ワルフラーン ~廃れし神話
蘇る過去
 魔王である自分が行かずとも、ナイツの誰かしらが乗り込めば海賊船など数秒で沈める事が出来るが、今回アルドはそれを行わなかった。かなり矛盾した話だが、おそらく魔人達だけでは人間には勝つことは出来ないと思っているからだ―――
いや、それも正しくは無い。何と言えば良いか……そう。アルドは決して魔人だけには拘らないのだ。神話や英雄譚何かでも、そういった拘りを貫いている奴は大抵負けている。この戦いが神話になると言っている訳では無い。所謂、縁起。
だからアルドは、たとえ人間だろうと強い奴ならばこちらに引き入れたいと考えている。勿論ナイツ達と一緒にはさせない。ナイツ達とは別に作った仲間―――謡のような人物を集めて行きたいのだ。
謡は事情が特殊だから一概に人間サイドであるとは言えないのだが、まあそこは置いていいだろう。知られる訳にはいかない計画もある事だし。
さて、船の内部に存在する気配から気を逸らして。
アルドの着地した先には、勿論海賊がいた。人数は見える限り三十五人。皆アルドの所業を信じられないような目で見ている。人間には殆ど出来ないような業なので仕方ないが、今回は着地場所も悪かった。
足元を見ると、大砲の砲身が大きく凹んでいる。意図せずして起きた出来事だが、それが彼等の驚きをなお煽った。
「お、お前は誰だ!」
「私は……って、何故無法者の貴様らに語らねばならない。そしてそのセリフは本来私が言うべき言葉だ」
「俺達はその名も高き大海賊団。『海徨』! 総勢八千三百名の泣く子も黙る海賊さッ」
男が嘘を言っているのは明らかである。それは恐らく、アルドと同じことをしていれば誰でも分かる事だろう。
「ふざけているのか。『海徨』はもういない。私が完膚なきまでに叩き潰したからな」
只の嘘と言うにはあまりにも暖かい。これは憧れ故の嘘だ。
良く子供の頃やったではないか。『僕、騎士団長様ね』とか、『僕○○様だい』とか。これは憧れの対象として見られていた時期があるアルドには、簡単に分かる事だった。
アルドの発言に海賊達は呆けているが、もう話す事はない。大砲の上から下り、一番前の海賊に徐に近づいた。
「一つ良い事を教えてやる」
「あ?」
「敵が来たんだ。早く『銃を』構えろ」
温かな感触が、アルドの左手を包んだ。
「うひゃあ、最高だぜッ!」
「……ユーヴァン、僕にも見せてよ」
「駄目駄目。こんな刺激的な光景はお前には……って泣くなよ!」
「誰も見てないのをいい事におかしな事を言わないでよッ」
二人のいちゃつきに言い知れぬ不快感を覚えながら、フェリーテは高速思考回路を展開していた。
「アルド様、一体どうしたのかのう」
記憶の限り、アルドは余程の事情が無ければこういった戦いにはナイツを向かわせている。理由は単純なので、言うべきことはないが、今回アルドは自らの足であちらへと向かった。
これは何かあるに違いないだろうが、果たして調べてしまって良いモノか……
アルドは先程から何か隠し事をしているようにも見える。自分の能力を知らないアルドではない。だというのに、何故隠そうとするのか。
「……調べぬ方が良いかの」
良妻という者は旦那を一歩引いて見守り、着いていくのだ。多くの人は隠し事は絶対に許さないというが、フェリーテはそう思わない。
隠し事があったっていいではないか。隠し事が在っても尚、夫を信じられるかどうかが、愛しているかどうかに繋がる。それに、たとえ隠し事を打ち明けるとしても、それは自由意思であるべきだ。
誰に共感されなくても良いが、少なくともフェリーテはそう思っている。それがフェリーテにとっての、『妻』だからだ。
一人目の男は手刀で心臓を貫いた。あまりにも手ごたえがなくあっさりとしていた。
男が崩れ落ちると同時に、周りがどよめく
「どうした、やらないのか?」
「…………う、撃てえ撃てえッ」
……貫手による殺害に驚いているのもそうなのだが。
どう考えても偽物な上に、実戦経験の薄い者ばかりではないか。こんな事態になるなんて余程の人員不足か阿呆なだけなのか。
可哀想な話だが、慈悲を与えるつもりはない。おとなしく死んでもらおう。
直後に弾丸が放たれたが、その弾丸が当たる事は無かった。弾丸すら見えるかどうか怪しいモノだが、見えていた者ならその異常さを察しただろう。本来はアルドに当たる弾丸が、その直前で消えた事を。
やはりこの程度か。
分かり切っていた事なので、大して失望はしていない。だが普通に戦うにはあまりにつまらないので、勝手に制限を設ける事にする。
……そう。魔術の使えぬ者が、魔術師のように振舞えるか。細かく言えば、相手に如何に魔術師のように振舞えるか。攻撃も防御も回避も、全て魔術を使っているように見せる。そういった趣向の制限だ。
「撃て撃てぇッ!」
避けるのは簡単だが、ここは一つ、魅せる技というのをやってみよう。
次の弾幕を全て掴み、素早く後ろに隠す。
「っち、魔術師か。野郎共アレだッ!」
一発も当たらないなんて、魔術でも無ければ出来ないだろうと言う安直な発想。この程度の芸当は並の剣士にも出来る。
海賊たちが次に何を出すかは分からないが、もう飽きた。そろそろ終わらせよう。
「『拳閃』」
それらしい名前を呟いた後、アルドが海賊達の間を縫うように駆け出した―――ように見えるが、実は違う。身体全体を流れるように動かし、一切の『動きの無駄』を失くして攻撃しているのだ。
傍から見れば強化魔術を掛けて動いたようにしか見えないだろう。海賊達はあっさりその場に倒れ込む。顔面陥没は必至の為、果たしてこれから先、彼等は表を歩く事が出来るのか。これからの人生に幸運を祈りつつ、アルドは船内へと向かう。
床が僅かに軋んだ。殆ど同時に振り返って、アルドが手刀で薙ぐと、大きく曲刀を振り上げた男が、真っ二つに『裂けた』。
あらゆる要素が命を失う要因となる。今回の戦いも、それを証明してしまったようだ。
さて、扉の奥に二人か―――。
「野郎ッ、ぶっ殺してやる!」
「死ねッ」
扉の奥には手斧を持った男が一人、弩を持った男が一人居た。どうやら男が斬りかかって隙を作り、もう一方の男が弩で打ち抜くという戦法のようだ。
男が斧を二回、交差する形で薙いだ。アルドはそれをワザと大袈裟に避け、体勢を崩したふりをしながら弩の射線上に出た。
「我が与るは狩人の槍。『槍矢』!」
『槍矢』。闇属性の特殊下位魔術。弓矢にのみ使用可能な魔術で、視認可能な矢と二次元的縦横空間軸に同等の威力を持つ『弾』を生成。相手が避けようものなら、その不可視の弾に直撃する、という訳だ。
だからと言って避けなければ―――視える矢の部分には『弾』はない。当たり前の事だが、人間の体というモノは矢よりも遥かに大きい。つまり、避けようと避けまいと、矢と同等の殺傷能力を持つ『弾』を何発も喰らう結果となってしまうのだ。
しかしやはり下位魔術。魔術障壁でも張れば簡単に防げてしまうのが難点だが……アルドは魔術を使えない。
ならばどうするか。
「降りかかる災厄よ、浄化無き慈悲を賜りて、己を亡ぼせ。『鋼遮』」
アルドは迫りくる矢に対し、打ち上げるように拳を振りぬいた。その直後の事だ、二人の男の全身に、刺し傷のような痕が生まれたのは。
「ア”ッ……ォォ」
「……ッ!」
それは眼、額、首、心臓、太腿、その他約十六か所に『弾』が直撃。人間を死に至らしめる要因は十分に揃っているので、二人が生きている道理はない。全身から血を吹き出しながら、二人は倒れた。
さて、これで全てである筈がない。海賊団なのだから船長くらいは居る筈だ。それとも内部の気配が船長なのだろうか。
アルドは階段を一歩一歩と確実に歩いて最深部へと降りていく。階段はかなり老朽化が激しく、一歩踏みしめる度に激しい軋みが聞こえる。この階段を音もなく降りる方法は、宙に浮く以外無いだろう。
階段を下り切った時、アルドの視界にぬるりと何かが出てきた。
「動くな!」
出てきたのは鍔の長い帽子を被った男。長年潮風に当たってきたからか老けて見えるが、外見から予想する年齢よりかは十歳ほど若いのだと思う。特徴的なモノといえば鼻の筋に沿って逆さ十字を書いている事だが―――
船長の外見まで真似るとは、相当憧れていたらしい。
「あー、えっと『エイン・ランド』で良いのか?」
「へっへー。俺を知っているとはこの海賊団の知名度も相当上がったようだな!」
「性格まで真似ているのは評価に値するが、私にはとても四十人にも満たない海賊団が、大海賊団とは思えないのだが」
「うるせえッ! それよりお前、こいつを助けに来たんだろ?」
男が銃を突き付けているのは、頭陀袋を被った、身体的に見て少年だろう人物だ。
「いや、全く」
場の空気が冷えたような気がした。
偽エインは、慌てたような表情を浮かべた。
「え、あれ? こいつ助けに来たんじゃないの?」
「お前達が私達を狙うからだよ。というか、そんな事情も把握していないで、良く船長を名乗っていられるな。どうせ偽物なら、エインの手腕も丸々真似して見せろよ」
冷たい眼で偽エインを睨むと、偽エインは驚いたような表情を浮かべた。
「お、お前……エインは俺だぞッ」
「ほう?」
やはり贋物と言われて『はいそうですか』という贋物はいない。それもこんなに原初を敬愛しているならば、尚更だ。
ならばとアルドは少し意地悪な質問をする事にした。
「では私の名を覚えているな?」
アルドは騎士だった頃、原初の海賊船に乗り込み、壊滅させた事がある。確か十六回目の接触時だった筈だ。
十六回も接触する内に、アルドはエインとライバルのような関係になった。それからはいつも逃げては追い回し、逃げては追い回しの繰り返し。たった一度だけ酒も酌み交わした事があるし、彼が本当のエインならば、覚えている筈なのだ。
―――本当のエインで無い事は知っているのだが、敢えて。
偽エインは冷や汗を流しながら大声を上げた。
「その手には乗らねえぜ、クソめ」
「その手?」
「そうやって動揺を誘って俺を贋物にしようとしたいらしいが、俺は本物だ! そうは行かないぜ」
本物なら動揺を誘うなんて表現すら使わないだろうし、贋物本物にもこだわらないと思うのだが……実際には会ってないのだろうし、仕方ないだろう。
「そうか。お前の中ではそうなるのか。だったらいい事を教えてやる」
「な、何だ?」
「『強者に対し人質を使う手段で対抗する場合、如何なる時も人質から気を逸らすな。逸らした場合』」
偽エインがハッと気づき、人質に目を向けたが遅かった。
人質は既にアルドの隣に立っていた。
「『お前の死は確定する』」
偽エインは呆然としている。
「信じるかはお前次第だが、これは私がかつてエインに言ったセリフだ」
「あっ……あ……」
「さて、お前はどうしようもなく贋物だという事がこれで判明してしまった。さあ、お別れの時間だ。言い残す事はあるか?」
偽エインは震えた手付きで銃を構えた。
「うるせえ! こっちには銃があるんだッ! てめえなんか―――」
照準を両手で抑え、何とかブレを抑えている。そんな精神状態では当たる事は無いだろう。
「最後に教えてやるから―――忘れておけ。こんな距離で銃を使う馬鹿が何処にいる」
アルドが眼前まで肉迫し手刀を振り下ろすと同時に、偽エインが引き金を引いた。
男の体を血液ごと消滅させた後、アルドは少年の頭陀袋を取った。
「大丈夫か、少年」
少年は、アルドの姿が視界に映ると同時に、アルドの眼を真っ直ぐ見て、言った。
「お願いします、俺に剣術を教えてくれッ」
出し抜けに言われたものだから、流石のアルドも素(騎士の頃)に戻ってしまった。
「は?」
「あ、すみません。俺、ツェート・ロッタって言うんだけど、あんたの名前は?」
「……あ、ああ。アルドだ。」
少年―――ツェートは、アルドの名を聞くと、目を輝かせ始めた。
「アルドさんッ、俺を助けてくれてありがとう! さっきの武術凄かったぜ―――」
「待て待て待て待て。お前、頭陀袋を被っていなかったか? どうして私の動きが視える」
「なーんか知らないけど、俺、眼瞑ってても周りで何が起こってるか分かるんだッ。で、それを大人達に自慢していたら、なんか浚われたんだよ」
当たり前だ。先天性の千里眼を持つ者など億人に一人の確率。本来眼を抉られても仕方がない程貴重な体質を、堂々と吹聴して回っていれば、浚われもする。むしろ幸運な方だ。
「でさ、頼みがあるんだけど……俺を強くしてほしいんだ。訳は後で話すからさ」
会話のペースを取られたのは久しぶりだ。まさかこんな人物がまだ居るとは。感じた気配は間違いなくこれだろう。
「分かった。ではまずは、私の船に招待しよう……俺から手を離すなよ」
いや、それも正しくは無い。何と言えば良いか……そう。アルドは決して魔人だけには拘らないのだ。神話や英雄譚何かでも、そういった拘りを貫いている奴は大抵負けている。この戦いが神話になると言っている訳では無い。所謂、縁起。
だからアルドは、たとえ人間だろうと強い奴ならばこちらに引き入れたいと考えている。勿論ナイツ達と一緒にはさせない。ナイツ達とは別に作った仲間―――謡のような人物を集めて行きたいのだ。
謡は事情が特殊だから一概に人間サイドであるとは言えないのだが、まあそこは置いていいだろう。知られる訳にはいかない計画もある事だし。
さて、船の内部に存在する気配から気を逸らして。
アルドの着地した先には、勿論海賊がいた。人数は見える限り三十五人。皆アルドの所業を信じられないような目で見ている。人間には殆ど出来ないような業なので仕方ないが、今回は着地場所も悪かった。
足元を見ると、大砲の砲身が大きく凹んでいる。意図せずして起きた出来事だが、それが彼等の驚きをなお煽った。
「お、お前は誰だ!」
「私は……って、何故無法者の貴様らに語らねばならない。そしてそのセリフは本来私が言うべき言葉だ」
「俺達はその名も高き大海賊団。『海徨』! 総勢八千三百名の泣く子も黙る海賊さッ」
男が嘘を言っているのは明らかである。それは恐らく、アルドと同じことをしていれば誰でも分かる事だろう。
「ふざけているのか。『海徨』はもういない。私が完膚なきまでに叩き潰したからな」
只の嘘と言うにはあまりにも暖かい。これは憧れ故の嘘だ。
良く子供の頃やったではないか。『僕、騎士団長様ね』とか、『僕○○様だい』とか。これは憧れの対象として見られていた時期があるアルドには、簡単に分かる事だった。
アルドの発言に海賊達は呆けているが、もう話す事はない。大砲の上から下り、一番前の海賊に徐に近づいた。
「一つ良い事を教えてやる」
「あ?」
「敵が来たんだ。早く『銃を』構えろ」
温かな感触が、アルドの左手を包んだ。
「うひゃあ、最高だぜッ!」
「……ユーヴァン、僕にも見せてよ」
「駄目駄目。こんな刺激的な光景はお前には……って泣くなよ!」
「誰も見てないのをいい事におかしな事を言わないでよッ」
二人のいちゃつきに言い知れぬ不快感を覚えながら、フェリーテは高速思考回路を展開していた。
「アルド様、一体どうしたのかのう」
記憶の限り、アルドは余程の事情が無ければこういった戦いにはナイツを向かわせている。理由は単純なので、言うべきことはないが、今回アルドは自らの足であちらへと向かった。
これは何かあるに違いないだろうが、果たして調べてしまって良いモノか……
アルドは先程から何か隠し事をしているようにも見える。自分の能力を知らないアルドではない。だというのに、何故隠そうとするのか。
「……調べぬ方が良いかの」
良妻という者は旦那を一歩引いて見守り、着いていくのだ。多くの人は隠し事は絶対に許さないというが、フェリーテはそう思わない。
隠し事があったっていいではないか。隠し事が在っても尚、夫を信じられるかどうかが、愛しているかどうかに繋がる。それに、たとえ隠し事を打ち明けるとしても、それは自由意思であるべきだ。
誰に共感されなくても良いが、少なくともフェリーテはそう思っている。それがフェリーテにとっての、『妻』だからだ。
一人目の男は手刀で心臓を貫いた。あまりにも手ごたえがなくあっさりとしていた。
男が崩れ落ちると同時に、周りがどよめく
「どうした、やらないのか?」
「…………う、撃てえ撃てえッ」
……貫手による殺害に驚いているのもそうなのだが。
どう考えても偽物な上に、実戦経験の薄い者ばかりではないか。こんな事態になるなんて余程の人員不足か阿呆なだけなのか。
可哀想な話だが、慈悲を与えるつもりはない。おとなしく死んでもらおう。
直後に弾丸が放たれたが、その弾丸が当たる事は無かった。弾丸すら見えるかどうか怪しいモノだが、見えていた者ならその異常さを察しただろう。本来はアルドに当たる弾丸が、その直前で消えた事を。
やはりこの程度か。
分かり切っていた事なので、大して失望はしていない。だが普通に戦うにはあまりにつまらないので、勝手に制限を設ける事にする。
……そう。魔術の使えぬ者が、魔術師のように振舞えるか。細かく言えば、相手に如何に魔術師のように振舞えるか。攻撃も防御も回避も、全て魔術を使っているように見せる。そういった趣向の制限だ。
「撃て撃てぇッ!」
避けるのは簡単だが、ここは一つ、魅せる技というのをやってみよう。
次の弾幕を全て掴み、素早く後ろに隠す。
「っち、魔術師か。野郎共アレだッ!」
一発も当たらないなんて、魔術でも無ければ出来ないだろうと言う安直な発想。この程度の芸当は並の剣士にも出来る。
海賊たちが次に何を出すかは分からないが、もう飽きた。そろそろ終わらせよう。
「『拳閃』」
それらしい名前を呟いた後、アルドが海賊達の間を縫うように駆け出した―――ように見えるが、実は違う。身体全体を流れるように動かし、一切の『動きの無駄』を失くして攻撃しているのだ。
傍から見れば強化魔術を掛けて動いたようにしか見えないだろう。海賊達はあっさりその場に倒れ込む。顔面陥没は必至の為、果たしてこれから先、彼等は表を歩く事が出来るのか。これからの人生に幸運を祈りつつ、アルドは船内へと向かう。
床が僅かに軋んだ。殆ど同時に振り返って、アルドが手刀で薙ぐと、大きく曲刀を振り上げた男が、真っ二つに『裂けた』。
あらゆる要素が命を失う要因となる。今回の戦いも、それを証明してしまったようだ。
さて、扉の奥に二人か―――。
「野郎ッ、ぶっ殺してやる!」
「死ねッ」
扉の奥には手斧を持った男が一人、弩を持った男が一人居た。どうやら男が斬りかかって隙を作り、もう一方の男が弩で打ち抜くという戦法のようだ。
男が斧を二回、交差する形で薙いだ。アルドはそれをワザと大袈裟に避け、体勢を崩したふりをしながら弩の射線上に出た。
「我が与るは狩人の槍。『槍矢』!」
『槍矢』。闇属性の特殊下位魔術。弓矢にのみ使用可能な魔術で、視認可能な矢と二次元的縦横空間軸に同等の威力を持つ『弾』を生成。相手が避けようものなら、その不可視の弾に直撃する、という訳だ。
だからと言って避けなければ―――視える矢の部分には『弾』はない。当たり前の事だが、人間の体というモノは矢よりも遥かに大きい。つまり、避けようと避けまいと、矢と同等の殺傷能力を持つ『弾』を何発も喰らう結果となってしまうのだ。
しかしやはり下位魔術。魔術障壁でも張れば簡単に防げてしまうのが難点だが……アルドは魔術を使えない。
ならばどうするか。
「降りかかる災厄よ、浄化無き慈悲を賜りて、己を亡ぼせ。『鋼遮』」
アルドは迫りくる矢に対し、打ち上げるように拳を振りぬいた。その直後の事だ、二人の男の全身に、刺し傷のような痕が生まれたのは。
「ア”ッ……ォォ」
「……ッ!」
それは眼、額、首、心臓、太腿、その他約十六か所に『弾』が直撃。人間を死に至らしめる要因は十分に揃っているので、二人が生きている道理はない。全身から血を吹き出しながら、二人は倒れた。
さて、これで全てである筈がない。海賊団なのだから船長くらいは居る筈だ。それとも内部の気配が船長なのだろうか。
アルドは階段を一歩一歩と確実に歩いて最深部へと降りていく。階段はかなり老朽化が激しく、一歩踏みしめる度に激しい軋みが聞こえる。この階段を音もなく降りる方法は、宙に浮く以外無いだろう。
階段を下り切った時、アルドの視界にぬるりと何かが出てきた。
「動くな!」
出てきたのは鍔の長い帽子を被った男。長年潮風に当たってきたからか老けて見えるが、外見から予想する年齢よりかは十歳ほど若いのだと思う。特徴的なモノといえば鼻の筋に沿って逆さ十字を書いている事だが―――
船長の外見まで真似るとは、相当憧れていたらしい。
「あー、えっと『エイン・ランド』で良いのか?」
「へっへー。俺を知っているとはこの海賊団の知名度も相当上がったようだな!」
「性格まで真似ているのは評価に値するが、私にはとても四十人にも満たない海賊団が、大海賊団とは思えないのだが」
「うるせえッ! それよりお前、こいつを助けに来たんだろ?」
男が銃を突き付けているのは、頭陀袋を被った、身体的に見て少年だろう人物だ。
「いや、全く」
場の空気が冷えたような気がした。
偽エインは、慌てたような表情を浮かべた。
「え、あれ? こいつ助けに来たんじゃないの?」
「お前達が私達を狙うからだよ。というか、そんな事情も把握していないで、良く船長を名乗っていられるな。どうせ偽物なら、エインの手腕も丸々真似して見せろよ」
冷たい眼で偽エインを睨むと、偽エインは驚いたような表情を浮かべた。
「お、お前……エインは俺だぞッ」
「ほう?」
やはり贋物と言われて『はいそうですか』という贋物はいない。それもこんなに原初を敬愛しているならば、尚更だ。
ならばとアルドは少し意地悪な質問をする事にした。
「では私の名を覚えているな?」
アルドは騎士だった頃、原初の海賊船に乗り込み、壊滅させた事がある。確か十六回目の接触時だった筈だ。
十六回も接触する内に、アルドはエインとライバルのような関係になった。それからはいつも逃げては追い回し、逃げては追い回しの繰り返し。たった一度だけ酒も酌み交わした事があるし、彼が本当のエインならば、覚えている筈なのだ。
―――本当のエインで無い事は知っているのだが、敢えて。
偽エインは冷や汗を流しながら大声を上げた。
「その手には乗らねえぜ、クソめ」
「その手?」
「そうやって動揺を誘って俺を贋物にしようとしたいらしいが、俺は本物だ! そうは行かないぜ」
本物なら動揺を誘うなんて表現すら使わないだろうし、贋物本物にもこだわらないと思うのだが……実際には会ってないのだろうし、仕方ないだろう。
「そうか。お前の中ではそうなるのか。だったらいい事を教えてやる」
「な、何だ?」
「『強者に対し人質を使う手段で対抗する場合、如何なる時も人質から気を逸らすな。逸らした場合』」
偽エインがハッと気づき、人質に目を向けたが遅かった。
人質は既にアルドの隣に立っていた。
「『お前の死は確定する』」
偽エインは呆然としている。
「信じるかはお前次第だが、これは私がかつてエインに言ったセリフだ」
「あっ……あ……」
「さて、お前はどうしようもなく贋物だという事がこれで判明してしまった。さあ、お別れの時間だ。言い残す事はあるか?」
偽エインは震えた手付きで銃を構えた。
「うるせえ! こっちには銃があるんだッ! てめえなんか―――」
照準を両手で抑え、何とかブレを抑えている。そんな精神状態では当たる事は無いだろう。
「最後に教えてやるから―――忘れておけ。こんな距離で銃を使う馬鹿が何処にいる」
アルドが眼前まで肉迫し手刀を振り下ろすと同時に、偽エインが引き金を引いた。
男の体を血液ごと消滅させた後、アルドは少年の頭陀袋を取った。
「大丈夫か、少年」
少年は、アルドの姿が視界に映ると同時に、アルドの眼を真っ直ぐ見て、言った。
「お願いします、俺に剣術を教えてくれッ」
出し抜けに言われたものだから、流石のアルドも素(騎士の頃)に戻ってしまった。
「は?」
「あ、すみません。俺、ツェート・ロッタって言うんだけど、あんたの名前は?」
「……あ、ああ。アルドだ。」
少年―――ツェートは、アルドの名を聞くと、目を輝かせ始めた。
「アルドさんッ、俺を助けてくれてありがとう! さっきの武術凄かったぜ―――」
「待て待て待て待て。お前、頭陀袋を被っていなかったか? どうして私の動きが視える」
「なーんか知らないけど、俺、眼瞑ってても周りで何が起こってるか分かるんだッ。で、それを大人達に自慢していたら、なんか浚われたんだよ」
当たり前だ。先天性の千里眼を持つ者など億人に一人の確率。本来眼を抉られても仕方がない程貴重な体質を、堂々と吹聴して回っていれば、浚われもする。むしろ幸運な方だ。
「でさ、頼みがあるんだけど……俺を強くしてほしいんだ。訳は後で話すからさ」
会話のペースを取られたのは久しぶりだ。まさかこんな人物がまだ居るとは。感じた気配は間違いなくこれだろう。
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