ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

それでも私は

 魔王の正体を聞かなければ良かったと、どれ程後悔したか。聞きたくなかった訳では無い。だがこうして聞いてみると……やはりそれに絶望せざるを得ない。確かにアルドが通せというのも納得だ。こんな奴に歯向かった瞬間には、消し炭になる事間違いなし。よくもまあアルドはこんな魔王を人間時代に倒したモノだ。彼が『勝利』と崇められた理由も良く分かる。それが相性によるモノだとは分かってるが、それでもアルドは大幅なハンデを背負った上で勝ったのだ。改めて尊敬する。
 フェリーテからその言葉を聞いた後、誰も何も言う事は無かった。あのユーヴァンでさえ沈黙している。そしてこの自分―――チロチンさえも。
 呑まれないようにしているのだ。その言葉を聞いたその瞬間、心臓をわしづかみにされたような奇妙な感覚。ディナントとフェリーテ以外は、それに耐えているため、黙らざるを得ないのだ。
「こうなると分かっておったから言いたくは無かったんじゃがのう……倒れそうなモノはおるか? もしつらいなら素直に述べると良い。妾が消し去って見せよう」
 そんな甘言も聞こえるが、ナイツにはナイツの意地がある。誰一人として何かを言い出すモノは居なかった。ちなみに近くにいた魔人兵には、聴覚遮断の魔術を使っておいたため、害はない。
[ミンナ……ジョウ……ブ?」
ジバル出身のディナントは、何も感じていないようだ。その理由は明白だが、だとすると……矛盾が生じてしまう。
「フェリーテ……何故お前は呑まれそうになったんだ? ディナントと同じなら……」
「ん、ああ、その事か。何、魔力が無い妾達は確かにそなた達のような被害は被らんであろう。しかし……奴の真髄、それを妾は直に見てしまったからのう。存在の大きさに呑まれかけたというだけじゃ」
 フェリーテは任意とはいえ、基本的に『覚』と呼ばれる、相手の心を読み取る能力を使っている。しかし、それもまた飽くまで任意発動であり、その気になれば読み取りレベルを強化し、相手の真髄を知る事が可能だ。やはり、幾ら大妖怪と言えど、先代魔王に比べれば、小さい存在なのだろう。アルドの強さを疑っている訳では無いが、しかし。諄いだろうが、しかし。
 何故勝てた?
 心臓を掴まれるような不快感が薄れてきたので、発言する。
「誰か知らんのか。アルド様の戦いを知るモノは」
 ファーカは先程の感覚に相当応えたようで、こちらに体を凭れ掛けてきたが、それだけだ。皆、俯いて何も言わない。
「妾が見ようと思えば見れるがの。記憶越しですら呑まれそうになった戦いじゃ、あれ以上見れば妾の方が死ぬ。見たくはないのう」
 オールワークが一歩進み出る。
「アルド様はあの日の事を語ろうとはしませんからね」
「……何だオールワーク。お前、大丈夫なのか?」
 オールワークは無言で左手を上げ、薬指に嵌められた指輪を見せる。「……そういう事か」
 アルドがこの城を出てから三時間は経ったか。未だ帰還してこない。ヴァジュラ曰く、魔術も異名持ちも特異体質も一切使わないで互角に戦える事の出来る人物だそうだが、アルドの強さを知っている手前、とてもではないが、そんな人物が居るとは考えられない。……居ると言うのだから、まあいるのだろうが。
「ありがと。御蔭で不快感が消えたわ」
「ん? あ、ああ」
 ファーカがこちらに笑顔を向けてきたが、お礼を言われるような事は何もしていない。疲れた親友にかってに凭れかけられただけだ。そもそも、ファーカが小さすぎて、凭れていたかすら分からなかった。
 それを指摘すると十中八九激怒するので、指摘はしないが。
 それを見ていたフェリーテが穏やかに微笑む。「全員、呑まれはしなかったようじゃの」
「あ……当たり前だぜ……おうっ」
「え、ちょっと大丈夫ユーヴァン? 辛いなら僕の肩を貸すけど」
「……大丈夫じゃないみたいだな」
「そうねー。あの黙ると死ぬユーヴァンが黙らざるを得ないなんて、相当やられたみたいね」
 声に驚き、横を向くと、いつの間にかメグナが立っていた。いつもはその辺りで『骸』と喧嘩をしているモノだが……まあ、『骸』が居ない故に暇を持て余しているのだろう。実際、彼女の相手を出来たのは後にも先にも『骸』だけであり、彼なしでメグナが力を持て余すのは必然だと言える。
「骸が心配か?」
「ばッ……! 何言ってんのよッ、アイツの事なんか……心配な訳無いでしょ」
「その割には元気がなさそうだが?」
「うっさい!」
 自分からふざけておいて何だが、アルドが戦っているのに自分達が呑気に過ごしていいのかとも思う。命令が無ければ、今頃アルドの加勢に行ったかもしれない。
 だがアルドは、何が何でも上陸させるなと命令した。それは自分が戦っている間に侵攻されては元も子も無い故の発言。
 だが、不思議な事に、アレ以降船は一隻も見かけられない。フェリーテも探知しているが、特に出現するような事はないという。
 ともかく、珍しくアルドの予感は外れた。だが……アルドの予感が外れたという事は、相応の要素が加わったという事。予感という言葉に信ぴょう性は無いが、アルドが過去相手した人物だ。性格を良く知っての命令だったのだろう。だから予感と言うよりかは、厳密にはエインと言う男の以前の戦略を鑑みた命令だという事だ。
「……む?」
 その予感が外れたという事は。
「……気を付けよ。主様以上の魔力がこちらに接近しておる……!」
 最悪の展開へと至るという事だ。










 百、いや、百二十は殺したはずだ。既に船内は銃弾と斬撃痕でボロボロ。確信できる。まず間違いなく、この船の特性は無効化されていると。そして今一度問おう。
 後何回殺せば良い?
 二人はひたすらにせめぎ合い、削り合った。己が身をぶつけ合い、互いを殺し合った。殺し合って……それでも両者は死なない。限界を突破した自分を以てしても。疲れ切ったアルド相手に、互いが唯一欲する死を与える事すら出来ない。
 英雄アルド。その不死の境地に至った故は、先代魔王を殺した影響だろうか。あんなもの殺せるのは人間では無い。受けて当然の呪いだ。
 元々戦いで疲れていただろうに、今度は永久に取れぬ死の疲れを背負っていると来たか。哀れとは言わない。それは侮辱になる。
「っち……!」
 火薬音。銃弾は敵へと飛来し、その命を穿つ。だがそれを許さぬ刃は容易くそれを弾き、むしろこちらへと死を手向けてくる。
 斬撃と銃撃の交錯。光速に限りなく近い域での高速戦闘。互いの背は死へと向けられて、気を抜けばどちらかが死へと堕ちる事は必至。
 跳弾利用の銃撃がアルドの頭蓋へ命中。黒い穴が穿たれ、アルドは地面へと倒れ込む―――
「うおおおおおおおおおおおおッ!」
 残りの銃弾は八十発。弾は全て炸裂弾。一射一殺程度の威力では収まらない。
 勝つためには―――これしかない!
 倒れ込むアルドの頬を思いっきり殴りつけ、吹き飛ばすと同時に、アルドの体に跨るように突っ込み、位置を確保する。
 狙うは頭。エインはアルドの両目に銃口を合わせ、引き金を引いた。
 一発。二発。三発。
 アルドの両目が潰れ、なにやら『目』だったものが顔から垂れる。
 十発。二十発。
 遂に顔とさえ言えない程、アルドの顔はぐちゃぐちゃになっていた。それでも死んでいる訳が無いので、エインはそれでも射撃を止めない。
 四十発。五十発。
 頭が完全に消滅したので、立ち上がって、照準は心臓へ。一発撃ち込まれるたびにアルドの体が炸裂し、原型を感じさせなくなる。
 七十発。八十発。全弾撃ち尽くした。




 そこには、アルドという人物がそこに居た。この男は、かつて無謀にも魔王に挑み、そして勝利した男。『勝利』を継いだ男。
 彼は英雄と呼ぶには些か弱い。善良で軟弱にも関わらず、仮面を被って、無情を装って、強がる。そうする事で、彼は何度も逆境を跳ねのける事が出来た。彼の結末は悲しいモノであったが、それは同時に新たな出会いの始まりであり、彼は後悔していなかった。
 魔王を、裏切りを、あらゆる困難を乗り越えてきた彼だが、今日この日を以て……ようやく安息を得る事が出来たようだ。




 エインは魔術を発動。一応は召喚主だ。あっちは連絡せずとも分かっていると思うが、報告くらいはしないといけないだろう。
「―――アルドを殺した。そっちはどうだ?」
「……ほう。流石は元『勝利』か。やはりアルドを殺すにあたって、貴様こそという私の判断は間違っていなかったようだ」
 エヌメラはしゃがれた声で笑う。この世界で唯一の天敵が居なくなった事が、余程嬉しいのだろう。
「こちらは大丈夫だ。どうやらアルドは抵抗さえしなければ私が手を出さないと思っていたようだがな……」
「手を出すのか?」
「いや、殺しはせん。殺しはせんが……アルドと共に居るにしてはそこそこの女が居るのでな。魔力を支配して、私の者にする事にした」
 アルドは死んでいるので、もう何も変わらないが、もしアルドが生きているならば、それこそ激怒などというレベルでは収まらないだろう。おそらく長年の名残である騎士道すらも投げ捨てて、敵を殺そうとするのだろう。
「……そうか。じゃあ俺も帰るから、合流したら約束通り殺してくれや」
「約束は守ろう」
 通信は途絶えた。
 この世界で唯一張り合えた相手が居なくなったことだし、この世界にはいよいよ未練が無くなった。そう言えば、アルドの消耗の為、こちらに船員を回し過ぎて、大陸を包囲する程人員が居なくなった―――いや、蘇生すら出来ないので消滅したと言った方が正しいか―――とにかく、侵攻には関われなくなった。アルドの仲間思いを考えれば、これもまたアルドの掌の出来事のように思える。部下に負担を掛けさせない為……そう考えると、一本取られたようで悔しいが、何にせよ勝ったから良い。試合に負けて勝負に勝った。終わりよければ全て良しだ。
 エインはアルドの死体を見据え、呟く。
「アルド。お前は安息を得てしまったな。御蔭で、お前の部下たちはエヌメラに洗脳されるそうだ。お前の事だ、人間時代にもまあ美人は居たしな。さぞ美人で一途な部下に出会ったんだろうが、それもここまでだな―――『魔力の根源エヌメラ 』の前じゃ、魔力を持つ時点で勝ち目はない。どんな一途な部下でも、奴に掛かれば忽ち肉奴隷だ。抗える奴なんて、この世界にはお前しか居なかったんだよ」
 アルドはその魔力を引き出せない体質。エヌメラを斃した事で、あの不死の境地へと至っただけであり、元々はそういう体質の人間だった。だが、語弊がある。引き出せないのではなく、自身の魔力との接点が一切ない、つまりは、魔力そのものを持っていないという体質なのだ。この魔力に満ちた世界は、良くも悪くも、どんな行動にも魔力を使う。歩く、食べる、飲む、戦う、交わる。全てに魔力を使っている。つまり、殆どの者は、若干の身体強化が掛かっている状態で過ごしている。だからこそ長時間動けば(魔力切れで)疲れるし、魔力を無意識に使ってるが故に、途端に使えなくなると、体が動かせなくなって、死ぬ。(魔力切れ)
 これを踏まえて言えば、アルドは唯一魔力切れで死なない人物と言える。生まれた時から魔力が流れていない故に大幅なスペックの低下を受けながらも、尚諦めず最強へと至った人物。そして魔力とかかわりが無いからこそ、唯一魔力の根源エヌメラに抗えた人物だった。
 彼が死んだ以上、エヌメラこそが地上最強だ。彼に勝てる者など、もうどこにも存在しない。
「眠れよ『勝利アルド』、かつての俺みたいにさ。もうお前が背負うべきものは何もないんだから」
 エインは身を翻し、船を消すべく表へ出る。この船と一緒に消えれば、死後のアルドがエヌメラに使役される事は無くなるだろう。自分は船が無くとも泳げばいい。だから―――この船を消して、アルドに終焉を与えるつもりだった。それが後輩への優しさだと思った―――
 エインの胸から、黄金の何かが突き出した。
「――――――は?」
 力が抜ける。抗おうとも閉じ込められていた力が解放されているようで……何も出ない。
「ワタシガアンソクヲエルダト……」
「アル……ド」
 口元から血が滴り落ちる。これは……アルドが頑なに使わなかった剣。
 ―――ああそうか。だから船も不死性を失った訳だ。
「ザンネンだが……ナ、安息を得る権利なんてワタシは欲しくない。ワタシが真に欲っするは、我が最愛の部下達カテドラル・ナイツの幸せな未来と日々! 安息を得る。確かに魅力的だ。だが、それでも……私は……アイツらの為に、死ぬわけには行かないッッ!」
黄金の刃が引き抜かれ、エインはその場に崩れ落ちた。アルドは血を払った後、リスドへと戻るべく、再び跳躍した。
「………………っけ、馬鹿が」
 他人の為に自分への安息を拒否するか。魔王だ何だと言ってる割には、英雄アルドが抜けてないみたいだぜ?
 意識が崩れ、散っていく。潮風は今のエインには少々きつかった。



















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