ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

偽之章 奪還 弐

 取り敢えず、首椿姫で操作したのは一つ。自分達の存在の認識を書き換えた上で堂々と城内に侵入するというモノだった。
 だがこの首椿姫。記憶処理というモノが在って、これを最大レベルである『槍』まで引き上げれば、殆どの人間には絶対に気づかれないのだが―――あまりに現実とかけ離れた操作をすると、記憶処理上昇値は、絶対に引き下げなくてはならないのだ。傷を無かった事にする程度ならば大丈夫だが、国を裏切った人間とその配下を、こちらの味方で尚且つ害は無いと思わせる―――などという無茶苦茶な操作には、流石に『槍』を適用する事は出来ない。という訳で『鉈』になったのだが……やはり『鉈』だと不安が残る。確かに気づける人間は少ない・だが少ない事と気付かれる事は無関係だ。幾ら少なくとも気づかれる時は気づかれるし、逆も然り。
 だが、こうするより他は無い。あちらの事情は知らないが、クリヌスは他の者に何も教えていない。それはある種の有利でありながら、クリヌスの温情だ。それを無下にする訳にはいかないのは、状況を視ても明らか。
 堂々と正面から侵入し、アルド達は奥へと進んでいく。ここでの会話は禁止だ。下手に真実を漏らせば、それだけで認識が修正されかねない。大丈夫だ。アルドは元騎士。この城の構造には未だ詳しく、迷う事など無い。会話を禁止しても、何ら問題など起こり得ない。
 自分達を仲間と謝った認識をする騎士達は、さして気にした様子も無く、横を通り過ぎていく。流石に五年も経っているので、ある意味当然だが、見た事の無い顔がちらほらと。女性騎士も最近は増えているようで……複雑な気分だ。
 騎士が増える事は嬉しいのだが、見る限り大した実力が無い。実戦経験がないからだろうが、それもある意味当然か。今は魔人と戦争している訳では無いし、仲の悪い国は在るけども、小競り合いばかりで全面戦争を行っている訳では無い。むしろアルドが居た時こそが全盛期で、今は衰退期か。嘆かわしい限りだが、時代の流れと割り切るしかない。
 牢獄は地下二階だが、ルセルドラグをそんな所に閉じ込めておけるとは思えない。恐らく閉じ込めておけるとすれば……精神を縛り付ける部屋―――特殊な牢獄部屋が必要だ。五年前はそんなモノは無かったが―――推理しよう。
 地下四階から三階。それがこの城の全階層だ。選択肢は膨大だが、過去を辿りつつ推測を重ねて行けば、きっと辿りつけるだろう。
 まず、三階は謁見の間。二階は団長の部屋やらなんやらがあるので、選択肢から外して良い。一回は見ての通り、地下に続く階段だったり、兵士達の私室だったりなので、ここも外して良いだろう。
 となると地下だが、一階は闘技場。二階は牢獄。三階は処刑部屋。四階は……詳細不明だ。騎士であるアルドには教えられていない。
 そこの可能性が高いだろう。
 地下への階段に差し掛かったので、誰にも見られていない事を確認した後、四人は静かに下りていく。足音が響くが、こればかりは仕方ないだろう。
 闘技場の辺りが騒がしいが、さしずめ、多少なりの強さの差で順位を決め、俺が一位だ何だと騒いでいるのだろう。
 クリヌスから見れば、それら全ては底辺だろうに。
 二階。奴隷達の息遣いのみが聞こえる。余程疲弊しているのか、或いは生きる気力がなくなったか。どっちにしても不幸な事だ。
「オールワーク。ここにルセルドラグが居ないとも限らん。お前はここに残ってルセルドラグを捜せ。巡回の騎士は可能であれば殺すな」
「承りました」
 ここで彼女を離したのには、一応信頼の意味もある。クリヌスや団長以外に負ける事は無いだろう。王様が少し不安だが、まあ彼は動かない。
 三階。処刑を行う日では無いので使われていないが、手入れを怠っているようだ、古い血液が処刑器具の素材を劣化させている。清掃も怠っているようで、処刑器具に隠れていて分かりにくいが、生首が転がっている。ジバルでは日常だが、流石にこれは……生首が可哀想だ。掴み上げ、血液を溜める容器に投げ入れる。ああこっちの方が生首らしい。
「トゥイーニー。この部屋を警備していろ。来る奴は居ないと思うが、来ればそいつは異常を察知した奴だ。処刑器具は自由に使っていいから、可能な限り殺せ。
「……俺に処刑をさせる事が、一体どんな事態を招くかお分かりで?」
「元処刑人だから血が疼くとでも言いたいのか? 凄惨な事態になろうが、なんだろうが。相手は敵だしな。容赦しなくていいぞ。それこそ、取り返しのつかない事態にしてくれても問題ない」
 ここで彼女とお別れだが、彼女の斧の一振りは精神を切り離す能力。この場所とは相性がいい為、早々突破されないだろう。
「ディナント、今更な話だがな。ユーヴァンからどんな連絡を受けた。詳細に教えてくれ」




「ああ、申し申し。俺様だよオレユーヴァンだよ! 取り敢えずアルド様脱獄に助力しているから、悪いがそっちには行けやせん。だがッ、だが! それでも協力はしたいからな! 情報だけは流させてもらうぞ! 現在アイツラは戦闘中。クリヌス一人だから幸いだがな! 決着はついていないらしい。いやいやあ、流石はアルド様の弟子、ナイツを複数人相手にしてもまるで崩れないとは驚いたよ。ああ、そう言えば、もう直ぐアイツも戻ってくるそうだから、俺様もアジェンタの兵士共を焼いたらそっちに向かうぜ! え? やだなあ。この状態で行くわけないだろう? フルシュガイドには竜殺しがいるっつう噂だし、行くわけないだろう! ……まあ頑張れや。俺様も出来る限り直ぐ行くからさ」




「こんな感じだったカ」
「随分と長いのは相変わらずか」
 ユーヴァンはあんな性格では無かったのだが……やっぱりヴァジュラを想っての事か。四年前もそう言っていたし、やっぱり自分とヴァジュラがそれこそ思いを通じ合わせるまで、彼はあの性格を止めようとはしないだろう。
 それを知るモノは、きっとヴァジュラと自分以外には有り得ない。フェリーテも知らないが、本質には気づいている筈だ。
「所で、アイツとは誰だ?」
「ああ、フェリーテの事だと思う」
「……アイツは戦っていないのか?」
「色々訳ありなもので、今説明しろと言われると長くなると思うが、承知であれば語ろう」
 アルドの首肯を見届けた後、ディナントは語った。フェリーテが取った行動。知る限り全てを。
「……そうか。そもそも私の位置を教えたのは、フェリーテだったのか」
「チロチン曰く、だけど、フェリーテはその時ジバルに居たらしくて、だから連絡だけでも先にしてきたらしい」
「成程。それでもう直ぐ戻ってくる、という訳か」
 ここ最近は切り札を使うナイツが増えてきている。一応三つは切り札がある為、一つくらいは晒しても問題ないが……ちなみに異名持ちの武器を使う事自体も切り札の類に入る。今使っていないのは、フェリーテとオールワークとトゥイーニーくらいだろうか。ルセルドラグも使ってはいないか。チロチンはあの襤褸切れを使ったし、ファーカは鎌を使った。ディナントの刀は折れたし、ヴァジュラは篭手を使ったらしい。……ああ、メグナもか。リスド侵攻の時に使ったのを除けば、やはりエヌメラとの戦いが問題だった。幸い切り札は見られていないので、問題にはならないが、そうポンポン使われると相手に対策を取られそうだ。
 ……まああの時は相手がエヌメラだったし、形振りは構っていられなかったので、見られていたとしても、やはり問題にはしなかっただろう。真の切り札を使っていなかったのは問題だが、相手がエヌメラなので、その判断は賢明だ。前述の通り、エヌメラ相手に魔力を持つ相手が戦うなど愚の骨頂。勝てる訳がないのだから。
「……切り札を使っても尚クリヌスには勝てていないのか?」
「現場を見ない事には判然としない。エヌメラ程強くは無い筈だし、使ってはいないと思う……けど」
「もし使って勝てていないのであれば問題だな」
 それはナイツの弱さに、ではなく、クリヌスの強さに、の話だ。
「それにしても、四階までが長いな」
 無限とも言える程に階段は長い。果たしてこれが下に繋がっているのか。それすらも危うい。
 こんな所で時間を消費する訳には行かないと言うのに。この長さはもしかしなくとも嫌がらせか。
「仕方ないな―――ディナント、出来る限り防げ」
 肩慣らしとばかりに、死剣を掴み、抜刀。
 刹那、無間の斬撃がアルドの周りに刻まれた。階段や壁や天井。それら全てに黒い線が迸り物体を崩壊させる。それは地面の遥か深くへと染みわたり崩壊させる。その様は、腐食が如く。数分二人は宙に放り出されるが、程なくして地面へと着地。瓦礫の山は着地には適さなかった。
「大丈夫か、ディナント?」
「問題無きよ」
 しかし通路を全て無視しても数分。一体どれだけ深かったのだ。まあそんな過程は過去った故どうでもいい。
 アルド達の目の前には、大きな門が聳えたっていた。瓦礫に半分以上埋もれても尚見える大門。この先がもしかすれば……ナイツ達の。
「アルド様、気を付けて頂きたい。ここから先―――魔力を感じる」
「大丈夫だともディナント。そもそもおかしいからな。フルシュガイドの何処かで戦っていて、大帝国に知られぬ訳が無い。そしてルセルドラグが特殊な牢獄部屋以外に居る事はありえない。そしてもし。ここがその牢獄ならば―――ここから先は、大結界。現実の書き換わった夢幻世界だ」
 死剣を大きく振り下し、大門を切り開く。
 その夢幻の先で見たモノは―――




「待っていましたよ、クウィンツさん」
 蒼穹を仰げば、この世界の果てしなさが改めて理解できる。疾風に揺れる草原。駆け抜ける春。太陽は穏やかに世界を照らし、隠れる事など有り得ない。
 この世界は夢幻世界。あり得ぬ風景を映し出す結界。世界を投影した結界が故に、この世界は無限である。
 その中心に、クリヌスは立っていた。剣を地面へと突き立て、待ち人を待つが如く、しかし凛々しく。
「クウィンツ、か。私がワルーグという名前を嫌っている事を覚えておいてくれたのは、嬉しい限りだ」
 ワルーグ・クウィンツというのは、騎士団に入る時に与えられた名前だ。本来の名前はアルド。アルド・クウィンツだ。
「約束は守っているか。クリヌス」
「妹さんには勿論貴方が生きている事は知らせていませんよ。貴方もそれを望んでいないでしょう?」
「負い目、だよ。向き合う気にはまだなれない。母を死なせた事を私は今でも後悔しているからな」
 憂いを帯びたアルドの瞳に、クリヌスが口を開いた。
 真実を知るモノ、クリヌス・トナティウ。あの日の夜を知る人物。
「あれは貴方が悪い訳では―――ッ」
「いいんだよクリヌス。私を信じてくれたお前にだけは話すが―――私は罪を着せられた。悪くなかったとしても、社会的には罪人だ。罪人が悪でない事なんてある訳がないだろう」
「……クウィンツさん」
 ナイツは見当たらない。背後のディナント以外には誰も居ない。
「クリヌス。一つだけ約束してくれ。私を殺せたときは、妹に死体を見せないでくれ。そして何が何でも妹を守ってくれ。アイツが幸せになるまでは、それまでは―――頼む」
「本当に妹想いの方だ。妹さんも大分兄想いでしたし、いい勝負ですよ。というか、兄弟以上の感情すらあったように思えますが―――まあ、世間的に貴方は死んでいますし、口は出しませんよ」
「あいつは今どうなってる」
「元気ですよ。適当に奴隷を買って話し相手にさせていますし、私も時間があれば彼女と触れあっていますので、貴方が生きているなんて事を知りでもしない限りは、現状維持はかたいですね」
 そうか。元気か。ナイツ以上に心配していたが―――そんな毎日を送れているならば、こんな情けない兄の心配何て要らないだろう。余計な心配だった。
 さて、先程からずっと探していたナイツだが、遂に見つける事が出来た。それは、クリヌスの背後。どうやら背後に結界の出口があるらしく、その奥から幾つもの魔力を感じる。
 まさか、ナイツの内四人がやられるとは。本当に予想外の事ばかりをしてくる男だ。
 自分の体調は不利も不利。死に等しい疲労を背負っている上に、不老なだけで不死では無い体。何より二年のブランク。ここまで来ると、クリヌスを下回っている可能性すらあるが―――だからと言って負ける訳には行かない。ここで勝たなくては、魔人の夢は潰える。
「それじゃあ、そろそろ始めるか。お前の前だから、自分を偽る必要は無いよな、クリヌス」
「私は王としての貴方では無く、騎士としての貴方と戦いたいのですからね、まあそうして頂けると助かります」
 アルドとクリヌス。二人は共に剣を構えた。
「俺はこの一振りに全てを捧げてきた。天才のお前にはどんなモノも負けるが―――これだけは負ける訳には行かない!」







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