ワルフラーン ~廃れし神話
意図
「な、な……」
「どうかしましたか、家主エタンよ」
玄関には彼―――ネセシド・エタンの前には、親族でも、この地域で見かけた事が無い風貌の男が居た。見かけた事が無い事から既に分かるが、この人物を呼んだ覚えはない。呼んだ覚えがないという事は、即ち呼んでいないという事だ。
「だ、誰だ貴様ッ!」
「何でしょうか、家主エタン。私は確かに貴方に呼ばれました。『そういう現実』の筈ですよ」
「げ、現実……何を言っているんだ?」
「細かい事はお気になさらず。庭の者はお情けで見逃しましたから、どうかそれで御相殺を」
男はにこやかな笑顔をしたつもりだろうか、生憎痙攣したようにしか思えない。まるで顔に雷属性の魔術をしこたま浴びた後のような表情である。
そう言えばこの男の隣には、『彼』と称される男は居ない。他人に『彼』などと言って伝わる訳がないのだが……もしかして、他人では無い?
馬鹿な。どう考えてもこの男は他人の筈だ。それは自分の記憶の引き出しをどこまで開けようともそれは変わらない。
まさか自分の常識が間違っているのか。
「ッうん……ま、まあいいです。取り敢えず上がってください。偵察と言う事は、こちらの強さでも窺いに来たのでしょう?」
「敬語なくとも宜しいですよ。この大陸の方々が敬語に慣れていないのは、おそらく貴方以上に知っていますから」
この男はこの大陸の出身なのだろうか。そうでないとこの発言はおかしいのだが。いや、この国の出身ならば尚おかしい。この大陸の出身で外見程度の齢ならば、『この国では奴隷』の筈だ。この男の外見のどこにも、奴隷らしいみすぼらしさ、子供を恐れる瞳、やせ細った体は見られない。むしろ対極にいるような気さえする。
ネセシドは眉を顰めた……が、おそらくこれ以上の思考は無駄と判断し、おとなしく席へと案内する事にする。
「ではこちらにどうぞ」
「お邪魔いたします」
机には彼が使っていたカップがあったが、中身は残っていなかった。ネセシドは思わず目を見開いて固まってしまう。
「……どうかなさいましたか」
「い、いや……あはは、何でもないよ……です」
彼が極度の人見知りだという事は知っているが、逃げるような真似は今まで無かった。何故彼は逃げたのだろうか。
ああ、今回は考えても分からない事ばっかりだ。
「大丈夫ですか?」
男が顔を窺ってきたので、ネセシドは慌てて顔を逸らした
「何でもない。何でもない……ですよ」
思考を冷やしながら、テーブルへと座る。男はネセシドと向かい合うように席に着いた。
 席に着いてから暫くすると、侍女らしき人物がトレーにカップを乗せて運んできた。一口、口に運ぶ。上手い。さすがにこれだけ大きな屋敷を持ってるだけあって、使ってる葉っぱも上質なモノだ。横目でネセシドを見ると、彼もまた紅茶に口をつけていた。アルドと違う点と言えば、飲み方に品が無いという所だろう。
「大変美味な紅茶ですね」
「そうだろ、そうでしょう。ここに来た人は皆そう言うんですよ。感謝してください」
この高慢な態度はアジェンタ特有だろう。
アルドは紅茶を置き、姿勢を正した。
「さて、改めて確認いたしますが、貴方がツェータの言う……『糞野郎』?」
失礼な言葉ですが、とアルドは苦笑気味(のつもり)に笑った。
「糞野郎! 成程、彼は私の事をそう言っているのですか。これは愉快。もっと言ってもらって結構ですよ。言えば言うほど、彼の格は下がりますからね」
大きな金属音が響いた。ネセシドがカップを下した―――いや、トレーに叩きつけた。その音に呼応して、侍女が申し訳なさそうにこっちに近づき、トレーを運んでいった。
歳からして十八……奴隷か。きっと数年前までは彼女もネセシドと同じ立場だったのだろうが、気の毒としか言えない。本当にこの大陸は理不尽だらけだ。
「格が下がる、ですか。それは貴方も同じ事ですから、やはり言わせたままというのはどうかと思いますが」
「……どういう事でしょう」
「確かに、貴方を知っている人ならツェータの評価が下がるのは自明の理であり愚問です。しかしもし、私のように他の大陸から……ああ、別の大陸から来ました……それでもし、私のように貴方を知らない人がツェータの言葉を聞いたら、どう思うでしょう」
ネセシドの表情が徐々に険しくなっていく。子供故の知能の低さ、或いは高さが災いして、自分の言っている事が理解できないようだ。
「……?」
アルドはカップを再び持ち上げた。
「この大陸の特性と、貴方の懐具合を知らないのであれば、子供にここまで言わしめる奴は一体どんな『糞野郎』だという印象を持つわけです。全てじゃありませんが、まあ大方は。つまり興味が湧いた訳ですが、貴方は一切人を通そうとしない。それが裏目に出ている」
アルドの言う事を子供ながらネセシドは正確に理解した。
つまりは『糞野郎』と流布される事で旅の者は自分に興味が湧くが、自分の家には今誰も立ち入れない。それによって自分自身でネセシドの人格を推し量る事が出来ないので、そいつの人格を知っているツェートの言葉を鵜呑みでなくとも、大体は信じてしまう。旅の者は酒場なんかで自分の冒険譚を語る癖があるのは知っているので、それによって悪評が吹聴。自分の評価が下がる。理解した限りではそういう事だ。
ネセシドは唇の端を吊り上げ、歪な笑みを浮かべた。
「それじゃあ、お前は客人じゃないって事だよなあ? このネセシドを知らないと言った上、別の大陸から来たと言ったのだから」
相手のミスを上手く突いたつもりだが、アルドの表情が変わる事は無かった。それ所か、背後を通り過ぎようとした奴隷に声を掛け、楽し気に会話している。
自分を差し置いて、そんなアバズレと話すとは許せん。「おい! 貴様、今ここで殺してやってもいいんだぞ?」
「どうぞご自由に、貴方の終焉までの距離がたいへん短くなるだけですから。ついでにお答えしておきましょう。貴方の言った通り、私は貴方を知りませんし客人でもない。只の旅人ですよ。ですが、『現実』は違います。私は貴方を知っていて、貴方は私を知っていて、貴方に呼ばれて私は来た。真実でも虚実でもない、これが『現実』です」
アルドの瞳が怪しく、それでいて艶やかに美しく光った……ような気がした。言っている事が分からない。何が本当で何が嘘で。現実で空想で。常識が非常識。考えれば考える程頭が痛くなってくる。
言っている事が難しすぎる。
「……成程、貴方の実力は十分に分かりました。この程度で頭痛を引き起こすようでしたら貴方の強さはくだらないの一言に尽きますね」
「な……んだとぉ!」
頭が酷く痛い。一歩でも歩けば倒れそうだが、関係ない。この男は自分を馬鹿にした。『子供』が、『大人』を馬鹿にした。それだけで理由は十分の筈だ。
ネセシドは、椅子の下に隠していた細剣を手に取り、机を蹴っ飛ばす勢いで突きを放とうとしたが―――そう。机さえ邪魔しなければ突きは決まったのだ。しかしそうはならなかった。アルドが机を脚で抑えた結果、ネセシドの足が机に引っ掛かり机上で無様に倒れてしまったからだ。
「うわッ」
予想だにしない事態だったので、鼻先を机にぶつけてしまう。殆ど反射のような速さで、ネセシドが後方に体を反らした。
「い、い、痛ッ! お……い、誰か、誰か魔術を掛けろぉ!」
まるで子供のようにネセシドはのたうち回っている。それがどうにも、異質ではない頃のアジェンタの子供と重なって、おかしく見えた。そして同時に……悲しくもあった。
本当にどうしてこんな事になってしまったのか。いつか彼女と会う時も来るだろうが、国を亡ぼす前に、聞いておきたい案件だ。
「おや、そろそろ帰ろうとした所ですので丁度いい。私も怪我をした方とこんな形で話そうとは思わないので、ここで帰らせて戴く事にします。では」
見送りに来た侍女にお礼を言って、アルドは家を後にした。
「ネセシド・エタン。いや、シドと呼ばせていただきましょう。シド、慢心は敵を強くさせます。今の貴方よりずっと、ツェータは強いですよ」
「『首椿姫』概念操作『初期』。記憶処理低下。完全解除」
切り札を使う意味があったかは謎だが、情報を得る事が出来た上、誰にも切り札を知られていない。ヒントは与えておいたが、気付く人は居ないだろう。
『写転紙』を地面から離し、懐にしまうと、先程まで微動だにしなかったツェートが突然動き出した。
現実が修正されたようだ。
「で、どうやって、入るんだ?」
「いや、もう入ってきた、帰るぞ」
ツェートは暫く呆けた後、理解できないとばかりにアルドに詰め寄ってきた。
「どういう事だよ!」
「お前と私の『現実』は違うと心得ておけ。さあ帰るぞ」
不満げな声を上げながらツェートは、容赦なく歩みを進める自分の背中を追いかけてくるが、彼は知らない方が良い。この存在を知ったらきっと彼は―――いや、やめよう。まだ真偽がはっきりした訳では無い。こちらが何かを言う事はないだろう。
「今帰ったぜッ」
「ああロッタさん、何処にいっていたんですか。私はもう心配で……」
根本は変わってないようで、心配そうな顔をする母親に対し、ツェータは迷惑そうな顔で怒鳴った。
「うっせ! お前にはどうでもいいだろッ!」
「……ツェータ、何処か行ってたの?」
「聞いてくれよヴァジュラさん。師匠が酷いんだよ―――」
母親の扱いが如何にぞんざいかが分かるだろうこの扱い。本来ならば普通、いや逆でも普通とは思いたくないのだが、まあ普通ならば逆の態度だと思うが、アジェンタ大陸なので仕方が無いだろう。何気にヴァジュラの太腿や胸を触ってるのも、アジェンタなので仕方―――ない訳がない。子供という特権を濫用した悪質な行為だ。アジェンタは他と違い、『子供』と「大人』に分かれているので、尚更悪質である。
これで真偽がはっきりした訳では無いが、間違いなくヴァジュラの事を気に入っている。もしかすれば、
『自分に勝った暁にはヴァジュラを貰う』
などと言いそうな程に。
無論渡すつもりは毛頭ないので、そんなことを言おうモノなら全力で相対するが。
「ツェータ。誰が休憩して良いと言った。まだ訓練は残っているぞ」
ツェータは顔を染めながら―――所謂デレデレという奴だ―――になりながら、気持ちの悪い動きをしている。
「……はあ、全く。庭で待っているぞ」
我が弟子ながら、実に阿呆らしい。自分の欲に感けるなど、強さを求める者としてはあってはならないというのに―――矛盾するようだが、それを守るあまりに恋愛に関して何も分からなくなった男がいるので、それにはならないで欲しい。
立ち合いまでは後―――六日だったか五日だったか。細かい日付は忘れてしまったが、時間が無いのは事実だ。何せあちら側にいるだろう指導者は、自分の切り札に気づいて逃げたのだから。
『首椿姫』は、アルドの切り札の内、二番目の強さを誇るものである。この魔術は初見では対処不可能、回避も不可能。対抗魔術も存在しないと三拍子揃った優れものであり、切り札の中では中々高い使用頻度を誇る。欠点はしいて言えば使用魔力量だが、アルドは魔力だけは無駄に所有している為、欠点とは言い難い。使用魔力は……極級の山一つと半分程度だが、何十回使おうとも平気である。こんなに自由に行使できるならば、他の魔術も行使してみたいが、生憎本来のアルドは魔術が一切使えない程才能が無い為、叶わぬ夢だろう。
さて、そんな魔術だが、欠点がある。初見ならば対処不可能、即ち、一度見た事がある者ならば回避不可能、対抗不可能だが、対処は可能という訳だ。
そしてその対処法は随分と簡単で、只、アルドから離れれば良いだけ。そうすればこの魔術から逃れる事は出来る―――アルドは中々にこの切り札を使うと言ったが、その内二回は以前の弟子との戦いに使った事がある……
奇遇にして必然。まさかこんな早く会うとは思わなかった。この魔術を使った弟子は覚えている限り一人だけ……全く、なんて奴と出会ってしまったのか。
「フィージェント。まさかお前と会うなんて思っても……いや、こんな所で会いたくは無かったよ」
まさかあいつが師を務めているなど信じられないが、そうとしか考えられない。そしてあいつの性格から考えるに狙っているのはきっと―――
「どうかしましたか、家主エタンよ」
玄関には彼―――ネセシド・エタンの前には、親族でも、この地域で見かけた事が無い風貌の男が居た。見かけた事が無い事から既に分かるが、この人物を呼んだ覚えはない。呼んだ覚えがないという事は、即ち呼んでいないという事だ。
「だ、誰だ貴様ッ!」
「何でしょうか、家主エタン。私は確かに貴方に呼ばれました。『そういう現実』の筈ですよ」
「げ、現実……何を言っているんだ?」
「細かい事はお気になさらず。庭の者はお情けで見逃しましたから、どうかそれで御相殺を」
男はにこやかな笑顔をしたつもりだろうか、生憎痙攣したようにしか思えない。まるで顔に雷属性の魔術をしこたま浴びた後のような表情である。
そう言えばこの男の隣には、『彼』と称される男は居ない。他人に『彼』などと言って伝わる訳がないのだが……もしかして、他人では無い?
馬鹿な。どう考えてもこの男は他人の筈だ。それは自分の記憶の引き出しをどこまで開けようともそれは変わらない。
まさか自分の常識が間違っているのか。
「ッうん……ま、まあいいです。取り敢えず上がってください。偵察と言う事は、こちらの強さでも窺いに来たのでしょう?」
「敬語なくとも宜しいですよ。この大陸の方々が敬語に慣れていないのは、おそらく貴方以上に知っていますから」
この男はこの大陸の出身なのだろうか。そうでないとこの発言はおかしいのだが。いや、この国の出身ならば尚おかしい。この大陸の出身で外見程度の齢ならば、『この国では奴隷』の筈だ。この男の外見のどこにも、奴隷らしいみすぼらしさ、子供を恐れる瞳、やせ細った体は見られない。むしろ対極にいるような気さえする。
ネセシドは眉を顰めた……が、おそらくこれ以上の思考は無駄と判断し、おとなしく席へと案内する事にする。
「ではこちらにどうぞ」
「お邪魔いたします」
机には彼が使っていたカップがあったが、中身は残っていなかった。ネセシドは思わず目を見開いて固まってしまう。
「……どうかなさいましたか」
「い、いや……あはは、何でもないよ……です」
彼が極度の人見知りだという事は知っているが、逃げるような真似は今まで無かった。何故彼は逃げたのだろうか。
ああ、今回は考えても分からない事ばっかりだ。
「大丈夫ですか?」
男が顔を窺ってきたので、ネセシドは慌てて顔を逸らした
「何でもない。何でもない……ですよ」
思考を冷やしながら、テーブルへと座る。男はネセシドと向かい合うように席に着いた。
 席に着いてから暫くすると、侍女らしき人物がトレーにカップを乗せて運んできた。一口、口に運ぶ。上手い。さすがにこれだけ大きな屋敷を持ってるだけあって、使ってる葉っぱも上質なモノだ。横目でネセシドを見ると、彼もまた紅茶に口をつけていた。アルドと違う点と言えば、飲み方に品が無いという所だろう。
「大変美味な紅茶ですね」
「そうだろ、そうでしょう。ここに来た人は皆そう言うんですよ。感謝してください」
この高慢な態度はアジェンタ特有だろう。
アルドは紅茶を置き、姿勢を正した。
「さて、改めて確認いたしますが、貴方がツェータの言う……『糞野郎』?」
失礼な言葉ですが、とアルドは苦笑気味(のつもり)に笑った。
「糞野郎! 成程、彼は私の事をそう言っているのですか。これは愉快。もっと言ってもらって結構ですよ。言えば言うほど、彼の格は下がりますからね」
大きな金属音が響いた。ネセシドがカップを下した―――いや、トレーに叩きつけた。その音に呼応して、侍女が申し訳なさそうにこっちに近づき、トレーを運んでいった。
歳からして十八……奴隷か。きっと数年前までは彼女もネセシドと同じ立場だったのだろうが、気の毒としか言えない。本当にこの大陸は理不尽だらけだ。
「格が下がる、ですか。それは貴方も同じ事ですから、やはり言わせたままというのはどうかと思いますが」
「……どういう事でしょう」
「確かに、貴方を知っている人ならツェータの評価が下がるのは自明の理であり愚問です。しかしもし、私のように他の大陸から……ああ、別の大陸から来ました……それでもし、私のように貴方を知らない人がツェータの言葉を聞いたら、どう思うでしょう」
ネセシドの表情が徐々に険しくなっていく。子供故の知能の低さ、或いは高さが災いして、自分の言っている事が理解できないようだ。
「……?」
アルドはカップを再び持ち上げた。
「この大陸の特性と、貴方の懐具合を知らないのであれば、子供にここまで言わしめる奴は一体どんな『糞野郎』だという印象を持つわけです。全てじゃありませんが、まあ大方は。つまり興味が湧いた訳ですが、貴方は一切人を通そうとしない。それが裏目に出ている」
アルドの言う事を子供ながらネセシドは正確に理解した。
つまりは『糞野郎』と流布される事で旅の者は自分に興味が湧くが、自分の家には今誰も立ち入れない。それによって自分自身でネセシドの人格を推し量る事が出来ないので、そいつの人格を知っているツェートの言葉を鵜呑みでなくとも、大体は信じてしまう。旅の者は酒場なんかで自分の冒険譚を語る癖があるのは知っているので、それによって悪評が吹聴。自分の評価が下がる。理解した限りではそういう事だ。
ネセシドは唇の端を吊り上げ、歪な笑みを浮かべた。
「それじゃあ、お前は客人じゃないって事だよなあ? このネセシドを知らないと言った上、別の大陸から来たと言ったのだから」
相手のミスを上手く突いたつもりだが、アルドの表情が変わる事は無かった。それ所か、背後を通り過ぎようとした奴隷に声を掛け、楽し気に会話している。
自分を差し置いて、そんなアバズレと話すとは許せん。「おい! 貴様、今ここで殺してやってもいいんだぞ?」
「どうぞご自由に、貴方の終焉までの距離がたいへん短くなるだけですから。ついでにお答えしておきましょう。貴方の言った通り、私は貴方を知りませんし客人でもない。只の旅人ですよ。ですが、『現実』は違います。私は貴方を知っていて、貴方は私を知っていて、貴方に呼ばれて私は来た。真実でも虚実でもない、これが『現実』です」
アルドの瞳が怪しく、それでいて艶やかに美しく光った……ような気がした。言っている事が分からない。何が本当で何が嘘で。現実で空想で。常識が非常識。考えれば考える程頭が痛くなってくる。
言っている事が難しすぎる。
「……成程、貴方の実力は十分に分かりました。この程度で頭痛を引き起こすようでしたら貴方の強さはくだらないの一言に尽きますね」
「な……んだとぉ!」
頭が酷く痛い。一歩でも歩けば倒れそうだが、関係ない。この男は自分を馬鹿にした。『子供』が、『大人』を馬鹿にした。それだけで理由は十分の筈だ。
ネセシドは、椅子の下に隠していた細剣を手に取り、机を蹴っ飛ばす勢いで突きを放とうとしたが―――そう。机さえ邪魔しなければ突きは決まったのだ。しかしそうはならなかった。アルドが机を脚で抑えた結果、ネセシドの足が机に引っ掛かり机上で無様に倒れてしまったからだ。
「うわッ」
予想だにしない事態だったので、鼻先を机にぶつけてしまう。殆ど反射のような速さで、ネセシドが後方に体を反らした。
「い、い、痛ッ! お……い、誰か、誰か魔術を掛けろぉ!」
まるで子供のようにネセシドはのたうち回っている。それがどうにも、異質ではない頃のアジェンタの子供と重なって、おかしく見えた。そして同時に……悲しくもあった。
本当にどうしてこんな事になってしまったのか。いつか彼女と会う時も来るだろうが、国を亡ぼす前に、聞いておきたい案件だ。
「おや、そろそろ帰ろうとした所ですので丁度いい。私も怪我をした方とこんな形で話そうとは思わないので、ここで帰らせて戴く事にします。では」
見送りに来た侍女にお礼を言って、アルドは家を後にした。
「ネセシド・エタン。いや、シドと呼ばせていただきましょう。シド、慢心は敵を強くさせます。今の貴方よりずっと、ツェータは強いですよ」
「『首椿姫』概念操作『初期』。記憶処理低下。完全解除」
切り札を使う意味があったかは謎だが、情報を得る事が出来た上、誰にも切り札を知られていない。ヒントは与えておいたが、気付く人は居ないだろう。
『写転紙』を地面から離し、懐にしまうと、先程まで微動だにしなかったツェートが突然動き出した。
現実が修正されたようだ。
「で、どうやって、入るんだ?」
「いや、もう入ってきた、帰るぞ」
ツェートは暫く呆けた後、理解できないとばかりにアルドに詰め寄ってきた。
「どういう事だよ!」
「お前と私の『現実』は違うと心得ておけ。さあ帰るぞ」
不満げな声を上げながらツェートは、容赦なく歩みを進める自分の背中を追いかけてくるが、彼は知らない方が良い。この存在を知ったらきっと彼は―――いや、やめよう。まだ真偽がはっきりした訳では無い。こちらが何かを言う事はないだろう。
「今帰ったぜッ」
「ああロッタさん、何処にいっていたんですか。私はもう心配で……」
根本は変わってないようで、心配そうな顔をする母親に対し、ツェータは迷惑そうな顔で怒鳴った。
「うっせ! お前にはどうでもいいだろッ!」
「……ツェータ、何処か行ってたの?」
「聞いてくれよヴァジュラさん。師匠が酷いんだよ―――」
母親の扱いが如何にぞんざいかが分かるだろうこの扱い。本来ならば普通、いや逆でも普通とは思いたくないのだが、まあ普通ならば逆の態度だと思うが、アジェンタ大陸なので仕方が無いだろう。何気にヴァジュラの太腿や胸を触ってるのも、アジェンタなので仕方―――ない訳がない。子供という特権を濫用した悪質な行為だ。アジェンタは他と違い、『子供』と「大人』に分かれているので、尚更悪質である。
これで真偽がはっきりした訳では無いが、間違いなくヴァジュラの事を気に入っている。もしかすれば、
『自分に勝った暁にはヴァジュラを貰う』
などと言いそうな程に。
無論渡すつもりは毛頭ないので、そんなことを言おうモノなら全力で相対するが。
「ツェータ。誰が休憩して良いと言った。まだ訓練は残っているぞ」
ツェータは顔を染めながら―――所謂デレデレという奴だ―――になりながら、気持ちの悪い動きをしている。
「……はあ、全く。庭で待っているぞ」
我が弟子ながら、実に阿呆らしい。自分の欲に感けるなど、強さを求める者としてはあってはならないというのに―――矛盾するようだが、それを守るあまりに恋愛に関して何も分からなくなった男がいるので、それにはならないで欲しい。
立ち合いまでは後―――六日だったか五日だったか。細かい日付は忘れてしまったが、時間が無いのは事実だ。何せあちら側にいるだろう指導者は、自分の切り札に気づいて逃げたのだから。
『首椿姫』は、アルドの切り札の内、二番目の強さを誇るものである。この魔術は初見では対処不可能、回避も不可能。対抗魔術も存在しないと三拍子揃った優れものであり、切り札の中では中々高い使用頻度を誇る。欠点はしいて言えば使用魔力量だが、アルドは魔力だけは無駄に所有している為、欠点とは言い難い。使用魔力は……極級の山一つと半分程度だが、何十回使おうとも平気である。こんなに自由に行使できるならば、他の魔術も行使してみたいが、生憎本来のアルドは魔術が一切使えない程才能が無い為、叶わぬ夢だろう。
さて、そんな魔術だが、欠点がある。初見ならば対処不可能、即ち、一度見た事がある者ならば回避不可能、対抗不可能だが、対処は可能という訳だ。
そしてその対処法は随分と簡単で、只、アルドから離れれば良いだけ。そうすればこの魔術から逃れる事は出来る―――アルドは中々にこの切り札を使うと言ったが、その内二回は以前の弟子との戦いに使った事がある……
奇遇にして必然。まさかこんな早く会うとは思わなかった。この魔術を使った弟子は覚えている限り一人だけ……全く、なんて奴と出会ってしまったのか。
「フィージェント。まさかお前と会うなんて思っても……いや、こんな所で会いたくは無かったよ」
まさかあいつが師を務めているなど信じられないが、そうとしか考えられない。そしてあいつの性格から考えるに狙っているのはきっと―――
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