ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

夜明けと共に その1

 リスド大聖堂に歪んだ日光が差し込み、玉座を照らした。辺りが砂漠地帯とだけあって、その日光は暖かいというより焼けるように熱い。照らされている玉座も、その影響を受けており、今あの玉座に座るのは自殺行為と言えるだろう。
 今日のような天候は初めてという訳ではないが、改めてそう考えてみると、いつの日もあそこに座り続けるアルドには、感服せざるを得ない。
「―――あら? フェリーテ」
「む……メグナか」
 振り返ると、珍しく蜷局を巻いてのんびりするメグナがいた。その目は微かに蕩けていて、話し相手が居なければ数分後に眠りに就きそうでもある。
「あんたもあたしと同じ感じぃ?」
「その言い方は癪に障るが、そうじゃのう。確かに仕方ない事とは割り切っているんじゃが……朝のこの暖かさを楽しむくらいしか無いというのは、中々寂しいのう」
 アルドが居れば文句はなかったのだが、訳あって部屋から後二時間は出ないらしい。
 二時間。秒数に換算して、七千二百秒。永久に等しき時間である。フェリーテがため息をつくと、メグナが蜷局を解いて寄ってくる。
「だけど、私達に辛い仕事はさせたくないっていうアルド様の配慮って思えば、そんな気持ちも消えるんじゃない?」
「……確かに主様は、妾達に仕事をさせようとはしないの。特に―――力仕事なんかは」
 自分達は決して非力ではないが、それ以上に力仕事に向く奴らが多いというのもあるかもしれない。メグナは分からないが、確かに自分やチロチンは頭脳担当な所があるし、決して理不尽な訳ではない―――が。
「……気持ちは分かるわよ。アンタみたいに『覚』はないけどさ。ディナントとかユーヴァン辺りを連れて行くのは分かるけど……って所でしょ」
「妾の気持ちを読み取った……訳じゃなくて、メグナも同じ気持ちなんじゃな」
「そりゃ、そうでしょ。私達以上に力仕事に向く奴が多いってのは分かるんだけどさ……」
 メグナは複雑そうな表情を浮かべて、自嘲気味に笑い飛ばした。
「私達だけ残すのは、どうなのかって思うのよねー」




「ええ、ディナント。貴方はその瓦礫をお願いします。え? ―――ああ、それです。私共では手に余るので、宜しくお願いします」
「なあ、オールワーク。俺様はどうすればいい?」
「ユーヴァンは……今の所仕事がありませんね。昼寝でもしていてください。チロチンッ、どんな状況ですか?」
「大まかな瓦礫はまあ見ての通り撤去した訳だが、死体とかはまだ残ってるぞ」
「そうですか。では『鳥葬』をお願いします」
 瓦礫の華が咲き乱れるここは、人間が支配せし五つの大都市、その内の一つであるリスド大帝国だ。
 今日より、ここが世界奪還の出発点、つまりは魔人の拠点となる。名づけるならば―――アクイント大帝国。『リスド』という言葉に千古不易の意があるならば、こちらは『アクイント』―――千変万化の意を掲げよう。
 そして今、アクイント大帝国を作らんと、千を超える魔人達が集まってくれた。後三日もあれば、見てくれ自体はリスド大帝国の時と大差ないモノが出来るだろう。
 しかしながら依然と同じ建築様式、外観というのは、人間に発想力で負けているみたいで実に腹立たしい。とはいっても、瓦礫だらけなのを差し置いて思索するのは早計。
 そう思って、まずは周辺の掃除から始めたわけだが―――如何せんする事が多い。
 瓦礫撤去、死体捜し、魔王アルドによる被害規模の調査。確かに千人を超える魔人が来てくれたとは言ったがこれらはすぐに終わるものではない。
「えっと……オールワーク。魂は隔離させたけど……後はどうする?」
「ああヴァジュラ。終わったのでしたら、そこにある山もお願いします」
「うん、いいよ」
 魔人の中で最強と言われるナイツ達には、特別な仕事を幾つか出している。
 ヴァジュラであれば、肉体より離れた魂を隔離し、蘇生用に貯蔵。ディナントは超重量の瓦礫撤去。ユーヴァンは魂の隔離を済ませた肉体の焼却。チロチンは進行状況の監視。ファーカとルセルドラグは情報収集。
 後はアルドがいれば完璧なのだが……後三十分くらいは来ないだろう。
 オールワークは瓦礫の積もる道を歩き、暇を持て余す魔人達に指示を飛ばしていく。さぼっている者がいるとは思えないが、実際は居るのが事実だ。指揮を執る者として、それだけは見逃せない。
「よぉオールワーク。アルド様の代行は大変だな」
 後ろを振り返ると、お盆に幾つもの『ベントウ』を乗せたトゥイーニーが居た。








 人気がない所へと向かい、二人は腰を下ろした。
「そういえば、貴方はそういう係でしたね」
「俺よりはクローエルの方が人気があるみたいだけどな」
 複雑な表情を浮かべながら、トゥイーニーは自嘲気味に呟いた。向こうでは戸惑いを隠せないクローエルの手から、『ベントウ』が次々と無くなっている光景があった。
 どうやら彼女でも落ち込む事はあるらしい。
「……まあ、その―――元気出してください。獰猛な獅子より、臆病な猫の方が愛嬌があるのは仕方ない事ですから」
「どういう意味だよそれッ。俺に愛嬌が無いっていうのか!」
「はい」
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
 お盆を放り投げ、トゥイーニーがその場に蹲った。
 重力方向に落下してくるお盆と『ベントウ』を受け取り、オールワークが言った。
「負けるとか負けないとか私にとっては至極どうでもいいですが、仕事を放りだすのは褒められた事ではありませんね」
「う、うるさい。アルド様に愛されてるお前はいいよな! 最初から勝ち組なんだから!」
「……嫉妬ですか?」
「違うし! 嫉妬とかしてないし!」
 オールワークはため息を吐いて、少し笑った。やはりトゥイーニーは煽り耐性が低いから面白い。愛嬌の有無は置いといて、純情乙女特有のいじりがいがある。
「うっ……うっ……ぅ…………」
「泣いているのですか?」
「ぅ……泣いて……なんかッ、ないぞッ!」
 強がりだと言う事は、頬を伝う涙の痕を見れば明らかである。
 個人的な意見ではクローエルよりかはトゥイーニーの方が可愛いのだが、どうやら少数意見のようだ。『戦鬼』と呼ばれた彼女に、こんな思いを抱くという時点でそんな事は薄々分かっては居たのだが、少しだけ寂しくはある。
 オールワークは改めてお盆を差し出す。
「ほら、泣いてないで頑張ってください。もしかしたら勝てるかもしれませんよ?」
「ああ、もしかしたら、貰ってくれる人がここにいるかもしれないからな」
「そういう事で―――え?」
 二人の驚いた顔を見て、黒いローブを羽織ったアルドは微かに口元を釣り上げた。







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