ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

最強vs最弱



 海上を走る事など人間には到底できない。ジバルには最初に出した足が沈む前に次の足を出せという言葉があるが、無理だと思う。というか無理だ。水程度では次の足を踏み出すための力が足りず沈む。
 船は遥か遠方に位置している。こちらの攻撃が届かない事はないが、あの船そのものは世界に一つしかない異名持ちの船、幽船『魂想』だ。特性は乗船している物体に不死性を付与する。そしてこの船にも不死性は適用される。即ち、壊れても沈まない船、という事だ。
 リスド大陸を囲んでいた船は、エインの船員の能力で複製された船だ。この船だけはやはりと言うべきか、ファーカの鎌によって、消滅はしていなかった。『能力で複製された船』が消えたのだ。
 恐ろしくはあるが、あれはエインが部下を減らさぬようにと使っている船。余程の事が無い限りエインはあの船の能力を嫌っているので、船からは降りてくる。なので、生前であればきっと泳いででも自分の前に現れただろう。不死をわざわざ放棄し始める所から察せる通り、エインという男の損得勘定は、良く分からないが……
 しかしながら今回は無理やりの蘇生。お互い死力を尽くして決着した戦い。その末にアルドは辛勝したが、今回のこれは、その決着した戦いをやり直すようなもの。自分もそうだが、あまりいい気はしない。あの戦いは既に終わったのだ、お互いやる気などないし、やっても泥仕合だろう。――――――そこに、エインの自由意思があるならば。
 船から出ない事から既に察せるが、エインはあの船を依代に蘇生されたのではと思う。だからこそ船から離れる事は出来ないし、泳いでここまでは来ない。
 ここから導き出される結論として、自由意思は恐らくない。エヌメラがそんな事を許す訳がない。となれば、道は一つ。もう一度あの戦いの結果を再現する他はない。
 足に燃料を注ぎ込み、爆発させる。それは魔力では無く、只の心持だ。くだらないと言えばそれまでだが、アルドのような人間には、下手な身体強化よりも効果がある。身体の枷を地面へと投げ捨て、力の通りを最大限まで改善。フィージェントに出した全力よりも、もっと強く。限界を超える。そこまでしなくては、強化されたエインには叶う道理が無い。
 そうだ。今自分はここで立ち止まる訳には行かない。最強として、唯一エヌメラに勝ちうる人間として。そしてまがりなりにも『勝利』の名を冠る者として。
 全身の力の一切を完璧に制御しきったアルドの跳躍は、遥か遠方に存在する船へと軽々と着地する事が出来た。顔を上げると、殺意を滾らせこちらに獲物を向けてくる男達。
 ……思い出した。いや、忘れていたと言った方が正しいか。最強である事は苦しい。だけど……ああ、そう。戦いとはこうでなくてはならない。殺される恐怖、殺す虚しさ。戦う興奮。全て備えてこその戦いだ。
 アルドには、少なくとも三つ、心のスイッチが存在する。親しい者と接する時の自分、出来れば最強などやめてさっさと死にたい自分、そして―――幾重もの仮面を被り、無理やりに戦いを重ねる、自分―――
 楽しい? 悲しい? いや、そのどれもが全て仮面。アルドの真意を、それこそ見たモノはフェリーテをおいて他にはいない。心の底ではまだ脆弱で、情けないのを必死に隠しているだけ。ナイツはそれを分かっていて、フェリーテはそんな自分を含めて、全てに恋をしてくれた。
 そんな彼等が不幸になるのは、そんな彼等が死んでしまうのだけは。絶対に赦す訳にはいかない。そんな彼等を殺す奴らにこそ、アルドは刃を向けて見せよう。それはたとえ相手が人間でも、神でも、魔王でも。世界そのものだとしても。そしてその行為が、どれ程極悪だったとしても―――アルドは仮面を被り続けよう。
 この不滅の体は、その為にある。
「『海徨』。死者が明日を迎える事は許されない。大人しく、ここで果てろ」
 英雄の仮面を被る男はそう言って、狂笑を浮かべた。








 一、二、三。
 半身が泣き別れ、肉塊が積もる。銃弾を受けようが、右肩を切断されても、アルドは止まらない。体は再生し、支障はない。数分前の自分ならば、こんな雑魚に攻撃を喰らう事に驚くが、それはこの雑魚が無言である事を見れば直ぐに分かる。限界以上の力を引き出し過ぎて、言語機能が規制されているのだ。しかし、だからこそ、彼等一人一人はアルドに迫れるまでの強さを持っている。強さで言えば、大体デューク以上フィージェント以下。少なくとも無傷で済まないのは、一目で分かる。
 五十六、二百六。死体が積もって動きにくいので、海に蹴飛ばした。隙と見受けたのか、三人がこちらに斬りかかってくるが、両足と首を素早く両断し、彼等もまた海へと叩き落す。銃を使う者はエインに及ぶはずもなく、逆に口内に突っ込み、引き金を引いた。頭が吹き飛ぶさまは、さながら咲き乱れる花の様。
 三百六十……五百。
 まだまだ溢れる。まだまだ死体は積もる。斬って突いて殴って潰して刎ねて滅する。何が何でも勝とうとする意思を持つだけで、アルドは騎士道を重んじる時よりも数段強くなる。例えれば、魔法陣を張って強力な魔術を行使するのと、一秒の間隙も無しに、周囲一帯任意のタイミングに高速で魔術を叩きこめるくらいは違う。エヌメラと戦った時も、確かこの状態だった。
 男の斬撃を跳んで躱すと同時に、鼻先へと蹴りを叩きこみ、頭部を破壊。ぶちまけられた脳漿で敵数人の動きが止まったので、猶予を与えず首、両肩、頭部へ一閃。
 魔術師が極位の焔魔術を行使したが、関係ない。焔を滅し、心臓部を一突き。腹部を蹴って剣を引き抜き、振り返り様斧男を切り裂く。
 自分には魔術の耐性が無いが、だからこその対処法はある。要は魔術を発動させなければいいのだ。デュークも極位の魔術が全て使えたにも拘らず、自分と距離が無い内は無理と悟り使わなかったが、その通りだ。自分と距離が無い内に使おうものなら、使う前に切り裂く。たとえ今回のように使われても、その魔術を切り裂いて突っ込めばいい話であり、やはり問題はない。もっとも、これは死剣の特性である、如何なる手段を以てしても絶対に破壊できない(この状態が完全に壊れている状態故に)という特性を生かしての技である。
 それに彼女の形見である王剣も、解放という特性から、魔術という現象を発現させるまでに閉じ込められた魔力を解放するので、この二振りは魔術殺しとも言える。
九千。三万。
 総勢八千三百名という概念は、エヌメラによって既に破られている。おそらくその辺りの魂を勝手に引き取って、勝手に強化して勝手に船員にしているのだろう。時々技のない奴がきっとそれだ。
 才能の無い一般人がどうして限界を超えたくらいで自分に迫れるかとも思えるが、そもそも自分も元々は才能の無い一般人。果てしない努力の末にこの強さを獲得したのであり、エヌメラが行っているのは、その過程をすっ飛ばし、結果のみを肉体に反映させる事。こう考えれば、強さに迫れる事に不審な点は無いだろう。
 だが、経験が違う。如何に同じ強さと言えど、戦いを知っているか否かでは、圧倒的な差が生じるのは仕方ない事だ。
 二時間ほど戦ったのだろうが、もはや意識が朦朧として良く分からない。敵の人数は既に十人ほどになっていた。
 だがアルドという男の肉体は、既に限界を超えていた。このまま倒れれば楽になる事が出来るだろう―――いや。
 剥がれつつある仮面を被り直し、心に刃を突き立てる。安息。そんなものなどありはしない。自分がどれ程の命を奪ったと思っているのだ。自分が奪った命は、種族の違いこそあれど、アルドが奪ってきたモノの中には……間違いなく、安息があった。奪った自分にそれを受け入れる権利はない。受け入れる時が来るとすれば、それは魔王をやめた時のみ。少なくとも、今、魔王として在り続ける限り、安息何て要らない。
「彼岸より放たれし一撃とも言おうか。或いは死神の内に内包される魂の彼方。死人共、喜べ! 魔王わたしが生涯において得られぬモノを、一足先に味わえるのだからな!」
 これは命を安寧へと導く、死神の一撃。
 五月雨・八蘭。






 あの戦いが終わって、自分は死んだ。そのままで良かった。あの決着はそれほどまでに綺麗に終わったし、アルドも、あれ以上の戦いは望まなかっただろう。
 だが、エイン・ランドの意識は再び目覚めた。沈没船が地上へと引き上げられるかのように久しく、重苦しい感覚。眠っていた財宝が発掘されたかのような、財宝の側からすれば、二度と起こしてほしくないだろうに、無理やりに起こされる事でつきまとう倦怠感。
 エイン・ランドは……もう一度目覚めた。最初こそ戸惑ったが、分かっている。こんな事が出来る人間……いや、人間と言っていいかすら分からない。とにかくそいつと、契約したのだ。
 理由? ああ……なんて事はない。国に嫌気が差したのだ。英雄と称される自分にばかり労働を押し付け、他の騎士には休暇を与える。くだらないと言えばそれまでだ。期待されているのだと言えばそれまでだ。だが……汚い仕事も全てやらされるのはいかがなモノか。自分が国を捨てた数年後には、多少環境が改善されたらしいが、それでもやはり変わっていない。
 だが、辛くとも、まだ耐えられた。国を背負うモノとして、その程度では折れていられなかったからだ。
 だが、それでも―――あれだけは許す事が出来なかった。
 フルシュガイドの王は、気まぐれに辺境の村の女を浚う事をする。罪は罪人へと押し付け、そしてその実行は、当時の最強、つまり『勝利じぶん』に頼むのだ。
 エインは勿論嫌がったが、それは承知とばかりに、王は騎士に指示を出し、何かを連れてきた。
 図多袋に包まれた何かは、ずっと蠢いている。そしてその数は……五つ。
 それを殺せば、今回は何もしないと王は言った。言われた通りに自分は図多袋の中身を殺した。一回刺しただけだが、王はまだ生きていると言うので、何度も刺した。
 何度も。何度も。何度も。何度も。中身を尋ねると、死刑囚だそうなので、加減はしなかった。
 奴隷の処刑というだけで趣味の悪い事だが、この国の奴隷は皆死刑囚。同情こそ僅かにしたが、容赦はしなかった。袋はやがて動かなくなった。
 思えば、王を無条件に信じすぎたのが問題だったのかもしれない。幾ら幼少期から、王様のいう事は全て正しいと言われてきたとはいえ、違和感だけは覚えるべきだった。そもそもおかしかったのだ。女を浚う事と、中身を殺す事。一体何の関係があったのかと。
 久々に家に帰った時に、その真相が分かった。図多袋が投げ捨てられていて、その隣には、既に原型を留めていなかった家族達。剥き出しになった眼球はこちらを恨んでいるようで、とても耐えられるような光景では無かった。
 抗議はした。なんであんな事をさせたのかと言った。だが理由は単純なモノだった。
『お前には最近、私への忠誠心が足りないようなのでな。貴様のような実力者だ。裏切られた時には大損害が出るだろう? だからあれは、お前への楔だ。もし狼藉を働いてみよ。貴様はこの手で実の家族を殺したと、国中に広めて、処刑させてやるぞ」
 或いは貴様の恋人を処刑するのもありか? 王は嗤ってそう言った。同時に悟ったのだ。
 ……ああ。人間は、こんなにも。
 これ以上は思い出したくも無かった。というか、死んだままで居たかったのは、これを完全に忘却し、もう思い出せないようにする為だった。そして国を飛び出して、アルドと出会う前に、先にあいつ……エヌメラと出会い、契約を交わした、という訳だ。
 そして今、エインは船内に居る。全ては安らぎを得る為。或いは、あの日の決着をやり直す為。エヌメラから掛かった指令はただ一つ。全力で挑め。アルドを殺せば、お前も殺してやる。そう言われたのだ。今更信じる事など出来ないが、しかし、どっちにしても死ねるならば、勝って見せる。
 前方の扉が十字に切り裂かれ、吹き飛ぶ。その奥に見えし顔は、かつて鎬を削り合った男。あちらがどう思っているかは知らないが、自分からすれば、唯一の友だ。
「アルド。アルド・クウィンツ。久しぶりだな」
「……エイン。エイン・ランド。もう会いたくも無かったよ」
「お前は随分変わったように見えるぜ。自分の首を絞めてるように見える。苦しそうだ」
「そういうお前は随分と軽さが抜けたな。馬鹿は死んでしか直らないってか。ならそのまま死んだままで居ればよかったものを」
 アルドは黄金の剣を腰に差し、黒い剣を構える。一刀流。アルドが最も得意とするスタイル。
「そういう訳にも行かんさ。契約だからな。お前と同じくらい辛い所に目を付け込まれての契約だ。従わない訳が無い」
 酒を酌み交わし合ったあの日。二人はようやく分かり合えた。お互いの過去が、あまりに類似していて、他人とは思えなかったのだ。それでも尚、二人は決着を付けない訳には行かなかった。既に死んだ先輩エインからの忠告。自分を殺さなければ、きっと後輩アルドの家族に被害がおよぶと。そうして話し合った末に―――本気で殺し合った。殺し合って、負けた。
 あの時の記憶が蘇る。
「そうか。お前は付け込まれた訳か」
「そういうお前だって、魔王になってるって事は、裏切られたんだろ? 王に」
 アルドは一切の仮面を脱ぎ捨て、素の自分をさらけ出す。
「『俺』はお前からの忠告もあったからな。最悪を回避し続けたから、まあ面倒事にはならずに済んだ……結果は予想通り、まあ裏切られたがな」
「心が壊れるだろ?」
「お前程ではないと思っている。が、そうだな……今まで積もった信頼が全て消えた。俺の脆弱な心じゃ、それに耐えられる訳が無かった」
 初代『勝利』だからこそ分かる。アルドは人類史の中でも最弱と言っても良い程に心が弱い。只強く在ろうと、必死に仮面を被っているだけで、その本質は、戦いを恐れる一般人と何も変わらない。ただ勘違いしないでほしい。アルドは最弱だが、同時に何者よりも、強く在ろうとする人物だ。
 だからこそ、『勝利』になれた。
「裏切られた気分はどうだ? 先駆者として聞いてやんよ」
「別に。恨みももうないし、後悔もないさ。あんな国とは縁を切れて清々した。家族はお前からの忠告もあったから、魔王を斃した後に出来た、弟子の一人に保護させた。何より、この世界にもう『英雄アルド』は存在しない。『邂逅の森』を使ったからな。だからもう、こっちが執着するだけ無駄なんだよ」
「……大切な奴でも見つけたか? お前がそうも変わるなんて」
「俺が全てを捧げるに値する奴らか。まあそういう言い方をするならば、いるさ。この不滅の体を以てして、何者からも守りたい相手。彼女達が、彼等がいるからこそ、私は居る事が出来る」
 エインは両腰から銃を取り出し、引き金を引く。装填数は合計一五四。一瞬の隙も与える訳には行かない為、この弾が切れるまでに勝負は付けないといけない。
「俺とお前の違い。それが顕著になった瞬間だな。俺は失ってお前は得た。どちらが楽かなんて言うまでもないぜ、全く」
「あんたの御蔭でこうなれた。感謝しているよ、エイン」
 二人は一歩近づいた。
「だけど―――」
「だが―――」
二人の足に力が込められる。一方が地力で一方が魔力。そこに差があるのは明白。それでも、それを覆してこその英雄だ。
「俺達は殺し合わないといけない!」
「勝負はつけねえとなあッ!」
 金属音と火薬音の発生は、同時だった。














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