ワルフラーン ~廃れし神話
初めてのデート
ナイツ達とは確かに何度も行動を共にしてきた。だが、ナイツの内誰か一人と、こんな風に過ごした事は、記憶の限り無い。おそらく、これが初めてとなるだろう。
とても緊張するし何をすれば良いか全くわからないが、それは未だに顔を紅潮させているファーカも同じ事。
ここは自分がリードを取らなければ。
「ファーカ、足元に気を付けろ」
「……っへ、はいッ」
彼女が転ばぬように目配せをしながら、アルドは森の中を進んでいく。無限に繰り返す景色。周りを囲む木々と土には境界が無く、もはや何処に向かっているか分からない。
これから向かう場所は『皇』の友人が営んでいる、所謂お忍びで向かうような店だ。アルドの知る限り最も知名度の低い店で、最も上手い料理を出す店でもある。店主は若干扱いに困るような者だが、それもまた御愛嬌という奴だろう。
失念していたが、アルドとファーカには四十センチ以上の差がある。それがどういう事を意味するか―――
「キャッ!」
アルドが跨げてもファーカが跨げぬ根があるという事だ。
「おっとッ」
ファーカの体が傾くより先に腰を抱き上げ、転倒を防ぐ。
「大丈夫か?」
「はっはい、有難う……ございます」
普段のファーカなら恐らく木々の方が転倒もとい倒壊するだろうが、どういう訳か今日は調子が悪い様だ。
目の揺れ、汗の量、心拍数。どれを見ても尋常であるとは言えない。先程まではこんな状態では無かったような気がしたのだが、気のせいだろうか。
「ファーカ。辛いなら私が背負っていくが」
「い、い、い、いえッ、私は元気です!」
「そうか。なら申し訳ないが、もう少しだけ頑張ってくれ。私の目指す所までは、もう直ぐなのでな」
「はい……分かりました」
ファーカから感じる違和感に疑問を覚えつつも、アルドはかつて渡されたメモを見て、森を進んでいく。
右左左真左左右真真真左右後真左―――この紙からも分かるが、これが表している事はつまり、
『森をふらふら彷徨っていれば着くよ』
という事だ。そんな一言で済むような説明を如何にも複雑に、さも正確であるかのように書き表すとは、どうやら奴は道案内の天才らしい。ふざけやがって。
あてにならない紙を握りつぶし、アルドは森の中を進んでいく。
そしてアルドの体が小枝などでぼろぼろになってきた頃、その建物は見えた。
名は『釜焼』。『童』と『武』の魔人が細々と営む、最高の店だ。
店の扉を大きく開くと、角に付いていた鐘が調子よく鳴り、来客を知らせた。
「やあ、いらっしゃいアルド。今日は妾を連れてくるんだね」
「誰が妾と言った。こいつは確かに大切な者だが、妾とは言っていないぞ」
鐘の音に呼応して出てきたのは、ファーカ以上に小さい―――童子と呼んで相違ない少年が出てきた。少年が着ている派手な紋袴は、どう考えてもこういった場には向いていないが、気に入っているとの事なので、指摘はしない。それにナイツより以前から付き合いはあったので、いい加減に個性として受け入れるべきだろう。
むしろ気にすべきはカウンターより僅かに高い身長―――頭頂部が僅かに出るくらいだ―――であり、種族上仕方ない事だが接客係にあるまじき問題なので、格好などもはや気に留めるに値しない。
「ア、アルド様……この子は?」
「子? 僕を子だって言うのか、このちんちくりんは!」
『童』は激昂したように跳ねているが、目元までしか見えない為、まるで恐ろしくない。
「落ち着け棘童。怒る気持ちは分からないが、こいつはお前より三歳年上だ、不敬だぞ」
「さ、三歳? 私が……だから……えっ、嘘ですよねッ」
嘘ではないです。
「こいつが年上? 誰がどう見てもそうはみえんぞ!」
誰がどう見てもそうとしか思えないのだが。
「『武』を呼んでこい」
あっち行けとでも言わんばかりに手を振ると、『童』―――棘童は、不服そうな顔を浮かべながら、大声を上げた。
「タケミヤ! 御客様がご指名なされた。早く出てきてくれー」
「あー、あー、今行くから暫し待て」
その言葉から少し経って、調理場の暖簾から、継ぎはぎの腰巻きを巻いた大柄な男が出てきた。
「久しぶり、とでも言えばいいかな? タケミヤカヅキ」
「おーおー、霧代アルドじゃないか。立ち直ったのか、お前」
空気の読めないカヅキに、アルドは目を細めた。
「口が滑った……すまん」
「いや、いいさ。さて、今日は別段用がある訳でなく、客として来た。個室は空いているか?」
「空いてるに決まってんだろ。ここ客来ないのに―――痛てッ」
「ええ空いておりますとも。それではご案内させます……棘童ッ」
「うへーい、分かりましたよ。それではお客様、こちらにどうぞ」
面倒くさそうな表情を浮かべながら、棘童は歩き出した。
「行くぞ、ファーカ」
「あっ……はい」
アルドに手を引かれながら、ファーカもまた歩き出した。リスドを出てから大分経っているが、顔の紅潮は収まりそうにない。
果たしてアルドはこんな積極的だっただろうか。確かにアルドは男らしいし強いがここまで積極的だった事はかつてない。多くの女性に囲まれていながらも、決して一人だけを見る事がないアルドが、どういう風の吹き回しか。
早く性的干渉を経験したいなんてアホらしい理由では無いだろう。ナイツに会う以前に彼は『皇』や『鳳』『蜩』と会っているのだから、その誰かしらと『致していた』としても何ら不思議はない。
ファーカは自分の記憶を辿り出す。
他の皆には秘密―――と言っても、フェリーテには看破されているだろうが、ファーカは自分の容姿に自信がない。並み以上である事は自覚しているのだが、それでもナイツ女性陣の中では、かなり下に居ると思っている。
だからこそ、チロチンに頼んだ。アルドの性癖、好きなタイプや好みのスリーサイズ、何をあげれば喜んで、何をすれば振り向いて貰えるか。それらの情報を最優先で教えてほしいと。
それ以降役に立つ情報は入ってこないが、チロチンの事だ、忘れているだけだろう。だからフェリーテの発言を聞いた時、何をしても良いと思った。未だに教えてもらえないので後で催促しようかとも思うが、アルドの動機とは関係が無いと思うので、今は置いておく。
……結論は出ない。これはアルドの気まぐれ、という事で良いのだろうか。
「着いたぞ、では適当に座ってくれ」
アルドが席に着いたのを確認すると、向かい合うようにファーカも席に着いた。
「それじゃまあ注文を伺いますかね」
「店の料理の最高峰を全て」
「畏まり! んじゃ、五分ほど待っててくれよ。直ぐに来るからさ」
朗らかな笑みを浮かべた後、棘童は走り去って行った。
「アルド様」
「ん、何だ?」
やはり止めようかとも思ったが、きっと聞かなければ後悔する。ファーカは体を前のめりにしながら尋ねた。
「どうして私を誘ったんですか?」
アルドの手が顎へと当てられた。
「それは理由を求めているのか、自虐なのか」
「頼まれたのですか?」
「……」
「答えてくださいっ!」
アルドの目が、音も無くファーカを射抜いた。
「聞きたいか?」
それはある意味分岐であるとも言える。聞いた未来と聞かない未来。ファーカは未来視など使えない故、どちらが幸せかなど分からないが、ここが分岐である事だけは、何となく理解できた。
聞けば恐らく、今までよりずっとアルドの事を理解できるのだろう。だが答えによっては―――二度と立ち直れぬ傷を負う。
聞かなければ、近づく事こそ出来ないが、傷付く事もなく食事を楽しめる。
どちらを選ぶか等、分かりきっている。
「聞かせてください」
「そうか―――では正直に言おう」
アルド一度息を吐き、はっきりと告げた。
「お前の言う通りだよ、私は―――」
それ以上聞く事は、ファーカには出来なかった。
とても緊張するし何をすれば良いか全くわからないが、それは未だに顔を紅潮させているファーカも同じ事。
ここは自分がリードを取らなければ。
「ファーカ、足元に気を付けろ」
「……っへ、はいッ」
彼女が転ばぬように目配せをしながら、アルドは森の中を進んでいく。無限に繰り返す景色。周りを囲む木々と土には境界が無く、もはや何処に向かっているか分からない。
これから向かう場所は『皇』の友人が営んでいる、所謂お忍びで向かうような店だ。アルドの知る限り最も知名度の低い店で、最も上手い料理を出す店でもある。店主は若干扱いに困るような者だが、それもまた御愛嬌という奴だろう。
失念していたが、アルドとファーカには四十センチ以上の差がある。それがどういう事を意味するか―――
「キャッ!」
アルドが跨げてもファーカが跨げぬ根があるという事だ。
「おっとッ」
ファーカの体が傾くより先に腰を抱き上げ、転倒を防ぐ。
「大丈夫か?」
「はっはい、有難う……ございます」
普段のファーカなら恐らく木々の方が転倒もとい倒壊するだろうが、どういう訳か今日は調子が悪い様だ。
目の揺れ、汗の量、心拍数。どれを見ても尋常であるとは言えない。先程まではこんな状態では無かったような気がしたのだが、気のせいだろうか。
「ファーカ。辛いなら私が背負っていくが」
「い、い、い、いえッ、私は元気です!」
「そうか。なら申し訳ないが、もう少しだけ頑張ってくれ。私の目指す所までは、もう直ぐなのでな」
「はい……分かりました」
ファーカから感じる違和感に疑問を覚えつつも、アルドはかつて渡されたメモを見て、森を進んでいく。
右左左真左左右真真真左右後真左―――この紙からも分かるが、これが表している事はつまり、
『森をふらふら彷徨っていれば着くよ』
という事だ。そんな一言で済むような説明を如何にも複雑に、さも正確であるかのように書き表すとは、どうやら奴は道案内の天才らしい。ふざけやがって。
あてにならない紙を握りつぶし、アルドは森の中を進んでいく。
そしてアルドの体が小枝などでぼろぼろになってきた頃、その建物は見えた。
名は『釜焼』。『童』と『武』の魔人が細々と営む、最高の店だ。
店の扉を大きく開くと、角に付いていた鐘が調子よく鳴り、来客を知らせた。
「やあ、いらっしゃいアルド。今日は妾を連れてくるんだね」
「誰が妾と言った。こいつは確かに大切な者だが、妾とは言っていないぞ」
鐘の音に呼応して出てきたのは、ファーカ以上に小さい―――童子と呼んで相違ない少年が出てきた。少年が着ている派手な紋袴は、どう考えてもこういった場には向いていないが、気に入っているとの事なので、指摘はしない。それにナイツより以前から付き合いはあったので、いい加減に個性として受け入れるべきだろう。
むしろ気にすべきはカウンターより僅かに高い身長―――頭頂部が僅かに出るくらいだ―――であり、種族上仕方ない事だが接客係にあるまじき問題なので、格好などもはや気に留めるに値しない。
「ア、アルド様……この子は?」
「子? 僕を子だって言うのか、このちんちくりんは!」
『童』は激昂したように跳ねているが、目元までしか見えない為、まるで恐ろしくない。
「落ち着け棘童。怒る気持ちは分からないが、こいつはお前より三歳年上だ、不敬だぞ」
「さ、三歳? 私が……だから……えっ、嘘ですよねッ」
嘘ではないです。
「こいつが年上? 誰がどう見てもそうはみえんぞ!」
誰がどう見てもそうとしか思えないのだが。
「『武』を呼んでこい」
あっち行けとでも言わんばかりに手を振ると、『童』―――棘童は、不服そうな顔を浮かべながら、大声を上げた。
「タケミヤ! 御客様がご指名なされた。早く出てきてくれー」
「あー、あー、今行くから暫し待て」
その言葉から少し経って、調理場の暖簾から、継ぎはぎの腰巻きを巻いた大柄な男が出てきた。
「久しぶり、とでも言えばいいかな? タケミヤカヅキ」
「おーおー、霧代アルドじゃないか。立ち直ったのか、お前」
空気の読めないカヅキに、アルドは目を細めた。
「口が滑った……すまん」
「いや、いいさ。さて、今日は別段用がある訳でなく、客として来た。個室は空いているか?」
「空いてるに決まってんだろ。ここ客来ないのに―――痛てッ」
「ええ空いておりますとも。それではご案内させます……棘童ッ」
「うへーい、分かりましたよ。それではお客様、こちらにどうぞ」
面倒くさそうな表情を浮かべながら、棘童は歩き出した。
「行くぞ、ファーカ」
「あっ……はい」
アルドに手を引かれながら、ファーカもまた歩き出した。リスドを出てから大分経っているが、顔の紅潮は収まりそうにない。
果たしてアルドはこんな積極的だっただろうか。確かにアルドは男らしいし強いがここまで積極的だった事はかつてない。多くの女性に囲まれていながらも、決して一人だけを見る事がないアルドが、どういう風の吹き回しか。
早く性的干渉を経験したいなんてアホらしい理由では無いだろう。ナイツに会う以前に彼は『皇』や『鳳』『蜩』と会っているのだから、その誰かしらと『致していた』としても何ら不思議はない。
ファーカは自分の記憶を辿り出す。
他の皆には秘密―――と言っても、フェリーテには看破されているだろうが、ファーカは自分の容姿に自信がない。並み以上である事は自覚しているのだが、それでもナイツ女性陣の中では、かなり下に居ると思っている。
だからこそ、チロチンに頼んだ。アルドの性癖、好きなタイプや好みのスリーサイズ、何をあげれば喜んで、何をすれば振り向いて貰えるか。それらの情報を最優先で教えてほしいと。
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「それじゃまあ注文を伺いますかね」
「店の料理の最高峰を全て」
「畏まり! んじゃ、五分ほど待っててくれよ。直ぐに来るからさ」
朗らかな笑みを浮かべた後、棘童は走り去って行った。
「アルド様」
「ん、何だ?」
やはり止めようかとも思ったが、きっと聞かなければ後悔する。ファーカは体を前のめりにしながら尋ねた。
「どうして私を誘ったんですか?」
アルドの手が顎へと当てられた。
「それは理由を求めているのか、自虐なのか」
「頼まれたのですか?」
「……」
「答えてくださいっ!」
アルドの目が、音も無くファーカを射抜いた。
「聞きたいか?」
それはある意味分岐であるとも言える。聞いた未来と聞かない未来。ファーカは未来視など使えない故、どちらが幸せかなど分からないが、ここが分岐である事だけは、何となく理解できた。
聞けば恐らく、今までよりずっとアルドの事を理解できるのだろう。だが答えによっては―――二度と立ち直れぬ傷を負う。
聞かなければ、近づく事こそ出来ないが、傷付く事もなく食事を楽しめる。
どちらを選ぶか等、分かりきっている。
「聞かせてください」
「そうか―――では正直に言おう」
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