ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

投身虚影 後編

 この世界において、異名持ちの武器とはどんな位置にあるのか。それは神話に登場するような武器と同じような感じで、武器に認められた所有者以外は、絶対に上手く扱えないように出来ている。これは原則としてという類なので、例外など幾らでもあるが、それでも多くの人間はその例外ではない。だから異名持ちの武器を持っている人とは小競り合いを避けたがるし、異名持ちの所有者自体を嫌う人も多い。
 通常の槍一本もまともに扱えないキリーヤが、聖槍『獅辿』を扱える訳が無いのだ。聖槍『獅辿』はエリを所有者とした武器。素人同然のキリーヤに扱える道理はない。だが、現に今、キリーヤはまるで所有者のように、聖槍『獅辿』を構えている。エリはその事態に驚きを隠せなかった……だが、一々そんな事に驚いていられる程世界を知らない訳では無い。どうせ恰好だけだと思い、或いは信じつつ、戦闘体勢へと入った。
 キリーヤの鋭い刺突を、即席の槍で、エリは的確に刺突を防いでいく。その度に槍は壊れるが、それでもこの槍の原料は土だ。この世界がある限りは唯一無限とも言える物質を原料としているならば、一突き一突きの間に次の槍を生成し、防ぐ事くらいは容易い。
 先程から会話は切っているが、キリーヤの表情は真剣そのものだ。全力で挑まなければ自分と引き分ける事は出来ないと悟っているからだろうか―――いや、キリーヤが全力を出した所で全力の自分と引き分ける事が出来るかは難しい。
 キリーヤの刺突は確かに素早いし、的確だ。だがそこには何かが足りない。エリは最初自分の力を写し取ったのかもしれないと思ったが、どうも違う。確かに写し取ったのかもしれないが、まず写し取った所で聖槍『獅辿』は扱えない筈。つまり投身魔術ではないが、それに類似した魔術ないしは道具を使っているという事だ。候補があるとすればキリーヤの髪にあるアレだが、それはまた後で追及するとして、今はどう攻めるか、だ。
 次の一撃を槍ではじき返すと同時に、エリは魔術を発動。数秒の間物体を浮かす『浮浪(フロートプロテッション』と『鉄製』を発動。自身の周りに槍を浮遊させる。
 その行動に驚きつつもキリーヤは槍で薙ぐが、今度は槍を弾くと同時に、浮遊している槍を投擲。槍はキリーヤの胸へと突き刺さる―――寸前、槍が崩れて殺傷能力が消え去った。
 あの魔術は『震缶』だろうか。生憎エリはあの魔術を使えない(覚えようとしていなかった)ので、あれはキリーヤ自身の魔術だろうか。
 聞けば聞くほど歪な写し取りだ。完全かと思いきやそうではなく、写し取った者の魔術しか使えないかと思いきや、自分自身の魔術も行使できる。リスドの稀覯魔術本なんかを読破したエリだが、そんな内容の魔術は一切描かれていなかった……
 今度は浮遊している槍を十倍以上に増やし、高速連射。キリーヤが槍を振り回して槍の悉くを叩き落していくが、それこそエリの計画通りだった。エリは短槍を生成。キリーヤの槍の回転の癖は自分と同じだ。ならばかつてガレッダに指摘された所―――すなわち、回転(槍の振り回し方)に規則性があるという所を突けば―――
 エリが短槍を投擲すると、短槍はキリーヤの槍をすり抜け、その肩口へと突き刺さった。






 突き刺さった槍に『震缶』を発動し分解。肩口からは決して軽傷とは言えない程、血液が出ているが、気にはしていられない。先程の痛みの方が何倍も痛い。怯む事無く、キリーヤは聖槍『獅辿』を使い、エリと剣戟の打ち合いを再び始める。エリの技の多様性には驚かされるが、武器としての性能ならばこちらの方が上の筈。勝機が無い訳ではないのだ。
 エリの強さを写し取っているという結論は、先程思い至った。何が原因かは大体察しがついているが、今はその事を気にしている暇はない。
 だがこうして戦ってみると、どうやらエリの強さをそっくりそのまま、という訳ではないらしい。自分の押され具合と、自分の使えない魔術をエリが行使している事から、キリーヤが写し取っている強さは、六割から八割といった所だろうか。全力でも相手を出来るとは言ったが、単純な数値で言えば全力を出されたら負けるのだろう。
しかし聖槍『獅辿』を持っているのは自分である事から、その強さの差はさほど無いように思えるのだろう。そうなると、勝敗を分けるのは、如何に技を使いこなせるか、だ。
 こちらに投擲される槍を一掃し、殆ど捨て身でキリーヤはエリへと突っ込んだ。今度は反対の肩に槍が突き刺さるが、気にせずエリの胸へと刺突を―――
「から……だが……」
 エリへと突き刺さる直前、キリーヤの動きが止まった、いや動けなくなったというのが正しいか。キリーヤは必死に体を動かそうとするが、それでも動かない。何故?
『槍ですよ。槍。さあ、私の力をどの程度写しているかは知りませんが、私ならば抜けられる筈です』
『エリさん……』
『完璧に『私』を使える訳ではないらしいので、ここは本人オリジナルから直々に指導をしてあげようかと』
 エリがキリーヤの鳩尾を蹴っ飛ばす。キリーヤは背中を丸め、二、三度せき込んだ。その華麗でありながらも圧倒的な戦いに魅せられ、会場には再び興奮が沸き上がった。
「いいぞお! もっとやれッ!」 
「ああいう女性も悪くはないかなー。いや、ナンパしてみようかなーなははは!」
 キリーヤはエリの言う通りという訳では無いが、『震缶』を使って槍を分解。ちなみにこの『震缶』には槍を分解する程の振動は起こせないが、エリの魔力も写し取っているみたいで、それ程の振動が起こせるのだ。
『左、右、右、左弾き』
 槍が分解されるや否や、エリが全力で刺突を繰り出しているが、指示が事前に飛ばされているので、簡単に躱す事が出来る。まあそれでも全力である事に変わりはないので、気を抜けば簡単に刺し貫かれるが。
『右弾き。『鉄製』を使用して、『霆岩』を纏わせてください』
 エリの刺突を右に弾き、『鉄製』で作成した槍に『霆岩』を纏わせる。詠唱は省略しているので、効果は殆ど薄れているが、キリーヤが使えない魔術の一つに、魔力譲渡の魔術があるらしく、エリが譲渡をしてくれている上に、詠唱破棄分の魔力まで負担してくれている故、詠唱ありきの効果が発揮されている。
 やはりエリはお人よしだ。全力で挑めと言ったが、やはり手助けをしてくれている。やはり幾ら技術があったとしても、経験に裏打ちされた状況判断力と適応力が無ければ、勝つことは出来ないらしい。
『では次。次は―――』
『エリさん』
 次にいう事は分かっている。『無旋』でエリを吹きとばし、距離を取る。そして―――ここからはキリーヤのオリジナルだ。
『えっ、ちょっと何を……』
『申し訳ありません。でも……どうせ引き分けで終わるのなら、こっちが勝ったみたいな感じで終わらせたいんです』
 キリーヤが『霆岩』に最大限の魔力を流し込むと、蒼き雷電が、獣の如き咆哮を上げた。槍が崩れないように保つ魔力もあるが、現在のキリーヤの魔力は完全に空だ。それもエリから写し取った魔力に自分の魔力を足したとしても、圧倒的に不足している。エリから譲渡してもらっている魔力を足して、ようやくという感じだ。おそらくエリも魔力総量の八割を持っていかれているのだろう。
『言う通りに動けなくてすみません。でも……これで終わりです』
 魔力は殆どない。体も魔力不足で動かない。だが動かさなければ終わらない。
 雷属性魔術、位は―――無い。あえて言うとすれば、『創』られた『位』。即ち創位。詠唱も必要としない、そして自分が作った訳でもない。自分と相手の魔術を複合させた、本来在ってはならない魔術、いや、在っても意味がない魔術だ。
天を蠢く雷獣ヘイヴロアジーン!』
 刹那、槍が地面に突き刺さると同時に、周囲一帯に雷電が迸った。






 目が覚めると、そこはベッドの上だった。では周囲はというと、まるで先程までの戦いが嘘のように静かで、とても先程まで戦いが繰り広げられていたとは思えなかった。ここが実は会場から遠くて、聞こえないだけかもしれないが、あれは決勝だった。つまり聞こえないという事は、既に試合は終わったという事なのだろう。左を見ると、未だ目を覚まさぬエリが横たわっているので、この推測にも確実性がある。
 あの後、どうなったのだろうか。地面に雷電が迸り、周囲の人間が皆感電して、それで―――
「よう。決勝戦ご苦労さん。試合結果は勿論引き分けだ。お前等お二人さん、共に招待だとさ」
「…あの後、どうなったんですか?」
 クウェイは無言で懐から杭のようなモノを取り出した。
「それは?」
「魔力遮断杭。長いから俺はハイドラって呼んでる。この杭はまあ……パランナから借りたもんだよ」
 実はキリーヤが放った『天を蠢く雷獣』は、ハイドラで止めなければ、周囲処か街全てが黒焦げになる程の威力だったらしい。それを察したクウェイがすかさず杭を投げ込んで、被害をゼロにした、と。そういう訳らしい。
「有難うございます」
「気にすんなよ。むしろ俺の方が礼を言いたいくらいだよ。まさか本当に引き分けを取るなんてな。あれが八百長だ何て誰が思う? そんなの当事者位だろ」
 クウェイの機嫌は良さそうだが、キリーヤがそうであるとは限らない。静かに項垂れて、呟く。
「まあ、八百長で無ければ私は勝てませんでした。悔しいです。これじゃ………………アルド様に……とても」
「ん? 誰様だって?」
 自分は何という事を言いかけたのだろう。アルド達の事は、今の所エリしか知らないのだ。今ここで話してしまっては、共存までの道のりが遠のく。
「な、何でもありません」
「ああそう。じゃあ連れが目を覚ましたら村長の所へ行ってくれ」
 そう言って部屋から出ようとするクウェイ。キリーヤは「待ってください」と呼び止めた。
「何だ?」
「クウェイさんは、付いてこないんですか?」
「俺? 俺はまあ、その……うん。ちょっとな」
 不自然に誤魔化しつつクウェイは部屋から出て行った。






 それからエリが目を覚ましたのは、一時間後の事だった。

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