ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

 玉聖槍 獅子蹄辿

 无尽撃。それは誰も会得できなかった究極の一撃。あらゆる防御を貫通し、対象へ『死』を突きたてるそれは、一撃必殺の、正に絶技。
 エリは无尽撃を放った後、残心。十数秒にもわたってエリは残心をしつづけ、相手が沈黙した事を確認。残心を解いて……その場に跪いた。
 まさかこれ程までに疲弊する技だったとは、まさに絶技。こんなに疲れたのは、初めてだ。まるで力の全てが抜け落ちたような不思議な感覚。例えばの話、今ここで性欲旺盛な少年が来て、エリを急に押し倒したとしても、エリには抵抗できるまでの力が無い。どうにかこうにか呼吸をしていると言えば、かなり的確な表現になるだろう。そういう訳で、もしあの攻撃でもパランナが立ち上がれるのだとしたら、エリの敗北だ。
 だがそれは同時に、絶対に立ち上がれないだろうという自信の表れでもある。自分の体力をここまで奪った无尽撃。初めて使ったとはいえ、その威力はエリの持ちうる手段の中で最大。禁じ手中の禁じ手と言っても過言では無い。
「ハアッ……ハアッ……」
 こんなモノを常に放てる神槍の男とは一体何者だったのだ。まず間違いなく人間では無い事しか分からないし、仮に人間だったらアルドといい勝負をするのではないか。それはともかくとして、この体ではキリーヤの所に向かえそうにない。大した事件が起こっていないといいが、パランナを撃破したのだ。もう何も起こらないだろう。
「何故……邪魔をするんだ……」
 驚いて振り返るような力も無い為、エリの応答はそっけないものになってしまった。「アレを、喰らって……まだ生きてるんですか。しぶとい、です……ね。というか……ちゃんと対話が出来たんですね」
「お前達のせいで俺の計画が台無しだよ! このままじゃ妹が死んじまう。どうしてくれんだッ!」
「ずっと……気になってました。どう……して、貴方が、……牲の詳細を知れたのかって事を」
 パランナの言葉は一切途切れないが、興奮状態にあるせいだと予想する。エリに残っている力と、パランナの残っている力。それはきっと同じ位の筈だ。
「リスト」
 そう呟いた後、パランナは喀血。二、三度大量の血を吐いた。しかし、それでも喋るのはやめない。
「あんの糞爺は、洞窟の奥にいる化け物と生贄の選定をしてたんだッ! 俺は偶然にも爺の書斎でそのリストを偶然見たッ。あったのは……今まで犠牲になってきた女子ばっかりだった……!」
 エリにも聞こえる程の歯ぎしり。聞くだけでは歯が砕けんばかりの音がひたすら鳴っている。
「それだけじゃねえッ。リストの裏にはそいつらの味まで書いてあった。今までの奴等も十分に可哀想だが、それでも他人事の域は出なかった。だから耐えられた。だけど! 今回はリゼが絡んでやがる。人ごとじゃねえ、自分事だ。そう思って化け物を殺しに行った……だが無理だった! あいつらは結界を張ってやがる。牲以外は通れないって仕組みのな。無力だった……中位までしか使えない俺は無力だった! だから俺は……狂人を装って、儀式を成功させまいと……なのにお前らが―――ぐゥッ……!」
 パランナはもう長くない。興奮状態にあるからこそまともに喋られるだけであって、本来は絶対安静の必要だって在る筈だ。それを兄弟愛という曖昧なモノで乗り越えているなど……この世界の人間は、少し狂っている。目的が同じとはいえ手段が違えばこうして敵対してしまう。それは人間と魔人で見ても同じ事が言えるだろう。キリーヤは果たして、これをどう乗り越えるか。
「パランナ……さん。実は、こちらも貴方の妹を生かす為に、動いて……たんですよ」
「……どういう、事だ? お前等は護衛なんじゃ―――」
 自分の残り少ない体力でどこまで説明できるか。エリが口を開こうとした、その時。
「その必要は無いぜ」 洞窟の方向から、こちらに駆けてくる人物がいた。クウェイだった。
「クウェイさん……」
 この男の前ではしおらしいというか、弱ってる姿は見せたくないが、今は仕方ないだろう。
「クウェイッ……!」
「すまんなパランナ。こいつらについては後で説明する。その前に喜べ。無事作戦は成功。リゼルは人身御供にならなくて済んだぜ」
「……ナ……二」
「それだけじゃない。もうじきこっちに戻ってくる。ああ、こいつらの協力で取り戻せた。お前は取り敢えずそれに感謝すべきだな」
 クウェイの言葉は、意外にも助けになった。御蔭でパランナから発せられていた怒気が消え、おだやかなモノになっている。それでも興奮は収まっていないが。
「そうか……そういう事……か」
 パランナの表情は見えないが、きっと笑っているのだろう。唯一の肉親が死なない。リスドが滅んだ以上肉親など既に居ないエリには分からない感情だが、きっと嬉しいに違いない。エリももし兄や父が生きていると知ったら、きっと泣くだろう。感無量、という言葉を入れてもいいかもしれない。まあ……そんな事は、所詮は幻想にすぎないのだが。
 しかしながら、クウェイの表情は曇っている。「凶報があるんですね」
「ああ。お前には話してなかったが、私達は、牲の誤認という形で、リゼルの死を防ごうとした。そして、実際成功したよ―――想定外の方法でな」
 クウェイは暫く黙っていたが、覚悟を決めて語り出した。








 あの洞窟、結界が張ってあってな。どうやら女性以外は入れないらしい。つーのは、フィリアスっていう男が言ってた事だ。確かにその通り、俺が入ろうとしても、キリーヤには絶対にあえなかった。フィリアスも入れなかった。というか、信じられない事に、フィリアスは俺を守りながら洞窟を覆いつくす程の数の怪物と対等以上に渡り合っていたんだ。そんな中、何故かフィリアスは内部の状況を知ってるようで、俺に語ってくれた。
『なあお前、取り敢えず外まで行って、女騎士に伝えてこい。内部じゃてめえらの作戦通りリゼルは死なないが、このままじゃ、女の子がこの怪物―――えー、四百三十九体に犯され続ける事になるぞってな』








 エリはそっちの方の事情には詳しくない。というか、疎い。というかまるで分からない。だが、その発言の異常さはハッキリと伝わった。あまり出来事に動揺しないエリだが、こればかりは顔を青ざめながら、事態の深刻性を正確に捉えていた。
―――四百三十九? ひ、一人じゃなくて? な、何で? え? キリーヤちゃんは私と同じはずだから……え? そんなの……
 耐えられる訳が無い。キリーヤは死ぬまできっと―――
「……セナイ」
 キリーヤのを、認めた訳では無い。あの馬鹿げた理想を受け入れた訳では無い。でも。だからこそ、彼女をここで殺させる訳には行かない。友達として、年上として、せめてその理想の果てだけは、見届けさせてやりたい。
 エリは立ち上がって、歩き出した。体の痛みなど気にしていられない。キリーヤの危機にそんなものは気にしていられない。
「どこ行くんだよ」
「助けに行きます」
「もう間に合わねえぞ。ここまでの道のりがどれだけ長いか知ってんのか」
「間に合わせます。それに、キリーヤちゃんのやろうとしてる事に比べれば、ずっとずっと簡単です」
 それは虚勢だ。幾らエリが全力を出したとしても、絶対に間に合わない。エリもそれは良く分かっている。分かっているからこそ、諦める訳には行かない。キリーヤだってそうだ。魔人と人間が共存できない事は、この長い長い歴史の中ではっきりと証明されている。それを分かっているからこそ、目指さずにはいられない。
「お前が代わりに相手でもしなけりゃ、キリーヤは助けられないと思うが、お前はそれでも?」
「……それしか助ける方法がないのであれば」
 エリの決意は本物だった。その鋼よりも硬く揺るぎない意思に、クウェイは言葉を失わざるを得なかった。どう言ってもエリは止められない。クウェイには良く分かっていた。
「では私はこれで―――」
「待て」
 声を掛けたのはパランナだった。待っている時間は無いが、それでもエリは振り返った。
「こいつを受け取れ」
 パランナは懐から薬を取り出し、天へと翳す。直後、薬が消え、気付けばエリの手元に。
「これは?」
 パランナが再び喀血した。今度の量は先程以上。朧のように霞んでいく視界を必死に保っているのが分かった。もう限界なのだろう。クウェイが「無理をするな」とパランナに言うが、気に掛ける様子はない。
「使おうと思ってた……『皇狂の薬べルセル』。そいつ……飲め……間に…………合」
 パランナの言葉はそこで途切れたのを確認し、エリは歩き出した。背後ではクウェイがパランナに呼びかけている声がする。
 そいつを飲めば間に合う。パランナの言いたかった事は確かに伝わった。
 エリは薬の蓋を開け、一気に飲み干した。深黄色の液体は、果たしてどんな効果をもたらすか。
「……なッ?」
 傷が癒えた訳ではない。魔力が回復した訳でもない。だが、体は自然と軽かった。万全の体調の時以上に、どういう訳か体が軽かった。
 ああ分かった。この薬は、『自分の強さを誤魔化す』薬だ。限界を超えたとしても、それでも誤魔化す事でそれ以上の力を発揮する薬。言うまでも無くこれは闇市での違法的な薬。一般的に流通はしていないものだ。
 勘違いしてはいけない。自分の体は限界なのだ。それを錯覚して変に力を出してしまえば、死ぬ。
 でもそれでもいい。キリーヤを助ける事が出来るのなら。守りたい人を守れるならば、それは本望。騎士である意味があったというものだ。
 エリはかつてリスド城で見た文献を思い出す。
 異名持ちの武具とは、文字通り、その特性によって特別な名が与えられた武具の事である。大抵は殺傷能力の高い、殲滅性の高い能力で、多くの武具は極位から終位に位置している。
 聖槍『獅辿』の能力は、血液による切れ味の強化と、血液の凝集だ。そのため、一度でも貫かれれば、余程特殊な者でない限りは即死する。
 そして、この槍にはもう一つ能力がある。それは―――形態強化。自身の位を引き上げ、性質そのものを変質と言ってもいい程に変化させる能力。この能力を持っているのはこの槍だけではない。が、それでも数は少ない。
 これを知ったエリはずっと試そうとしたが、出来なかった。何故ならその条件は―――魔力の全てを槍に捧げる事。魔力が切れれば人は死ぬ。故にエリには到底出来なかった。
「構転。我は全てをその身に委ね、そして解放へと赴く。然らば我の担い手、その力を現し、権能へといたれ」
 だが、死ぬ覚悟を決めた今ならば出来る。魔力を全て『獅辿』へと送り込み、そして呟く。
「顕現せよ―――玉聖槍『獅子蹄辿』!」
 『獅辿』だった槍は、禍々しい魔力を放ち始め、より一層武骨に。刺々しく。巨大なモノへ変質した。
 刹那、周囲の地面が全て砕けた。エリの姿はもう見えない。何処へ消えたとクウェイが視線を巡らせるが、洞窟の手前でも地面が破砕した以外は、姿を捉える事は出来なかった。






「な、何だお前は……」
「キリーヤちゃんを離しなさい」
 怪物はワタシに向かって、下卑た笑みを返してきた。
「こんな上玉、離す訳がねえだろう? まあ、お前が相手をしてくれるというのなら……まあ死ぬまでってのは勘弁……」
「そうですか」
 やはり怪物は怪物。それも女を捌け口としか思っていない屑だ。話し合いで解決しようとした自分が馬鹿だった。ワタシはキリーヤちゃんに手を置いている怪物に向かって槍を投擲。怪物の胸に槍が命中。それだけでこの投擲が減殺される事は無いので、槍は怪物を貫いて壁へと突き刺さった。
 直後、洞窟の天井、壁、地面。あらゆる所にありえない規模の罅が発生した。洞窟が大きく震動し、怪物を動揺させる。
「な、なんて事はねえな。なにせ武器を投げたんだ。こいつを取っちまえば―――」怪物が『獅子蹄辿』に手を伸ばした時。
 槍が突如大量の棘に変質。数千の針となった槍は、手に取ろうとした怪物を始め、周囲にいた怪物を軒並み串刺しにした。その針は明らかにキリーヤを避けている。
 脆い。余りに脆い。所有者以外が触れようとすればどうなるかなど分かっているだろうに、愚かだ。
「なッ―――おい、入口側にいるアイツを殺せば……ってえ?」
 もうそこにワタシは居ない。
 ワタシは槍を引き抜き、近くにいた怪物へ刺突。怪物の心臓を抉った後、素早く槍を反転させ、柄で死体を突き飛ばす。心臓を抉られた体は力のままに突き飛ばされ、怪物の群れへとぶち当たった。
「爆ぜろ」
 ワタシは槍を地面に突き立てて、そう言った。すると、心臓なき体から紅い刃が出現。先程の針と同じ材質のそれは、数百の怪物を喰らった。
 もうその程度では驚かない怪物が果敢にも攻めてくるが、ワタシからすればあまりに遅い。先頭の怪物を心臓諸共、体を縦方向に両断した後、左右の怪物の首を払って。
「无尽撃」
 怪物の群れの中心へと斬り込んで、自分に攻撃を仕掛けようとする怪物の急所を的確に破壊していく。
 戦いを始めて数分。既に怪物の数は二十と少し。もう十秒もあればすぐに終わる。
「終わりです……エッ?」
「貰ったあ!」
 やはり体が限界を迎えていたか。いつの間にか鉄棒を持っていた怪物に、ワタシは重い一撃を貰った。肉の体が吹き飛ぶ。
「よくもまあここまで……だがお前みたいな奴は初めてだ。決めたぜ。そのおもちゃと一緒に蹂躙してやる。『複模』」
 せっかく減らしたのに、再び怪物の数は戻った。数は先程の倍以上。
「もう動けねえだろう。別に諦めてくれたっていいんだぜ? お前の体を味わい尽くすには、抵抗されない方がいいからな!」
 ああ、本当に女をその程度にしか考えていないのか。救われない。こんな怪物は死ぬべきだ。こんな怪物に……キリーヤは渡せない。
 体は限界を超え、既に呼吸も限界に達している。魔力も実は限りなくゼロ。後一歩でも動けば死んでしまいそうな程に体が重い……その程度の事、問題じゃない。キリーヤを助けられない方が、ワタシにとってはずっと。ずっと問題だ。
「ア”ア”ア”ア”ァ”ッ!」
 立ち上がるワタシの体。そこには既に統制は無く、もはや気力で立っていると言っても過言では無い。
 だから、次に行う一撃は最後の一撃。
 血に関しての特性を持った『獅辿』は『獅子蹄辿』になった事でどう変質したのか。
 エリは『獅子蹄辿』の穂先を下へと向け、地面に突き立てた。
「『獅牙よ、連理を穿てクロスフロードメント』ォォォォォォォォォォォォォォ!」
 槍を起点として、深紅の線が洞窟を、キリーヤを、ワタシを、怪物を、全てを覆いつくした。




 生命の流れへの干渉。それがこの槍、玉聖槍『獅子蹄辿』の能力。








 







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