ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

リスド防衛戦 前編 ナイツの真力

「状況を報告します!」
 『狗』の魔人の男は跪き、彼女―――オールワークへと呼びかける。
「ええ、お願いします」
「まずはリスド港のある南東。こちらはトゥイーニー様が一人で奮闘してらっしゃるので、上陸される心配はございません。しかし……その他全方向に関しては、やはり兵士達の経験不足が如何ともしがたく、いずれは上陸を許してしまうかと」
 現在、愛する王とナイツ達は外に出ているため、ここを仕切る人物は一人しか居ない。不本意であり、実力不足だという事も分かり切っているが、オールワークは指揮を執らざるを得なくなった。
 現在、謎の船がこちらに砲撃を仕掛けてきているのは、既に伝えた。が、肝心な事を言っていなかった。この砲撃には、一切の魔術の類が利かないのだ。なので攻撃に対して自動的に発動する結界も意味を成さない。その為、現状戦力と成り得る者だけで、少なくともアルド達が到着するまでは持ちこたえなければならない。
「そうですか。では貴方は再び戦地へ。何かあれば報告を」
「了解しました!」
 魔人達の育成とは言うが、長年平和ボケしていた魔人達を叩き直すのは、徒労と言ってもいい程時間が掛かるし、進歩が無い。現在戦力になっているのは魔人百人と、トゥイーニー。大して船は三百隻を超える。
 防衛など出来る訳が無い。人間達を騙す為と、資金を増やす為に必要なリスド港は、あのトゥイーニーが居るので心配はいらないが、それ以外はきつい。自分が出張っても大した差はないだろう。
 大砂漠の方に上陸する馬鹿は流石に居ないだろうが、それを除いても上陸する場所は無限にある。
「北東より侵入が確認されました!」
  聞こえてきた声に対応するように、オールワークは転信石を持ち上げた。
「トゥイーニー。北東の方角へ斧を」
 取り敢えずはこれで間に合っただろうか。いや、やはり戦力の問題が厳しい。既に戦い続けて一時間が経っているが、こちらは既に限界で、姑息な手段を用いてどうにかこうにか、というのが限界だ。戦線が崩れるのも時間の問題。敵への対処が後手後手になるのも問題だ。
 次はどうする?
 相手は何を企んでいる?
 相手がどんな者かは知らないが、少なくともリスドの事情は把握していると見える。だとすれば―――
「心当たりはない事もありませんが―――」
 仮にこの船を統治する人物が『彼』である場合、本当にアルドに帰ってきてもらわなくては困る。彼は、アルド以外では決して倒せないのだから―――!
 彼女の前方にある扉が、開いた。顔を出したのは、自分が生涯愛し、仕えると誓った人物だった。






『飛葬』。
 それはフェリーテにのみ許された大妖術の一端。全世界任意の人物を対象として目的の場所に移動できる術だ。
 現状、如何なる魔術を以てしてもこれ程の範囲に魔術を行使する事は出来ず、たとえほぼ無限のアルドの魔力を以てしても、世界を覆うには三日ほどかかる。フェリーテは神では無いし、フィージェントのような体質でも無い為、権能は使えない。だが限りなく権能に近い能力ならば行使する事が出来る。移動力最強というのは伊達では無い。
 この時点で大分強力であるが、この程度は彼女の本気の一端に過ぎない。それは過去、彼女と本気で殺し合ったアルドが、一番良く分かっている。そのせいで彼女は本気を出せなくなったというのは悔やむ所ではあるが、それはいずれ解除されるだろう。アルドの覚悟が固まった時に、きっと。
 アルド達はリスド大陸の地面を踏みしめたつもりだったが―――アルドの注文により、リスド大陸遥か上空へと変更してもらった。その御蔭で、現在アルド達はリスド大陸の地面に自由落下中である。
 せっかく集まってもらったナイツにも申し訳が立たない。ファーカに至っては、
「何なのよこれーーーーー!」
 パニックを起こしている。
「チロチン、ファーカ、ディナント、メグナ。突然の招集申し訳ないッ。だが今は緊急事態だ。協力しろ」
「ド……んな……況?」
 フェリーテの肩を軽くたたき、合図。数秒と経たず、全員にそれが伝わった。
「へえー。私達に気づいた輩がいるんだ、凄いわね、人間って」
「いや、メグナ。人間とは限らない筈だ。仮に人間とするなら、クリヌスが居てもおかしくはない」
 そう。それはアルドも気づいていた。だからこれは魔人対人間の構図では無く、全く別の第三勢力との戦いだ―――が、アルドが先程から思っていた通り、心当たりがある。幸運な事に、アルド達は戦場を俯瞰できる位置に居る為、その総数も確認。ますます確証が持ててしまう。悲しいくらいに。
 一隻辺りの船員はさておき、総員はざっと八千三百。
 船による砲撃。普通に大陸に届いている所を見ると結界を抜けている。つまり魔術が通じない砲弾。
 アルドの思考は遂に答えに至ったが―――信じたくなかった。最悪故に最低の答え。どうやらこの戦い、一筋縄では行かないらしい。
「ファーカッ」
「きゃああああああッ!」
「……チロチン」
 こんな呑気なやり取りをしている暇はない。上空二千メートルを既に切っているのだ。これ以上下がってしまうと……船の射程範囲に入ってしまう。
 チロチンがファーカの後頭部を思いっきりひっぱたくと、実にアホらしい光景だが―――ファーカは正気を取り戻した。
「あ、あれ? アルド様、如何なさいましたか?」
 呑気なファーカに、ナイツ達は同時に声を荒げた。
「いちゃつきもいい加減にしなさいよ!」
「お主ら、本当に場所を弁えんのう」
「……馬鹿」
「フハハハハハハ! こんな所でも夫婦か、最高じゃねーのッ」
「ふざ……け、な」
 あまりの夫婦っぷりに、二人はナイツ達から総スカンを喰らってしまった……一人称賛しているような気がしなくも無いが、きっと気のせいだ。
「ファーカッ、自分が今何をするべきか迅速に判断し、行動を起こせ!」
 説明はフェリーテに一任する事にした。思考間でのやり取りならば、遥かに口頭で伝えるよりも早いからだ。
 しかし、僅かばかり遅かったようだ。既に射程範囲に自分達は入っている。直後、半数以上の船の砲身がこちらに持ちあがり、発射。その数を表すなら、さながら鉄の雨。自分達が落下している事も相まって、尚の事早く感じられた。
「チロチンッ」
 砲弾が自分達へ着弾する寸前、黒い影が全ての砲弾の間を通り過ぎた。瞬間、砲弾は吹き飛ばされ、遥か下に点在する船に着弾。爆裂に爆裂を引き起こした。
「そういう事でしたか。ようやく理解致しました」
 ファーカの言葉を聞いたその刹那、ファーカの手には二つの武器が握られていた。
 大鎌。矮躯のファーカにはあまりにも不相応な武器だが、これが彼女の武装だ。もう一つ存在するが、それはこの局面には適さない。
「慈悲示し原罪の極致。恐れ崇めよ、この救済を!」
 ファーカが鎌を一隻の船に投じたのを確認。アルドは次の手を考える。相手がしうる可能性、合理性、整合性。自分達の選択によって変化する選択の予測。
「着地は各々に任せるが、取り敢えず城に向かう。ファーカの鎌の事もあるから当分は大丈夫な筈だ」
 ナイツ全員―――と言っても、ルセルドラグだけが居ないが、それについてはこの防衛戦が終わってからにする。『骸』は仮にもナイツ最強。簡単にやられはしないと、そう信じた結果だ。後悔はしない。
「フェリーテ。着地は大丈夫か?」
「うむ。大丈夫とは思うんじゃが……今の妾が、地に降り立つと、妖気故に、大陸が汚染されてしまう可能性が否めんな」
「では私に任せろ。何、浴衣には汚れ一つつけさせんさ。…………所でお前、リスドの時は花が刺繍された黒い浴衣だったが、今回は花が違うな」
 アルドが花に詳しくない事はフェリーテも知っているので、細かい所は流している。問題は、フェリーテの着替えに気づいているという事だ。
「これに気づいておったのか?」 
「着物と浴衣を合わせても、絶対数が少ないからな。少し見れば分かる事だ」
「真を言えば、多様な衣を着たいんじゃがなあ」
「濡闇の巫女の名に囚われる必要は無い。似合う似合わない以前に、お前は美しいしな。お前にだけは話しておくが、ジバルにだって行く予定はある。その時に幾らでも買物に付き合ってやるから、そう落ち込むなよ」
 そうこうしている内に千五百メートルを切ったので、アルドは着地体勢に入る。一刻も早く地に足を着きたい為、こういう手段も致し方ないだろう。ファーカの投げた鎌が船に命中するのも時間の問題だ。早い所城には向かっておきたい。
「ファーカ」
「仰せのままに」
 重力強化。周囲一帯の重力は抵抗不可能な程に引き上げられ、万物は地へとひれ伏せる。
 数秒後、地響きを引き連れつつ、全員が着地する事に成功した。幸運な事に着地場所は帝城の扉前であり、地面の舗装が、早々に修復不可能な程に壊れてしまったが、それはいい。
 アルドは扉を開き、中へと飛び込んだ。瞬間、侍女である彼女―――オールワークと目があった。両者は互いに驚くも、しかし喜びは隠せなかった。
 彼女が死んだと思っていた訳ではない。だが、それでも、こうして再会すると、嬉しいものがあった。
 いつもの調子でオールワークが言う。平淡ではあるが、何よりも彼女を感じる言葉。
「おかえりなさいませ、アルド様」






「私達が不在の間、よくぞ指揮を執ってくれた。オールワーク、感謝するぞ」
「すべき事を検討した結果でございます」
 彼女なりの謙遜だが、実際慣れない指揮をやってくれていたのは有難い事だ。こちらが持つまともな戦力はナイツと侍女二人のみ。後はアルドが密かに集めている第三勢力があるが、ここに顔は出させないので、いないものとする(棘童やタケミヤ含む)。碌に戦闘が出来ない魔人達が、指揮なしに動ける訳が無い。彼女が指揮を執ってくれなければ、きっと既に敵方の上陸は許されていた。感謝すべきだろう。
 これがキリーヤやワドフなら頭を撫でても良かったのだが、飽くまで彼女は侍女で、そして個人としても対等ではある。何をすべきか迷うのだが―――
「礼は後でしよう。取り敢えず、現在分かっている情報は皆無。よって、敵方の位置が判明するまで防衛戦とし、ナイツにはこれに務めてもらう。異論はないな」
 御礼など個人的に幾らでも出来る。今はこの状況を何とかするのが先決だろう。魔王としても、それが最善の決断の筈だ。
 ナイツ全員を見渡すと、皆久々にやる気に満ちた表情を浮かべていた。侵攻されてそんなに嬉しいのだろうか、全くもって手に負えない被虐嗜好者共め。そんなお前達が大好きだ。
「チロチン。大陸沿岸にトラップを。地形は勝手に歪ませてもらって構わない。森を創造することも許す。そして内部に収縮するように罠の危険度と数を増やせ。沿岸が千、その後ろが二千......といった具合だ。帝城付近には五千位で構わない。危険度は私に使用した物程度で構わないぞ」
「アルド様、本当に効いていらっしゃらなかったのですね」
「罠が効くなら私はとっくに死んでいるさ。行け」
「仰せのままに」
 チロチンは扉を開き、そのまま飛び立っていった。
「ファーカ。チロチンの策を破られては困る。そろそろ鎌の能力を」
「はい。では―――」
 詠唱は空中で済ませてある為、準備は万端。ファーカの鎌の能力が発動したその時より、リスド防衛戦は始まる。全く持って最悪の戦いだ。興奮すらしない。不快感と嫌悪ばかりが募っていく。
 魔王エヌメラは屍術を行使する事が出来る。いや、アスリなんちゃらとは違う。完全に上位互換といってもいい。エヌメラは精神の摩耗した強者に付け込んで、ある契約を交わさせるのだ。それによって、彼は強大な部下を作り、かつて人間共を畏怖させてきた。
 それは死後、エヌメラに魂を引き渡すという契約。神話に出てくる死神との契約のようだと? それより性質が悪いから問題なのだ。
 エヌメラに操られている人物には無意識下における抑止が働いていない為、全盛期以上の力を出す事が出来る。生前にそれを行った場合、アルドのような状態でない限りは肉体が瓦解する。だが、死者である以上、その危険はない。
 何が言いたいか。
 この船の数々は間違いなく『海徨』の面々。総勢八千三百名の、原初の海賊船。アルドを以てしても、逃走に逃走を重ねられ、滅ぼせずにいた海賊団。遂に十六回目の接触で壊滅させたはいいが、こいつらは海賊という概念を生み出した。未だに最悪の集団と思っているし、見る事はないと思っていたが……エヌメラが関わっていると言うなら、話は別だ。それに、この海賊団を復活させた以上、船長であるエイン・ランドも復活している筈である。全盛期以上の力で。
 エヌメラとエイン。最悪の二人が敵に回ってしまった。特にエヌメラに関しては、その能力上、自分アルドとフェリーテ、ディナント以外は勝利の可能性すら無いという絶望。さらに剣術、魔術は神代の領域―――なので、全盛期のフェリーテならばいざ知らず、今の二人では太刀打ちすら出来ず、結局残るはアルドのみと、希望もへったくれもない強さだ。
 ではエインはと言えば、ナイツが二人以上いなくてはまず勝利を望めない程の強さを持つ人物。こちらはエヌメラと違って、自分の対極。つまり、天性の才能だけで自分と互角の強さを持つ男だ……もう一度こちらの戦力を確認しよう。
 自分、カテドラル・ナイツ、オールワーク、トゥイーニー。……戦力の半分ほどを割かなくてはまず勝てない計算になる。第三勢力もワドフ、棘童、タケミヤ、謡と、心もとなくはないが、少ない。
 国家を転覆させるなどアルドには造作も無い。だが―――
 かつてのライバルと執念だけで勝ったような魔王だけには、無傷で勝てるビジョンが見えなかった。
鏡影はらめ滴承むなしさを
 ファーカの一言が城内に響くと同時に、作戦は開始した。こんな奴らに自分達の作戦を邪魔される訳には行かない。何だかんだで手を抜くことに定評があるアルドだが……今回はそんな余裕はなさそうだった。















「ワルフラーン ~廃れし神話」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く