ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

舞い落ちる奇跡

「ハアッ、ハアッ……ふう、エリさん大丈夫でしょうか……」
 洞窟の入り口まで辿り着いたキリーヤが、開口一番放った言葉がそれだった。信じておいて随分と酷い発言かもしれないが、キリーヤの性根なので、しょうがない。周りの者も、行動と発言の矛盾に少し呆れているような表情を見せていた……フィリアスは良く分からない。
 入り口まで辿り着くのに、皆が全力で走って約一時間。(フィリアスは周りに合わせているだけのような気もする)真夜中まであと五時間といった所か。以外に速いペースかもしれないが、気を抜いてはいけない。洞窟内部がかなり複雑に枝分かれしていて、深部に辿り着くのに五時間かかるのかもしれない―――というのはありえないにしても、そういう気構えで行くに越した事はない。
 しかしどうにもエリの様子が心配だ。ここで一旦引き返してエリの様子を見るという選択肢も……
 いや、エリはこの場をキリーヤに任せたからあそこでパランナと戦う事を決めたのだ。だというのに、ここで様子を見に行ってしまっては、それこそエリを信用していない証であり、確実にエリからの信頼は消えるだろう。
 非常に心苦しく、遺憾ではあるが、ここはこらえ、洞窟の深部へと向かうべきだ。
「大丈夫か?」
 自分の苦悩する顔を見たらしいフィリアスが、隣に並んだ。
「……やっぱり心配でして。エリさんは……仲間ですし」
「仲間? 全くお笑いだな、本当に仲間だと思ってるのなら、お前みたいに苦悩はしないさ」
 てっきり心配してくれているのかと思ったが、その言葉は予想以上に淡泊で、冷たい言い方だった。
 その馬鹿にするような口調に、キリーヤが思わず目を剥いた。
「そんな言い方って無いじゃないですか! 仲間だから心配するんですよッ」
「仲間なら信じてやれよ。あいつはお前を信じたからこっちを任せたんだろ。というか……こんな事言わなくても、お前分かってるだろ」
「でも」
「自分でわかってる事に疑いを持つなよ。全く……」
 やはり突き放し方といい言い方といい、どこかアルドを感じる……やはりおかしい。アルドとフィリアス。どういう訳か酷く似ている。ありえない話とは言えなくも無い、されど限りなく有り得ない話、二人には何かしらの接点がありそうだ。いや、何かしらの接点があってほしいのかもしれない。
 もしあれば、また会えるかもしれない。今でなくとも、一年後、二年後、いずれは確かに対峙はするかもしれない。でも、キリーヤは対峙ではなく、再会したいのだ。友人、或は仲間として。
「……そうですね。すみません」
「謝る相手をよく考えろ」
 フィリアスは低い声で言い放ち、一足先に深部へと向かって行った。
「……行っちゃいましたね」
 小さく見えなくなっていくフィリアスの背中を見据えながら、リゼルは小さくつぶやいた。彼女の心配そうな表情から察するに、喧嘩をしたとでも思っているのだろうか。生憎自分も、そしてフィリアスも喧嘩をしたとは思っていない。あの程度の論争、喧嘩の類には間違いなく入らない。むしろ仲がいいほうだろう。それはフィリアスの叱咤にまるで怒りを感じない事からもわかる。あの人はかなり不器用なのだ。それ故キリーヤを普通に諭す事が出来なくて、だからあんな冷たい言い方に......実際のフィリアスはきっといい人の筈だ。
 キリーヤはもう姿の見えないフィリアスの方を見た後、リゼルを促した。
「私達も行きましょうか」
「……大丈夫何ですか」
 それはさっきの喧嘩っぽい何かの事を言っているのだろうか。
「大丈夫ですよ。さあ、早く行きましょう。フィリアスさんに何かあったら事ですから」
 何だかんだで時間を使ってしまった。余裕はないわけではないが、あるに越した事はない。急いでいくとしよう。






 洞窟の中は至極単純で、有り得ないと分かっていながらも心配していた内部については、何の問題も無かった。標準的な洞窟がどれくらいとかは分からないが、最深部まで約四十五分。期限の真夜中まで後四時間と十分。余裕を持って最深部へと辿り着く事が出来た。
 しかしながら、分からない事がある。洞窟の中は一本道で、特に分かれるような所は無かったはずだ。そして今、キリーヤ達は洞窟の最深部、即ち行き止まりに居る……フィリアスはどこに? 
 先にこちらに進んでいるなら、フィリアスはキリーヤが着くまで待ちぼうけをくらっていて然るべきだと思うのだが、フィリアスは居ない。
 まさかこれこそが人身御供を捧げる理由と、人身御供の末路? 真夜中まで捧げなければ村人全員が神隠しに遭うとか…だから一人を意図的に神隠しに遭わせることで、怒りを鎮めている……村の伝統を考えれば、そう解釈をする事も出来る。
 だがそれにはおかしい点がある。ここに来た者が、無差別に選ばれるのなら、態々人身御供を選んだりはしない筈だ。それこそ村の人々を犠牲にしたくないならば、話術で旅人を騙して……なんて事も出来る筈。それに、仮にそうだったとしたら、村長とあの怪物が何故話していたのかが分からない。この現象が真の概念的存在によるものだとしたら、そもそもあんな怪物は伝令としても必要が無い筈。
「一体、どういう事でしょうか? フィリアスさんはどこに……」
 キリーヤは周囲の壁に触れてみるが、違和感のようなモノは感じられない。つまり仕掛けは無いと言う事か。
 フィリアスは置いといて、後ろから付いてきてくれるはずのクウェイは何処だ。そろそろ出てきても良いはずなのだが……というより、一本道なので、後ろから付いてきているのであれば、今ここでしっかりと認識できるはずだが、どういう訳か認識できない。これは一体……。
「……ほう、ほう。確かに、アンタの娘よりは上等みたいだあ、よしよし」
 それは何処かから……正確には、キリーヤの背後から聞こえた。リゼルの声とはとても思えない低く醜い声。かといってクウェイやフィリアスじゃあない、邪気、悪意、人を人とも思わぬ高慢さ。反射的にキリーヤが横に飛び退くが、その大きな手の前では、少女の横っ飛びなど、していないのと同じであった。
「キャッ……!」
「キリーヤさんッ」
 最初は村長と話していた怪物かとも思ったが、あの怪物に自分の全身を掴みあげる程の手は無い。キリーヤはせめて両手だけは解放しようと、自らを掴む手から引き抜こうとするが、まるでお話しにならない。
 その瞬間、全ての出来事がまるで天啓のように流れ込んできた。
 そうか……だから少女ばかりを狙っていたと言うのか。仮に旅人やらを襲った場合は手傷を負う。この怪物はきっとそれを考慮して……
 真相はこうだ。昔、というより、ある時まではこの村は度々この怪物に襲われていた。これ以上、死人を出す訳には行かない。そう思った村長が洞窟へと赴き、直接交渉。その勇気を称えた鬼がある条件を提案。
 それが毎年、14歳前後の少女をこの洞窟へと寄越す、という条件。守れなければ村を襲って全滅させると。
 勿論村長はそれを承諾。以降、それを伝統として、今日まで続けてきた、という訳だ。
「旨そうな体だな……。程よく筋肉も付いてて。うっへっへっへへへ」
 ディナントには申し訳ないが、これを『鬼』と仮称する事にする。鬼が手に少しばかり力を入れると、キリーヤの全身が、リゼルにも聞こえるくらいはっきりと悲鳴を上げた。
「ア”ア”ア”ア”ッ! ……ア”ア”……グィギギィ―――」
「痛みに屈せぬその精神力。ああいいな、こんな奴を一度食べてみたかったんだ」
「わ、私は死ななくていいんですか?」
「ん?」と鬼がリゼルの方を向き、今更のように言った。「ああ、こいつの方が旨そうだ。出口は開けといてやるから、お前、帰っていいぞ」
「えッ」
「それともこいつと同じようにされたいか?」
「―――いっいえ!」
 この時キリーヤは知った。ああ、だからアルドは、魔人の側についたのだと。まさか……幾ら予定通りとはいえ、こんな形での予定通りは想定していなかった。
 裏切りという形での予定通りなど。
 リゼルはキリーヤの痛みをこらえるような顔を見て、一歩、また一歩と退いて行った。そして、三歩程下がった後、出口まで一目散に駆けていった。
 リゼルは死に対して恐れていた訳では無かったのだ。使命だからと無理やりに割り切って、恐れをこらえていただけ。それだけだった。決して感情が破綻した訳でも、肝が据わっている訳でもなく、ただの演技だったのだ。
「ァグゥゥ……アッ……ィィィィギィゥゥゥッ!」
「まだこらえるか。……これは生涯と味わえぬ上玉だな。いいだろう、離してやる」
 鬼はキリーヤの体から手を離し、一歩下がる。本来ならば今までの痛みで立つことすら叶わない体なのに、キリーヤはその意思力で痛みをねじ伏せ、立ち上がった。ナイフを取り出して、構えるのは忘れない。
「先に……全身に布、巻いて、人が来た……筈です。そ、人は、何処に」
 鬼は直ぐに思い当ったように言う。
「何だ、あの男の事が気になるのか。安心しろ。今あの男は一八三体の俺になぶり殺しにされているだろうさ」
「……ぇ?」
「そういえば俺の力を見せていなかったな。『複模クローンザセルフ』」
 魔術。
 直後、鬼の隣にもう一人の鬼が現われた。それはどんどんと増えていき、最終的には自分が立っている場所以外の全てに、鬼が現われていた。
 キリーヤは予め集中させた魔力を解放し、魔術を唱える。「お……オぁ……『薇生(オーバーヒール』!」
 下位魔術の回復魔術だが、魔力量をオーバーさせているため、ほんの少しだが回復量が上がっている。
「何で……魔術を魔物が……」
「それだけじゃない。俺は結界魔術だって扱う事が出来る。位は上位。効果はおもちゃ以外を通さないっつう単純なもんだが、それだけに強度に優れている。分かったか? 先に来た奴は結界に弾かれた上、今はきっと俺によってなぶり殺しにされているという事だ」
 自分が弱いという自覚が無かった訳では無い。だが、これは強さが圧倒的に違う。数こそが最大の攻撃力とばかりに居る鬼達。その数は分からないが……優に百は超えている。
「最近はあの村の女は不摂生でな。もう不味くて参ってんだ。お前も最初は食ってやろうかと思ったが、それじゃお前は数秒で居なくなっちまう。それじゃもったいねえ。お前には死ぬまで……いや、永久にここに居てもらわないとな」
「え?」
「この結界の中は時間が止まっている。そして俺が望めば事象の進行も止まる。御誂え向きだと思わないか?」
 どうも要領を得ないキリーヤを見て、鬼が高らかに笑った。
「その純朴さも捨てがたい。いいだろう。直接言ってやる。俺は最近食いすぎて腹が一杯だが、ここ最近……というか、村を襲えない契約を交わしている以上、下手に女どもを襲えなくて、性欲を解消出来てねえんだよ。だからもしかしたら我慢できずに襲っちまって、契約を反故にしてしまうかもしれん。契約反故事態は瑣末な事だが、それで騒ぎを起こして、『勝利』が派遣されて来たら最悪なんだよな。だからお前には―――」
 言いたい事はもう分かっている。それ故にキリーヤの全身の震えは止まらなかった。恐怖が冷や汗となって流れ出て、そして壮絶な拒絶反応が体を震わせている。
 嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌。
「ここに居る俺―――四百三十九人全員の相手をしろ。大丈夫だ安心しろ。事象の進行は止められるから、お前の処女はじめては無くならない。何回も破瓜するかもしれないが……いいよな?」
「えっ……あっ……やっ! やっ! 嫌ッ!」
 背後に下がっても鬼は居る。自分は一体、何処に逃げればいい。
「最初位は優しくしてやるから、ほら……」
 背後の鬼が、自分の肩に手を置いて、引き寄せようとした、直後。
 洞窟の入り口の方で、岩をぶち抜いたような大きな音がした。
 

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