ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

偽りの王

 五時間。それは三〇〇分であり、四三二〇〇〇秒であり、一日の大体五分の一だ。言い方を変えるだけで受け取り方が変わるのは、理解頂けるだろうか。例えば中者だったら異様に長く感じるでしょうし、前者は短く感じるだろうし、後者は……早く感じるだろう。
 ワドフとのじゃれ合いは、楽しかったが苦しかった。つまり四三二〇〇〇秒だ……なんてどうでもいい計算をしている内に船はリスド大陸に到着した。楽しくも苦しかった方が良いか、暇だった方が良かったかは言うまでもない。文句など言えないだろう。
 リスド港には何故か誰も居らず、船を停めようにも違和感を感じるので、仕方無く、ワドフに待機してもらう事にした。後で連れてくるつもりだが、どうにもこの違和感は危険だ。本能がそれを告げている。
 アルドの手元には今、あの二振りの剣は無い。あの剣こそアルドにとっては切り札であり、王剣に置いては、『皇』の形見だ。失くしてしまったという事については、どうにも後悔せざるを得ない。故にアルドには過去程の強さは無い。強さも衰え、武器も無くなった。残っているのは己が培った経験のみ。魔王では無く、それこそ人間程度には落ちてしまった。こんな力でナイツ達に顔向け出来るかと問われれば、否。その強さこそが自分を王たらしめていたのだ。そんな自分から強さを取ってしまったら、もう何も残らない。
 魔人が居ないのは、十分ほど歩いていて気づいた。誰一人として居ない。隠蔽性も何もなく、もはや全ての種が絶滅したかのような静けさに包まれている。
 これで海が水では無く、死体で構成されていれば、それこそ死海の具現化だろう。王剣が無い以上あれを見る事は無いので、得と言えば得だが、明らかに損得が釣り合っていない。やはりあの二振りを失くした事については……言い訳の仕様が無い。魔王失格も同然だ。
 エヌメラが居た洞窟に付いては、既に消滅している。とは言っても、死剣そのものは絶対に消滅しないし、王剣に関しては、消滅出来ない。矛盾は起こり得ないので、誰かに持ち去られたと考えるのが妥当だが……まさかエヌメラか。
 魔力の根源を殺したような感じで終わったが、厳密にはあれを殺す方法はそれこそ一つしかなく、あんなものは実は只の時間稼ぎに過ぎない。エヌメラ自体は魔力さえ存在していれば何度でも復活できるし、それこそ不定形だから、自由に形も変えられる。一応攻撃した武器が神尽だけあって、そう短い日数では復活出来ない筈だが……それでも持って行った可能性だけは在る。例えば、別空間にあの二振りを保存して、復活した時に取り出すとか。
「……考えすぎか」
 ナイツが既に自分の手から離れていると思うと、どうにも不安になってしまう。不安は連鎖し降り積もる。そしてやがては思考者そのものを押しつぶす。
 信用していない訳では無いし、強要する権利は無い。ナイツを二年間も放っておいたのだから、通常は新たな王が居て然るべきなのだ。
 それでも、と。彼等との出会いは得難いモノだったし、彼等の忠誠心は本物であると信じている。だから敢えて、望む。自分を忘れないで居てほしい。
 身勝手なのは分かってるが、元魔王故の性分というモノかもしれない。やがて城下町付近に近づいたが、以前破壊されていた外壁は完璧で、二年前の惨事は微塵も感じさせない。人は相変わらず見かけないが、生活の痕跡はある。だが気配は無い。こんな不思議な状況、いままでにだって体験した事が無い。居るのに居ないという状況が、こんなにも寂しく、恐ろしく感じるとは思わなかった。
 街の周囲に以上は無い。魔力濃度にも変化は無い。ならば一体......
 一度間を置いて、深呼吸。意味もなく緊張している。いつものように入ればいいだけだ。
  ......ええい。このままここで突っ立っていても仕方あるまい。
  アルドは手を伸ばし、扉を開けた。




 内部に破損していた過去は見受けられない。まるでずっと以前からこうであったかのように、内装は輝いていた。気配は……無い。扉を閉じ、内部を見回す。良く見れば修復の後が見られるし、塗装も雑だ。こんな雑な仕事をする侍女では無い筈なので、行ったのは初心者―――即ち、ナイツの内の誰かだろう。民にこんな事をやらせるようなモノは居ない。そういう考えの上での結論だった。
 さて―――意図的に無視してきたが、遂に目を向けるべきだろうか。アルドはわざと視界から外していた場所へと目を向けた。
「……随分と変わったな、ディナント」
「……アルド様」
 過去自分が座っていた玉座に静まるはカテドラル・ナイツが一人、『鬼』。その甲冑は以前より黒く、もはやかつての面影はない。傍らに置かれている剣は死剣のようだ。
「喉は直したのか?」
「オレは偽りの王。偽りではあるが、王である事に変わりは無し。指示も飛ばせぬ程度では、貴方の代理は務まらない」
 ディナントの喋りが妙に遅いのは、今では誰も突っ込まない事だが、その原因はアルドにある。詳細な事態についてはまた落ち着いてからとして……フェリーテを助ける際にディナントと対立。その際に彼の喉元を切り裂いたが故に、通常の速度で会話が出来ないのだ。甲冑が放つ黒い妖気に邪魔され見えないが、その喉元は鋼のようなもので固められていた。塞ぎ方に手段なしと言った感じだが、普通に治癒すればいいだろうに、一体何で鋼なんて……
「おい。まさかその鋼……神尽を融かしたのか?」
「壊された事は気にしていない。だが、あの刀と私は一心同体。捨てる訳にもいかない故、容赦を」
 ディナントは死剣を手にとり、立ち上がった。段差を下りてアルドと同じ床に立ったところで、構える。
 武人であるディナント。剣士であるアルド。そこに言葉による語り合い等不要。全てはその剣閃で判明する。
 一刀を握る我が腕。その一太刀、鬼神の如く。
 命を繋ぐ我が刃。その一振り、未熟なれど只鋭く。
 この場所、時間に置いて、両者が戦う理由は無い。だが戦わなければならない。仮にも王同士の戦い。偽りであろうと、過去であろうと、一度は王を務めたモノ。王位奪還か、或いは存続か。望まぬ結果が起こったとしても、それは仕方ない事。
 だからこそ、この一太刀だけは、負けられない。
 経験のみが今のアルドの武器だが、それでも武人のディナントを上回るかは怪しい所。正攻法で勝てないのは千も承知。
 気づけばアルドの足元には一振りの剣が置かれていた。下位相当の粗末な剣。ディナントがくれたのだろうか……対等では無いのは分かると思う。ディナントの鎧は極位すら弾く暗黒の鎧。勝てぬ道理など本来は無い。
 だが、下が上に勝てないのは飽くまで道理だ。能力次第では、撃ち破れることだってある……運用次第だろうし、稀な事態ではあるのだが。
 あの鎧の特性は一撃を無効化する。ただそれだけの能力―――ならば連撃を加えれば良い、などと思う事なかれ。連撃だって一撃一撃を紡いだ、一撃の糸だ。そんな攻撃が通る事なんてありえない。あの鎧はそういう能力なのだから。
 ではあの鎧を無力化する方法は無いのか?
 その通り。あの鎧にダメージを与える方法は、無い事は無いが、存在しないと言って良い。概念や運命なんてモノも、この鎧には通じない。
 ディナントの切り札の一つであり、本来は始祖フェリーテ討伐に用いられる代物らしい。人間には身に余る代物であり、彼が使いこなせているのは自分の協力あってこそ。
 それもそのはずこの鎧は魔力では無く、魂を消費させる。並の人間ならば数秒で魂を喰われるらしいが、アルドのようなある極致に至ったモノに関しては、既に魂が完全へと昇華した為、絶対に欠損しない(その時点で不完全になってしまう。魂が完全の概念で守られてるようなもの)。故にアルドの協力なしには絶対に装備できない鎧で、それ故に破格で、それ故に始祖との戦いに用いられる。
 余談だが、この鎧の性能は過剰過ぎるにも拘らず、いざ始祖に使えば、それは始祖の攻撃を軽減させるだけという、それは酷い性能となる。始祖がとんでもなく強いのは誰よりもよくわかっているが、このあんまりな鎧を対始祖用防具、等とほざいた奴の神経を疑う。
 現に自分はそれを使わずして始祖に勝利した。無論、かなり死んだが。 
 ―――話を戻そう。今の状況のアルドが、ディナントに勝つ方法はただ一つ。一撃の上に一撃を重ねて連撃としない―――同時に放てばよいのだ。
 連撃が一撃一撃の糸と言ったのは、一撃目も二撃目も、別個で放たれた別の存在という認識故。ならば一撃に一切の乖離を作らずまた一撃を放つことで―――斬撃は同時となり、間違っても連撃とは認められない訳だ。
 同時に放つ斬撃など久しぶりだが、大丈夫だろうか。そんな思いが思考を駆け巡るが、瞬時にそれを否定。剣を腰へと収めた後、抜刀体勢に移行する。
 渦を巻く殺気。周囲の歪など最早目に入らぬほど、ディナントは真剣に、そして本気で、構えていた。そんな彼を前にして、そんな殺気を出されては……こちらも応えない訳には行かない。
 静寂の中の二人の王。古き王は全身の力を溜め、爆発の時を静かに待つ。偽りの王はそれに応えるように構えて時を待つ。
 ディナントが動くと同時に、アルドもまた力を爆発。
 両者の剣は殆ど同時。いや、ディナントの方が遥かに早い。ここだけならば敗北は必至。だが……正攻法で挑むなど誰が言った。問題はここからだ。
 下から潜り込むような一撃
 左から下へ滑り込むような一撃。
 これらは全て一撃の下に内包された可能性である。
 斬撃を重ねるには時間を超える他無く、それなりには速度も必要だ。そもそもそこまでの速度が出るか不安だったが、問題は無かったようだ。
 一見すれば只の連撃。しかし、その実態は、ありとあらゆる方向から放たれる斬撃を内包した究極の一撃。
 まず一撃目の斬撃で、ディナントの左手を囲い込む完璧な四連を重ね。刃の流れを極限まで殺さずに、体を滑らせ、さらに勢いを掛けた上で胴体へ七連を重ね。
 あらゆる斬撃を内包したその一撃。耐えきれるような人間は、この世に存在しない。
 忽ちの内にディナントの体は弾けて―――






 ディナントの体は半壊しているが、生命の危機は無い。砕けたこの鎧も、時間が経過すれば復活する。
 何の問題も無い。あるとすれば、久々にそれを繰り出したからか、或いは、限りなく死に近い程の疲労を永久的に背負っているからか、分からないが、ともかくアルドも無事では済まなかった。詳細を言うならば、右胸に深い切り傷、その他全身にも細かいながらも切り傷。それだけは無く、剣を持っていた左手に関しては五指が見るも無残なまでに潰れていた。痛みはあるが、今までに感じた事がある痛みで、特段驚くような事では無かった。
 ディナントと刃を交えた事。それは決して無駄では無い。今の状況、ディナントの苦しみ、今後の課題、部下たちのその後。その全てがあの殺気からひしひしと伝わってきた。
 そして王の苦しみを知って、それでも尚、アルドが戻るまで彼は、偽りでありながらも、王を演じ続けた。
 辛かっただろう。苦しかっただろう。無理に王を演じるのは。
「……ディナント、ありがとう」
 彼の意識が戻るまで今暫く待つとしよう。
 今現在が大変な状況にある事は承知。もう一度ナイツの王に戻りたいと思うならば。彼等の役に立ちたいと思うのなら。
 こんな状況、軽く乗り越えて見せよう。その状況にクリヌスが関わっていたとしても知った事か。そんな些細な事、気にしている時間など無いのだ。








 あれから二年―――ナイツ達は隠密行動をしつつルセルドラグを解放しようと奮闘しているらしいが、クリヌス只一人の仕業によって、その作戦は二年もの間失敗し続けている。
 信じたくない事だが、自分の弟子には妙にそういう奴が多い為、致し方ない事だろう。いずれにしても、放っておけば他のナイツが捕まるのは時間の問題。自分の強さが衰えているのも問題だが、クリヌスと戦っていれば大分勘は取り戻せるはずだ。一人で大丈夫かと聞かれれば不安だが、ハイと言わざるを得ない。
 部下の失敗の尻拭い、部下の仕事の補助は、上司アルドの仕事であり義務。これくらいの事は覆して見せなければ……自分はナイツ達に合わせる顔が無い。

















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