ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

嵐の前の静寂

 アルドがリスド大聖堂に辿り着いたのは三日と数時間後の事。キリーヤは既に村に送り届けたため居ない。『骸』と『狼』が大聖堂から姿を消している為(おそらくリスド大陸の巡回でもしているのだろう)、今ここにいるのは侍女達とアルドだけだが、その侍女にしても今は殆ど眠っている為、聞こえるのは僅かな呼吸音のみ。アルドの周りは静かなモノだった。
 ……静かなものだ。こんな感傷的な気分になれたのはいつ以来だろうか。
 『皇』、『フェリーテ』、『ディナント』、『ファーカ』、『チロチン』、『ヴァジュラ』、『ユーヴァン』、『メグナ』、『ルセルドラグ』に加え、『オールワーク』。そして唯一の友人である『謡』。
 時々馬鹿もやって、いざと言う時は真面目に。『骸』と『蛇』は仲が悪い様だが、それでもやはり協力してくれる。皆が騒いでいて。隣にいて。寂しい時間など無かった。
 自分が地上最強と呼ばれていたあの頃よりも、ずっと楽しい毎日だった。表情にこそ出ないが、アルドは誰よりもこの日常を楽しんでいた。
 世界奪還に失敗したら、この日常は無くなるのだろう。今度こそ魔人は淘汰されて、アルドも魔王として再び処刑されるのだろう。フルシュガイドの刑法に、一年もの間火炙りにするという処刑方法が記載されているが、きっとアルドはその刑に処される。
 あの時は一日だったからこそ、結果として死ななかった訳だが、そうなってしまえば今度こそ終わりだ。一年も焼かれて無事な人間などいない。そして、自分が死んだのを境に、人類の勝利は確定的となり、以降は人類が全ての頂点となる。
 かつて魔人に酷い扱いを受けた者が成り上がって魔人に復讐。とてもすごい事とは思うのだが、その後の行動が以前の魔人と同様である以上、何とも言えない。
 ここまで言えば分かるだろうが、魔人と人間は似ているのだ。それこそ、容姿の違いくらいしかないくらいには。
 不死ではなく。魔術は努力次第でどうとでもなり。生きる為に必要な要素は同一の物。一体どこに違いがあるのかと尋ねたいほどに、この二つの種族は似ている。
 三時間程経っただろうか。ナイツ達はまだ来ない。
 フルシュガイドにナイツが危険に曝されるような事柄は無い筈。クリヌスが何故かリスドに来た後にあちらへと戻っていった事はさて置いて、団長とでも遭遇しない限りはここまで遅くなる筈が……
「アルド様」
 思考を断ち切り、視線を横にずらすと、給仕服を来た侍女がそこにいた。侍女はアルドの傍へと歩み寄り、お盆の上にある飲み物を渡してくる。
 それが自分への配慮と気づいたのか、アルドは徐にコップを手に取り、軽く流し込んだ。
「これは?」
「『霊薬エリュクシエルです。アルド様、何やら不安そうな表情を浮かべてらしたものですから、元気が出るようにと』」
 侍女はそう言ってアルドに微笑んだ。
 その微笑みは、まるで荒れ地に咲く月花のように可憐で、そして見るモノを癒した。先程まで抱えていた不安が馬鹿馬鹿しくなるほどには、彼女の配慮の効果はあった。
 不安なんて抱える必要はない。自分は地上最強なのだ。恐れる事などあってはならない。己の強さを信じられずして、何が地上最強か。
 心の中でそう呟くと、不思議と元気が出た気がした。
「お前の御蔭で元気が出たよ、ありがとう」
「い、いえッ、自分は……まだ新人ですから……アルド様にお礼を言われる事など……」
 侍女は顔を真っ赤にさせながら、両手を前に組む。縮こまっているのを見るに、露骨に照れている事が分かる。本来はここで終わらせるのだが、ちょっと彼女の反応が面白い為、少し遊ぶ事にした。
「ほう、新人か。なら誇れる事だな」アルドが『霊薬』を静かに呷る。
「え?」
「私の表情を敏感に察す侍女は、『トゥイーニー』と『オールワーク』とお前の、三人のみだからな」
 驚いて失神すると思ったのだが、この侍女は以外にも、ファーカが嫉妬しそうな程の胸を張って、勝ち誇ったような表情を浮かべた。
「え! 本当ですかッ! ―――って、すみません。つい……これで私の事をアルド様に印象付けられたと舞い上がって」
「ん?」
「わーわー! 何でもありません何でもありませんそれでは失礼します」
「待て」
 足早に立ち去ろうとする彼女の手を掴むと、彼女は「ふぇッ?」と間抜けな声を出し、掴まれた手を見つめていた。その視線は徐々に上がり、やがてアルドを捉える。
 その顔が真っ赤に染まったのを確認すると、アルドはいつもの平淡な調子で言った。
「ナイツが来るまで私はする事が無い。話し相手になってくれ」
「ええッ、でも私なんかとアルド様が会話など……」
 アルドは首を傾げ、誘うように語り掛ける。
「私に印象を残したいのだろう?」
 敬語などはまだまだなようだが、実はため口でもアルドは別に怒りはしない。それにこの少女―――で良いのだろうか。からかいがいがある上に、自分の変化に目敏いくらいには自分を慕ってくれている―――つまりは、気に入った。
 少女は『そうですけど……』と体をもじもじさせている。ナイツにはこういう性格のモノが居ないため、アルドとしても新鮮な気分で会話が出来る。
「まず名前を教えてくれるか? 何と呼んでよいか分からないものでな」
「はッハイッ! 『獏』の魔人で……えーと、名前は……クローエルですッ」
 アルドは残りの『霊薬』を喉へ流し込んだ。
「そうか。ではクローエル。一つお前でも退屈しないような話題があるのだが―――」








 アルドが大聖堂に着いてから約十五時間。リスド大砂漠に六つの人影が見えた。この砂漠に姿を見せる者など、正体が限られている。―――カテドラル・ナイツだ。
「ふう……やっと着きましたね」
「ひど……イ、結果……だっ、た」
「畜生……あんな事が起きなければ、俺はッ……俺はァァァッ!」
「まあそう嘆くでない。収穫が全くのゼロ、という訳ではないじゃろ?」
「その収穫も『雀』の涙程じゃなあい?」
「メグナ、幾らルセルドラグがいないからって、ファーカをからかうのはやめろ。『雀の涙』は全くの事実だが、ファーカが可哀想だろ」
「ちょっとチロチン! それってどういう意味よッ」
 ファーカがチロチンに飛びつくと同時に、僅かに笑いが起こった。
 仲睦まじい光景で、見てて微笑ましいモノがあるが、『魔王アルド』を待たせているという事を忘れている―――というかそもそも知らない。
 だから仕方ないのだが―――
 当然、それを良く思わない者がいる訳で。そいつは徐々に距離を詰め、その拳を強く握りしめる。
 残り数歩。そいつは砂に足を取られながら、ゆっくり、ゆっくりと『蛇』の方へと近づき、それを振り下ろした―――
「何やってんのよアホ骸骨」
 メグナの下半身があっさりと戦鎚ウォーハンマーを絡めとり、忽ちの内に無力化してしまった。
「バカ骸骨……あんた何で大聖堂から離れているのよ」
「『猿』より能のない愚かな蛇よ。私とヴァジュラはリスド防衛を任されてるんであるんて、大聖堂で待機しているんだけでない。そんな事も分からんとは、貴様、アルド様の話を聞いていなんのか?」
 淡々と煽る『ルセルドラグ』に、メグナは露骨に不機嫌になりながらも、ファーカに抑えられ、どうにか怒りを鎮める。
 チロチンは声から大体の位置を予測し、そこに視線を合わせた。
「ルセルドラグ。メグナを煽ってストレス解消をする辺り、結局リスドには誰も攻めてこなかったんだな」
「ああ、その通りよ。貴様等がフルシュガイドへ行ってから、余りにも暇でな。ヴァジュラと共にリスド大陸を放浪していたという訳よ」
「そして、大聖堂に戻ろうとしたらメグナがいたのじゃな」
「ご名答だフェリーテ。生憎今の私んヴァジュラによって殺戮は禁じられてるんが……裏を返せば殺さなければ良いという事」
 ルセルドラグの表情は分からないが、その声音は笑っているように感じた。
 しかしフェリーテは呆れかえってしまう。この二人、一周廻って仲が良いのではないか。二人はお互いにしか攻撃しない為、仲が良い事は自明の理。お互い素直になれないだけだ、きっと。
 冗談で語っているのではない。本当にそうとしか思えないのだ。だからこっちも
 『お前らのようなバカップルが居るか』
 と言ってやりたいが、そんな事を言ったら殺されそうなので、言葉には出さない。フェリーテだって、自分の命が大事なのだ。
 フェリーテがふとある事に気づき、どこにいるか―――は、心を見れば分かるのだが、ルセルドラグに尋ねる。
「お主、ヴァジュラはどうしたのじゃ?」
「ヴァジュラは一足先に戻っている筈だ……あ」
「どうかしましたか」ファーカが尋ねると、ルセルドラグは珍しく『あ、ああ……』と希望を失ったような声を出しながら、今更のように言いだした。
「……そう言えば『もう直ぐアルド様が戻ってくる筈だから、僕は先に戻ってるね』……と言っていたような……」
 ……。
 砂塵がナイツ達を包み込んだ。世界の時間は引き延ばされ、ナイツの間には暫しの静寂が生まれた。
「ハァァァァッ?」
「てめえ……どうしてそれを先に言わねぇんだよ!」
「……サイ……あく」
「ルセルドラグ! 遅すぎますよ!」
 ナイツ達の動揺が最高潮になった頃、チロチンが至極冷静に言い放った。
「……何時間待たせているかは知らないが、早く向かった方が良いだろう……ん? フェリーテはどこ行った」
 どこを向いても黒い浴衣の美女は見えない。先程の場所にはいないし、移動したと考えても、どこに行ったかなんて分からない―――
「もしかしてフェリーテ、私達より先に……」
「早く行けぇッ!」
 カテドラル・ナイツ。地上最強の強さを持つ魔王を愛し、慕う八人の魔人。
 確かにいざこざがあったり、仲間内で出し抜き合いをしたり、殺し合いをするかもしれないが、アルドはきっとこう言うだろう。
 最愛の家族、だと。









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