ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

決別の時

 この手は血に染まる。
 理想の為に、現実故に。
 そこに慈悲は無く、積もるは怨みと死体。認められようもない力。
 子供は英雄を夢見て、憧れる。
 少年は今日も英雄を目指す。
 青年は今日、英雄になった。
 英雄は神話となり世界にその刃を刻む。
 悪意なき刃は後に魔王と称され、拒絶される。
 誰の為にも振るえぬ力。拒絶と悲しみを残す意義なき刃。
 けれども。
 男は刃を振るい続ける。誰の為にも振るえぬならば、己が為に振るい続ける、と。






 作戦開始は十分後。アルドは一人、丘の上を訪れていた。そこにある、剣の墓。幾本もの剣に構成された、螺旋の墓。
 ここは『皇』の眠る場所だ。
 自分が愛した、愛された少女。その身は誰よりも尊く、だれよりも輝いていた。
「……『皇』」
 懺悔のように。後悔のように。或いは背負った全てを下すように。言葉は紡がれる。
「私は……間違っていたのかな」
 今に限った事では無いが、アルドはナイツを守りたいが故に出しゃばる事が間々ある。今回もまた、同じケースで、そのせいで今回は……エヌメラにしてやられてしまった。
 エヌメラの性格や行動傾向にも問題があるが、あんな指示を出した自分に、一番問題がある。そして、失って初めて気が付いた。
 ナイツを守ろうとしたその行動は、意図せずしてナイツを蔑ろにしており、それ故に全てを失ったのだと。
 悪い癖、なのか。昔もこういう事があった気がする。守れば守る程、当人を傷つけているとは知らずに、守り続けて。起こった結果は最悪だった。
「私は……魔王に向いていないのかもしれないな」
 魔王とは傲岸不遜であるべきで、自分のように偽善じみた性格をしているモノにはとことん合わない。『皇』はどうして、自分を魔王になんて誘ったのか。彼女が死んだ今となっては、真相は分からずじまい。だから予測を重ねる事しか、出来ない。
「こうなったのは、戦闘に時間を掛けすぎた私の実力不足。それに、指示が問題だった。責任は取るよ、『皇』」
 彼女に聞こえている訳では無い。だがそれでも……言っておきたい。
 あの魔力で体が灼けた。今のアルドに不死性は無く、無限の疲労が体を圧迫している。
 エインとの戦闘の傷は、前述の御蔭で直り切っていない。疲労も相まって、尚苦痛だ。
 こんな状態でエヌメラに勝てる訳が無い。それでも、責任は取らなければならない。
 アルドは墓の前を掘り返し、埋めてあった小瓶を手に取った。小さいながらも強固な蓋を開け、中身を飲み干す。
「ナイツには申し訳ないと思っている。侍女にも。だが私は、謝るわけには行かない。謝るくらいならば、最初からする訳がない。―――お前の頼みを果たせなくて、申し訳ない。私は今日、ナイツを救うために、この魂を糧としよう」
 アルドは墓に背を向け、歩き出した。エヌメラにどうして勝てたか。今になってやっとわかった気がする。
 今なら勝てる。
 確固たる自信を胸に、アルドは城へと戻っていった。






 侍女には留守番を頼んでいるが、理由は言うまでもないだろう。奪われる事が分かってると言うのに、そこに何かを持ち込む馬鹿は居ないという事だ。
 武器は只一つ。連れ去り際にディナントが残した『神尽』だけだ。この剣の特性は良く考えればエヌメラと相性が良く、むしろこれが残してあった事が偶然であるとは思えない。
 ディナントの事だから、残しておいてくれたのだろう。自分が来てくれると信じて。こんな事をされては、来ない方が道義に反するというモノ。むしろこの御蔭で勝算が見えたので、期待には応えられる。確実に。
 命のストックは一つ。只の人間と何ら変わらない。死ににくいという事すらなく、疲労がある分、むしろ死にやすいだろう。魔力の根源であるエヌメラと対等であるとは言い難く、圧倒的にこちらが不利なのは明白。それでも勝たなければならない。それが『勝利』として、『魔王』として、『地上最強』としての、最低限の責務だ。
 チロチンの背中に乗って数時間。ここはアジェンタ大陸、遥か上空。自分が死んでいないことを察知していたようで、エヌメラは大陸全体に結界を張っていた。その強度は如何にアルドの全力でも傷一つ付けられない……が、神尽の特性故にそこに意味はない。何はともあれ、結界の内側はエヌメラの庭。チロチンは連れて行く事が出来ない。
「チロチン。一つを約束してくれ。私はナイツを必ず連れ戻してくる。その代わり―――」
 その言葉に、チロチンは感情一つ揺らさず、低い声で頷く。
「承知。如何なる状況だろうと優先させましょう。ではアルド様―――御武運を」
 言葉よりも態度。アルドはチロチンの背より飛び降り、結界の頂上へ、神尽を突き刺した。




 エヌメラ程の魔力は、簡単に場所を特定できてしまう程に存在感がある。結界の内へと侵入してから、アルドは愚直にその方向を目指して歩いていた。天候は操作されているようで、唐突に嵐や雷、雨が降り出すがそれでもアルドは止まらない。致命傷で無いのならば、特に抵抗はしなかった。体の至る所から出血しているが、状況故に大した問題では無い。命は一つ。一度死ぬ事も許されないとは言うが、要するに死ななければどうという事はない。
 道中では強化された魔物の集団に出くわしたが、今のアルドにはやはり敵では無かった。一度肩に噛みつかれたが、致命には程遠い。
 そうして辿り着いた先は、洞窟だった。異様な魔力を放つ洞窟。仕掛けがあるというのは直感で分かった。
 だからと言って止まるアルドが既に居ない。躊躇なく足を踏み入れ、最奥へと歩んでいく。
 唯一の天敵、アルドの憤怒を、この結界は確かに感じ取っていた。






「やはり来たか、アルド」
「……主様が、来たと言うのか」
 エヌメラの背後ではナイツがそれぞれ四肢を鎖で縛り上げられている。抵抗できないように魔力吸収の特性を付与した。あの鎧男と、この女性には通じないが、あちらも抵抗する気が無いようなので、それ以上は、何もしていない。
「お前は我が子を孕む妻となるのだ。あの男の事など忘れろ。私は寛容だ。別れの言葉を言う時間程度は幾らでも割こう」
「魔力の根源。原初の時より生まれし怪物よ。お主は確かに万能であろう。魔力を持つモノであればまず勝てる道理が無く、例外である妾達でさえ、勝ち目が極めて薄い。お主を知れば皆地上最強と申すだろうの。じゃがな……永久不変は生命の規定に反する。魔力が人々の生命と密接に関わっていると申すならば、即ち魔力とは生命の規定を外れるモノではない。お主が最強ならば、次点は主様。―――言うまでも無いじゃろう? お主は主様に勝てぬ運命じゃ」
「その言葉は裏を返せば、アルドに勝てば貴様をモノに出来る事に他ならない。その発言は本来は極刑相当だが、特別に許そう」
 エヌメラは即席の玉座から立ち上がると、フェリーテ達を縛り上げる鎖に、軽く魔力を込めた。数秒、それは拘束を緩める鍵となり、やがて全員解放された。
 魔力を持つモノは皆気絶している。フェリーテは驚いたような表情で、エヌメラを見据える。
「何を驚く? あの男がわざわざ来るのだから、万が一にも私を超える事があった時、報酬を与えるのは当然の事だろうに」
 エヌメラは魔力を巧みに操り、如何にも複雑な魔法陣を、たった二秒で描き上げた。魔術には精通していないが、魔力の組み方から察するに、転移の魔術だろうか。
 その出来に、満足そうな笑みを浮かべ、エヌメラは再び玉座に着く。その圧倒的な魔力、存在感。全てがアルドを軽く上回っている。
 アルドの気配が近づいてくる。黒い憤怒を孕みながら、殺意の焔を滾らせて。
 こんな感情は見た事が無い。強いてあげるとするならば、自分と―――始祖としての全力を出せた自分と戦った時。だがあの時には憤怒が無かった。彼が感情を出す事も珍しいが、それ以上にこれ程までに黒い感情は、きっと生涯に一度出るか出ないか。それ程までにその感情は爆発していて、そして恐ろしかった。
 アルドは今、本気だ。身体的ではなく、精神的に本気だ。
 元来、人間は任意で全力を出す事は出来ない。だからアルドの本気とやらも、実は全力では無かったりする。
 だがこれは……全力も全力。アルドの壊れた精神には重すぎる程の負荷だ。この感情が覚めた後の心は、果たしてどうなってしまうのか。
 時は訪れた。一時間が経って、アルドはその姿を見せた。
 そのアルドの顏の、恐ろしさ。悪鬼そのものであり、絶望を帯びた瞳は、こちらの心内を空虚なものにする。
「何故来た」
「ナイツは私にとっての存在意義―――これ以上に、来る理由は必要か?」
「―――無いな」
 エヌメラは王剣と死剣を何処からか取り出して、立ち上がった。アルドもまた、見覚えのある一振りの刀の柄に手を掛けて、抜刀体勢に至る。
「せっかく生き延びた命を燃やしに来るか。それもまた良し。死ぬといい」
 無動作、無音。エヌメラは魔力の球を生成し、アルドへと放った。
 その魔力の量、一度目の三十倍以上。底が見えない程、膨大な魔力。それは認識がずれる程の速度で射出され、アルドの体を今度こそ―――
「―――ハァッ!」
 解き放たれた退魔の刃は、あらゆる魔を払いのける。球と刃とが衝突し、爆発。余波などは無く、球のみが消え去った。
 エヌメラは驚いた様子で武器を見る。
 そうか。あの刀は―――ディナントが持っていた刀、神尽。抜け目のないエヌメラが見落とすとは考えにくい。ディナントの計らいだろう。
 アルドの全身を、紅い線が包み始める。全身に宿るその線は、さながらアルドの生命力。
「……この刀は退魔の刀。お前が如何に魔力を持とうと、この刀の前では意味を成さない―――ここがお前の死地と知れ! エヌメラァッ!」














 
 

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