ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

投現虚影 前編

「今回は本当に有難うございますッ」
「いや、何。気にするな。何度も言ったが、君にお礼がしたかっただけだからね」
 向かい合うように、宿屋の一階で食事をするその様は、傍から見れば同行者にしか見えないだろう。邪推の過ぎる者には恋人にも見えるかもしれない。だが実際はどれも違う。先程会ったばかりの知り合い処か顔見知り程度、というのが正しい関係だ。今は取り留めも無く、お互いについて話したり話していなかったり。何でも彼は行く当ても無く彷徨う放浪者だそうで、『誰かが仲間に誘ってくれたら、喜んでついていくんだがな』と漏らしていた。こちらとしてもその言葉を言ってくれたのは嬉しいが、今このタイミングで誘うのは失策だ。
 『誰か一人が仲間となるまで私は護衛をする』。それがエリとの条件だ。この条件は恐らくエリとの信頼関係が生まれるまで覆る事はないので、今ここで彼を誘ってしまっては、彼を手に入れる引き換えにエリを失う事になる。言ってしまっては悪いが、彼は間違いなくエリより実力は下であるし、自分の事情も知らない。何より、同性の知り合いを失うというのは中々に辛いのだ。故にこうして食事を一緒に楽しむだけの関係で今は落ち着かせている。
「そういえば、どうしてクウェイさんはあの戦いに出てたんですか? やっぱり……景品ですか?」
 キリーヤがシチューを口の中へ運ぶ。
「いや、生憎女性とはいい縁が無くてね……。少数派だろうけど、俺は景品なんか求めちゃいないんだ。お金は確かに欲しいけれどさ、俺は景品の娘さん……の兄貴―――パランナとの約束を果たす為に来たんだ」
 お互いにご飯を口に頬張りながら、クウェイはゆっくりと語り出した。




 出会ったのは六年前。俺はまあ、とある事情で放浪者でね。生憎戦いだけは得意だったから、適当に盗賊とか山賊を狩ったり、用心棒をしながら金を稼いでた。だからこの村に寄った時は、適当に酒飲んで、また旅に出ようかなんて考えてたんだ。……で、まあそんな時だよ。
『お前、傭兵か何かか? 初めまして、俺はパランナ。パランナ・ウィゼンガー。ちょっとお前に頼みたい事があるんだよ』
 言っちゃあ何だけど、結構あの時は荒れてたからな。そんな俺に話しかけるなんて正気の沙汰じゃない。だけどまあ、一応そんな仕事はしてるから、話くらいは聞いてやろうと思ったんだよ。
『この村は、ここからずっと北に在る洞窟に人身御供を捧げる慣例というか、儀式みたいなもんがあるんだけど、さ。まあこの村ではその儀式を妨害する事は許されていないんだよ。まあこういう儀式にはつきものだよな。完遂されないと村に災厄が云々とか、何とか』
 話すのが下手くそな癖に、随分一生懸命に喋ってるからさ、こっちも思わず耳を傾けちゃうんだよな。全く不思議な奴だよアイツ。
『で、まあ、その人身御供になる奴ってのは毎回啓示ってので、決まってるらしいんだが、流石におかしいんだよな―――人身御供に選ばれてんのが全員、十四歳程度の少女なんだよ。で、本題はここから何だが―――六年後、俺の妹がそれに選ばれる。お前に頼みたい事ってのは、その時に儀式を全力で妨害してほしいんだ』
『妨害しちゃダメなんじゃないのか?』
『俺はアイツの為なら世界だって敵に回す。たった一人の肉親なんだ……失いたくないんだ……」
 せっかく酒で興奮してたのに、妙に話が重くてな。俺の酔いもすっかり覚めちまったよ。
『依頼の是非を問いはしないが、お前はどうするんだ?』
『お前とは別の方法で妨害する。たとえ村の奴等から、或いは妹から嫌われたとしても、絶対に止めてみせる。お前に何故妨害を頼むかってのは……』










「あいつは自分が死ぬ事も計算に入れてるんだとさ。いやいや、半ば世捨て人みたいな俺だったが、あんな奴は初めて見たよ。妹の命と自分の命。秤に掛けるまでもなく妹を選ぶなんて、なあ? 馬鹿げてる話だろ?」
「……でも笑い話じゃなさそうですね」
「そう……君の言った通り、これは笑い話で済む話じゃない。だから俺は協力してんだよ」
 話が終わった時、二人の食器は空になっていた。何よりこれは一杯目ではない。両者ともに十杯以上である。周りの者達も、二人の食欲には目を瞠っていた。特に、キリーヤ。一体あの少女の何処にあれだけの量の飯が収まる腹があるのか。おそらく一生解明されない謎だろう。
「でもまあ、俺は敗退って扱いになるらしいから、優勝して中から妨害する事は不可能になったし……どうしたもんかな―――」
「別の作戦は考えてないんですか」
「負ける事すら考えてなかったよ。うーむ……ぐぅ」
 クウェイは上空をぼんやりと見つめ、信じがたい事に、そのまま眠りについてしまった。あの体勢は首を痛める筈だが……一体全体どうして眠れるのだろうか。
「あのー」
 返事はない。当然だ。この程度の呼びかけで目覚めるならそれはもう寝ているとは言わない。只目を瞑っているだけに過ぎない。
 キリーヤは席を立ち、クウェイの肩を揺らすが、まるで反応は無い。椅子から落とせば目覚めるだろうが、キリーヤにそんな事をする勇気は無い。
 続いて耳元で声を掛けるが、反応は言うまでもない。この男、この体勢でこれ程深い眠りに達するとは、ある意味では特異体質なのかもしれない。
 仕方があるまい。最終手段だ。
 キリーヤはクウェイの腰に跨り、鳩尾に人差し指を当てる。
『その身を震わせて、震缶ヴァイブルート
 雷属性の下位魔術。直接相手に電撃を流し込む魔術だ。魔力総量で威力が変化する魔術であり、一流の魔術師が使えば、雷撃に等しい一撃にもなる。しかし今回は雷撃などしない。そんな事が出来る程魔力はないし、飽くまで彼を起こすだけなのだから、いらないだろう。
 キリーヤが行う方法は、僅かに雷を流す事で全神経を刺激し、身体的休息を止める、という戦法だ。感覚としては神経を擽るようなもので、対象者は内部から全身を弄られてるかのような感覚に陥るのだそうだ。……言っては悪いが対象者は非常に不快な気分に苛まれるだろう。
 キリーヤの狙い通り、数秒すると、吃驚したようにクウェイが目を覚ました。
「あ、クウェイさん、御目覚めですか?」
「……いや、考えてただけなんだけどな。それよりお前、その体勢―――」
 キリーヤは訳が分からないといった顔をするが、それこそ純粋の証だろう。クウェイが目を瞑って、首を振った。
「……いや、いいや。君にそんなつもりが無いのに俺が……ああもういい。いい案が思いついたから、離れてくれ」
 特に否定する理由も無いので、キリーヤはクウェイから離れ、自分の席へと戻る。
「それで、案とは?」
「君がもし俺に恩義を感じているなら、少しばかり協力してくれ。報酬は出ないけど、頼まれてくれるか」
 断る理由はない。少し不安を覚えつつも、キリーヤは頷いた。
「ありがとう。そう言えばもう直ぐ休憩も終わるな。時間が無いから一回しか言えない上に、手短に言うから、絶対に聞き漏らすなよ」
 一人の男の依頼から、二人だけの秘密の作戦が、今始まった。








「さあ、気を取り直して二回戦ッ、急遽参加しました、エリ・フランカ選手対バーナド・フルテカズラ選手! 両者は果たしてどのような戦いを見せるのでしょうか!」
「へっ、相手が女じゃあ、張り合いが無いな」
「相手の強さすらまともにはかれない男では、張り合いがありませんね」
「な……テメエ……!」
 適当に煽っただけなのに、ここまで乗ってくるとは。やはり程度が知れる強さだ。アルドの足元、いや、ガレッダの足元にすら及ばない。キリーヤの前で出来るだけ殺しはしたくないので、異名持ちは出来るだけ使いたくなかったが、この程度の相手ならば使うまでも無いだろう。
 貸し出される武器には何かが仕込まれている可能性が否定できない為、ここで作る事にする。
「形作られし万象はこの手に収まりし森羅へと変わる。『鉄製ワークズクリエイション』」
 土属性中位魔術だが、別に魔術は禁止されていないので、遠慮なく使わせてもらおう。直後、エリの手には一本の槍が握られていた。重さの程度は良し、長さも良し。切れ味だけは、はかりようがないが、それでもいいだろう。別に殺す気など無いのだし。
 男の武器はメイスという類の武器で、一応は重量系の武器だが、その手の類の武器に珍しい使い手に一定以上の技術を求めてくる武器なので、技術さえあれば、女性でも扱える奇妙な武器である。弱点としては、重さの御蔭で勢いは付きやすいが、それ故攻撃後の隙は大きいという事。達人が扱うとそんな弱点は無いも同然らしいが、そんな達人がまずいるのかという話である。
「では二回戦―――始めッ……」
「なッ……!」
 その言葉を聞くと同時にエリの神速の突きが相手の肩を捉え、貫いた。相手はそれに気づいてはいたものの、武器の性質上反応は出来なかったようだ。
「雷哮高らかにその身を討ち滅ぼせし御身はこの手に宿りし鈍光なり。『霆岩ボルトプロテクション』」
 まだ一節しか唱えていないので、効果は半減処ではないだろう。これはエリが使える限り最強の雷属性上位魔術だ。全十五節で、全て唱えた場合、自分を囲む人間の半分―――いや、この場所の人口密度が凄まじいので、伝導が発生するのは確実。なので、この戦場を形作っている人間が全員炭化する程には恐ろしい威力があるだろう。しかしまあ、一節だ。それも槍の穂先に集中させているので、効果があるとすれば、
「ガァァァァァバババ!」
 槍の穂先に触れている相手くらいだ。名前は確か……バーナドは、全身を痙攣させながら、槍を引き抜こうと努力するが、それは失策だ。
「何……で」
 バーナドは自分の動きを疑問に思いながら、その場に崩れ落ちた。バーナドが最後に発した言葉の意味を、エリ以外に果たして誰が理解できただろうか。
『しょ、勝者、エリ・フランカー!」
 平均試合時間は十分ほどだが、この試合は二分にも満たないまま終了した。その試合を見ていた男達は、先程までとは違ったようにエリに喝采を浴びせた。悪くない気分だが、酷い掌返しだ。
「彼とはまるで違いますね……」
 アルドと戦ってから、あらゆる人物の強さを彼と比べてしまう。元地上最強の彼と比べた所で、それを超えうるモノ等そうそう居ないというのに。しかし、それでも何故か比べてしまう。アルドと比べなかった場合でも、今は亡きガレッダと比べてしまう。
 自分の周りに居た強い男などそれくらいしか居ないのだ。だからこの闘技は……張り合いが無い。これなら聖槍『獅辿』を使わずとも、簡単に優勝出来るだろう。








 それからもエリは順調に勝ち進んだ。実は二回戦の男が弱くて、他の人間は皆それなりに強かった―――とかそんな事はなく、二回戦の男並みだった。エリは試合の悉くを二分足らずで終わらせ、観客からの注目を浴びた。
 そして十八回戦くらい―――だっただろうか。
「さあ、いよいよ決勝! 現在快進撃を展開し、全員から注目を浴びているエリ・フランカ選手! さあ、彼女と当たる人間は誰なのか―――出てきた、出てきた! 次の相手は、同じく快進撃を続けてきたクウィ・ヴィヴィエ選手だ!」
 次に出てきた相手はフードを被っていて、観客からは顔が良く見えないだろう。良く見える者がいるとすれば、視力が中々良い事に加え、対戦相手のエリだけ……だからこそ、エリは驚きを隠せなかった。
「キリーヤ、ちゃん?」
 どう考えても自分の目の前にいるのはキリーヤなのだ。自分が渡した石も持っている。
「さあ、おそらくこの闘技最高の戦いが始まるぞぉ! ――――――開始ィィ!」











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