ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

 特に当てもないままに、道なりに歩いていると、一つの村に繋がった。この村はお世辞にも広いとは言えないが、その広さに見合わない程の人が集まっている事から、何か祭礼行事のようなモノでも執り行われているのだろうか。
「ここ、どこの村でしょうか?」
「んー、港から道が続いているとはいえ、とても栄えているとは思えませんね。申し訳ありませんが他の大陸の村については、ちょっと……」
 エリが申し訳なさそうに項垂れると、逆に戸惑ったようにキリーヤが言う。
「い、いえ。知らないならそれで良いんです。…………エリさんも私と同じだって分かりましたから」
「何か言いました?」
「べ、別に」キリーヤは顔を紅潮させつつも、そっぽを向いてなんとか誤魔化した……と信じたい。背後に訝るような目線が突き刺さるが、我慢だ。
 やがて小さいため息が聞こえたので、振り向いて会話を続ける。
「じゃあ、私達にとって初めての村です。楽しんでいきましょう!」
 軽い足取りで入っていくキリーヤに、呆れたように笑いながら、エリは歩き出した。






 馬車を端に止め、おそらく商業用と思われる荷物を下す商人。何が起こっているかは分からないが、人々が集まり騒いでいる光景。何が起こっているかはともかくとして、治安は良さそうだ。
 少なくともこの村は平和だ、とキリーヤは思った。少なくとも自分の故郷で起きた襲撃は起きない。村人も顔を見る限り優しそうだし、物盗りなんかは決して起きないだろう。なんて考えるが、そもそもキリーヤが持ってきた物品自体少ないし、あまり価値があるとは思えない。
 子供用のナイフ、薪割斧、ランプ、下位魔術の指導書。これらは全て銀貨が三枚もあれば買える代物である。また、貧民の子供が盗んでも価値があるモノでは無い為、盗まれる心配はここに入るより以前から潰えていると言っていい。
「あッ……」
 銀貨三枚で思い出したが、そういえばお金を船から持ち出していなかった。あの船には金貨が一万枚以上あるらしく、それらは勿論アルドの所有物なのだが、謡曰く、好きなだけ持って行っても良かったのだそうだ。にも関わらずすっかり忘れて……今のキリーヤはまさしく一文無しである。本当に計画性がない癖に理想だけは一人前で……自覚はしているのだが、どうにも直らないようだ。
「どうしたんですか、キリーヤちゃん」
 背後からエリの声が聞こえたので、もしやと思い尋ねてみる。
「エリさん、お金、持ってませんか」
 エリが露骨に嫌そうな顔をした。
「あ、いえ、あの。お金……持ってき忘れちゃって。宿代くらいでいいですから、持ってませんか?」
 申し訳ない事をしているのは分かっている。エリには何度も無理にお願いを聞いてもらっているのだ。出来るだけ迷惑は掛けたくないのだが……いや、なかったのだが。
 これが何度も続くと、もしかすればエリに見放されてしまうかもしれないので、これ以降気を付ける事にしよう―――これ以降。
 エリは大きくため息を吐いた後、懐から銀貨十枚程が入った袋を取り出し、そっぽを向きながらキリーヤに突き出した。
「有難うございます!」
 キリーヤは目を輝かせながらその袋に飛びついた―――が、瞬間エリが袋を持ち上げたので、キリーヤの手は空を掴む事となった。
 驚いたようにエリを見ると、「貴方に預けると、どうなるか分かったモノじゃありませんから」袋をしまい、歩き出した。
 確かにこれでは真贋以前の問題だ。自分の正義が偽善か否かは置いといて、少なくともだらしなさは、間違いなくエリに伝わってしまったようだ。
「来ないんですか?」
「ま、待ってくださいよッ」
 意外に大胆、そしてだらしない。そんな彼女がアルドと並ぶほどの英雄になるには、まだまだ時間が掛かりそうである。






人が集まっている所は、その人口の密度故にもう少し時間を空けないと、見れないようなので、先に商人の集まっている所へ行くとする。
 この村の名前はシュタロド村。どうやらこの村を通り過ぎてさらに道なりに進んでいくと、闘技街なる場所に出るらしく、この村はそこで商品を売るために訪れる商人達の休息所らしい。
 勿論、休息所と言ったって村は村。行事の一つや二つはあるだろう。そしてその行事こそが、あれ程の人だかりを生んでいるのではないか。直接聞いてないので分からないが、キリーヤはそう思う。
 キリーヤが珍しそうに商人達を見回していると、だしぬけにこちらに声が掛かってきた。
「お嬢ちゃん、この村は初めてかい?」
「え、は、はい」
 体を強張らせて固まるキリーヤをまじまじと見つめ、商人の男は、何かぶつぶつと呟いている。
「あの……?」
「ああいや、こっちの話だ。気にしないでくれ」
「はあ……」
 商人は笑って誤魔化そうとしているが、その笑顔にはどこか陰があった。それはまるで、何かを隠したいが為に造られた笑みのような……
「キリーヤちゃん、行きますよ」
 突如エリに手を引かれたので、キリーヤは戸惑い気味に尋ねる。勿論、商人には聞こえない位の声で。
「どうしたんですか?」
 その問いにエリは答えようとはしなかった。余程聞かれたくない事なのか、或いはまた別の何かか。それはまだ分からないが、エリの顔は、何故か苦しそうだった。もう見たくないとばかりに歪んだ顔からは、憤りが溢れていた。
 その顔を見た後では、尋ねる気も失せてくる。キリーヤはそれ以上尋ねる事が出来ず、されるがままに、手を引かれた。
 やがてエリが手を離したので、キリーヤは改めて尋ねる。
「エリさん、どうかしたんですか?」
「……キリーヤちゃん、商人と話す時はまず商品を見る事をお勧めします」
 エリの言っている事が理解できず、キリーヤは首を傾げる。商品の選び方について言っているのだろうか。
「その表情から察するに、私の言っている事を全然理解してませんね」
「はい」
「何が『はい』ですかッ。その程度の危機感しかないからッ、貴方は―――」
 エリはキリーヤの両肩を掴み、顔を近づけた。
「―――奴隷商人に目を付けられるんですよ」
「……え?」
 エリは僅かに屈んで、キリーヤに目線を合わせた。
「確かに貴方に誰か一人でも仲間が出来たならば、今の所は抜ける予定です。しかし、たとえそうだとしても、貴方が私に護衛を頼んだことは事実。お願いですから、どうか私の居ない所でおかしな行動を取るのはやめてください」
「……はい」
 意外だった。自分に対して否定的なエリが、まさかここまで考えてくれているなんて。いや、否定的なのは理想だけで、自分に対しては好意的なのだろうか。少し考えてみると、意外にも直ぐに理解できた。
 エリは国に捨てられて尚騎士道を歩んでいるのだ。アルドに言わせれば、『騎士において、依頼人を裏切らない事はそれなりに重要』だそうで、エリはそれを遵守しているに過ぎないのだ。国に捨てられ、処刑されかけたとしても、それでも彼女は騎士道を守る。
「申し訳ありませんでした」
「分かればそれでいいんです。さあ、宿屋に向かいましょう」




「三泊で銀貨五枚です」
 二人部屋を使っても良いとの事だったので、ありがたく使わせてもらう。部屋の番号は左右に部屋を挟んで三番。本来は契りを交わした男女が使うべき部屋だそうだが、ここ最近の村の過疎化は激しいらしく、使う者が誰一人として居ないらしい。さらに言えば、二人組の客の来訪すら久しいらしいので、有難く使わせてもらうとしよう。
「ちなみに私達より前に来た二人組とは?」
 宿屋の主人は頭を掻きながら、必死に記憶を手繰り寄せる。
「そうですねえ……煤けた髪の男と、この変じゃ見かけない服を着た美人さんでしたかねえ」
 ……誰なのかは言うまでもないだろう。ともかく自分達は、意図せずして魔王達の軌跡を歩んでいる事になる。彼が魔王になるまでの、その軌跡にはここがある。
―――もしかして、さっき集まってた人達って。
 気付けばキリーヤは外へと飛び出していた。エリとの約束を既に破っているのは、言うまでもない。






「お父様……いよいよ、明日ですね」
 少女は格子越しに自らの父へと語り掛けた。
「ああ……リゼル。出来る事ならお前を人身御供にしたくはない。だが……村の存続には仕方ないのだ。分かってくれ、私だって辛いんだ」
「いいえ、お父様。私にはもう覚悟はできています。この村の為ですもの、仕方ありませんわ」
 少女―――リゼルは立ち上がり、格子で封じられた窓を軽く撫でる。血の気を感じないその指先は、生命の力を感じ得ない程に衰弱していた。
 その行動を見た父―――クエイカー・シルトンは、目を瞑り、唇を引き締めた。
 今までどうして優しく出来なかったのだろう。甘えてきた娘を、頼ってきた娘を、自分は悉く突っぱねてきた。この現実はその罰なのだろうか、子供が親に孝行をしない内にいずれ取り返しがつかなくなる、なんて事は良くある話だが、その逆はない。だが現実ここにはある。
 まさか、こんな事で後悔するなんて。クエイカーは歯を軋ませながら、感情を抑え込む。村の長として、残酷にならなければ。
「しかし―——やはり道中のアイツは邪魔だな」
「お兄様はこの村一番の猛者ですから」リゼルは淡泊に返した。
 実は今まで三度か四度。人身御供にはリゼルが選ばれていた。だがその度に兄に邪魔をされ、失敗しているのだ。何人連れようと異名持ちの鎧を着こんでいる兄には叶わない。少なくとも村人を総動員しても勝てないのは事実だ。
 しかし今回ばかりは後が無い。今回受けた啓示には、『次、人身御供を捧げなければ村は滅ぶと思え』という旨の言葉があったというのだ。だから、今回ばかりはあの男を斃さなければならない。
「お兄様に勝てる人など居るのでしょうか?」
「何を言っているのだ。地上最強の男クリヌスじゃあるまいし、勝てる奴くらいは居るだろう。運の良い事にここは商人、旅人の休息地だ。もしかすれば……いるかもしれんだろう?」
「でも、その御方が協力するとは限りませんよ」
「リゼルよ。私もその思考には辿り着いた故、予め対策は施してある。何、男というモノは、『戦い』と『女』と『金』を欲するモノだ」
 クエイカーは耳を澄ませ、外の様子を窺う。「……かなりの人数が参加しているようだ」
 強者が気に入るような景品にしている為、食いつかない事はありえないだろう。
 さて、誰が優勝するのか。













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