ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

 戦乱に舞う刃 後編 2/2

 
 そもそも人間が数年前、過ちを犯さなければ、こんな事にはならなかったというのは今更だ。私は過去の遺物で今の魔王。昔はこうだった―――なんて、考える必要は無い。今考えるべきは、今の状況、そしてこれから作り出すべき状況であって、過去を懐かしんだり、後悔している暇はない。
 何故こんな風に考えてしまうのか? 一刻も早く魔人達に世界を返したいから。裏切った人類に復讐したいから?
 多分どれでもない。思うに私は―――是非を問わず、何かに頼られる事でしか生きていけない、悲しい者なのだろう。






 その門を通ろうとする者は、もはや誰も居なかった。分かり切っているからだ。この門から外に出ようとすれば、あの傍らに積まれた死体のように、体を両断されるという事を。
 抵抗すればいいと考える? 身長約三メートルの巨人と、現実離れした格好と強さを持つ美女を何とか出来る手段があるというのなら、好きにすればいい。
 人間達に抵抗の意志がない事を、フェリーテは感じ取っていた。フェリーテとしても手ごたえがあまりにもない戦いに苛立ちを募らせていたので、その選択をしてくれて助かった。
 しかしながら、ディナントはまだ怒っているようで、隠れている兵士や民を見つけては、頭蓋骨を握りつぶして回っていた。自分に触れようとする下賤な輩(フェリーテがそうさせるように誘導したのだが)に怒りを覚えるのはいいが、さすがに過剰な気もする。
「まぁ、主様がああ言うんじゃし、注意はされんかのう」
 アルドがナイツ達に言い渡した命令は、身分実力性別問わずの大虐殺、所謂皆殺しだ。
 無害な者を巻き込みたくないというのはフェリーテの本音だが、命令された以上は仕方がない。皆殺しを楽しもう―――なんて出来る訳がなかった。
 だから折衷案として、こちらに逃げ込んできた者は殺すという方法を取ったのだが、……人間は愚かではあるが馬鹿ではない。皆こちらに逃げ込もうとはせず、自宅に引き籠るようになった。だから狙うに狙えなかったのだが、ディナントが前述した通りの事を進んでしてくれているので、ここは静観を決め込む事にした。
「しかし暇じゃのう」
 街のあちらこちらから悲鳴が聞こえてくる。それはとても美しく、醜悪で、そして痛々しいまでに艶やかな音だった。己が種族こそ頂点と語る人間が、刈り取られ、潰され、偽りの玉座から離れまいと必死にもがく音。
 フェリーテの付近は静寂に包まれている。辺りに在るは漂う血の匂いと盛る焔。人間が発する音など、付近には無かった。思考すらも見あたらない。
 暫くすると、路地の方から金属同士が軋みあう音が聞こえた。数秒後に現れたそれは当然ディナントで、彼の両手には、夥しい量の血が付着していた。エリア内を歩き回って乾ききっていると思っているのだが、その滴りは真新しい。
「ディナント、この付近にもう人間はいないかのう?」分かり切っているが、一応聞いてみる。
「居……な―――」
 そこまで行った所で、まるで何かに釘付けになっているかのように、ディナントが動きを止めた。最初は自分を見ているのかとも思ったが、どうやら視線は自分の更に向こう側へと注がれているようだ。
「ん?」
 周りに気配はない。ならばディナントは何をみているのか。それだけが理解できず、フェリーテも後ろを見ようとした、その時―――
 大地が震えた。
 いや、大地だけではない。空間も、物質も、何もかもが―――世界が揺れている。
 この魔力は、まさか。


「……どうだ? 王を除いた者達は、殲滅できたか?」


 煤けた白髪に痛々しい火傷。黄金の剣を持つ男は静かに微笑む。
「あっ……あッ……主様ッ」
 最愛の主、魔王アルドの姿がそこにはあった。






「全くもう、本当に面倒くさかったわね。どうして私達の所に『千人』もよこすんだか」
 分かってないのね、と可哀想なモノでも見るように、メグナが足元の死体を見た。数を寄越せば勝てるとでも思っていたようだ。幸か不幸か、兵士一人一人が洗練されている訳では無かったので、仕事としては楽だったが、同時に腹立たしくもあった。
 自分達が、その程度にしか見られていないという事に。
「全く本当に愚かよね。種族だけ見ちゃって、私達それぞれを見ようとはしないんだから」
 呆れ気味に呟くメグナに、何処からか賛同するような声が聞こえた。
「貴様と意見が合うんは甚だ不本意が、私も同意見だ。森を見て木を見ていない、これがどれ程愚かか、人間は分かろうともしない」
「あら、私と意見が合うなんて珍しいわね骸骨。もしかしたら私達、意外に気が合うんじゃない?」
「それはありえんな」
「うん。私もそう思うわ。それで、どうするの?」
「どうするもこうするも、ここで待機より仕方がなくないんか?」
「それもそうね」
 奇跡的に意見のあった二人が、死体の山に腰を下ろした直後、城門の方で魔力を感じた。二人共、それが誰の魔力なのかは見当が付いていた。
「アルド様だな」
「アルド様ね」
「他の奴も向かっているだろうし、すぐに向かうぞ」
 メグナの横で死体が崩れた後、足音のようなそれはどんどんと魔力の方向へ向かっていった、が、暫くすると、まるで跳ね返ったようにこちらに近づいてきた。
「何故来ない?」
「手を貸してくれない?」
 メグナが手を虚空に差し向けると、骨の硬い感触が手を包んだ。それに引っ張られるように立ち上がり、メグナは這い出した。
「所で、何故手を貸す必要あった? 座るも何も、蜷局を解けばよい話で無いか」
 ルセルドラグの隣に並び、城門へと向かう。
「一見、無駄な事だけど、私には意味があるのよ」
 メグナは嬉しそうにそう言った。お互いそんな顔は―――ルセルドラグは表情以前に何も見えないのだが―――見た事がないので、ルセルドラグは戸惑って沈黙した。




 足音のみが響く世界があまりに暇なので、興味本位に先刻の事を聞いてみる。
「どんな意味が?」
「ん、ああ。あんたの歩数を増やして疲れさせるためよ」
 虚空からため息が漏れた。誰も聞いていないにしろ、それは不思議な現象だろう。
「無駄だな」






「全員ではないが、揃ったようだな」
 リスド大帝国城門前、そこにはアルドの脇に並ぶ形で、魔人達が集っていた。『烏』と『雀』の二人はアルドの存在に気づいているだろうに、こちらに集まってくる事は無かった。他のナイツはその行動に大層腹を立てていて、下手をすれば二人は殺されてしまうだろうが、自分が居るので、そんな事はさせない。あの二人が何をしているのかは、今のアルドには全て分かっているし、だからこそ責めたりはしない。
 勿論そんな事、ナイツ達が知る由はないが。
「さて、まずは聞くが―――人間は?」
「妾達は問題ない」
「私達もよ」
「俺様もだ!」
「……僕も」
 ……後五分は掛かると思っていたのだが、仕事が早い部下が居て何よりだ。
「私は王を直々に葬る。……共に来い」
 アルドは剣を上げ、リスド城へと向けた。それはジバルに居た頃に遭遇した『変』で、ヒデミチという男がやっていたポーズだ。
「敵は―――リスド城にあり」
いよいよ決着、と言うほど長い戦をした覚えはない。だから短く簡潔に宣言しよう。
 今夜、リスド大帝国は滅びる。






 彼女が動き出してからの勝負は一方的だった。武器の性能の差もあるのだろうが、それ以上にガレッダと彼女とではあまりにも動きが違いすぎた。それはまるで、只の兵士と英雄が戦っているかのようで、とても対等でなかった。
「……どうしましたか、高貴たる騎士団長様。まさか貴方のような方が、一介の侍女である私めに負けるはず等、ございませんよね?」
 ガレッダは息を切らせながら、片膝をつき、彼女を睨んでいる。何という強さだ。あの団長が、一突き当てる所か、刃を掠らせる事も出来ないとは。
「くそォォォアアアアッ!」
 ガレッダの目が血走ると同時に、無音の三連突きが女性へと放たれた。エリの時は本気ではなかったのか、どう考えてもあの速さは先程以上だ。
 しかし女性は、まるで焦らない。剣の舞を踊るが如く槍を払い、ガレッダを翻弄。
「くそッ!」
 最速で振った一撃をいともたやすく弾かれた事で重心が崩れ、転倒。勝負ありやと思えば、女性は何もしようとはしない。
 何故に何もしないのだ。
 ガレッダは立ち上がり、再び槍を構えた。
「何故……攻撃…………しない」
 女性は一瞬驚いたように目を見開いた後、憐れむような目線でガレッダを見据えた。
「私が何故攻撃をしないのか、不思議に思われないんですか?」
 エリには彼女の言わんとする事が分かっていたために、どうしても彼女が悪い人には思えなかった。
 エリと同様の事を察したのか、ガレッダの表情が徐々に変わる。
「貴様ッ! まさか……!」
 湧き出ている感情は憤怒。ガレッダが目を血走らせ、今にも飛び掛からんとばかりにこちらを睨みつけてくる。
「今ならまだ間に合うかもしれませんよ?」
 しかし、彼女に怯えている様子は見られない。それどころか、冷静さを失ったガレッダを煽り、楽しんですらいる。
 出し抜けにガレッダは構えを解き、城へと走り出した。その慌てようを見るに、エリやワドフを殺すという目的は取り敢えずは保留になったらしい。
―――やはりエリは間違っていなかった。彼も一応は騎士なのだ。王の命だけは何に代えても守ろうとする心は、健在なようだ。
 やがて彼の足音すら消えた後、砦内には静寂だけが残った。どこかで瓦礫が崩れた音がするし、ネズミもその辺りをうろついているが、それだけだ。特段気にするべき事は何もない。
 強いて言えば、非常に気まずいし気分が悪い。あまり長居はしたくなかった。
 しかしまずは……
「あの……」
 女性が剣を腰に収め、こちらを振り向いた。 
「……何でしょう」
「ありがとうございました」
 エリが頭を下げると、女性は感心したように『ほぅ』と呟き、ぶっきらぼうな返事を返した。
「お礼など必要ありませんよ、私はあくまで時間稼ぎをしていただけですから」
 そうであろう。でなければ、彼女がガレッダを殺せない訳がない。
「しかし―――時間稼ぎとは申しましたが、貴方を護るよう命じられてるのも、また事実でございますので、まずは安全な場所へご誘導致します。どうか、付いてきてください」
 砦の外へ行こうとする彼女を引き留め、エリが尋ねた。
「えーとあの……」
 エリが何を言いにくそうにしているのかを察したらしい女性が、気を利かせて呟いた。
「オリヴェルです」
「オリヴェルさん、安全な場所とは?」
「それはですね―――」
 オリヴェルの口から出た場所は、あまりにも当たり前で、本来真っ先に挙げるべき場所。何故エリは思いつかなかったのだろう。
 未だ目を覚まさないワドフを背負いながら、エリは女性の後を追った。








 城内は血で装飾されていた。
 シャンデリアの上には死体が乗っかっているし、絨毯は人の皮を雑に繋げたもの。テーブルに乗っかっている皿には、臓器や眼球、脳みそに胃液がぶちまけられている事から、名づけるとするならば血の晩餐か。
「今宵はリスド城、血の餐劇に御参加いただき、誠にありがとうございます」
 その黒い物体は、上空より華麗に降り立つと、大きくつばさを広げ、芝居がかった口調で言う。
「これは失礼。私、血の餐劇美術係のチロチンと申すものです…………」
 アルドは目を伏せ、語調を強めた。
「チロチン。私は邪魔者は排除しても構わないと言ったが、悪ふざけをしろとは言っていないぞ」
 チロチンを軽く睨む(睨んでいるつもりはない)と、チロチンは全身を強張らせ、深々と頭を下げた。
「……はい。本当に申し訳なく思っております」
「分かれば良い。ファーカはどこだ?」
「王を縛り付けている最中と思いますが―――」
「案内しろ」




 玉座に縛り付けられている王の姿はとても滑稽だった。特に、全身から脂汗を流し、分厚い唇を震わせ、股間部分から失禁している所が。
 あれが人を治める王だと言うのか。
 アルドが騎士であった時代から、やはり一度か二度は世代交代があったようだ。こんな王はアルドは寡聞にして知らないし、そもそもアルドの時代の王はもっと引き締まっていた。断じてこの不摂生の権化のような男ではない。
「ファーカ」
 ファーカはアルドの存在に気づくと、小走りで歩み寄り、眼前で跪く。
「アルド様……チロチンより聞いてはいると思いますが、今回の身勝手な行為、誠に申し訳ありませんでした」
 そう思うのなら、もうしないでほしいのだが……まあ、結果良ければ全てよし。全て水に流すとしよう。
「気にするな。その程度の事で私の行動は変わらない。さあ ファーカ。チロチンの隣へ」
 戻ったファーカとチロチンが小声で言い争っている音が聞こえるが、気にしないでおく。今は王に話があるのだから。
「さて……人を纏めし王よ。まずはゆっくりと話したいが……その恰好では些か不便だろう」アルドは王剣を軽く振り、荒縄を断ち切った。縄が玉座の下にぱらぱらと落下。
 拘束が解けたにも拘らず、王は逃げようとはしない。予知能力のない彼にも理解できたからだ。今ここで逃げ出そうとすれば、確実に死ぬだろうと言う事を。
 王は全身を震わせながら、こちらを見る。
「な……何なんだ、貴様等ッ、誰に刃を向けている!」
「王よ、それは貴方にも言える事だ。幾ら貴方と私が同じ王とはいえ、今は私が有利だ。だから貴方の言葉を少し借りるならば―――誰に向かって口をきいているッ?」
 その言葉は王のプライドに火をつけてしまった―――つけたようだ。王は自分の状況も忘れ、アルドを口汚く罵った。
「貴様こそ魔人のくせして人間を攻めるではないわ! 温情で生かしてやっているというのに、まだ分からんか、このゴミがッ! 魔人の女は上質だが、男は奴隷以下だッ、それがまだ分からんとはッ、余程痛い目を見たいようだな!」
 アルドは剣を喉元へと突きつけると、王は先程の威勢はどこへやら、すっかり大人しくなっていた。この剣が如何に貴重で強大かを理解している辺り、一応は王と言う事か。表情にこそ出さないが、アルドは感心していた。
王剣の鎬でリスド王の顎を上げ、視線を無理やり合わせる。
「王よ。貴方を葬る前に、一つ質問がある。私の事を覚えているか?」
「き……貴様のような化け物など知らぬ!」
「……では『煉剣オーダークロート』という異名に、聞き覚えは?」
「…………………………え?」
 そして―――気づく。
「ア……ル……ド」
 王の顔から滴る汗は、先程を遥かに上回っていた。歯を震わせ、過剰に呼吸を繰り返し、目の焦点は定まらない。
 有り得ないのだ。こんな事があっては。
「どう……して……お前が……お前が何故魔人を率いている」
「そこに私を必要としてくれる場所があるからだ……ほら、人間は私を捨てただろう。俺は忠犬じゃないんでな。捨てられても尚忠義を示すような人物ではない」
 全盛期とは言わないが、あの頃のアルドを知っている者なら、尚更今の状況を信じる事は出来ないだろう。アルドは慄く魔人にも一切の容赦なく無慈悲な刃を叩きつけていたのだ。そんな英雄が、今魔人を率いて、人間に刃を向けている。
 人類史最強と謳われたアルドが、敵に回った。それはこの世界で最もあってはならない事だった。
 そんな思考が働いたからか、恐怖を忘れ、王は只感情を昂らせた。
「……貴様、人類を裏切るなど何を考えているッ、死にたいのかッ!」
「―――ああ、私は死にたい」
 突然の肯定に、王は肩透かしを食らった気分になった。死にたい? アルドは復讐の為に魔人と結託しているのではないのか?
 アルドが剣を下し、生気を感じさせぬ言葉で呟いた。
「およそ私を超えるモノがこの世界に居ない事を悟ってから、私は常日頃死にたいと思っている」
 それは誇張でも驕りでもない。自身の力を正当に評価しているだけだ。
「だからもし……私を超えてくれる者が居るのなら、私は喜んで死に、最強の冠を渡そう―――もっとも、私は簡単には死ねない訳だが……まあそれはいいか」
 一言一言が、魔王のような邪悪さを秘めていて、今のアルドは危険そのもの。とてもではないが、今のアルドからは昔の純粋さが見受けられない。
 夢であってほしい。別人であってほしい。たとえそうでなくとも、人類の味方で居てほしい。そう願ったとしても、それは生涯叶わない。
「た、確かに貴様と一対一で戦える者はいないだろう。だが、千人なら、億人なら、私達にも勝機がある! そして貴様が死ねば後は塵に等しい魔人のみが残る……人類を舐めるな!」
 それはある意味男の意地。いや、人類の意地だ。魔人へと寝返った人間なんかに、絶対に負ける訳には行かない。遥か昔の神話のように、人類は絶対に他の種族には屈しない。
 そしてそれは、アルドも同じだった。
「『千の諾々一子の諤々に如かず』。千人来ようが、億人来ようが、私には絶対に及ばない。それに……人類を舐めるなと言うなら、人類こそ魔人を舐めるな。今私が率いている魔人は―――この街の人間を皆殺しにしたぞ」
 その問いに、アルドは先程とは違い、どこまでも純粋で、狂気的な笑みを浮かべた。アルドが初めて見せた、心の表情だ。
 その表情に、王は動揺を隠せない。
「なッ―――! 貴様正気か!」
「愚問だな。『狂気の沙汰も、英雄次第』だ。正気でいて、英雄や地上最強が務まる訳がないだろう」
「……」
 暫しの沈黙。お互いに話す事は無くなった。
 それはある意味諦めでもあり、一種の覚悟でもあった。
 王は項垂れて、目を閉じた。
「ではな」
 アルドは王剣を高々と掲げ、振り下ろす―――その、直前。
「ハァァァァァッ!」
 アルド達とは逆の方向から、槍を持った男がこちらへと刺突を繰り出してきた。その数―――実に六つ。
 黄金の刃が死の軌道を描き、王へと肉迫。槍の矛先もまた、アルドへと肉迫。辺りに音はない。王は項垂れ、その時を待つのみ。カテドラル・ナイツですら、その結末を見守っていた。
 王へと刃が触れると同時に、部外者の槍もまた、アルドの胴体に触れていた―――






















 人々の権威であった城は崩れ、もうそこには何もない。あるのは仕事を終えた時に得られる確かな満足感と、それに伴う僅かな空しさだけである。
「……なあ、聞こえてるか?」
 意味も無く、返ってくる言葉も無い。それを分かり切った上で男―――アルドは『邂逅の森』で、それを呟いた。
 何かを捨てさえしなければ、ここは只の森林。邂逅が起こる事はまずありえない。仮に起こったとしても捨てるモノは充実している為、困る事もあるまい。
「今日、リスド大帝国を滅ぼした。魔人を苦しめていた文明を一つ、潰したんだ……出来れば私は、お前にも見てほしかった。お前の隣で、お前と一緒に魔人を救いたかった。でも―――それはもう叶わない」
 地上最強の自分がついていながら、彼女を死なせてしまった。アルドの心に残るただ一つの悔恨。何よりも深く、何よりも許せない、自らの罪。
「お前が死んだ影響なのか、人間との共存を目指す大馬鹿野郎が出てきやがった。お前の意志を継ごうとする奴が現れたんだよ。お前の最期を看取った手前、本来は止めるべきだったんだろうけど……俺も馬鹿になったのかもな、アイツのその意志を尊いって思ってしまったんだ……ああいや、一度人類を裏切った手前、俺は共存などという馬鹿げた目標は絶対に掲げないし、魔人を裏切るつもりはない。でも目的とか全部抜きにして見た時のアイツの背中は、俺には眩しく見えた」
 アルドは、静かに微笑んだ。
「不可能だと俺は言うし、魔人も言うだろうし、人も言う。仲の悪い二つの種族ですら共通の認識を持つモノだ。しかしアイツだけは、全く未知数でありながら期待ゼロの新しい道を選んだ。それは無理だろうと人は嗤うだろう。そんな行動は時間の無駄だと魔人も嗤うだろう。でも……な。不可能に挑んだ馬鹿ワルフラーンが居たんだ、不可能だろうが無理だろうが、その意志が折れない限りは、アイツは必ず辿り着くと、俺だけは信じてる」
 昔の自分を見ているみたいだった。彼女のその意志の強さと愚かさは、もうアルドにはないモノであり、これから先も二度と手に入らないモノ。
 だからこそアルドは……何も言わなかった。意志の強さが極まれば、もうそこに敵は居ない。共感など出来そうもないし、反発など無駄だと分かっていたからこそ、あの時―――
「俺もさ。俺を選んだお前は間違っていなかったと、胸を張って言えるように―――なりたいからさ。最善の結末ってのを……掴んで見せ、る……」
 ……耳を澄ませばナイツの声がする。姿を眩ました自分を探しているのだろう。フェリーテは知っているのかもしれないが、余計な事をしてくれないのは助かる。ここはアルドと彼女だけの問答場。自分の素直な心情を唯一告白できる場所なのだから。
―――叶うモノならば。もう一度機会が訪れるのであれば。俺を救ってくれたお前を、今度こそ必ず。
 在り得ぬ可能性を否定して、アルドは歩き出す。木々の隙間を抜けるそよ風が、男の背中を優しく押した。

























































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