ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

忘れていたモノ

 少女が同じ牢獄に入っていたとしても、別に仲良くなるという展開が起こる訳が無かった。他の男達からすればどうして手を出さないのかが疑問であるらしいが、素性も分からぬ他人に手を出す趣味は無い。少女から何かを仕掛ける様子も無いので、一先ずは何もしない事を決めた。
 少女と同じ牢獄に入ってから数か月。男達は自分が絶対に手を出さないと理解したらしい。いつからか、少女に対して過剰なまでの身体接触を行うようになった。それだけならばまだ何もしなかったが、流石に少女が泣きながら抵抗しているのを見て以降は、労働という形で、少女を守る事にした。と言っても、少女にも、男達にも気づかせない程さりげない妨害なので、中々どうして難しい行動だが、味のない生活に刺激を自ら創造する辺り、この生活にも慣れてきたのだというのを実感してしまう。労働という模範的行動を兼ねながら少女を守り続けて、数日―――




 労働は終わり、就寝時間となった。今日も変わらず少女とは距離を取って寝ている。その気になれば睡眠など欠片たりとも必要のない自分故に、唯一支給されている毛布は彼女に上げた。と言っても、交流はこちらからはしないつもり(おそらく、過剰な身体接触のせいで、恐怖症になっている)なので、毛布はその辺に放り投げただけ。それを彼女が取ったので、厳密には上げたとは言えないかもしれない。
 思えば、どうして自分はここまで彼女に優しくしてしまうのか。別に、守っている理由はかつて見たあの死体をもう見たくは無かったから、何より嫌がっている以上は助けなければいけないと思ったから。
 何故? どうしてそう思った? 死体にしたくないのであれば最低限守ればいいだけだし、嫌がっている時だけ助ければいい。毛布を上げる必要などない。何故―――
―――皇―――
 何かを思い出しかけた時、少女の方向から間抜けな音が聞こえた。その音はどうやら、腹の音。食事を求めんと体内から発せられる信号だった。
 そうか。そう言えば、食事は残飯だった。自分は食わずとも良い故に論外として、あんな物体を喰い続けていれば、腹を壊すのも当たり前というモノ。……いや、少女もそう言えば食わずに捨てていたか。ならばやはり、重度の空腹に晒されているのだろう。食事の質の向上は認められないだろうし、このままでは、衰弱死も時間の問題だろう。あまりこんな事はしたくない。いつかバレるような事は出来ればしたくないのだ。
 だが、彼女を守るにはこうするより他ない。立ち上がって、鉄格子に手を掛けた。




 習慣の染みついた体は、意識をいつものように叩き起こす。意識に伴って視界が開き、ダルノアは完全に目を覚ました。毛布を捲り―――
 毛布が無い。反射的に上体を起こし辺りを見回す。同居人は壁に背中を預けて眠っている。毛布は無い。
 次に残飯が突っ込まれる配給口の下―――ぼろい机を見遣ると、そこに毛布はあった。まるで何かを覆うかのように、それは広げられていた。
 ダルノアは改めて周囲を見回す。監視は来ていない。他の男も来ていない。同居人も眠っている。今起きているのは自分だけだ。ダルノアは素早く配給口まで移動し、毛布を剥いだ。
 そこにあったのは、肉、野菜、スープ。パン。冷めてはいるものの、上質な食事である事に変わりは無かった。
 一体誰が? ―――神様の情けか。なんにせよ、久々に取ったまともな食事。他の面々が起きる頃には、食事は跡形も無く、無くなっていた。皿などは寝床付近に隠しておいた。






 今までは半分無意識に行っていた労働を、ダルノアは意識して動くようになった。すると、以前まで分からなかった事が、すっかり分かるようになった。
 まず、誰もその声を聞いたことが無いと言われる同居人が、自分を守ってくれているという事だった。労働の動きに妨害を交え、なんだかんだで接触をさせない。意識さえしていれば容易に分かったが、男達はまるで分かっていないようだった。
 それにこの男、他の男と何処か雰囲気が違っていた。他の男と同じような目線をこちらに一切向けてこない。それどころか、一度もこちらを直視した事が無い。どうでもいいとばかりに、しかし放っておけないとばかりに。
 その行動から、どうにも早朝におけるアレももしかすればという気がしてきたので、ダルノアは今日も変わらず業務を消化していく。自由時間の拷問は、いつも同居人が喰らっているので、実質無いも同然だった。
 そして就寝時間。いつものように毛布に包まり、寝る―――と見せかけるための、数時間の硬直は、苦痛そのものだった。
 時間感覚がもう壊れているので分からないが、深夜頃、同居人の方向から音がした、まだ起きる訳には行かない。待つ。足音はやがて階段を上り……扉を開いた。
 毛布を解き、ダルノアがそこを見ると―――同居人の姿は既に無く、代わりにあったのは引きちぎられた鉄格子と、横にずれた岩だった。
「え……」
 まさか……やはり……そういう事だったのか。業務と見せかけて岩で外側を隠し、皆が寝静まった頃、岩をずらして地上に移動。何処かから食物を調達してくる。だから早朝に―――あれがあったのだ。そして看守が中途半端に巡回しないのを利用して、敢えて壁に凭れる事で角度の問題で隠す事が出来る。同居人はずっと、これを繰り返してきたのだ。
 同居人が帰ってきたのは、それから五分後。持ってきたのは昨日とは少し趣向が変わった料理だった。そして引きちぎった鉄格子からこちらに戻り、机部分にその料理を置いた。
「あの……」
 自分が起きている事に驚いた様子の同居人だが、料理を置いた後は、再び壁に背中を預けて眠った。
「……有難うございました」
 ダルノアはその場に座って、食事に手を付けた。調理されているのは、やはりこの同居人の仕業なのだろう。有難い事だった。
 どうやらこの閉鎖空間で、最もまともなのは、この同居人のようだった。毛布はこの同居人に譲る事にした。






 ここに来てから二年。ダルノアとはあれ以降奇妙な関係が続いた。毛布を譲る譲られの攻防。何故か地上に出るのは交代制になったのもそれの一つだ。だが他の男達が起きている時は一切の会話を交わさず、そして夜では……の繰り返し。言葉は交わせないが、信頼関係が築けている事だけは分かった。そんなつもりは無かったが、拒絶している訳ではないので流るるままに身を任せているが、果たしてこの先、どうなるのか。
 不安要素があるとすれば、奴隷達の性欲が爆発寸前である事、記憶に触れるような事は何度かあっても、取り戻す事は無いと言う事だ。
 後者についてはもういいかなと思い始めてるので、不安要素は薄くなっている。ここまで時間が経っても戻らないという事は、もう一生戻らないのではないか。そう思い始めているからだ。それならそれでここで生涯を過ごすのも良し。後者に関しては半分諦めていると言ってもいい。
 前者に関してだが……近日の内に問題になる。その時、どんな対策をとればいいかしっかり考えておかねばいけない。
 でなければ、この少女は死んでしまうだろう。




 今日もまた労働だ。岩を運ぶだけの奴隷の持ち腐れ。無意味な仕事。ダルノアはいつものように粛々と作業を消化していた。同居人が妨害と共に作業し、その間に自分が作業する。いつもの一日。変わりない一日だった。強いてあげるとすれば、いつもの男達の目が違う、くらいだが、些末な事だろう。
「……あ」
 ダルノアの手が止まる。人間という生物上仕方が無い事かもしれないが、その―――尿意を催したのだ。
 この時ばかりは同居人の妨害も効かない。唯一排泄場所と言える端っこの部屋に、ダルノアは小走りで移動した。
扉を開き、用を足す。環境整備は劣悪なため、色々な排泄物の匂いが鼻を通る。臭いが、仕方が無かった。
 そう言えば、同居人がここに入ってる所は一度も見た事が無い。他の男達の反応を見るに、彼等も見たことがないらしい。人間では無いのか……まあ、どうでも良い。
 用は済んだので、身を翻して、扉を開けると―――そこには男達が群がっていた。






 やはり問題は起きたか。男達は少女を拉致し、端のほうで押し倒した。
「きゃ……!」
「ダールノーアちゃーん! 君が悪いんだぜ、その肢体で、俺らを誘惑するから」
 男達のその暴走の具合は、涎を垂らしていると表せば説明が出来るだろうか。思う存分に味わい尽くすとばかりに飢えた瞳。仮にあの瞳を直視出来る者が居るとすれば、それは常人ではないだろう。
 ともかく、男達の手はダルノアの衣服に触れかけている。あと数秒見守るだけで、服は引き裂かれ、やがてはかつてのあの死体と同じようになるだろう。
 地面にあった石を拾い、投げつける。標的は―――扉だ。
 刹那、鉄を穿つ轟音と共に、扉が粉砕。同時に石も砕け散った。
 証拠は消えた。数秒経たずして慌てた様子の看守が降りてきた。……成程。
「何何ッ? 一体何が―――って、てめえら、何やってんのよ!」
 こっちにも殺意が伝わったが、労働しているだけだ。扉を破壊した事に何て、これっぽっちも関与していない。
 男達はお仕置きとしてむち打ち百回の刑に処された。革の鞭だったのは救いだろう。




 扉は直ぐに修復され、自分とダルノアを除く全員が叱咤された。次にこういう事をすれば処刑は免れないらしい。何であれ、少女は救えた。次にこういう事が起きても同じ手は使えない故、また何か考える必要がありそうだが、それは起こってからまた考えるとしよう。
 労働も終わって就寝時間。変わらぬ日常が少し変化した。食事を地上からかっぱらった後、ダルノアから提案があったのだ。
「今日は、一緒に食べませんか……?」
 別に断る理由は無かったので、首肯。今回の食事は、二人で摂る事にした。談笑などは無い。それでも、彼女の笑顔を見ていると、自然と気持ちも暖かくなった。
 皿など何故消えてるのか疑問だったが、彼女が隠し持っているらしい。今回の皿も、同じように隠された。食事は済んで、やる事は無し。ならば寝る他はない。
 毛布は彼女にあげようとしたが、彼女はそれを拒み、むしろこう提案してきた。
「今日は……近くで寝ても、いいですか……?」
 顔を赤らめ、照れくさそうに言う彼女の顔は、非常に愛らしいものだった。別に断る理由は無いので、再び首肯。
 この日、二人は互いに寄り添いながら、就寝。毛布は互いに掛かっており、譲る譲られの攻防は、終わりを告げたのだった。自分は静かに起きて、彼女の寝顔を見るが、それはここに来て初めて見る彼女の笑顔だった。
―――皇―――
 記憶を塞ぐ壁に罅が入った。脳裏に写る彼女の姿。自分を助けた―――少女。
―――皇。お前は―――
 記憶が蘇る。遠い日の記憶。懐かしくもあり、とても大切な、忘れてはならない記憶―――





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