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ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

 偽之章 奪還 壱

 久々の玉座の感触。帰ってきた事を改めてアルドに知らせるその感触。嬉しくて、嬉しくて、涙が出そうだった。もしもこの城にいるのがオールワーク一人だけだった場合、彼女を枕に泣いていたかもしれない。
 だがその涙を今見せる訳には行かない。今現在、自分の前でかしづいているのは、ディナント、オールワーク、トゥイーニーの三人。他のナイツはフルシュガイド大陸で粘っているらしく、招集は不可能らしい。
「何? 全面戦争をしている訳では無いのか?」
「ハイ。どうやらクリヌス側に何らかの契約があるらしく、対フルシュガイド、というよりは、対クリヌスと言った方が正しい」
 それは好都合だが、クリヌスの事だから契約と言うほど大袈裟なモノは交わしていないだろう。口約束だろうと、それを相手が破らない限りは、絶対に破らない程、クリヌスの守秘能力は高い。今でも妹を匿うという約束は守ってくれているだろう。その代償も、ある意味通らなくてはならない道であり、達成は容易だ。それにまだ時期もあるし、この時が訪れるのはまだ先の話だろう―――
 と思っていたのに。
 ルセルドラグが囚われた以上は、助けに行かない訳には行かない。そして助けに行く以上、クリヌスとの対峙は免れない。
 ……不安はある。クリヌスやナイツの事では無い。妹の事だ。イティス・クウィンツ。今はテイリアと名前を変えて、クリヌスの部屋で侍女という扱いで匿われているらしい。
 覚悟が決まっていない訳ではない。彼女が歯向かってくるならば、それこそ殺さなければいけないし、自分を殺そうとするのなら同様。
 だがそれでも―――今、殺したくはない。自分の行動を最後まで見届けて、それでも彼女が国を……いや。出来れば彼女には、彼女だけには―――自分と関わらないで、平和に過ごしてもらいたい。だから彼女が望むならジバルに住処だって提供するし、どこか適当な大陸を譲渡してもいい。この思いを負い目と言うなら……そうなるか。
 罪を着せられた自分のせいで母は死んだ。処刑が決まる寸前に、クリヌスに引き渡してはおいたが、それでも母を失わせたという負い目は、永久に残る。
 そんな事もあってか、アルドは国を出る時、ある種の安堵感を得ていた。これから先、暫くはもうあの負い目を感じる事もない。そう思っていた。
 だが時は過ぎて。来る現在はアルドを苦しめる。クリヌスの事だから、妹には知らせずに戦っているだろう。だがどんなに時がたっても自分の妹だ。予期せぬ行動を取るのはもはや自明の理。出来れば会いたくないが……魔王である自分を見て、殺す気になってくれるのならば、良しか。母が死んだ事については自分のせい。それを恨まれ死ぬ。そして殺してくれる人間が、自分の妹。
 ナイツの為にも簡単に死ぬわけには行かないが、それでももし……彼女の力が届いたならば、大人しく死を受け入れよう。
 この戦いは最悪だ。自分の過去と対峙など、悪趣味にもほどがある。だがぶつからなければならない壁だ。こんな事を嫌がって、ルセルドラグを死なせてしまっては、元も子も無い。
「留守番は無しだ。全員私に付いてこい。これから戦局を動かして見せよう」
 特に重要な事は無い。ナイツ全員を救って、この大陸に帰還する。それだけだ。
 三人からの言は無かった。肯定と受け取り、早速指示を飛ばす事にする。
「もう船など使っていられるモノか。オールワーク、及びトゥイーニー。全魔術、装備の解放を容認する。エヌメラの時はそんな事にならずに済んだが、今回は場合が場合だ。クリヌス一人と侮るなよ。場合によっては勢力が増える事もある。準備が出来ているモノは動くな。するモノは迅速に。制限時間は二分。以上だ」
 その言葉に動くモノは居なかった。準備は万全という事か。
「オールワーク。私の魔力を貸してやる。一時的にだが、それでフェリーテ並の規模にはなるだろう。頼む」
「仰せのままに」
 オールワークは手を付いて、魔力を発動。この城そのものを仲介して、自分から魔力を借り受けているのだ。
「全て使ってくれて構わない。数秒もあれば元通りだ」
「お言葉ですがアルド様。私はこの魔力全てを使い切れる魔術を存じ上げません」
 周囲の空間に歪。徐々にこの場所が世界と隔離されていくのが実感できる。そして次に視界が晴れた時、そこはフルシュガイドである。
 ここが腕の見せ所。魔王として、一人の強さを求む戦士として、負ける訳には行かない。




 気づけばフルシュガイド大帝国の城下町の中。予想よりも幾分か深く、飛んでしまったようだ。
「オールワーク。一体どういう事だ」
「……何者かからの干渉によって座標が変更されてしまいまして。ここに至った訳でございます」
 アルドの魔力を使ったにも拘らず、無力化は出来ないにしても座標をずらせる程の技量の持ち主。魔術帝か或いは……クリヌスか。
 フィージェントなども候補には上がるが、邪魔するような性格では無いので外して良いだろう。魔術帝は大陸違い。となると、クリヌス以外にはありえない。
 その技量が見事なのは認めよう。だが、どうやらアイツは自分を精神的に追い詰めたいらしい。自分の事情を知っている者ならば、尚悪趣味だ。
「それにしても、ここってどこだ? 見た所廃屋みたいだけど」
 彼女に悪気はない。それを分かっているので、アルドも優しい口調で答えた。
「トゥイーニー。知っておくと良い。ここは―――私の家だ。人間か、魔人か。運命を分けた、家だ」
「あ……その、申し訳ありません」
 トゥイーニーに近寄って、優しく頭を撫でる。彼女の鼓動からは戸惑いが感じられたが、それでもやめる事は無かった。
「気にするな。お前に悪気は無かった。無知は罪だが、悪い事では無い。お前は何も感じる必要は無いよ」
 むしろ何かを感じるべきは自分……という言葉は、喋るべきではないだろう。
「アルド様、こいつはお返しします」
 ディナントがこちらに死剣を渡してきたので、素直に受け取る。これが無ければクリヌスとも渡り合えないのだが、今の今まですっかり回収を忘れていた。
 そう言えば……
「王剣は何処にあるのだ?」
「それはご心配なさらずともよろしいかと」
 オールワークが左手を掲げると、薬指に嵌められた指輪から、魔力の糸が。それは壁を通り抜け、城へと続いている。
「私と王剣は繋がっていますから」
 彼女は便利な物体程度の認識しかないだろうが、あれには重大な意味がある。真剣な方の意味合いが半分、皇の願いが半分だが、彼女がそれを知る由は無いだろう。フェリーテがうっかり漏らすような事でもない限りは―――きっと。
「そう言えば、クリヌス一人と戦っている方が正しいと言ったな? ディナント、場所は分かるか?」
「いえ、ユーヴァンからの連絡ですので、正確な場所までは」
「そうか。ならいい。私達は城内からルセルドラグを捜すぞ。そうすればナイツ達にはクリヌスと戦う意味が無くなる」
 ナイツがクリヌスと戦うのは、ルセルドラグを助けようとしているからだ。つまり、裏から自分達が救出すれば、ナイツ達は飽くまで陽動という扱いで、最初からそういう作戦だった、とクリヌスを出し抜く事が出来る。
「しかし、城内には兵士が多くいる筈。一体どうなさるおつもりですか?」
「そういう時の首椿姫だ。バレる可能性があるとすれば、教会騎士団総括長と王様。後はクリヌスと騎士団長くらいだが、教会騎士団が城に居るなんて稀だし、あとの奴らは大体動かない。素早く行くぞ」
 三人の了解を得た後、アルドは写転紙を用意。
「首椿姫、概念操作『知食有限』。記憶処理上昇値『鉈』、操作」

























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