ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

勝利冠りし者達

 近接戦においては、銃よりも、剣の方が有利。それは数十年以上前より伝わる、不変の摂理であり、余程の事が無ければ覆らない関係だ。
 エインとの戦いを一言で言えば、一手先を読み続ける戦い。銃が近接戦においては不利? そんなものエインには通じない。エインは銃の達人であると同時に、体術の達人だ。近接戦でどう銃を活かせるかなんて、研究済みだろう。
 どうしてエインが剣を使わないか? それはおそらく過去に因るモノだろう。まあ……あんな事があっては……剣が握れなくなるのも……無理はない。自分でも、果たして耐えられるか。
 自分の剣閃を見切ったエインは跳躍をして回避。エインを視界外に行かせる訳には行かないので、アルドも斬撃の勢いを殺さず回転。着地は狙えそうもない―――エインが空中でこちらに二挺の銃口を向けているからだ。アルドの飛び込みを制すようにエインが二発発砲。半拍遅れて、アルドの左右に二発。
 エインを銃の達人たらしめているのは、その異常なまでの計算の速さである。エインは分かっている。只銃口を相手に向けていては、それがアルドならばまず当たる事はないと。如何に速かろうと軌道は直線。見切るのは、『勝利』からすれば造作も無い事だからだ。
 故にエインが取る戦法は、跳弾を活かした包囲網戦法。跳弾で動きを制し、相手が回避できぬ刹那の隙に、鉛を撃ち込む。壁や天井を利用するならばまだいいのだが、エインは跳弾した銃弾すらも壁として跳弾させる。即ち、跳弾中の弾に弾を当て、弾くという芸当だ。エインは、そこにあるモノ全てを壁として弾を跳ね返す。これが如何に難しいかは説明するまでもないだろう。普通に考えて不可能だ。人間離れした芸当だ。
 どんな素人でも死ぬ気で何十年と剣を振れば、自分のようになれるが、これは何百年かけても体得し得ぬ、まさにエインだけの固有技能。これが初代『勝利』の実力だ。剣を捨てていても尚この技量。驚嘆の一言に尽きる。
 こちらに放たれた銃弾を、真下へと叩き落し、跳弾を回避。何気ない回避だが、左右に弾いていれば、跳弾が発生して首に命中していた。死にはしないが動きが止まる。
 着地を考えていない射撃だったので、エインは頭から無様に落下するが前述の技量により、下手には攻め込めない。エインは体勢を立て直す。
「流石に一手くらいじゃ当たらないか。ま、当たり前だよなッ」
「何度も喰らってるからな。そりゃ当たらんよ」
言いつつ二発の跳弾を切り裂き叩き落す。「こいつも当たらんな」
 跳弾を利用した跳弾を回避した場合、最初の跳弾の軌道が変わらないので、それは変わらず標的じぶんに当たる。いやらしい戦法だ。弾こうが弾くまいが結局弾が飛んでくるのだから。
「……銃だけを使おうなんて考えはやっぱり通じないか」
 エインは自らの後方に銃弾を放つと同時に、アルドへと駆け出した。跳弾は壁を、天井を跳ね、アルドへと迫りくる計算―――軽く弾を薙ぐが、それと同時に飛び込んできたエインが、豪快な飛び蹴りがアルドを吹き飛ばす。背後の壁が壊れ、アルドは埋る。
 その反動で地面へと叩きつけられるが、エインは素早く横に転がって退避。エインの居た場所に、死剣が突き刺さる。額から汗が流れ落ちるのを感じ取りつつ、エインは立ち上がって再び突っ込む。
 だが近接戦はアルドの本領。エインが踏み込んで間もなく、斬撃の嵐がエインの全身を包み込んだ。
 銀閃はエインの死を誘う。この刃に一度当たれば死ぬだろう。生を望まぬならばあたる事に抵抗はない。
 だが―――この戦い、負ける訳には行かない。
 刃の嵐とも言うべきアルドの猛攻に、エインは銃、或いは自身の身体を最大限活用し、防いで見せる。銃の耐久度が死剣を上回っているとは思えないので、逸らすようにして受けている。
 しかしじり貧なのに変わりはない。
 右より来る刃を銃で受け、一発発砲。左上。紙一重で躱し、一発。真上。鎬を挟み込むように防御。二発。
 あのまま戦えば体力勝負。だが行動次第ではこちらを優位にする事が出来る。
 アルドもそれを察したのか、身を翻し跳弾を―――
 斬るのではなく、アルドはエインへと掴みかかり、半ば強引に位置関係を変えた。背後より集約する弾を受けさせようと言うのだろう……だがそれは悪手だ。
 エインを盾にしようとしたアルドの背中に―――合計五発の弾丸がぶち込まれた。
「なッ……?」
 地面へと背中が叩きつけられると同時に見た光景は、エインがこちらの額に照準を合わせている死の光景。
「あばよ」
 魔王アルドは額に銃弾を撃ち込まれた程度では死なない。それはエヌメラから聞いている筈だ。
 ならば何故、『あばよ』と言ったのか。
  アルドは出し抜けにエインの手元を蹴り上げ、照準をずらす。半秒遅れて銃弾が発射。先んじて頭頂部を守るように右腕を挙げると――――穴を穿たれたような激痛。
 ずらされる事も想定内か。抜け目がない。
 アルドは剣をエインに向かって投擲。エインは紙一重で躱すが、攻撃の体勢が解かれたその瞬間がねらい目……!
「ぬかったな」
 アルドはこちらに銃口が向くよりも早く懐へ飛び込み、右腕でエインの顎を掴みあげ、地面へと叩きつける。
 刹那、アルドの右腕―――丁度弾丸が埋まった場所が炸裂。右腕が跡形も無く吹き飛んだ。顎への拘束が無くなったエインが、動揺で開いているアルドの口に銃口を突っ込み、発砲。火薬が炸裂し、弾丸が射出される。
「……ヵッ」
 もう一方の銃をアルドの耳に接着。発砲。感覚神経が吹き飛んだのは間違いない。体勢を保てずアルドは、その場に崩れ落ちた。
 ……やったのか。
 エインはアルドの体を横にずらし、起き上がる。
「ふう……あぶねあぶ」
 気を抜いたその一瞬。それが命取りだった。エインの首は、背後から伸びる筋肉質な腕に一瞬で締め上げられ、意識を忽ちの内に奪われかける。力が入らない。左の銃もその場に落としてしまった。意識を失うまで、あと一秒も無いだろう。この船の特性があれば、自分は死なない筈だが、だからと言って死にに行くのは早計な考えだ。
 どうしてか? この船の特性が健在であるならば、どうして部下達は死んだのだ、という事だ。それはつまり―――特性が発揮されていないという事。
 反射的に銃を背後へ向け、滅茶苦茶に乱射。その全てが肉に沈むような音が聞こえたので、命中したのだろう。やがて腕から力が抜けたので、脱出して、身を翻す。
 そこには五体満足のアルドが、いた。
 何故? 銃弾は命中した筈だ。顔面がぐちゃぐちゃになっていたとしてもおかしくはない。それなのに……何故だ? 
 見た所剣は投げたままなので、武器の特性という線はありえない。
アルドは一瞬だけ笑みを浮かべると、無駄のない動きで肉迫。エインの顎を狙った拳を回避するが、隣の壁に穴が開いた。
 徒手空拳で勝負と来たか。
 考える時間など無い。全ては本能のままに動けばいい。銃を捨て拳で語るのだ。再び繰り出される拳をいなし、返しで一発。
「ほう」
 どうやらアルドと比べると少し拳速が遅いらしく、腕を取られてしまった。対応の時間を与えるアルドでは無い。瞬間、自分の体は宙へと放り投げられた。数秒後に襲い掛かる激痛。投げられたのだ。
 昔より強さが上がっているのはお互い様か。違いがあるとすれば、あちらは努力で、こちらは召喚主によって無理やり出しているだけだ。
 だが、間違いなくこう言える。お互いが生前であれば、間違いなくこちらが勝った。ありえない可能性なので言及はしないが、間違いなく何回かはアルドを殺している。自分は一度も死んでいない(何だか不死が無効化されているような気がするから死ねない)。紛れもなく有利か? 否、不利だ。その理由は一言で言い表すならば。
 後何回殺せばアルドは死ぬ?
 投げられた痛みをこらえつつ、起き上がる。同時に顎狙いで掌底を放つも、アルドはゆっくりと躱し……そこから素早く三連発。全てが鳩尾に決まる。エインは数メートル程吹き飛んだ後、大きく吐血した。
 不意に頭上から不穏な気配を感じたので、素早く横へ飛び、先程の位置を見遣ると、アルドが死剣をこちらに振り下ろしていた。刃は地面へと突き刺さっている。
 アルドが剣を回収した。
 嫌な予感が拭いきれず、エインは自らが離した銃を見据える。その距離、僅か数メートル。だが、死の可能性は無限。たとえ僅かな距離だろうと、獲物を持つ持たないでは話が違う。
 銃も無しにアルドの攻撃は捌けない。エインの脳内に、敗北の文字が浮き上がった。
 ……いや。
「アルドよぉ。お前は一体何回殺せば死ぬんだ?」
「……ん? ああ、その事か。確かに教えぬままは不公平だし、せっかくだから、俺の不死の原理を教えるとしよう」
 不公平。おそらくこれはエインの悪い予感とつながっている。やはり自分の不死は消えているのだろう。それがどうしてかは幾つか考えられるが、もう一方の黄金の剣に何かがあるのだろう。頑なに使おうとしないが、その理由は何なのだろうか。
「俺の体は真に不滅。無に帰そうが形成概念を破壊されようが、何度でも復活できる。だけどな……それは俺には過ぎた力。一つだけ弱点があるのさ」
 アルドが説明に集中している間に、足に力を集中。今飛び込む訳には行かない。せっかくの情報を聞き逃してしまう。
「俺は何年戦おうと疲れはしないが、死ぬ度に、少し疲れる。俺に死亡制限があるとすればそれは俺の疲労がたまりきって体一つ動かせなくなるまで、そしてその時こそ、俺の魂は死ぬ。そしてこの疲れは、俺が好意的、或いは好意を向けられているモノと一緒に居る間だけは和らぐ。だが、永久にとれる事はない。そして、余りに過ぎたダメージは超過して、かなりの疲労を貯める。俺自身、何回死ねば死に切れるか分からない。だがお前と会った時よりは、或いはエヌメラを斃した時よりは確実に疲れている。お前達を斃した後も、私の戦いは終わらなかったからな。不死の境地へと至った時から何度死んだか……まあ、そういう事だよ。お前の攻撃が効いていない訳じゃない。何回かは死んでいるさ」
「じゃああれは何だ……右腕を吹き飛ばしたと思った時には回復しているのは」
 情報は引き出すに越したことはない。アルドが以前有利なのは変わらないのだから。あちらもそれを分かっているからこそ、敢えて対等な勝負とする為、情報を開示しているのだろう。
「私の再生能力だ。我々生物の認識は一直線で居るようで、その実、点線のように途切れている。そして私達はそれに気づく事が出来ない。簡単な話だ。私の再生はその認識の間隙の中で行われる」
「―――そうかッ」
 その言葉が切れるや否や、エインが飛び出し、銃を取る。転がるように取りに行ったので、アルドが追ってきた場合は不意打ちする事だって出来る。
 だがアルドは、一歩たりとも動こうとはしなかった。
 都合が良い。エインはそのままもう一つの銃も回収。互いの武装が元に戻る形となった。
 ……何故動かなかったかは分かっている。いやはや、悪い癖だ。お互い本気でぶつかろうとしても、それでもやはり、最初は少しだけ手を抜いてしまう。いや、語弊があるか。確かに自分達は本気だった。でも、それは飽くまで英雄アルドと船長エインの戦いの上での本気だ。自分は勿論、そのまま決着させても良かった。
 だがアルドの方が気に食わないらしく、これは所謂仕切り直しだ。今度は違う。高速の領域では無く光速の領域だ。もはや喋る暇はないと言っていい。喋っている間に死ぬのは明白だからだ。
 アルドの纏っていた殺気が変わる。楽しむものから一切の感情無き、純粋な殺意へと変わっていく。こちらも相応の準備をしないといけないのは確かだが、やはり装填数を超えないようには立ち回らないと行けない。
 ……
 エインは銃を強く握りしめ―――そして、宙に放り投げた。二丁の銃は、くるりくるりと回って落下。
 アルドが認識の隙間に再生すると言うのなら、自分はそこを穿つまで。
 刹那、一切の行動を許さず、エインがアルドの顎へ銃口を突きつけた。距離は離れていた。移動する様など見えなかった。
 乾いた銃声が、辺りに響いた。









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