ワルフラーン ~廃れし神話
王への叛逆
 フィリアスからもらった地図では、ここから東の方向と単純に言えるかもしれないが、街の構造上そのまま東に行くことなど出来ないのは、文明ある街に住んでいるモノなら分かってくれるはずだ。それにこの街は、パランナにとっては未知の街。幾ら地図を持っていても、迷うというのは仕方のない事だった。フィリアスがかなりいい加減な性格という事も分かるこの地図。何だか建物が有り得ない程に歪だし、道が何故か不自然な曲がり方をしていたり。どう考えても即席の地図であり、彼が書いた事は明白だ。それで分かるならまだいいとして、この地図を見ると……何が分かる。目的地しか分からない。渡された直後に気づくべきだったが、それはこちらの落ち度だ。
地図の建物は詳細に書き込まれていないので、道行く人々に尋ねる事は出来ない。この地図を見せて、「ここ、どこですか」などと尋ねたとしても、皆首を傾げるだろう。道を舗装するのに使った石の数が、何故か書き込まれているのも、意味が分からない原因の一つだ。
仕方ないので、フィリアスの書いた道をどうにか理解しながら、パランナは走る。エリ達が誰と戦っているのか知らないが、自分が行かなければエリ達が死ぬと言うのなら、行かない訳にはいかない。
しかし……
あの男とキリーヤは一体どんな関係なのだろうか。話に入れなかった事は仕方ないとして、出来れば自分にも説明の一つくらい欲しかった。こんな事が思えるのも、あの悪夢から逃げられた御蔭だろうか、そう言えば、フィリアスが来るまでは、何も考えられなかった。自分の頭を覆いつくすは、無限に広がる死の光景。自分とキリーヤの首が落とされるその光景が、何故か視界に広がっていた。別に特殊能力という訳じゃない。それ程クリヌスの強さが圧倒的だったというだけだ。幾らタイマンなら負けない自信がある自分も、あれ程の死は感じた事が無い。自分を支えたのは、キリーヤを守らなくてはという意思だけだった。
そもそも、あれを人間と呼んでしまっていいモノなのだろうか? あんな強さを持つモノは如何なる種族だろうと、化け物として扱うべきだ。パランナが知る人類史上あの男を超える人は居ない。あんな男を超えるなんて、世界を相手取って生きていられるモノくらいだろう。勿論そんな人物はいない。
そんなクリヌスに堂々たる態度を取った上に、キリーヤに指一本触れさせなかったフィリアスという男。彼も異常だ。結界魔術を一瞬で発動できるうえに、クリヌスに手傷を与えるなんて。『先生』という単語があった気がするが、ひょっとすると、フィリアスの先生とやらは、クリヌスをも超えうる人物なのではないか。自分が知らない以上無名なのは確かだが、一体どうしてそんな人物が無名なのか。世界は実に非情である。
パランナが目的地らしき場所に到達しかけた時。二つ角を曲がれば、おそらく着いただろうその時。
「我に歯向かいし愚者たる兄よ。ここに何の用だ?」
パランナ達の目的は、リゼルの奪還。カオスを打倒するのはその上で必須事項だが、まさかこんなに早く出会うとは。
収まっていた感情が、黒く染まって噴き上がる。一度意思へと変換された憎悪は、再び憤怒の源となってパランナの思考を支配した。
「カオスッ……!」
「貴様等が来る事は伝わっている。我に隠れて虎視眈々と機会を窺っていたのやも知れぬが、残念だったな」
もはや冷静な思考を展開できる筈が無い。憎悪に浸かり切ったモノがどういう行動を取るかなど、誰にも予測がつかない。だからこそ、刺激を与えないように丁寧に扱う。
パランナの体に宿ったのは憎悪などという生易しいモノでは無い。負の感情を秩序無しにまぜこぜにした上で、殺意の衣を纏わせたような、それ程の黒い感情。限りなく純粋な負の感情と、その大きさ。まさに混沌と呼ぶには相応しい代物。
「ウアアアアアアアアアアッ!」
気づけばカオスに斬りかかっていた。自身の武具の特性を理解せずに、只怒りのままに振り下ろした。
「貴様は我が姫君の兄。情も湧いてくる故に」
カオスが右の剣で大剣を受け流した。慣性そのままに方向を逸らされたパランナの体が、無防備に崩れた。
「この剣技。手向けとして受け取るがいい」
その言葉の後に広がるは死の光景。先程の事が会った事が幸運にも、パランナの意識を冷静にさせた。
このまま憤怒に溺れていれば、確実に訪れた死。カオスの使う剣技は、あろう事か使う直前の文句も有名すぎる為、パランナは次の一撃が容易に予想できた。
エリをも超える敏捷性と判断力。リゼルを助ける為にも、死ぬわけには行かないという意思が、パランナの武具の特性を発揮させた。
「烈華双震ッ」
それは花弁のように広がる斬撃。即ち、全く同時に放たれる五連撃と一突き。パランナは後ろに大きく飛び、何とか一突き以外は躱した。突きの速度に合わせて後ろに飛んだので、喉元を突いた突きも、浅く刺さるのみだった。
「……何」
「らあッ!」
さらにパランナは一歩踏み込んでカオスに肉迫。カオスを押しつぶすつもりで、全力で大剣を叩きつけた。大剣は地面を砕き抉るが、カオスは既に剣の横に。こちらの首を狙った斬撃が放たれるが、僅かに早くパランナが大剣を横に振り、鎬をカオスの半身へと叩きつけた。カオスの体はとても重く、想定の半分しか吹き飛ばなかったが、それで十分だった。
風属性極位魔術―――
「戦禍を収めし煉獄の禍玉よ。無慈悲なりし大気の奔流、集めし時に汝は在り。荒ぶれ神風ッ、吠えろ彼方へッ。『颶封』!」
『颶封』。空間に螺旋を発生させ、その中心に風を凝集させる事で、対人相手に瞬間的高威力を発揮する魔術。大分詠唱句は省略しているので、威力は従来の半分といった所だが、十分に人は殺せる。
一点集中の魔術なので、カオスが避ける事は予想していた。だからこその、この魔術だ。
「解放されよ、特異点!」
この魔術の良い所は、追加詠唱句で性質を変えられる事だ。凝集されし風は、一度解放される事で嵐を生む。その威力は……街に降りかかる災厄そのもの。威力が半分なので街一つは無理だが、パランナとカオスを中心とした周囲一帯は、解放された災厄によって、切り裂かれた。この闘技街でもまれに見る町中の喧嘩だが、街の人は騒いだりはしなかった。
「……やったか」
カオスは紙切れ同然に吹き飛ばされ瓦礫に埋もれている。やったかとは言ったが、出来れば生きていてほしい。こいつにはありとあらゆる苦しみを味わわせたうえでじっくりとこの世の地獄を味わってもらわなければいけないのだ。
「集印付着。集え」
カオスの声が聞こえたと同時に、周囲の瓦礫がパランナへと集い始めた。大小中様々な瓦礫を避けられる訳も無く、パランナはされるがままに瓦礫で固められてしまった。
「良きかな戦、されど残るは骸のみ。それが貴様の全力か。評価を改めよう。貴様は強い。強いからこそ……ここで死ぬ。が、貴様のような者は幾らでも必要とする故、命乞いは受け付けよう」
「誰がテメエなんかに! いい加減リゼルを返せッ」
「貴様の姫でもないだろうに。禁断の愛、という奴ならば話は別だが」
「妹には幸せになって欲しいという思いが禁断の愛ってんなら、それでもいい。だがな、お前の所に行くリゼルは泣いていた! 半ば強制的に加えて妹が幸せそうじゃない。俺は何処に妹の幸福を見出せばいいッ? 禁断上等! 妹が幸せになるならどんな禁忌も犯してやるよ! たとえお前を殺して、大陸の治安が乱れたとしても!」
「……ではここで死ね」
瓦礫はどんどん圧縮され、パランナの呼吸を奪っていく。空気の通り道は無くなる。口の中に瓦礫は入る。もはや意識は喪失寸前。
それでも、パランナは意識を失う訳には行かなかった。リゼルを取り返すまでは。絶対。
「パランナさんッ」
意思だけで抗えるなら苦労はしなかった。意識を失う寸前、聞こえた声は。
落ち込んでいた自分を励ましてくれた少女の声だった。
地図の建物は詳細に書き込まれていないので、道行く人々に尋ねる事は出来ない。この地図を見せて、「ここ、どこですか」などと尋ねたとしても、皆首を傾げるだろう。道を舗装するのに使った石の数が、何故か書き込まれているのも、意味が分からない原因の一つだ。
仕方ないので、フィリアスの書いた道をどうにか理解しながら、パランナは走る。エリ達が誰と戦っているのか知らないが、自分が行かなければエリ達が死ぬと言うのなら、行かない訳にはいかない。
しかし……
あの男とキリーヤは一体どんな関係なのだろうか。話に入れなかった事は仕方ないとして、出来れば自分にも説明の一つくらい欲しかった。こんな事が思えるのも、あの悪夢から逃げられた御蔭だろうか、そう言えば、フィリアスが来るまでは、何も考えられなかった。自分の頭を覆いつくすは、無限に広がる死の光景。自分とキリーヤの首が落とされるその光景が、何故か視界に広がっていた。別に特殊能力という訳じゃない。それ程クリヌスの強さが圧倒的だったというだけだ。幾らタイマンなら負けない自信がある自分も、あれ程の死は感じた事が無い。自分を支えたのは、キリーヤを守らなくてはという意思だけだった。
そもそも、あれを人間と呼んでしまっていいモノなのだろうか? あんな強さを持つモノは如何なる種族だろうと、化け物として扱うべきだ。パランナが知る人類史上あの男を超える人は居ない。あんな男を超えるなんて、世界を相手取って生きていられるモノくらいだろう。勿論そんな人物はいない。
そんなクリヌスに堂々たる態度を取った上に、キリーヤに指一本触れさせなかったフィリアスという男。彼も異常だ。結界魔術を一瞬で発動できるうえに、クリヌスに手傷を与えるなんて。『先生』という単語があった気がするが、ひょっとすると、フィリアスの先生とやらは、クリヌスをも超えうる人物なのではないか。自分が知らない以上無名なのは確かだが、一体どうしてそんな人物が無名なのか。世界は実に非情である。
パランナが目的地らしき場所に到達しかけた時。二つ角を曲がれば、おそらく着いただろうその時。
「我に歯向かいし愚者たる兄よ。ここに何の用だ?」
パランナ達の目的は、リゼルの奪還。カオスを打倒するのはその上で必須事項だが、まさかこんなに早く出会うとは。
収まっていた感情が、黒く染まって噴き上がる。一度意思へと変換された憎悪は、再び憤怒の源となってパランナの思考を支配した。
「カオスッ……!」
「貴様等が来る事は伝わっている。我に隠れて虎視眈々と機会を窺っていたのやも知れぬが、残念だったな」
もはや冷静な思考を展開できる筈が無い。憎悪に浸かり切ったモノがどういう行動を取るかなど、誰にも予測がつかない。だからこそ、刺激を与えないように丁寧に扱う。
パランナの体に宿ったのは憎悪などという生易しいモノでは無い。負の感情を秩序無しにまぜこぜにした上で、殺意の衣を纏わせたような、それ程の黒い感情。限りなく純粋な負の感情と、その大きさ。まさに混沌と呼ぶには相応しい代物。
「ウアアアアアアアアアアッ!」
気づけばカオスに斬りかかっていた。自身の武具の特性を理解せずに、只怒りのままに振り下ろした。
「貴様は我が姫君の兄。情も湧いてくる故に」
カオスが右の剣で大剣を受け流した。慣性そのままに方向を逸らされたパランナの体が、無防備に崩れた。
「この剣技。手向けとして受け取るがいい」
その言葉の後に広がるは死の光景。先程の事が会った事が幸運にも、パランナの意識を冷静にさせた。
このまま憤怒に溺れていれば、確実に訪れた死。カオスの使う剣技は、あろう事か使う直前の文句も有名すぎる為、パランナは次の一撃が容易に予想できた。
エリをも超える敏捷性と判断力。リゼルを助ける為にも、死ぬわけには行かないという意思が、パランナの武具の特性を発揮させた。
「烈華双震ッ」
それは花弁のように広がる斬撃。即ち、全く同時に放たれる五連撃と一突き。パランナは後ろに大きく飛び、何とか一突き以外は躱した。突きの速度に合わせて後ろに飛んだので、喉元を突いた突きも、浅く刺さるのみだった。
「……何」
「らあッ!」
さらにパランナは一歩踏み込んでカオスに肉迫。カオスを押しつぶすつもりで、全力で大剣を叩きつけた。大剣は地面を砕き抉るが、カオスは既に剣の横に。こちらの首を狙った斬撃が放たれるが、僅かに早くパランナが大剣を横に振り、鎬をカオスの半身へと叩きつけた。カオスの体はとても重く、想定の半分しか吹き飛ばなかったが、それで十分だった。
風属性極位魔術―――
「戦禍を収めし煉獄の禍玉よ。無慈悲なりし大気の奔流、集めし時に汝は在り。荒ぶれ神風ッ、吠えろ彼方へッ。『颶封』!」
『颶封』。空間に螺旋を発生させ、その中心に風を凝集させる事で、対人相手に瞬間的高威力を発揮する魔術。大分詠唱句は省略しているので、威力は従来の半分といった所だが、十分に人は殺せる。
一点集中の魔術なので、カオスが避ける事は予想していた。だからこその、この魔術だ。
「解放されよ、特異点!」
この魔術の良い所は、追加詠唱句で性質を変えられる事だ。凝集されし風は、一度解放される事で嵐を生む。その威力は……街に降りかかる災厄そのもの。威力が半分なので街一つは無理だが、パランナとカオスを中心とした周囲一帯は、解放された災厄によって、切り裂かれた。この闘技街でもまれに見る町中の喧嘩だが、街の人は騒いだりはしなかった。
「……やったか」
カオスは紙切れ同然に吹き飛ばされ瓦礫に埋もれている。やったかとは言ったが、出来れば生きていてほしい。こいつにはありとあらゆる苦しみを味わわせたうえでじっくりとこの世の地獄を味わってもらわなければいけないのだ。
「集印付着。集え」
カオスの声が聞こえたと同時に、周囲の瓦礫がパランナへと集い始めた。大小中様々な瓦礫を避けられる訳も無く、パランナはされるがままに瓦礫で固められてしまった。
「良きかな戦、されど残るは骸のみ。それが貴様の全力か。評価を改めよう。貴様は強い。強いからこそ……ここで死ぬ。が、貴様のような者は幾らでも必要とする故、命乞いは受け付けよう」
「誰がテメエなんかに! いい加減リゼルを返せッ」
「貴様の姫でもないだろうに。禁断の愛、という奴ならば話は別だが」
「妹には幸せになって欲しいという思いが禁断の愛ってんなら、それでもいい。だがな、お前の所に行くリゼルは泣いていた! 半ば強制的に加えて妹が幸せそうじゃない。俺は何処に妹の幸福を見出せばいいッ? 禁断上等! 妹が幸せになるならどんな禁忌も犯してやるよ! たとえお前を殺して、大陸の治安が乱れたとしても!」
「……ではここで死ね」
瓦礫はどんどん圧縮され、パランナの呼吸を奪っていく。空気の通り道は無くなる。口の中に瓦礫は入る。もはや意識は喪失寸前。
それでも、パランナは意識を失う訳には行かなかった。リゼルを取り返すまでは。絶対。
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