ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

決着 終

 あの特性が発動していなかったので、やはり左の剣が偽剣、右の剣は……詳細は分からないが特性があるのだろう。フィリアスの発言を参考にすると、右手の武器に、ではなく、右手で持った武器が、らしいが、いずれにしても、警戒しなくてはいけないのはそっちだろう。もし偽剣を出されたら、その時はキリーヤの出番であり、唯一の勝機だ。
 あちらは状況が不味くなったら偽剣を出せば良いと思ってるのかもしれないが、その勘違いと慢心こそがキリーヤ達の突ける唯一と言っていい隙だ。逆に言えば、その隙が出来るまで、どうにかして耐えなければいけない。だが、この勝負、タイマンでは無い。自分にはパランナが居る。パランナが抜けるまでにどうにか隙を見つけられれば―――
 焦ってはいけない。未知こそがこちらの持つ唯一の利なのだから。
「パランナさん、じゃあ―――行きますよ」
 キリーヤは身体全体に魔力を流し、簪の能力を発動。反映先は―――パランナ。どうやらこの簪、一度触れた事がある人物なら、簪に記憶されるらしい。その中で強い人物。それはパランナだ。
 二人は地を踏みしめ飛び出すが、カオスの動きはまるで蜃気楼。斬ろうとしても斬れるような甘い動きでは無い。
 強さは本人の劣化だが、本人の強さである事に変わりはないので、息は合う。だが、攻撃は通らない。
「その程度では我を捉えることなど出来んよ」
 パランナはまるで短剣を持っているかのように素早い攻撃をするが、カオスは右の剣で受け流すため、攻撃はまるで通らない。
 キリーヤも短剣を取り出し、死角である背後から切りかかるが、背後に目でもついているのか、その攻撃すら当たらない。
「邪魔だッ!」
 足の健を切ろうとしたキリーヤだが、瞬間、カオスは右へと平行移動。キリーヤを視認すると同時に、その華奢な体を蹴っ飛ばした。抗う術がない彼女は力のままに吹き飛ぶが、一矢報いんとばかりに短剣を投擲。完全に不意打ちだったが、カオスには当たらなかった。
「中々だが……ふむ。弱いな」
 精々貶しているがいい。目にものを見せてやる。
 パランナが右から斬りかかると同時に、キリーヤは魔術を発動。『巻風ファーストウィンド』。カオスの左方に風を起こし、動きをけん制する狙いだ。発動の瞬間、カオスはパランナの剣をぎりぎりまで引きつけ、回避は不可能と思われた所で前方へ跳躍。キリーヤ目掛けて、右の剣を振り下ろした。
 まだだ。
「パランナさんッ!」
 空ぶったパランナは、強引に『一歩』で体を捻じ曲げ、カオスの半身へ大剣を叩きつけた。カオスは壁まで吹き飛ぶが、特に効いた様子はない。
 しかしそれでいい。
「効かぬわ!」
壁を蹴っ飛ばし、パランナめがけて突きを放つカオスの額へ―――キリーヤは的確に回し蹴りを決めた
「なッ―――」
「気にせず、早く!」
 パランナは一度こっちを見て驚いていたが、促されると同時に走りだした。こちらに振り返る事は、もう無かった。
 吹き飛ばされたカオスは、信じられないとばかりにこちらを睨んでいた。それも当然だ。先程まで無力同然とみなしていた少女が、突然自分の速度に対応できるようになっていたのだから。しかも、だ。パランナとは違って、キリーヤのそれはカオスに十分に効いていた。受け身すらままならないまま無様に吹き飛んだカオスを見ているので、こちらからもそれは理解できる。
 それも当然と言えば当然かもしれない。何せ、今キリーヤが強さを反映している人物はパランナではない。
「貴様、一体何者だ」
 未だ気づいていないのは幸いか。こちらの利は揺るがない。この利を悟らせない為にも、取り敢えずは芝居を打つ必要があるかもしれない。
「何処にでもいる只の英雄ですよ」
「ほざいていろ。只の英雄が、私を傷つけられるものか」
「人間である限り傷つけられないという事は無い筈ですよ。私も、クリヌスさんも、そして……貴方も」
 煽っているつもりはないが、カオスの顔を見るに大変不愉快らしい。
 そうだ。相手の熱を上げるんだ。相手を怒らせれば怒らせるほど、左を使ってくる可能性は高い。
「所で、貴方はレギ最強というお話でしたが、想像以上にか弱いですね」
「……何だと?」
 こう考えてしまうのはもう性格だが、自らの性に合わない事を、幾ら芝居とはいえ行うなど、酷い罪悪感を覚えてしまう。もしカオスと和解できるような事があれば、その時はお詫びか何かを持ち合わせて謝りにでも行こうか。
 こう考えてしまう辺り、どこまでも人を憎みきれないのだな、とキリーヤは心の中で笑ってしまう。どんな人間が敵対しようが、どんな外道が敵になろうが、常識的思考の上で非礼をすれば、キリーヤは謝る。そして出来れば、和解する。
 人間から蹂躙された魔人であるキリーヤが、どうしてそこまで出来るのか。やはり性格もあるが、アルドの疲れを少しでも取ってあげたいというのが大きい。アルドも、やはりどこかで自分と同じ思想を持っているような気がするのだ。あんなに諦めたような事を言ってはいるが、それでも―――自分を送り出してくれたのだ。キリーヤは信じている。
「か弱い、と言ったのです。レギ最強がその程度では、忽ちの内に侵略されてしまいますよ」
 キリーヤは右手を掲げた。気を張り詰めているカオスはその行動に過剰気味に反応するが、直後、天井が崩れ、何かがキリーヤの右手に降り注がれた。
 それは碧き煌き。天より来る咆哮そのもの。その異常な魔力量を見れば分かる。あれは人が浴びて良いものでは無い。あの魔術に耐えうる人間は……おそらくこの世に存在しない。幾ら発動者といえども、あれを纏っている時点で負担は相当な筈。
 その雷はやがて剣を模るように固まっていき、それはやがて、神代の雷を纏いし剣、即ち迅剣『哭層』と成った。
「何……だと?」
 カオスの言葉の端々には、キリーヤも僅かに疑問を抱いていた。そのため、決戦前の会議が終了した後、フィリアスに密かに相談を持ち掛けていたのだ。その時、提案された案が、
 『キリーヤが魔術で合図をしたら魔術に合わせてフィリアスが剣を送り込む』。
 そうすれば、たとえ一騎打ちになった所で、武器の劣位による差は無い。クリヌスを反映している為、強さ的にはこちらが有利……でなくとも、不利では無い。
 そして、何よりこの剣。何のことを言っているか分からないが、『全身全霊を以て作り上げた幻の剣』らしい。
 キリーヤは剣を収めるような動作で腰へ。腰を落とし、膝を曲げ―――そう。所謂、抜刀体勢へとなった。
「貴様……我と一騎打ちをするつもりか?」
 そこに持ち込まなくては勝てない事は教えないでおく。この勝負はもとより一発勝負。どちらが一撃を早く放てるか。それだけだ。
 カオスは腕を交差し、納刀。二刀流独特の抜刀体勢だ。
 カオスという名が示す通り、潔さなど彼に在る筈が無い。情報が無ければ確実に負けただろうこの刹那の戦い。
 偽剣『昇洞』。特性は、『刃の存在しない部分全てが刃』という、出鱈目な特性だ。つまり、カオスが薙いだ部分以外に斬撃が生まれ、相手を切り裂く―――もはや攻撃性能が反則過ぎる。事前情報が無ければ確実に死ぬではないか。薙いだ部分以外に斬撃は発生する為、基本的に回避も防御も不可能。全方向に隙間なく斬撃が発生する為、大抵は喰らったその瞬間、塵になるそうだ。
 それも勿論すごいが、それを知っていて尚生きているクリヌスが強すぎる。
 欠点はただ一つ。一度特性を使用する度に刃が折れる事だけ。そこを狙えば勝機はある。いや、そこを狙わなくては勝機は無い。
 静まり返る周囲。カオスもキリーヤも、どちらかが動く時を待った。そして、お互いがお互いを注視する事で、初めて分かるカオスの恐ろしさ。内包する殺気が尋常では無い。相対するだけで心が折れそうだ。
 五分。まだか。緊張で手が震えてくる。
 十分。柄から手が離れそうになる。
 三十分。激しい動悸が発生。立っているだけで精いっぱいだ。
 やはり幾ら手を尽くしても、結局は経験の差。人を殺す覚悟の無いキリーヤと、有るカオス。どれだけ不利だろうと、これ一つで全てはひっくり返る。
 自分に出来るのか?」
 負けてしまうのではないのか?
 キリーヤの意思すらねじ曲がりかねない不可視の圧力に、諦めかけた時―――
 キリーヤの頭に手が置かれたような気がした。優しく、大きく、しかし力無い手。
 アルドだ。アルドが立っていた。目の前の恐怖に物怖じ一つせず、悠然と。気高く。背後にいる全てを護るように足を広げて。


―――――――恐れる必要はない。信じる者は、救われる。


 それがキリーヤの心が造りだした幻だと分かっては居ても、感謝せずにはいられなかった。
―――ありがとうございます。アルド様。
 キリーヤはその背中を乗り越えるように、一歩踏み出した。

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