ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

立ち合い 後編 & 造弌(ファウンダー)対 煉剣(オーダークロート)

 ネセシド・エタン。その体ながらも両手剣を扱う事になれており、その強さは一人前の冒険者並。それは二年程前、その力をその身に味わった自分が良く分かっている。
 だからこそ、この戦いは負ける訳には行かない。自分の為にも、そして彼女の為にも。
 ツェートの弾丸の如き疾駆に対し、ネセシドは剣を横にし、防御の姿勢を見せた。直後、二つの剣戟が重なり合い、金属音が響いた。
「ぬぬ……」
「甘いわぁ!」
 両手剣の特性の一つである、鎬による攻撃で、ツェートは間合いの外まで軽く吹き飛ばされてしまう。
 両手剣に対し、ツェートの武器は軽い片手剣なので、真っ向からの打ち合いでは当然不利になる。アルドからはそんな事は教わっていないが、感覚で分かる。両手剣に対しては、間合いを離してはいけないのだ。
 ツェートの剣術は無形を基本としているので、ここでは何も構えない。アルド曰く、構えを見ればどんな攻撃がこちらに放たれるのか、ある程度予想がつくのだそうだ。だからこそ流派にこだわらないアルドは自分に無形で教えた。
 ツェートは歩みを進めながら、敵であるネセシドの構えを見る。今度の構えは所謂正眼。基本的な構えらしい。基本となるだけはあるのか、中々の万能性はあるようで、その構えから繰り出される斬撃は多岐にわたる。昨日今日ではないにしろ、剣士を始めて一年も経たないツェートでは、斬撃を予想など夢のまた夢。
 ならばどうするか。懐に潜り続け、攻撃をさせなければ良いのである。都合の良い事に、ツェートはその目的に見合った力を有しているため、行う事は簡単だ。
 問題は―――ネセシドもまたこの能力に対応出来る事。理解している事と対応できる事は別の事柄であるとアルドは言うが、正にその通りだ。
 ツェートは紅き魔力をイメージし『魔力解放』。量は出来る限り絞ったつもりだが、十分だ。
「何をするつもりだ?」
「今からお前のその気に喰わない剣を粉々に粉砕してやるよ」
 今から行うのは―――おそらく唯一無二の剣技。ツェートの知る中で最も剣の扱いに長けた者の技だ。見様見真似の贋物だが、これが通じる事を信じよう。
 ツェートは千里眼を発動。歩みを速め、距離を詰めていく。
 そして両手剣の間合いに入らんとした時、ツェートが瞬間的に距離を詰め―――
「はぁッ!」
 牙心撃、とツェートは呼んでいる。由来は突き刺さらんばかりの鋭い一撃目で相手の注意を奪い、返しで放たれる無音の二撃目で相手を切り裂く事からだ。今回は鎬の広さを考慮しなければならないので、わざと見えやすいように一撃目を遅くしている。
 ツェートの予想通り、一撃目を防ぐためにネセシドが剣を上に上げた。
 予定通り……!
「展開!」
 刹那、ネセシドの持つ剣の鎬が突如拡大。前方向に対する壁として、ネセシドを守った。当然そんな事をされれば二撃目に意味は無いので、ダメージはゼロだ。
 魔術による質量の変化か。
 しかしこれで終わらせるツェートでは無い。壁が視界を遮っている事を理解するやいなや、魔力を最大解放。
 ―――劔剛ッ!
 ツェートの拳が鎬にぶち当たった瞬間、余裕の表情をみせていたネセシドが突如喀血。鎬の展開をやめ、二、三歩よろめいた。
 『劔剛』は、アルドの拳打を自分なりに改良した技だ。通常時では拳の方が砕けるので、解放をした時にしか使わない。というより、使えない。この技の詳細―――間接的であればある程、対象者への威力を増加させるという、魔力無しでは到底不可能な技だからだ。
 この技はさすがに見抜けなかったらしいネセシドが意外そうな目つきでこちらを見た。
「へえ……こりゃ驚いた。私をよろめかせるか。さすがに訓練はしてきたようだな」
 余談だがアルドは防ぐというより躱す事を主とする為、これを使おうとしても意味が無かったりする。
 ここで会話をしている時間は無い。一刻も早くネセシドを殺すのだ。距離は……ある。武器も……健在である。
 自然な体運びから始まる無駄のない高速移動『連天』。動きの如何なる行程からでも攻撃を繰り出す事が出来る移動だ。
 ネセシドの喀血も収まらぬ内に、ツェートは限界まで距離を詰めてきた。
「喰らえ!」
 ツェートは己の強さに目を向けるあまり、ネセシドの剣の持ち方が、片手から両手に。なにより目つきが変わっている事に、ツェートは気づいていなかった。
 彼の刺突が胸部へと達しようとした時―――巨大な剣閃が一歩早くツェートの首へと届いていた。








「そんな事で良いのか? 俺はてっきり仲間になってくれ……かと」
「絶対に負ける筈が無いと言うのならこの話は忘れてくれて良い。頼まれてくれるか?」
「まあ、良いって言ったしな。いいぜ、その頼み、俺が確かに承った」
 ならば心配するべき事項はない。思う存分戦いを楽しむのみだ。
「さあ、あっちは始まったみたいだし、こっちも始めますかね」
 おどけた調子でにやりと笑うフィージェント。しかしアルドには一つ気がかりな事があった。
「そこそこ本気を出す訳だが……なあフィージェント。この大陸の一体どこに、私達の力に耐えられる場所がある。お前とこの大陸で戦うなど御免だぞ。最悪大陸が消滅しかねない」
 そう、お互いに二人の力を知っているからこそ分かる。この二人が近辺で戦おうモノなら、周囲に対する甚大……終焉的な被害を招く事になるのは確実だからだ。それこそ大陸が蒸発してしまうのではという程に。
 残したいのであれば手加減をすれば良いと思うのだが、生憎そんなつもりだけは毛頭ない。せっかく弟子が稽古をつけてくださいと来たのに、それを断る師匠がいるだろうか。答は否。大体は望みをかなえるだろう。
 アルドもその答えを持つ故、半端な力を出す事だけはするつもりがない。
 アルドが席を立つと同時に、フィージェントがこちらに手を差し伸べてきた。
「……何だ?」
「掴んでてくれよ。今別の空間に転移するから」
 そういう事ならば早く言ってほしいが、フィージェントは常に唐突なので今更。アルドがフィージェントの手に触れると、景色が回転し、歪み始めた。
 時空の縦横は混沌を紡ぎ、空間の暖かさが失われていく。
 数秒経たずしてアルドが着いた場所は、閉鎖的な印象が見受けられる鉱石場。人が使っていたとばかりに道具が放置されているが、彼の趣味だろうか。ユーヴァンで言わせる所の、『こういうのは雰囲気が大事なんだよ』という奴だろうか。
「結界の中か?」
「『弌無き幽世エディーザケイヴ』だ。正直移動できるか不安だったが、まあ大丈夫だったみたいだな」
 鉱石場を見渡す限りでは、静寂を超えて幽寂すら感じると言わざるを得ない。どこまでも薄暗く、不気味なこの鉱石場は、二人だけだととても広く感じる―――が、しかし、戦うにはあまりにも狭すぎる。その辺りの島……よりは広いくらいだ。
 こんな所で戦えば、両者共に自らの力による破壊と暴虐によって甚大な被害を受ける事は理解できている筈。先ず破壊と暴虐程度では死なないアルドはともかくとして、フィージェントは人間だ。結界故にこの鉱石場が壊れる事はありえないので、この移動範囲は永久的に広がらない。
「お前……死ぬ気か?」
 アルドの問いに、フィージェントは高らかに笑って見せた。
「死ぬ? 馬鹿なのは先生だぜおい。俺だって成長したんだ。死なない方法くらいあるよ」
 そういってフィージェントは自らの胸に手を突っ込み、何かを取り出した。魔術の媒体を補完する際に使われる小瓶には、緑色の液体が入っているようで、フィージェントは小瓶を揺らし、その液体を眺めた後―――勢いよく呷り呑んだ。
 あの薬は『不骸の薬シュラウド』。体内における魔力を超活性させ、一時的に不死性を得るクスリだ。その再生速度は、傷は回復するのではなく、無かった事にされていると錯覚する程。副作用も無く量産性も高い。白兵戦において無類の強さを発揮するのではないだろうか。尚一般市場には出回っておらず、闇市場でのみ、ごく少数販売されているようだ。
「俺の体は……武器防具以外も造れるようになったッ! 性能はまあ……本物と言っても差し支えない程度だが、これなら俺も、そして先生も死なないだろう?」
 成程。どうやらフィージェントは成長と共に幸運に恵まれているようだ。
「……そうか。私と戦う為にそこまでしてくれるのなら、こちらも期待に応えない訳には行かないな」
 アルドはどこからかカタナを取り出し、フィージェントへと突きつけた。制限時間はあちらの立ち合いでどちらかが勝利するまで。それまでは。
 フィージェントが自らの胸から武骨な大剣を二振り取り出した。
「さあ始めようぜ! 一意奮闘、奮闘努力の竜騰虎争! 何も遠慮はいらん! 俺は今度こそ、あんたを斃す……!」
 フィージェントが大剣を地面に叩きつけた次の瞬間、鉱石場の大地が砕け、天地が逆転した。








 その刃が首に軽く触れた瞬間、ツェートの姿が消えた。ネセシドは慌てる事無く冷静に符を口ずさんだ。
侵障ロウンオウス
 次の瞬間、ネセシドの体に、鋼鉄が優しく当たった。触れたと言っても過言でないそれは、もはや攻撃という類には分類されないだろう。
「なッ……!」
 素早く身を翻すと同時に一歩後退。未だ空中で驚きの表情を浮かべているツェートに鎬を振りぬくと、鎬はツェートの側頭部に命中。ツェートの体を横方向に大きく吹き飛ばし、地面へと叩きつけた。
 起き上がるのを待つことなく、ネセシドは姿勢を低くし突進。起き上がらんとするツェートに剣を振り下ろした。ツェートは素早く横に転がって躱すが、
「『衝燦クロスバースト』」
 そう呟いた後、ネセシドはためらう事無く剣を地面へと叩きつけた。すると、地面に魔法陣が展開。それは瞬く間に広がっていき、やがて爆発。地面に大穴を穿つと同時に、余波に巻き込まれたツェートが病葉同然に吹き飛び、地面へと叩きつけられた。
「どうした。私を斃す割には随分と軟弱なようだが」
「っく! 魔術とか卑怯だなッ」
「何か問題でも? この立ち合いは殺し合いだ。魔術なんて使った所で誰も咎めはしない……まさか貴様、魔術を行使出来んのか? それとも、魔術無しで私に勝つつもりなのか?」
 両手剣を地面に突き立て、一休みとばかりにネセシドが尋ねる。どうやらまだ本気を出していないらしく、それがツェートにとっては酷く悔しかった。
「…………両方だァ!」
 出し抜けにツェートが動き、ネセシドへ肉迫。しかし行う事が単純では返しも単純になるのは仕方ない事だ。ネセシドは逆手持ちで素早く対応するが、そこにツェートの姿は無かった。
「ッ『侵障」!」
 これでは馬鹿の一つ覚えだ。全く、大口を叩いておいて、結局はこの程度とは。余程師匠に教える才能が無いかそれとも阿呆なだけか。
 しかし、振り返ったそこには、ツェートの姿は無かった。
「何ッ?」
 どこを見てもツェートは居ない。左前後ろ右―――上?
「らァァァァァァ!」
 ツェートはバカみたいに後ろに飛んでいたのではない。後ろに飛んだと思い込ませる為にあえて何度も行ったのだ。真上は『視界の外』。ツェートの能力がそうであるならば、『視界の外』で在る限りどこに飛ぼうと不思議ではないのだ。
「ア”ア”ア”ッ!」
 両手剣を順手へと持ち替えたネセシドが、ツェートの剣戟を真っ向から―――
 ……何?
 あろう事か、ツェートはこちらに剣を投擲してきたのだ。剣士としてはやってはいけない事であり、そうでないとしても、その技術も無いのにそれを行う等、愚行であり愚考だ。
 こちらに飛んでくる剣を弾き飛ばし、落下してくるツェートとの距離を図る。
 ……今だ!
 自らの間合いに入ったと確信するや否や、ネセシドは、最速の一閃で、ツェートの顎部分を薙いだ。
 しかし、そこにツェートの姿は無かった。そこにあったのは、先程弾いた筈のツェートの剣だった。
 ではツェートは......そう。剣の位置へと飛んでいたのだ。
 瞬間ツェートが駆けだし、こちらに拳を放ってきた。ネセシドは僅かに目を見開いたものの、それだけ。冷静に構えを取り、それを迎え撃つ。
「ハッ!」
 大きく振るわれたそれに反応を示す事無く、ツェートはその身を刃へと―――
 その瞬間、ネセシドの思考が回転。無理矢理に剣の勢いを殺した。自分はツェート程馬鹿ではない。
 ツェートはおそらく自らの剣と位置を入れ替え続ける事で、距離を詰めようとしているのだ。そして先程まで自分は弾いた剣を視界の外へと置いていた。だからこそ、ツェートは位置を変え続ける事が出来たのだ。以前はそんな力は使ってこなかった筈だが、訓練で開花したのだろうか。
 まあどうでもいい。
 ネセシドの予想通り、ツェートは直前で姿を消した。そして視界の端で捉えていた剣も姿を消した。
「……え?」
 剣こそ姿を消したが、そこにツェートは現れない。姿が消えたまま姿を現さないのだ。逃げた、とは考えづらい。あの性格なのだ、だまし討ちをしてでもこちらを殺しに来るだろう。何せこの立ち合い、手段は問わないのだ。自分をかなり憎んでいるらしいツェートからすれば好都合。だからこそ逃げるとは考えづらいのだが……
「一体どこへア”ッ……!」
 寸刻、背中を斬られたような激痛がネセシドを襲った。背中が熱い。感覚がマヒしている。前へよろめきつつ背後を振り返ると、そこには確かに剣士が居た。
「至高の一閃、通称『竜閃花』。ネセシド、確かにお前の言う通り俺は軟弱かもしれない。だが、確実にお前よりは……強い!」






 訓練に訓練を重ねて、ツェートは成長した。自らを視界の外まで飛ばすだけでなく、自らの所有物も飛ばせるようになったのだ。これはネセシドが知り得ぬ事実なので、余程直感が鋭くない限りは、この一撃を躱す事は至難の業だろう。問題はここからである。
 魔術を碌に使えない、おそらく才能がない訳では無いのだろうが、アルドからは剣術しか教わっていないツェートは、防御魔術である『侵障』を煩わしく思っていた。あの魔術さえ無ければ、既に決着していただろうに、全くもって厄介である。師匠アルドが魔術を行使した所を、ツェートは一度も見た事が無いのだが、ヴァジュラ曰く、使わないのではなく使えないらしい。あのアルドの落ち着きから察するに、相当な場数を踏んでいるのは確かなのだが、アルドは一体『魔術』相手にどんな戦い方を取っていたのだろうか。それを聞いておくべきだったかもしれない。
 だがどんな魔術があれ、この一撃でネセシドが弱った事は事実。この機は逃さない……!
 ツェートは再び『連天』でネセシドへと肉迫。間合いに入ると同時に二連撃を放ち、ネセシドへ『死』を刻みつける。
「ヴア”ア”ッ」
 鎬で殴り飛ばそうとしたのだろうが、慣性だけで振られたそれにツェートを吹き飛ばすだけの威力はない。
 今しかない!
「ハァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
 とどめを刺すべく、ツェートはがら空きになった首へ鋭い刺突。鋼鉄の刃は肉を破り、骨を穿つ。魔術を使う気配は……ない。ネセシドの体は鮮血を沸き立たせたまま吹き飛び、数メートルの先の地面まで吹き飛んだ。動く気配は……無い。
「……勝ったのか?」
 暫くネセシドを見ていたが、ピクリとも動く気配はない。屍のように、或いは屍そのものかもしれないが、動かなかった。
「勝った……?」
 ネセシドの体へと近づき、脈を確かめる。やはり体が冷たいし、脈も感じられない。吹き付ける風がネセシドの衣服を靡かせた。
 ツェートは自らの腹部に手を当てる。目立った外傷こそないが、内臓が潰されるのではと思うほどの衝撃を何度も浴びた。が、結局は外傷を負わなかった事こそツェートの勝因だ。
 そう、ツェートは勝ったのだ。この戦いに勝利したのはツェートなのだ。
「勝った……勝ったぞ! 俺は……!」
「魔力解放」
「……は?」
 その言葉に驚き、反射的にツェートが振り返ったが、遅かった。既に巨大な刃は、ツェートの片腕を綺麗に吹き飛ばしていた。

















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