ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

裁きの英雄

 あの時。アルドに下されたあの任務。今考えれば、どうもおかしかった気がしなくも無い。が、過ぎた話なので今更追及する気など起きない。 あの頃、フルシュガイド大陸沿岸では、海賊船なる船の出没、及び強襲が報告されていた。この世界では珍しく強姦の被害はなく、金品や食物以外を取る事は無かったので、比較的善良な犯罪だと判断されていた(まず善良な犯罪とは何なのかという問題は置いといて)。その為、フルシュガイド大帝国からは特に騎士も派遣されていなかった……ある時までは。
「実はな……最近『海徨』なる海賊船が大陸を荒らしまわっているそうなのだ。それだけであれば無論、気にする必要も無かったのだが……我が国に多大なる貢献をしてくれた貴族が撃ち殺されたのだ。一階ではない、二階だ。そしてそして周りに立てるような場所は無く、あったのは地平線の遥か彼方に浮かぶ一隻の船。これはどう考えても『海徨』の仕業としか思えん」
 銃という武器は他の武器に比べると、まだまだ歴史が浅い。時代を現在に戻しても数十年あるか無いか。そんな武器だったからこそ、他の者達はまるで警戒していなかったのだろう。火薬の爆発力的に、本当にそこまで飛ぶのかは怪しかったが……






「結局、飛んだんですか?」
「私が魔力を引き出せない体質故にすっかり忘れていたが、銃弾の飛距離は魔力で増幅させる事が出来る。結果として、アイツは普通じゃあり得ないような距離から人を撃ち殺していたのさ」




「『煉剣』たる貴様に頼みたいのは、この事件の犯人……即ち、『海徨』を滅ぼしてほしいのだ。今までは被害が軽いからと見過ごしてきたが、貴族にも被害が及ぶのでは話が変わってくる。追跡する為の資金はこちらが補う故、貴公は余計な事を考えず、討伐だけに専念してくれたまえ」
 そんな事を言われてしまっては、断らない訳にはいかない。アルドは快く頼みを引き受けて、港町へと赴いた。およそ地平線と呼ばれる場所からこの港町まで、大体百里。距離的には魔術を使ったとしても正確な射撃は至難と言わざるを得ない。海は大陸と違って波や天候の影響が非常に大きいし、何より貴族が殺された時は大嵐の日だったと言うではないか。そんな悪天候下で銃を使いこなし、貴族を撃ち殺したというのであれば(回復の余地すら無かった事を考えると、急所を撃ち抜かれたのだろう)、『海徨』の船長は、自分に匹敵する程の猛者と言う事に―――
「……ん?」
 チラリと見えたそれを、アルドは見逃さなかった。こちらに少しずつ近づいてくる大きな海賊船。遠めでも分かる程大勢の船員を抱えているあれは……間違いない。『海徨』だ。今日は狙われるような人物はここに来ていないので、差し当たってはいつものように、金品や食物を奪いに来たのだろう。アルドは自らの体の向きを合わせてから、腰に差している剣に手を掛けた。
「――――――はあッ!」
 抜刀。千里を駆ける斬撃が、容赦なく直線状に存在する船を両断する。どうせ本船ではないのだろうが、それでも大勢の海賊が海に還っていく姿はここからでも確認できた。これで少なくとも今日は……
「ようッ。凄い斬撃だな。もしかしてお前、『勝利』だったりするか?」
 身を翻すと同時に剣を払い、辛うじてその弾丸を弾き飛ばす。警戒を解く前で良かった。もしも完全に警戒を解いていたら、今頃この近辺には自分の脳漿がぶちまけられていた。
 潮風の影響か、本来の年よりも五歳は老けて見えそうな肌。鼻筋に沿って彫られた逆さ十字は反逆の証。男は両手に持った銃をダラリと垂らしながら、ヘラヘラと笑っていた。その体がびしょ濡れなのは―――もしかしなくても、泳いできたという事だ。その事実を認識した瞬間、背筋が凍ったような気がした。
「……いや、『勝利』はもう居ない。私は『煉剣』と呼ばれてはいるが、魔人を駆逐する事も出来ていない雑魚だとも」
「ふむ。『勝利』だったらそれが出来ると」
「『勝利』とは絶対たる希望の象徴。あらゆるものに打ち克った者ののみが冠れる最強の称号。もしも『勝利』が居るのだとしたら、きっと出来るだろうな」
 初代『勝利』はいつだったか行方不明になったらしく、現在その席は空席のモノとなっている。次にその席に座れるモノが居るとするならば、それはきっと魔人を打ち破ったモノだけだ。
 男はその言葉を聞いて少しだけ考え込むと、やがて全く面白くないとでも言うように大袈裟な笑い声をあげた。
「はっはっは! そうかそうか。『勝利』だったら……ねえ。お前、名前は」
「アルド。アルド・クウィンツだ」
「そうかい。こういう事言うと他の奴は大体問答無用で斬りかかってくるんだが、どうやらお前は違うみたいだ。そういう訳で、俺も自己紹介をしよう。俺は―――エイン。エイン・ランドだ」
 その名前は……いや、まさか。
 驚きを隠しきれないアルドに、男……エインはその反応を見たかったとばかりに鷹揚に手を広げた。しかし、その反応すらもどうでもいい。




 だって、エイン・ランドという名前は―――初代『勝利』そのものなのだから。






「エイン・ランドが……初代『勝利』?」
「ああ。その後アイツとは何回も接触する事になって、十六回目でようやく勝利。その時にアイツがどうして海賊船の船長なんてやっているのか、そういう事情も全て分かった訳だが……まあ何にしても、私以外にアイツと戦える奴は居ないだろう。切り札を解放したとしても、ナイツの誰かしらが勝てるかどうか―――最低でも、三人は失いかねない。それだけは避けたい。だから私は自ら出陣した。もう一度奴と相対し、そして今度こそ完膚なきまでに叩き潰す為に」
 順調に進んでいた筈の大陸奪還も、彼等を逃がせば全てが水の泡。たとえ全盛期以上の力を持ってあのエインが復活したのだとしても、そしてエヌメラが復活したのだとしても、ここで屠らなければ魔人に明日は訪れない。
「エヌメラについては……まあお前達は関わっていなかったようだから分からないが、先代の魔王だな。倒した筈なんだが、どういう訳か復活しやがった。どうやった倒したかも分かっていないから案外一番厄介なんだが……もう一度倒さなければな」
 そこまで言った所で、ようやく船がはっきりと見える位置まで到着した。アルドの思った通り、やはり船は北にあった。
―――さて、どうしたものか。










『もしも異常な魔力を感じたら、そいつは通せ。下手に抵抗するとその場で死ぬかもしれないからな』
 ついでとばかりに言い残したアルドの最後の言葉に、ふと疑問を抱いた者がいた。
「どうしてアルド様はあそこまで焦っているんだ?」
 その言葉は、フェリーテに向けられている。彼にも感情があるのだから焦る事くらいはあるだろう等といった発言はしない。アルドが焦った時の顔なんてナイツの全員が知ってるし、それは自分達を救ってくれた際の事を思い出せば、直ぐに出てくる。
 問題は、その焦り方が異常だったという事だ。顔には出ない様に努力していたのかもしれないが、明らかに余裕がなくなり過ぎている。
「うむ。チロチンの言う事は最もじゃな。じゃが……気が進まぬのう」
「む、どういう事だ」
「主様の思考を今回ほど読まなければ良かったと思うた事は無い。お主達に情報を渡す事自体を拒否する訳では無いが―――本当に、知りたいかの?」
 全員の顔色を窺いながら尋ねると、誰一人として拒否を示すモノは居なかった。
「……自己責任じゃぞ」
 口に出すのも躊躇われるその名前を、フェリーテはハッキリと口にした。



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