ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

決戦前

 カオスとの戦において重要なのは、左の剣を使わせる事だと、目の前にいるクリヌスは言っている。左の剣―――つまりは偽剣の事だ。右の方にも能力がある事をフィリアスが言ったが、それに関しては初耳だとクリヌスは言う。つまりは装備を悟られないように新調したのだろう。
 それは置いておいて、偽剣の方だ。偽剣は一度使うと壊れてしまうらしく、その特性を回避できれば、勝利は確実との事。ただしこの剣は一定時間たつと再生するので、クリヌスが彼を苦手とする理由は、そこに在るようだった。
 今はクリヌスの宿屋を借りて、フィリアスとクリヌス、そしてキリーヤで打ち合わせをしている。クウェイとパランナは二階にいるが、後で詳細は教える予定だ。
 クリヌスがこれらの事を話す理由。それは、カオスの居場所故に、クリヌスから提案してきた事だった。
 カオスの居場所を知らない事に勘付いたらしいクリヌスは、あの発言の少し後に独自ルートで調査。結果、カオスは闘技街における最大闘技場の地下にいるらしい。信じているとは何だったのか……。貧民街に本当に行こうとした自分が、馬鹿みたいではないか。
 この闘技場の地下だが、実は問題がある。カオスはどうやら闘技場優秀者を集めて一種の軍勢にしているらしく、たとえクリヌスがカオスの相手をしたとしても、自分達四人でその猛者達を相手取らなければならない、というか、数を考えると無双しなければならない。フィリアスが居るなら問題なさそうだが、カオスの逃げ道を塞ぐために結界を張るとの事で、参加できないらしい。フィリアスの実力を考えると嘘っぽいが、カオスの実力を鑑みて、自分が持ちうる限り、最高峰の結界を用意するらしい。フィリアスの最高峰。気になるところではあるが、今はカオスが優先だ。
 カオスに対抗できうる仲間。それは自分の勝手な意見で言えば、パランナか、玉聖槍を使用したエリくらいだろうと思っている。否、思っていた。パランナはあの様だし、エリは拉致された。勝ちうる人間など、やはりクリヌスしかいない。
 クリヌス……しか? 
「私がやります」
クウェイが勝てるだろうとは思っていない。だからと言って猛者と戦っても、無双出来るとは思えない。
 だが、キリーヤは一対一ならば勝機はあるかもしれない。パランナが目覚め次第、二人で協力するも良しだ。
 キリーヤがカオスとのタイマンを希望した事に、クリヌスは驚いたようだったが、その方針で行くことに決まった。
 クリヌスは群衆の相手。強さにもよるが、今回は被害を考えて本気を出さない上に、全員殺さないので、援護には行けないかもらしい。「そこまでしてくれれば十分」と返すと、「そうですか」と笑っていた。
 フィリアスは万が一にも逃げられない為に、結界を用意。曰く、「先生の本気でも壊れないんじゃないかな」という事らしい。しかし、アルドは『皇』の形見を持っているため、それを使われればどうにもならない筈だ。その事について何も言わないと言う事は、知らないと言う事なのだろう。
 クウェイとパランナの役回りは決まっていないが、クリヌスの援護に回ってもらおうと考えている。パランナだったらこっちに居てもいいかもしれない。ともかく、偽剣は集団で挑むにはあまりにもな特性の為、二人共こちらに来させるのは得策では無い。
 キリーヤはカオスとのタイマン。クリヌスが、曰くてこずるような相手なので、正攻法では勝ち目がないが、考えはある。フィリアスにだけは後で話しておくつもりだ。条件の付与については、彼が一番長けている。
 ちなみに、だが。
「クリヌスさん、私達に協力してていいんですか?」
「どういう意味でしょうか」
「いえ。ナイツの方々を追わなくていいのかな、と」
「……魔人との闘いなんぞより、人間を助ける事の方が大事でしょう」
 あっさりと問題は片付いた。クリヌスはやはり優しい様だ。
「それにしても、おかしいですね」
「何がですか?」
 クリヌスには先程の出来事を伝えてあるが、どうやらその事らしい。つまるところ、カオスが女をかっさらっては云々という件が、釈然としないらしい。
 クリヌスとカオスはお互いに一度しか会っていないが、何度も会っていたアルドから話は聞いていたそうだ。曰く、女性を何よりも大事にし、守る。女性の変化は敏感に察し、飾りなしに直球で言う男だそうで、キリーヤ達が知るような汚い事は、アルドからは聞いていないらしい。
 何か彼を変えるような出来事があったか。或いは……いや、考えるべきでは無い。今はカオスを打倒する事に集中しなければ。






 暗さを強調するは、無機質な石の壁。その場に居るだけで百年程入っていたかのような気分になり、一言で言えば鬱になる。こういう陰鬱な雰囲気はエリは好きではない。三十分も居るだけで、気が可笑しくなりそうだ。
「一体、何のつもりですか?」
 エリが声を荒げてしまうのは、環境のせいだけとは言い切れない。カオスの行動が、どう考えても不審なのだ。
 あのまま生まれて初めての接吻キスを奪われても良かった。とっくに諦めは付いていた。処女だけは守り通すつもりだったが、それでもエリは諦めていた。
 だが……この男は直前でそれを止め、何も言わすにこちらまで連れてきた。転信石は奪われたが、聖槍を返してくれた手前、文句を強くは言えない。
 話を聞くにアルド以上の糞野郎――――失礼。アルドの人格を否定している訳では無い。今のは誤解だ。アルドは敵というだけであって、人格そのものは実はかなり好いていたりする。しかし敵であるので、ここは間を取って、嫌な奴としよう。
 話は戻るが、カオスの印象は一聞して最悪。権力振りかざして愉悦に浸るとんでもない強姦野郎、とすら思っていた。だがこの有様だ。百聞は一見に如かず。的を射た言葉だ。
「……すまぬが、そこで暫く幽閉されよ。我は寛容だ。命までは取りはしない。彼等が来れば大人しく貴様は返そう」
 カオスの様子も、先程とは違っていて、とても静かで、素直だ。若干の上から目線はもう生まれつきとして受け取るが、もはやさっきまでの原型が無い。ここまで来ると、気持ち悪くすら感じる。
「一体、貴方は何なんですか?」
「……何。さりとて珍しい事では無い。少し優しすぎた男が、禁断の愛の成就に手を貸しただけの事だ」
 淡々と答えた後、カオスは立ち上がって、暗闇へと溶け込むように去っていった。カオスが居なくなった今、エリはこの牢獄に只一人。数秒前までは話し相手カオスが居たから良いが、いざ一人となると、静寂が支配するこの牢獄に対し、無条件の恐怖を覚えざるを得ない。
 どうにか恐怖心を抑え込んで、まずは鍵を確認。当然ながら鍵は―――否、掛かっていなかった。
「本当に、何がしたいんですか……」
 そうは言うが、エリには半分予想がついている。禁断の愛とは近親相姦。自らの血族を重んじる貴族が繰り返す背徳的とは言わないが、関心は出来ない行為だ。一人っ子のエリや、家族が死んだキリーヤは違うとして……つまり……
 話に聞いた……
 因縁……色々あって無傷……
 キリーヤから聞いた情報や、これまでの情報。全てを総合すると、結論は一つ。エリは立ち上がって、牢獄の扉を開いた。
 これ以上は憶測だが、もしかしたら……
「禁断の愛、ですか。私達が怪物を斃さなきゃ、こんな出来事は起きなかったでしょうに」
 誰に語り掛けるでもない。ある種の後悔が、エリの口を通って飛び出してきたのだ。
 エリは歩きだす。静寂を打ち破るは決意の足音。一度、二度、三度。地を踏む音は響いてゆく。こんな茶番に付き合ってる暇はない。それがパランナの感情をどれだけ踏みにじる事になろうが知った事か。あちらか起こしてきた出来事だ。たとえ望まぬ結末が起こったとしても、文句は言えないだろう。








 宵闇が世界を塗りつぶす頃、キリーヤ達は、闘技場の前に集まっていた。闇に紛れし雨が激しく降り注いではいるが、フィリアスの結界によって、何の問題も無くなっている。
 闘技場の地下に入る事、これは容易い事だとクリヌスは言う。曰く、正攻法なら確かに時間が掛かるそうだが、今回は手っ取り早く、地形を変化させて物理的に道を作ってくれるらしい。心配事は、周囲の建物が影響を受けないかという事だが、それも心配はいらない。フィリアスが全ての建物に結界を張って、飽くまで別次元の存在として、一時的に確立させるらしい。有能すぎる。この二人だけで良いような気もするが、そういう弱気な発言は行けない。自分もこの二人にたどり着けるくらい強くなりたいと、そう思う。
 諦めない事が大事なのは、アルドの過去を見ても明らかである。それに、アルドは逃げる事が許されない故に、前進し続けるという道を選んだのだ。キリーヤもそうでなくては、きっとアルドのような英雄ないしは、アルドと対等に接する事が出来るようになるとは思えない。
「それでは、準備はいいですか」
「待ってくれ、クリヌス」
 声を掛けたのはパランナ。未だクウェイが居なければ歩く事もままならないが、その瞳の奥に宿る覚悟だけは、本物だった。
 今更止める理由も無い筈だが、一体何の為に。作戦は伝えたし、準備も万端。一体何処に止める理由があるのか。
「その地形変動で、リゼルに被害は無いんだろうな?」
「そこまで心配なさるのなら、正攻法で行っても構いませんよ。只言えることは、そちらの手段を取ると、この方法のおよそ三倍は時間が掛かるかと思いますよ。その間に何かあっても、貴方がそう言ったのですから、文句は言えないでしょうが、それでも―――」
「もういい! 分かった、続けてくれ」
 クリヌスも中々酷い所を突くものだ。ああいわれては、パランナが勝てる道理はない。流石に兄弟愛が過剰すぎるが、悪い事だとは別に思っていない。家族を大事に想ってる証拠だ。
「では行きますよ。フィージェント。彼女を通してしか協力できないのは歯痒いですが、信頼していますよ」
「そう思うなら無罪放免にしてくれよ。そうでなくても、女性の一人くらいはくれるとありがたいんだが」
「……妹さんをあげましょうか」
「……先生が生きているってのを知んなきゃ、笑えねえ冗談だな」
「知っていても、結構地獄だと思いますよ?」
「違いない」
 二人は敵であり、味方であった事など一度も無い。今でさえ、キリーヤを介しての、協力関係であって、やはり仲間では無い。しかし、仲が良さそうだ。まるで遥か昔からの友であったかのように、冗談を言い合っている。共通の師匠を持つ二人でさえ、立場の理由だけで敵対しなければいけないなんて、やはりこの世界は狂っている。
「互いに手の内を見せるんですから、フェイクは無しで行きましょう。では―――地嵐フェイタルサージ
 フィリアスが地面に手を付いた。
「『瞬谷返』」
 同時に発した言葉は互いに鬩ぎ合いながらもやがて紡がれ、二つの現象を全く同時に引き起こした。夜に作戦を実行したのは、殆どこのためである。
 闘技場手前の地が渦を巻いて沈んでいく現象は、既にキリーヤの理解を超えていた。その光景は神が起こした災厄が如く。神にしか引き起こせぬ御業にも見える。これが……『勝利』を継ぐクリヌスの力。目の前で見た故、キリーヤは誰よりもその異常さを理解してしまう。同じ人間なのかという、根本的な事すら疑問に感じる。地形変動は街を、大陸を、下手をすれば世界を潰しかねない大魔術。魔術そのものを知らなくとも、終位の位である事は間違いない。それをこんなにあっさりと……
 英雄。その道のりは千里を超え万里を超えている。とてもではないが、この男には到底並ぶ事など出来やしない。
 そう。並ぶ事は。
 英雄を志す者としては、キリーヤは最弱の部類に入る。人の力を模倣してしか戦えない自分だ。それは間違いないし、馬鹿にされてもなんとも思えないくらいには自分でも認めている。
 この男に並ぶ事は到底出来ない。しかしそれは強さの話だ。こと誰かを救う事に関しては、キリーヤは負けるつもりはない。力でも、頭でも勝てないなら、意志で勝負するしかないからだ。それに、キリーヤはクリヌスが持ちえない唯一の武器、最弱性を持っている。
 弱いからこそ、弱き民に共感する事が出来る。それはキリーヤの特権。必要とあらば、他人の力を模倣して戦う。それもまた特権。最弱の英雄だろうと何だろうと、意志だけは、この世界を平和にしたいという意志だけは、負けるわけには行かない。
 リゼルを助ける事は自分の成長の第一歩でもある。二人の超人が力を貸してくれるのだ。後は、自分の力だけ。
 フィリアスの結界の発動がかみ合ったおかげで、周囲の建物には何一つ被害は出ていない。事態は最善。狙いは最良。竜頭蛇尾には絶対にさせない。
「クリヌスさんッ」
 クリヌスがこちらに視線を向けてくる。
「助けましょう。絶対に」
「……一人一人に思い入れを入れるなんて、疲れるだけですよ」
 それはクリヌスなりの指摘。何人も救ってきて、その上で導き出された英雄の答え。個人に目を向けるのではない、広く視野を持つのだ、と。
「そうですよね。百人救って、一人一人にこれじゃ、疲れますよね」
 キリーヤは僅かに見上げる形でクリヌスを見つめる。視線が交錯し、互いの想いはぶつかった。
「ですが」
 キリーヤは目を瞑り、開く。
「こんな英雄こどもが居ても、いいじゃないですか」
 視線を外して、キリーヤは歩き出した。後に続いて気炎を上げるパランナと、無言のクウェイ。最後にクリヌスだ。フィリアスは別種の結界を張る為、ここで脱落。








「あいつの事、どう思う?」
 誰に向けられたわけでもないその質問。帰ってきたのは、誰に向けられたわけでもない答。
お人よしバカでどうしようない。ですが……確かに、そんな英雄バカが居ても、いいかもしれませんね」


 













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