ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

放たれし一撃

 『天槍』は、遂にエリが習得を諦めた奥義である。練り上げられた気と自身への絶対的自信を持っている時のみ放てると言われる槍術の究極。如何に高等な武器も、この槍術の前では、簡単に砕け散る……と言われている。飽くまでそう言われてるだけなので、実際はそんな事はないだろうが、それでもそれくらいの強さはあるという事なのだ。
 ガレッダがさも当たり前のようにこちらに使ってきたのは、未だに記憶に新しい。日々の稽古でガレッダがアレを使った事など一度も無かったが……いや、十年以上前の魔人闘争で一度使った事があるらしいが、エリは知らない。なので数えなくてもいいだろう。ともかく、この技はそれ程に強力という事であり、使えると使えないとでは、かなり違うのだ。
 戦闘が始まって数分も経っていないが、エリの槍は、次第にパランナの剣戟に追いつかなくなっていた。現状は体捌きで何とか拮抗しているように見せているが、実際全く追い付けていない。村での一番の勇士なんて、と高をくくっていたエリだが、実際そのせいで今窮地に立たされている。こんな事になるのならば、あのうさん臭い、個人的にいけ好かない男からの紙をきちんと見ておくべきだった。慢心は強者の最大の弱点とは散々言われてきたが、すっかり忘れていた。というか、今でも認めたくない。まさか自分が慢心をしていたなんて。
「ア˝……ア˝……ア˝ア˝!」
 戦闘が開始してからまだ……二分。正気を失っているとは思えない程、パランナの剣技は力強く、鋭くなっていった。それは既にエリ以上の領域で、たとえ聖槍『獅辿』をもってしても、エリには攻撃を防ぐ事しか出来ない。武器を生かすも殺すも次第。的を得ている言葉だと思う。
 袈裟切りにせんとパランナが剣を振り下ろしてくるのを予想したエリが、その手が動くより先に回避。次の瞬間、エリの体の直ぐ横を剣閃が通り抜ける―――
 そう思っていたのに、次の瞬間、エリの胴体を鉄の塊が殴りつけた。体が力のままに歪む直前に見たもの、それはパランナの剣の、鎬だった。
「何ッで……!」
 エリは先程のフィリアスさながら、勢いよく吹き飛び、地面に転がり込む。あばらが数本壊れたか。信じられない膂力だ。フィリアスはこんな攻撃を耐えたとでもいうのか。
 エリは腹を抑えながら、どうにか立ち上がろうとするが、力が入らない。こんな、こんな痛みは感じた事が無い。
 圧倒的な力量差。絶望的なまでに弱い自分。死線に立つとはこういう事だろうか。異名持ちを手に入れたからと、無意識の内に慢心をしていた自分が恥ずかしい。まだ十分も戦ってないのに、こんな弱気になるなんて……分かっている。勝負は互いに命を捨て合い、どちらかその命を拾うか。その土俵に強さという項目は無い。意思力こそが全てを決定づけるのだ。
 強さも駄目、体格も駄目・だというのにその意思ですら負けてしまってはもうどうしようもない。エリは思考を振り払い、現在の状況を整理する。
 相手はパランナ・ウィゼンガー。人身御供に選ばれたリゼル・ウィゼンガーの兄で、村一番の勇士。使う武器は両手剣(片手)と、白銀の甲冑。どっちかが異名持ちである事は濃厚か。エリがまだ死んでいない所を見ると、鎧の方がそうかもしれない。
 相手は自分を吹き飛ばした後、こちらに武器を構えたまま動いていない。追い打ちは掛けないという見事な騎士道精神だ。彼がそんな精神を、正気を失っても尚持っているのは、僥倖だろう。御蔭で自分は死なないで済んでいる。
「『我こそは幸福に与するモノ、毒に蝕まれし体の何処へと向かおうとも、その揺らぎはけっして霞まず。我らが賜りし無慈悲へその代償をかかげ、災厄を散らせ! 治涙ヒーリングレッド
 詠唱が必要なのは癪だが、エリは治癒魔術は苦手なため、致し方ない。治癒属性の中位魔術故に、回復については文句は言うまい。
 エリは身体に残る痛みの残滓に、苛まされつつも、どうにか立ち上がり、槍を構える。それを見たパランナは剣を両手に持ち、こちらにゆっくりと歩んできた。
 おそらく次は、刹那の踏み込みからの一閃。パランナは次の一撃で自分の首を落して決着させる気だ。今の自分の負傷具合から見て、回避は不可能。防御は可能だろうが、死ぬまでの時間が数秒速いか遅いか。変わったとしてもそれだけだろう。
 ならばどうするか。攻撃をするしかないだろう。自分の力が彼に及んでいないのは分かっている。二分でボロボロにされるような人間だ、自分は。真っ向からの太刀打ちでは勝ち目がない。
 エリは槍を下段に構えて、その時を待つ。パランナの足が一方動く。まだだ。まだ早い。続いて二歩、三歩。まだだ。まだ時期ではない。
 四、五、六―――今しかない!
 考えるよりも先にエリは飛び出した。自分の頭上を死が掠めたような気がするが、気にせず下段払いで足を払う。鉄に当たったような手ごたえがある為、成功だろう。
 槍を払った流れを無駄にせず、その流れを利用しつつ構えを上段に変化。パランナをみると……足を払われ、地面に倒れ込んでいる。
 ここで体勢を整わせてはいけない。エリは聖槍『獅辿』に『霆岩』を纏わせ、穂先を岩石で保護。『霆岩』の出力を最大まで上げ、それを放った。
「『轟雷よ、天に慄け ヘイヴロアジーン・フィクシーネイト!』」
 鎧と接触したような手応え。というのは、雷で視界が遮られて、一体どうなっているのか分からないからだ。
 硬い。どうやら鎧が異名持ちのようだ、が、このまま押し切れば勝てる……!
「ハアアアアアアアアアッ!」
 鎧よりも先に限界が来たのはエリの腕だった。影響は抑えているが、それでも人体に害悪な事には変わらず、表皮が焼き切れ、そこから紅い液体が流れていく。轟雷は内部に染みわたり、エリの全身を焼くが、エリは尚も出力を上げていく。既に限界以上の力を出しているため、遂には意識すらも焼かれていった。
 しかしこんな程度で負けてはいられない。限界の一つや二つを超えられないようでは、エリはきっと死ぬ。それはここでパランナを仕留められない時も同じだが、ならば彼に勝って死んだ方がましである。
 意識が消失する寸前、エリが聞いた音は、
「『永劫焼燬タイムウォッチ』」
 とても温かな少女の声だった。






 パランナ・ウィゼンガー
 使用武器 両手剣 毀剣『蒼光』の異名を持つ剣。特性は「武器に対して絶対的破壊力」を持つ。
      鎧 『刃鉄』の異名を持つ鎧。特性は「一定量を超える傷を負った場合、一定量分ダメージを削減。それが武器によるものならば、超過分ダメージを武器に与える」。つまりは武器で攻撃した場合、ダメージはゼロ。たとえ魔術で攻撃したとしても、半分以上は削減されるって奴だ。ふざけた性能だよな。
 弱点は衝撃や爆発に対しては耐性が無し。
 一定量を超えないダメージは削減が無いつまり。火力の高い攻撃に対しての絶対防御。


                          ~クウェイの書いたメモから






―――何?
 槍の穂先がパランナの剣を叩き落し、キリーヤへの攻撃を防いだ。キリーヤは一度も振り返る事なく、洞窟の方へと向かって行く。
―――何故?
 攻撃を防いだ事でこちらを敵とみなしたパランナが、すかさず剣戟を放ってくるが、『今度は』完璧に躱し、刺突まで繰り出した。兜と鎧の隙間に打ち込んだが、パランナが反射的に飛び退いたため、肉体には届かなかった。
―――何故同じ事が起きているの?
 エリは『轟雷よ、天に慄け ヘイヴロアジーン・フィクシーネイト』を放って……それからの記憶は無いが、確実に言えるのは、自分の状態からして時が巻き戻っている事、そしてそんな魔術をエリは持っていないという事。エリが扱えるのは下位から中位は全て、上位においては一部のみだ。『時を巻き戻す』などという終位か、或いはそれ以上の位にある魔術を使えるはずもない。詠唱句を知っていたとしても、まず魔力が足らないし、そもそもあの時、エリにそんな時間は無かった。
 そういえば意識が途切れる刹那、少女の声が聞こえた気がした。唱えたとしたら、詠唱者はその少女だが、一体何者。
 以前見た通り、パランナの剣戟は鋭く、そして速く、且つ重くなっていくが、全てを知るエリにはその斬撃が最初から見えていた。というより、予測線が何故か見えるので、変わっていても回避は容易である。
 たとえ幾ら斬撃が速かろうと、最初から斬る位置が分かっているのであれば、どんなに実力差があろうとも大差はない。
 既に二度目のエリ故に、今度はエリの槍がパランナを圧倒していた。どんな剣技が来ようとも容易く流し、或いは躱して、的確に刺突を放つ。それは速さからくる強さではなく、技の巧さから来る強さだ。最善の方向に躱し、最善のタイミングで受け、最適な場所に刺突を放つ。相手にとってはとことん不都合で、こちらにはとことん好都合だ。
 しかしやはり単純な実力ではパランナが上の為、その攻防は実に数十分にも及んだ。自分にとことん不利でも粘る事が出来るのは、やはり実力者の証拠である。更に言ってしまえば、エリは当然無傷だが、鎧のせいでパランナも無傷である。このままではじり貧―――ではないが、キリーヤの所に向かうのが遅くなってしまう。
 「天槍」は遂にエリが習得を諦めた奥義である。練り上げられた気と自分自身への絶対的自信を持っている時のみ、放てると言われる究極の奥義。エリが習得出来なかった理由には、確かに才能はあったが、それ以上にエリとガレッダには戦い方が違ったのだ。
 ガレッダは手数で相手と戦うのに対し、エリはその全てが飽くまで牽制で、殺すとなれば一撃に全てを掛けるタイプだ。それ故、連撃である『天槍』は肌に合わなかった。言い訳をするならこんな所だ。
 エリは『無旋』でパランナを吹き飛ばし、距離を取った。
 その昔も昔。神槍と呼ばれる達人が居た。その者の突きはあまりにも凄まじく、二の打ちが要らないと言われるまでだった。その事からついた名前が神槍。まさに異名持ちの人間である。
 エリが今から行うのは、その神槍が使ったとされる技、无尽撃。勿論エリはその技を見たことがない。だが文献だけは見たことがある。リスドは一度壊れた為、もう文献は残ってないだろうが、エリの記憶にははっきりと刻み込まれている。
 全身の力を極限まで抜き、残りの力を全て相手を視る事に回す。それだけだ。それをしている時、刹那の時間、はっきりと見える点へと突きを打ち込む。それだけだ。
 分かる。鎧越しからでもはっきりと分かる筋肉の動き。右足を動かすのにどのくらいの力を使っているのか。体を動かすのにどこに力を向けているのか。相手が次にどうするつもりなのかはっきりと分かる。
 それは二度目の好機。あの時は搦め手ともいえるような攻撃をした、つまり、彼の攻撃を恐れたからそんな手に走ったと言える。結果良ければすべてよしだが、その結果がアレだ。どうしようもない。
 だが今のエリに恐れとかそういう感情に回す力は無い。刹那の時間視える一点に、突きを打ち込む。ただそれだけ。
 パランナの足に力が入る。まだ点は見えない。足に集中する力はやがて爆発。通り抜けた空間が歪むほどの勢いでパランナはこちらへと迫って―――
 点が、見えた。
 鉄をぶち抜いたような凄まじい音がした後、辺りは静まった。統制を失った肉体が、崩れる。
「――――――无尽撃」
 技の後に呟かれたその名前は、鋭い響きを持っていた。
















 

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