませるつもりはない。後退に合わせ瞬時に肉迫、抜刀。剣戟を以て防ぐも、周囲に広がる衝撃波は、一帯の地形と共に、クリヌスの鎧の半分以上を削り取った。
驚愕にクリヌスの力が緩む。
貰った―――
「らあッ!」
クリヌスの防御を切り開き、ガラ空きになった胸に一閃。鮮血が迸り、何割かはこちらに降りかかった。
手ごたえはある。間違いなく致命傷だ。無防備になる体に、アルドは更に踏み込む。
クリヌスにはまだ足りない。全てが必殺の一撃。人間が、いや、生物が耐えられる筈も無い連閃を―――
―――『亟象五月雨』―――
剣を振るう事しか能が無いアルドは、切り札と思えるモノを持ち合わせてはいない。アルドが使う事の出来るただ一つの切り札。それは剣技の創造である。
ありとあらゆる局面で最適と思われる動きを想定し、必要であれば剣技として創造する。それが剣に全てを捧げた、アルドの極致。
首。
左肩から心臓。
右肩から心臓。
股下から頭蓋。
腕に足に腿に―――さながらそれは舞い散る花びらが如く。
森羅万象を外れた終焉の連撃。美しくも無情であるその刃は、必殺を語るにふさわしい絶技。
クリヌスの体は数秒遅れ、盛大に弾けた。四肢両断。骨肉粉砕。彼の死は誰が見ても明らかだ―――
「……成程。文句は言わないぞ。先にルールを破ったのは俺だからな」
振り返って刃を向ける。
「―――ええ、そうして頂けると助かります。これでお相子ですから、次はもう致しません……というか、致せません」
そこには五体満足のクリヌスが立っている。先程の死体はもうない。変化と言えば、彼の両腕に在った両篭手が砕け散っているという事だけ。
「殺しにくいったらないな。その篭手が全部受けるんじゃ、やってられん」
「でももう消費しきってしまいましたからね。次は流石に死にますが……同じ剣技を喰らうような状況にはもうなりませんよ」
分かりきっていた。クリヌスがあの程度で死ぬような男では無い事は。だからこそ。だからこそ死んだと思ってしまった。思いのほか早く終わったと安堵してしまった。
思えばクリヌスはそれを悉く裏切るような人間。神様に愛されし人間なのだ。あの程度の攻撃で、死ぬ訳が無い。
「それにしても、流石はクウィンツさんですね。この短時間で勘を取り戻すとは」
「可愛い弟子が俺の腕が戻るのを待ってるのでな。悠長に素振りなんかしてられないのだよ」
「……驚きましたね。クウィンツさん、また弟子を取ったんですか?」
「才能は世界にまだまだ眠っているのだ。ひょっとしなくても、近い内にお前を追い抜くかも―――」
首を薙ぐ軌跡を、ぎりぎりで防ぎ、刃を以て返すが、クリヌスはそれを読んでいたかのように躱し、代わりにアルドの前足を切り裂いた。反撃をしようにも、奴は直ぐ後退してしまった上に、足が痛んで思うように動かない。
そんな状況で、一歩踏み出したのは失敗だった。
刹那、アルドの体勢が崩れると同時にクリヌスが再び突っ込んできた。防ごうにも、体勢すら整っていないアルドでは、一撃受けるのが精一杯であった。
「ぐッ―――」
膂力も以前より増しているようで、いい加減に受けてはいけない事を実感した。自分でさえ五十メートル程吹き飛ばされたのだ。その衝撃は凄まじいという他あるまい。
体勢の整わない内にクリヌスとの距離は三メートルを切っていた。容赦がない。お互いに死ぬわけには行かなくなったからだろうか。
「これを喰らってもまだ、私が追い抜かれると?」
「お前こそ、その程度の強さで、誰にも追い抜かれないと思ってるのか?」
死剣を構え、迎え撃つ。この身がどうなろうとしった事か。この戦いに負ける訳には、絶対に行かないのだ―――
表向きこそ侍女であり、テイリアという名前だが、自分の名前はイティス・クウィンツ。元『勝利』であり、大罪人としてその身を清められたアルド・クウィンツの妹だ。いや、大罪人とは言いたくない。あれは紛れも無く理不尽であり、抗議すらしたいと思っていた。だが、聖女として皆の支持を集めていた事、その皆を裏切るなと、兄とクリヌスから言われてしまったので、抗議する事は出来なかった。母が死んだ事もあって、自分が死ぬ事を恐れたのだろう。
だが結局、兄は死んだ。その身を罪として焼かれ、あらゆる人々からの罵倒を受けた。魔人から世界を奪還したその代償は人類からの憎悪。怨む事も嘆くことも無く、只その身を焼かれた……と聞いているが、どうもクリヌスは何かを隠している、話してくれない事は分かっていたので、未熟ながらも尾行する事にした。最初こそ気づかれたが、今では殆ど気づかれずに会話を盗み聞きする事が出来ている。しかしその内容はまるで無く、色恋に現をぬかす兵士の惚気話にうなづいてるだけと言っても過言では無かった。
だが今回は、クリヌスの様子が違った。いつもより気を張り詰めていて、以前まで気づかれなかった尾行にも直ぐに気づき、付いてくるなと念を押された。その時の表情たるや尋常では無く、クリヌスとのこれまでの交流が無ければ卒倒していただろう。
この数年で、クリヌスがここまで真面目になった事は無い。大抵はサヤカという人物と死体みたいに動く勇者数人と話しているだけだ。おちゃらけていると言うか何というか。だが今はそれが一切無い。まるで昔の友人に会うかのような、そんな感じ。
そんなクリヌスが姿を消して数分。本来ならば捜しようがないが、自分を侮ったクリヌスの落ち度だ。自分の脚裏に魔力を付着している事など知る由も無いだろう。イティスの視線の先には、濃厚な魔力の足跡が幾つもある。
これを辿っていけば、クリヌスの所に行けるはずだ。
扉を僅かに開き、左右を確認―――誰も居ない。かつて兄に教わった、『足音を一切立てずに歩く方法』を使用して、足跡をたどっていく。
「……え?」
足跡は壁に向けられていた。触っても偽りの壁という事ではなく、普通の壁だ。という事は……クリヌスの魔力を検知する専用の壁か。
どうしたものかと考えあぐねていると、ふと電撃のように突然に、案は思い浮かんだ。そう言えば自分が居た部屋は―――
一旦部屋へと戻り、瓶を持ってくる。クリヌスが自ら作った魔力瓶で、これにはクリヌスの魔力がしこたま詰まっている。
不思議なくらい人は通らなかった。
足跡の向けられた壁に魔力を振りかけると、思った通り、壁は消えた。その先には階段が続いていて、奥は暗い。
生憎ランプなどは持ってきていないので、このまま進むしかない。段差に気を付けつつ、奥へと進んでいく。
カツンカツンと響く音。返り方を見るに、まだまだ奥は遠そうだ。クリヌスはこんな所を通っていったのか。はてはて、それは何のために。
光が見えてきた。無意識の内に足が早まる。あの光を抜けた先には、一体何が―――
「―――え?」
広がる景色は別世界。空は青く、果てしなく。草原は血に染まり、風は身を切り裂かれそうな程強い。
信じたくなかった。いや、信じる訳には行かなかった。だが信じなければいけない。だって、そう考えれば、クリヌスが頑なに隠そうとしていた理由が、理解できてしまうから―――
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