ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

交わり

 闘技街。無法の街。王様の遊技場。まともな名前など最初くらいしか無い程いい加減な街。良く言えば無法が過ぎて、逆に治安が保たれている街だが、悪く言えば悪すぎて定住民が殆ど存在しない街である。そもそも街と言っていいのかすら怪しいが、誰が何と言おうと街である。多分。
 この街で唯一の法らしきモノ、それは闘技における強さの数値である。つまりは、強さが全ての社会。この世で最もハッキリした区別が出来る街なのである。それを評価する人が多いからこそ、一応は街として成り立ってるのだ。
 キリーヤは初めて闘技街を見たが、それは壮観の一言。闘技街における最大の闘技場は街の中心で佇み、来るものにその存在を刻みつける。流石は闘技街。既に風格が違う。平和さが微塵も感じられない。この街に滞在するからには相当警戒する必要があるだろう。
 エリは街の中央に存在する闘技場を、静かに見つめる。
「エリさん、どうかしましたか?」
「……いえ。ここには私や、或いはパランナをも上回る猛者がいるのかと思うと」
「不安ですか」
「……貴方を護れる自信が無いのは確かです」
 パランナの強さやフィリアスの異様さを目にしてからか、エリの顏からは自信が消えていた。代わりに残っているのは不安と、焦燥だけである。
「エリさんには『獅辿』があるじゃないですか、なんかごついの」
 ごついの、という表現にエリが苦笑いを浮かべた。変な事を言ったつもりはない。あれの名称など知らないし、ごついのは確かなのだから。
「玉聖槍『獅子蹄辿』ですよ。そう……ですね。意識的に引き出せればいいのですが……」
 大きなため息が、一つ吐かれた。
「……これはこれで上手い隠蔽かもな。こんな奴らがまさかカオスに反逆するなんて、誰も思わんだろう」
 褒めたつもりなのだろうか、下手すぎて嫌味にしか聞こえない。仮にも仲間だというのに。クウェイのその口の下手さは、果たしてどうにかならないものか。
 仲間内に少し不安を感じつつも、キリーヤ達は闘技街へと入っていった。丁度その時、馬車の背後で足音がしたが、キリーヤ以外誰も気づくことは無かったし、キリーヤ自身も、特に不審には思わなかった。






 闘技街は、定住民が殆ど居ないといえ、内部は活気にあふれていた。違法的な草の売買、売春、買春、賭博と、どれもとても健全的であり、明るい街といえよう……そう思えたら良かった。
 行き交う人々はその殆どが無精髭を生やした齢四十を過ぎているだろう男ばかり。たまに若い女性が居ると思いきや、売春婦だったり。貧民街と同程度の酷さであり、どうしてこれが治安を保つ事が出来るの本気で分からない。
「居心地……悪いですね」
 キリーヤが小さく呟くと、こちらに近寄ってきたエリが耳打ちをしてきた。
「それは……まあ、貴方は可愛いですからね」
「そう言ってるエリさんも結構視線が―――」
「……気のせいですよ」
 キリーヤやエリの気にするそれは、気のせいの類では無い。紛れも無い事実なのだ。
 現に通行人の殆どが、エリやキリーヤに煩悩に塗れた目線を向けてきているし、クウェイやパランナは度々売春婦に声を掛けられるなど、この四人は相当の人気ぶり。まるで隠遁出来ていないのは奇跡としか言いようがない。というより不幸すぎる。
 クウェイの反応を見るに、あちらは満更でもないようだが。
 キリーヤは軽蔑の目でクウェイを見るが、クウェイに気づいた様子はない。代わりに気づいたパランナが申し訳なさそうにこちらに目線を送ってきたが、そっぽを向いて無視する。
「キリーヤ、ひょっとして何か怒ってます?」
「別に怒ってませんが……というか、もうこの際ですから敬語もやめにしませんか?」
 生まれた頃から敬語しか使った事が無いと言うのならばともかく、二人は対等な友人となったのだ。堅苦しい敬語など使う必要は無いだろう。
 エリは少し考えた後、微笑みながら頷いた。「ええ、分かったわ。キリーヤ、改めてよろしくね」
 何という事か。エリは敬語を抜くとここまで女らしくなるのか。同性から言わせてもらえば……凄く可愛い。敬語はどう考えても魅力の隠蔽でしかない。いやはや、まさかここまでとは。
「どうかした?」
「あ……いや、何でもないよ。うん」
 まだまだ敬語を使わないようにするには時間が掛かりそうである。そんな事を考えながら、歩いていると、広場へと出た。通路以上に人が密集し、何かに詰めかけているようにも見えるが、これが闘技街の日常なのだろうか。クウェイの方を見ると、眉を顰めている。
「どうかしたんですか?」
「ああ、俺はまあ何度か来たことがあるんだが、こんな騒ぎは見たことが無いんだ。今日が祭日な訳が無いし、ふーむ……」
 クウェイは徐に近くに居た男に声を掛けた。
「なあ、俺達は新参なんだが、今一体何が起きているんだ」
「へっ? お前仮にも冒険者……ぽいけど、何で知らないんだ。まあいいや。今日はな、地上最強―――つまりは『勝利ワルフラーン』、つまりはクリヌス・トナティウが、この街に訪れてんだよッ。しかも……しかも……別世界から召喚したらしい勇者ってのと一緒になッ!」
 地上最強。それはエリとキリーヤにとっては、クリヌス以前より聞き覚えのある言葉だった。『勝利』も然り。彼が消えてからはその弟子がそれを受け継いだことは知っているので、つまりは……アルドの弟子。それがクリヌス・トナティウ。
「行ってみようよッ!」
「ええ、そうね」
 喧騒を紡ぐ観衆の中を掻き分けた、その先には……
 一人は銀色の甲冑を着込んでいて顔は分からないが、その尋常ならざる魔力からクリヌスだという事が直感的に分かった。その後ろに続いているのは、虚ろな瞳を持つ黒髪の美女。その後ろには心身共にぼろぼろで、今にも死にそうな男が二人と同じ状態の女が一人。とても勇者には見えないが、聞く限り勇者なのだろう。
 キリーヤはエリと顔を見合わせる。
「ねえ、何でクリヌスさんが此処にきたんだろう」
「分からないで……分からないわよ。でも、少なくとも『勝利』が来る案件って事だから……」
 この街にクリヌスが出張る程の何かがあるという事。口には出さずとも、二人には分かっていた。
 二人は、馬車の所まで戻り、男性陣に報告する。
「クウェイさん、パランナさん、私、良い考えが思い浮かびました。上手く行けば……妹さんを取り返せる上に、カオスさんを撃退できるかも」
 エリよりも、クウェイよりも先に反応したのはパランナだった。
「本当かッ」
 キリーヤが頷くか頷かないかの間に、パランナはキリーヤに抱き着いた。驚いて声を上げようとするが……次の言葉がその意思を変えた。
「ありがとう……本当にありがとう……」
「ま、まだ終わってませんよ。とにかく、まずは馬車を何処かに置いておきましょう」
 そういうと、馬車を三人の視線がクウェイへと向けられた。「俺が適任ってか。分かりましたよ御三方。この傭兵めがきっちりと仕事をさせていただきます……はあ」
 何だか自分がこき使われている様で、すっきりしないが、これもリゼルの為だ。多少の面倒くらいは引き受けよう。
 それにしても……パランナ。お前―――
 いや、今言うのはやめておこう。こんな所でぶちまけたら流石にパランナが可哀想だし、何より今回の案件とは関係が無い。
「はあ……。この群衆突っ切って左に、商人専用の馬車置き場がある。そっちに行こう」
「え? でも私達、商人じゃありませんよ?」
 馬車を引こうとするパランナが、こちらを向いた。
「この街で酷い目に遭いたくなければ、良識は捨てる事だぜ、キリーヤ」






 馬車を置いた後、再びクリヌスの所まで戻ったが、やはり事情を知らない彼が留まってくれる筈もない。クリヌスと勇者ご一行の姿は既に無くなっていた。彼等を追って一部の群衆もどこかに行ってしまったので、その群衆を追跡すれば、再びクリヌスにも会う事が出来るだろう。
 キリーヤが考えた作戦は、闘技街でのカオスの行為を告発し、こちらに協力してもらう事だ。アルドより強いのかは置いておいて、間違いなく彼は『勝利』を継いだ者。幾らレギ最強のカオスといえど、地上最強には勝てない筈だ。業腹ながら、こちらにはカオスの相手になりうるような強さを持っている者は居ないので、言い方が悪いが、クリヌスを当て駒にして、カオスを撃退ないしは捕らえてもらう。どこにも抜かりはなく、この上なく完璧な作戦だ。そう思っていたのだが……
「クリヌスが協力してくれなかったらどうするのよ」
 あっさりとエリに指摘されてしまった。これがアルドならば確かに協力くらいはしてくれたかもしれないが、クリヌスはクリヌス。幾ら『勝利』を受け継いだと言ったって、性格まで受け継ぐ訳では無いのだから。
 とは言っても、モノは試し。キリーヤ達は二手に分かれて、クリヌスを捜す事にした。何分群衆は散らばっていて、只追うだけではクリヌスを見つけられないと思ったからだ。ちなみに配分は、キリーヤとパランナ、エリとクウェイである。悪意はない。
 エリ達は入りくむ町中を、クウェイの案内を受けながら探し続ける。ちらほらとはぐれが居るが、それでも大本が見つからない。あんな大軍が見つからないとは何事か。クリヌスがこちらに気づいている可能性もあるが……自分達の目的も知らないのに逃げるとは考えづらい。単に見つけていないだけか。
「……なあ、エリ」
「何でしょう」
「同じ所回ってないか?」
「回ってないかって、貴方まさか迷ったんですか?」
「……迷う筈が無いんだが……面目ない」
 信じられないと言わんばかりにエリは額に手を当て、項垂れた。この男を信用するべきでは無かった。一体……一体自分の三十分間は何だったのか。
 もうこんな男は当てにしない。エリは少し距離を取って、自らの取得できる全情報をかき集める。どこかで騒ぐ音、クウェイの息遣い、自分の心音、微かに聞こえる笛の音。何も変わった所はなく、単純に迷った―――笛の音?
エリが上を見上げようとした時、背中を巡る凄まじい寒気。反射的に振り返って、槍を構えると―――
 襤褸切れみたいなマントを着た、真黒な肌の男が、そこに立っていた。
「貴方は……?」
「知る必要は無いと思うが。……何故クリヌスを追うんだ?」
「知る必要は無いと思いますが」
 何だ、この男。武器らしい武器は左手に握られている笛のみ。なのに、この悪寒。一体何だと言うのだ。
「うおっ、何だよアンタッ」
 背後の方からクウェイの声が聞こえてきたが、今この男から眼を離す訳には行かない。男から眼を離さないようにしつつ、その声にこたえる。
「どうかしましたかッ?」
「いやッ……っと! 変……なッ! 女の……子ッ! がッ!」
 段々とクウェイの声がこちらに近づいてくる。という事は、クウェイを襲っている少女も近づいているという事。
 抜ける方法は一つ。
「クウェイさんッ!」
「何だッ!」
「三歩ッ!」
 クウェイからの返答は無い。そのまま一歩、二歩と音が近づき、三歩―――今だ。
切り替えスイッチ!」
クウェイと背中がぶつかった瞬間、エリは身を翻し、クウェイと入れ替わるように移動。振り下ろされた大鎌に対し、エリは相打ち覚悟で『獅辿』を少女の喉元へ突きつけた。
 時が止まる。
「貴方達、何者ですか?」
「だから知る必要は無いと……ん? ああ、成程、『貴方』か」
 黒い男は勝手に何かを理解したようで、一人低い笑いを漏らし続けていた。
 相手に気づかれないように、エリは石を介してキリーヤへと言葉を送る。
『キリーヤ、悪いけど、こっちは変なのと交戦中。悪いけど、暫くそっちだけで探してて』
 それだけ伝えた後、さて、この二人をどう倒すかという算段を考えようとした時、予期せずしてキリーヤから返答が返ってきた。
 そしてそれは……案の定最悪なものであった。
「……ごめん、エリ。そっちが誰と戦ってるか知らないけど、こっちも交戦中なの。―――クリヌスさんと」
 その言葉に驚いている暇は無かった。先程まで笑い続けていた男が、真剣な声で、ハッキリと言ったからだ。
 その正体を。
「魔王に魂捧げし異端の集い。それが『カテドラル・ナイツ』。貴方なら知ってると思うが? エリ・フランカ」

















「ワルフラーン ~廃れし神話」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く