ワルフラーン ~廃れし神話
偽悪
ウルグナは一気に距離を詰め、三連撃を放つが、まるでその攻撃が分かっていたかのように、デュークはぎりぎりで回避。刹那の時間出来た隙間に、デュークが剣戟を叩きこむのを予測し、刃を先回りさせ防御。刃と刃が鬩ぎ合うものの、互いに悲鳴を上げるばかりで状態は膠着。先に動いたのは、ウルグナだった。
「久々に……戦いましたよ」
デュークの刃を押し返し、間合いを確保すると同時に鋭い刺突。僅かに喉を穿つが、デュークにあっさりと弾かれた―——その次に追撃が来る事を予測すると、ウルグナは飛び退き、再び間合いを取った。
覚醒後のデュークは、明らかに動きが違っていた。
先程まで一方的だったウルグナの攻撃を、あっさり弾き、或いは躱し、可能ならば反撃を仕掛けるまでに見極めている。もはや同一人物とは思えない動きだが、世界は広いのだ。何が起こったって不思議ではない。今、ウルグナの目の前にいる男が、それを証明してくれている。
こんな人間と会ったのは久しぶりだ。楽しかった戦いという括りでは千位以内に入るし、ここ最近の戦闘では、断トツで一位。本気を出しても良さそうな程に――――――楽しい。
彼我の距離は十メートル以上開いており―――ジバルでは遠間と言うが、二人の距離はまさにそれだった。お互いの刹那の動き、思考が勝敗を決す。
呼吸。
筋肉と骨のしなやかさ。
戦闘の経験値。
デュークがどう思ってるかは分からないが、ウルグナは分かっていた。もう雑に攻撃を出した程度では、お互い攻撃が当たる事はないと。
当たるとするなら、そう。確実な隙が生まれた時のみ。
しかしお互いに隙は無く、手加減しているとはいえウルグナとデュークの強さは同等。そこに隙など生まれる筈もないが―――ならば作ればいい。
ウルグナは両手持ちに切り替え、刃を上げた。
デュークの息が吐き出された直後、左足で踏み込みを掛け、ウルグナが突っ込んだ。刃の振れ具合と、筋肉の動きから察するに、デュークが振るう刃は斜め横。
カウンターを狙う辺り、やはりデュークも分かっていたようだ。むしろ分かってくれなければこちらも対応に困ったが、考えてみれば、その時はこのまま振り下ろせばいいだけなので問題はない。
二人の動きが始まったのは、同時。ウルグナが振り下ろす動作をすると同時に、デュークも剣を上げる。そして、ウルグナはそのまま刃を―――
振り下ろさなかった。
振り下ろす直前、ウルグナは持ち方を左手に切り替えた。そのままでは間合いが足りず、僅かに早くデュークの剣が振るわれる事を知っているからか、地に着いた右足で、更にもう一歩踏み込むのも忘れない―――
ウルグナの斬撃は、デュークの首に鋭く刻まれた。それは皮を裂き、肉を千切り、骨を断った。少し遅れてデュークの斬撃が叩き込まれるが、それは言葉の通り、叩き込まれただけだった。
ウルグナの方が僅かとはいえ距離を詰めているので、肉に食い込んでこそいるが、切断とまではいかなかったのだ。別に切れ味が悪かった訳では無い。距離を詰めているという事は、剣身の根元に近いという事。
一度振った事がある者なら良く分かるだろうが、剣身の根元は―――非常に切れにくい。
デュークの首からは大量の血液が噴き出している上に、半分以上切れている。この二点だけを見ても、もはや生存は不可能。抵抗する事も……出来ないだろう。
デュークの体が、ゆっくり、ゆっくりと崩れていき、やがて地面へと伏した。しかし、それでも剣は手放せないのか、腕だけが、剣の柄にくっついたように垂れていた。自分に食い込んでいる部分を外すと、他の部位同様、剣と共に腕は地面に伏せた。
―――勝利だ。ウルグナは刃に付着した血を払い、鞘に納めた。そして、何事もなかったかのように、ワドフの隣に置いた。
力尽きたデュークを一瞥した後、ウルグナはワドフの隣で腰を下ろした。
「……ワドフさん。私は、貴方を巻き込むつもりは無かった」
聞こえていなくても構わない。只、謝罪は言わなければならないだろう。こんな形で、ワドフを巻き込んでしまったのだから。
「貴方を危険な目に遭わせまいと、私は貴方に何も知らせなかった。……しかし、結果として、貴方をこんな危険な目に遭わせてしまった……申し訳ありません」
ウルグナは殺人狂ではない。また快楽殺人犯でも礼儀知らずでもない。自分の非はきちんと受け入れるべきだ。
それは相手が人間だろうと、魔人だろうと、神だろうと変わらない。不変の摂理とでもいうべきだろうか、悪いと思ったら謝るという事は。
只何故だろう。ワドフには、無意識の内に自分を重ねてしまう。最強と呼ばれる前の、『魔術の才能が無くて、雑魚と呼ばれた善人だった頃』の自分に。
勿論ワドフがそうという訳では無いのだが―――変な事に首を突っ込んで、巻き込まれて、生きたいが為に必死に戦う。全てが重なって見える。あの時の自分に。
出来れば、彼女には生きていてほしい。
ウルグナは立ち上がり、ワドフを抱きかかえた。重さなど苦にならない。取り敢えず、彼女を助けられたのだから。
ウルグナが立ち上がり、外の方へと歩き出した直後―――
「待”で”……」
「……」
今度はワドフを下さずに、ウルグナが振り返った。声の主は、案の定デューク。喉が切れているのにどうやってとも思ったが、喉には藍色の光が見える。自動治癒のようだが、絶望的に魔力が足らないようで、手遅れになるのは時間の問題だった。
「何でしょう?」
「ご”い”づ”……を」
デュークが弱弱しい動きで懐から取り出したのは、記録石。何故こんな物を渡してくるかは、言うまでも無かった。「いいのですか?」
呼吸が荒くも弱弱しく、今にも死にそうだというのに、デュークは無理に頷き、笑って見せた。
「あ”あ”……それ”より……も”……聞きた”い……事”……ある」
「冥土への手土産ですか」
「何”故……そんな”に……強”く”……お”前”は…………で」
ウルグナは、虚空へと視線を放った後、ゆっくりと口を開いた。
「私は落ちこぼれでした。あなたのように魔術は使えないし、剣術も、その時は人並みでした。魔力こそ異常でしたが、私は一切魔力を解放できない。そんな私は、皆から虐められ、蔑まれ、愚弄されました」
自分の過去を言葉にする事がどれ程辛いか。きっと誰にも分からないだろう。いや、分かってほしくない。ウルグナは世界最強なのだから。絶対に、弱い所を見せてはいけないのだから。
「そんな時、私の先輩は言ってくれました。『自信が無いなら腕を磨け。知識を刻み、障害を打ち破れ。幾ら魔術に素養が無いお前でも、文字を書くことより簡単な事は出来るだろう?』とね。だから私は……どんな時にも自信を持つようになりました。どうやれば利用されないか、逆に利用してやるにはどうすればよいか。自分に出来るかとは問いかけない。私には出来ると、そう信じて、今まで生きてきました」
ウルグナは視線を戻し、デュークを見据えた。
「貴方は恐れてしまった。家族を失う事を。だから貴方は戦えなかった―――それが間違っているとは言いません。私のようにすぐ戦いに持ち込む行動は愚かと言って、貴方の行動は、ごく普通の反応ですから」
「…………」
「そう考えると、貴方は決して、他の奴隷商人のような畜生とは違います。……そうですね、私に言わせるなら、貴方は善人ではない……ですが根っからの悪人でもない、不善者といったところですね」
デュークの目が微かに動いた。まるで何故そう思う、と問うかのように。
「馬車に在る魔法陣、見ましたよ。あれで定期的に邂逅を起こし、子を拡散させていたんですね。まあ、流石の私も―――寿命を捨てているとは考えていませんでしたが」
もう馬車が無い為証明する事は出来ないが、ウルグナは確かに見た。苗床達の住まう馬車の最奥、その魔法陣の中に内包される、デュークの命を。
デュークの呼吸が更に弱くなるが、ウルグナは気にせず、続ける。
「せめてもの償いのつもりでしたか? 自分も報いを受けるとでも? どうぞご勝手に。自己満足に何かを言うつもりはありませんから」
皮肉気に言うウルグナだが、何となしにデュークの喉を見ると、その藍色の光が、次第に薄まっているのが分かった。道理で喋らない訳だ。どうやら、もう直ぐ魔力が尽きるらしい。会話が出来たとしても、後一つか二つが限度だろう。
なら言う事は一つ。
「さて……言い残す事はありますか?」
デュークが何かを言っているが、その声は小さく、何と言っているかは分からない。いや、本当の事を言うのなら分かっているのだが―――
「そうですか」
ウルグナは身を翻し、外の方へと歩き始めた。特に弊害などは無かったため、森は、彼を『捨てた』と判断したのだろう。
 勝てなかった。覚醒をすれば勝てる、なんて事はギルドでも言われていたが、どうやら自分が相手にした人物には通じなかったようだ。
新米傭兵ウルグナ。彼は魔力を少しも引き出していないにも拘らず、魔力を覚醒させた自分に勝った。その顔には笑顔があったし、何度も間合いを取って時間を延ばしていた所を見ると、彼が戦いを楽しんでいた事が分かる。その様子は、必死に戦う自分を嘲るかのようで、苛立ちもしたし、憎んですらいたが、死にかけの今では感謝している。
悪人が死ぬ。誰もその結果に口出しはしないだろう。悪は―――滅びる運命にあるのだから。
勝算はゼロではなかった。勝とうと思えば、勝てた戦いだ。何故、負けたのか。
死にかけの今だからこそ言える事だが、自分は死にたいと思っていた。少女達を浚い、悪の言いなりになる自分に、嫌気が差していたのだ。でも自分は臆病で、家族が気がかりで死ぬ事ができなくて、そんな時に彼が現われた。
あれほどの強さを見た者は、皆、彼を魔王と呼ぶだろう。しかし、デュークは敢えてこう呼ぼう。偽悪者と。
彼がどれ程の闇を抱えているかは何て想像も付かない。只言えることは、間違いなく、デュークよりも辛く、苦しい体験をしてきたという事だ。理解など出来ないし、したくもない。ウルグナも誰かに理解させる気はないだろう。
意識がまた一段と遠のいてゆく。思考は絡まり、一つの事など考えられない。デュークの思考は、既に別の人間の事を考えていた。
ワドフ。ワドフ・グリィーダ。
彼女には申し訳ない事をしてしまった。自分が臆病だったせいだが、本当に申し訳ない。この体が動けるなら、今すぐにでも土下座したい気分だ。それが出来ないとなると、やはり何か贈り物でも―――
―——そういえば、ワドフは彼に好意を持っているように見えた。
どんな感情かは知らない。只、彼女の性格では思いを伝える事は出来ないだろう。ウルグナは気づいていないだろうし、たとえ気づいていてもそれを望まないだろうが……むしろ本望だ。自分は悪人なのだから。
このまま死ぬのも悪人らしくない。せめて、二人の仲を掻きまわすくらいはしてみせようか。
―――我が魂を対価として、契りを交わせ。
『命刻』。
「久々に……戦いましたよ」
デュークの刃を押し返し、間合いを確保すると同時に鋭い刺突。僅かに喉を穿つが、デュークにあっさりと弾かれた―——その次に追撃が来る事を予測すると、ウルグナは飛び退き、再び間合いを取った。
覚醒後のデュークは、明らかに動きが違っていた。
先程まで一方的だったウルグナの攻撃を、あっさり弾き、或いは躱し、可能ならば反撃を仕掛けるまでに見極めている。もはや同一人物とは思えない動きだが、世界は広いのだ。何が起こったって不思議ではない。今、ウルグナの目の前にいる男が、それを証明してくれている。
こんな人間と会ったのは久しぶりだ。楽しかった戦いという括りでは千位以内に入るし、ここ最近の戦闘では、断トツで一位。本気を出しても良さそうな程に――――――楽しい。
彼我の距離は十メートル以上開いており―――ジバルでは遠間と言うが、二人の距離はまさにそれだった。お互いの刹那の動き、思考が勝敗を決す。
呼吸。
筋肉と骨のしなやかさ。
戦闘の経験値。
デュークがどう思ってるかは分からないが、ウルグナは分かっていた。もう雑に攻撃を出した程度では、お互い攻撃が当たる事はないと。
当たるとするなら、そう。確実な隙が生まれた時のみ。
しかしお互いに隙は無く、手加減しているとはいえウルグナとデュークの強さは同等。そこに隙など生まれる筈もないが―――ならば作ればいい。
ウルグナは両手持ちに切り替え、刃を上げた。
デュークの息が吐き出された直後、左足で踏み込みを掛け、ウルグナが突っ込んだ。刃の振れ具合と、筋肉の動きから察するに、デュークが振るう刃は斜め横。
カウンターを狙う辺り、やはりデュークも分かっていたようだ。むしろ分かってくれなければこちらも対応に困ったが、考えてみれば、その時はこのまま振り下ろせばいいだけなので問題はない。
二人の動きが始まったのは、同時。ウルグナが振り下ろす動作をすると同時に、デュークも剣を上げる。そして、ウルグナはそのまま刃を―――
振り下ろさなかった。
振り下ろす直前、ウルグナは持ち方を左手に切り替えた。そのままでは間合いが足りず、僅かに早くデュークの剣が振るわれる事を知っているからか、地に着いた右足で、更にもう一歩踏み込むのも忘れない―――
ウルグナの斬撃は、デュークの首に鋭く刻まれた。それは皮を裂き、肉を千切り、骨を断った。少し遅れてデュークの斬撃が叩き込まれるが、それは言葉の通り、叩き込まれただけだった。
ウルグナの方が僅かとはいえ距離を詰めているので、肉に食い込んでこそいるが、切断とまではいかなかったのだ。別に切れ味が悪かった訳では無い。距離を詰めているという事は、剣身の根元に近いという事。
一度振った事がある者なら良く分かるだろうが、剣身の根元は―――非常に切れにくい。
デュークの首からは大量の血液が噴き出している上に、半分以上切れている。この二点だけを見ても、もはや生存は不可能。抵抗する事も……出来ないだろう。
デュークの体が、ゆっくり、ゆっくりと崩れていき、やがて地面へと伏した。しかし、それでも剣は手放せないのか、腕だけが、剣の柄にくっついたように垂れていた。自分に食い込んでいる部分を外すと、他の部位同様、剣と共に腕は地面に伏せた。
―――勝利だ。ウルグナは刃に付着した血を払い、鞘に納めた。そして、何事もなかったかのように、ワドフの隣に置いた。
力尽きたデュークを一瞥した後、ウルグナはワドフの隣で腰を下ろした。
「……ワドフさん。私は、貴方を巻き込むつもりは無かった」
聞こえていなくても構わない。只、謝罪は言わなければならないだろう。こんな形で、ワドフを巻き込んでしまったのだから。
「貴方を危険な目に遭わせまいと、私は貴方に何も知らせなかった。……しかし、結果として、貴方をこんな危険な目に遭わせてしまった……申し訳ありません」
ウルグナは殺人狂ではない。また快楽殺人犯でも礼儀知らずでもない。自分の非はきちんと受け入れるべきだ。
それは相手が人間だろうと、魔人だろうと、神だろうと変わらない。不変の摂理とでもいうべきだろうか、悪いと思ったら謝るという事は。
只何故だろう。ワドフには、無意識の内に自分を重ねてしまう。最強と呼ばれる前の、『魔術の才能が無くて、雑魚と呼ばれた善人だった頃』の自分に。
勿論ワドフがそうという訳では無いのだが―――変な事に首を突っ込んで、巻き込まれて、生きたいが為に必死に戦う。全てが重なって見える。あの時の自分に。
出来れば、彼女には生きていてほしい。
ウルグナは立ち上がり、ワドフを抱きかかえた。重さなど苦にならない。取り敢えず、彼女を助けられたのだから。
ウルグナが立ち上がり、外の方へと歩き出した直後―――
「待”で”……」
「……」
今度はワドフを下さずに、ウルグナが振り返った。声の主は、案の定デューク。喉が切れているのにどうやってとも思ったが、喉には藍色の光が見える。自動治癒のようだが、絶望的に魔力が足らないようで、手遅れになるのは時間の問題だった。
「何でしょう?」
「ご”い”づ”……を」
デュークが弱弱しい動きで懐から取り出したのは、記録石。何故こんな物を渡してくるかは、言うまでも無かった。「いいのですか?」
呼吸が荒くも弱弱しく、今にも死にそうだというのに、デュークは無理に頷き、笑って見せた。
「あ”あ”……それ”より……も”……聞きた”い……事”……ある」
「冥土への手土産ですか」
「何”故……そんな”に……強”く”……お”前”は…………で」
ウルグナは、虚空へと視線を放った後、ゆっくりと口を開いた。
「私は落ちこぼれでした。あなたのように魔術は使えないし、剣術も、その時は人並みでした。魔力こそ異常でしたが、私は一切魔力を解放できない。そんな私は、皆から虐められ、蔑まれ、愚弄されました」
自分の過去を言葉にする事がどれ程辛いか。きっと誰にも分からないだろう。いや、分かってほしくない。ウルグナは世界最強なのだから。絶対に、弱い所を見せてはいけないのだから。
「そんな時、私の先輩は言ってくれました。『自信が無いなら腕を磨け。知識を刻み、障害を打ち破れ。幾ら魔術に素養が無いお前でも、文字を書くことより簡単な事は出来るだろう?』とね。だから私は……どんな時にも自信を持つようになりました。どうやれば利用されないか、逆に利用してやるにはどうすればよいか。自分に出来るかとは問いかけない。私には出来ると、そう信じて、今まで生きてきました」
ウルグナは視線を戻し、デュークを見据えた。
「貴方は恐れてしまった。家族を失う事を。だから貴方は戦えなかった―――それが間違っているとは言いません。私のようにすぐ戦いに持ち込む行動は愚かと言って、貴方の行動は、ごく普通の反応ですから」
「…………」
「そう考えると、貴方は決して、他の奴隷商人のような畜生とは違います。……そうですね、私に言わせるなら、貴方は善人ではない……ですが根っからの悪人でもない、不善者といったところですね」
デュークの目が微かに動いた。まるで何故そう思う、と問うかのように。
「馬車に在る魔法陣、見ましたよ。あれで定期的に邂逅を起こし、子を拡散させていたんですね。まあ、流石の私も―――寿命を捨てているとは考えていませんでしたが」
もう馬車が無い為証明する事は出来ないが、ウルグナは確かに見た。苗床達の住まう馬車の最奥、その魔法陣の中に内包される、デュークの命を。
デュークの呼吸が更に弱くなるが、ウルグナは気にせず、続ける。
「せめてもの償いのつもりでしたか? 自分も報いを受けるとでも? どうぞご勝手に。自己満足に何かを言うつもりはありませんから」
皮肉気に言うウルグナだが、何となしにデュークの喉を見ると、その藍色の光が、次第に薄まっているのが分かった。道理で喋らない訳だ。どうやら、もう直ぐ魔力が尽きるらしい。会話が出来たとしても、後一つか二つが限度だろう。
なら言う事は一つ。
「さて……言い残す事はありますか?」
デュークが何かを言っているが、その声は小さく、何と言っているかは分からない。いや、本当の事を言うのなら分かっているのだが―――
「そうですか」
ウルグナは身を翻し、外の方へと歩き始めた。特に弊害などは無かったため、森は、彼を『捨てた』と判断したのだろう。
 勝てなかった。覚醒をすれば勝てる、なんて事はギルドでも言われていたが、どうやら自分が相手にした人物には通じなかったようだ。
新米傭兵ウルグナ。彼は魔力を少しも引き出していないにも拘らず、魔力を覚醒させた自分に勝った。その顔には笑顔があったし、何度も間合いを取って時間を延ばしていた所を見ると、彼が戦いを楽しんでいた事が分かる。その様子は、必死に戦う自分を嘲るかのようで、苛立ちもしたし、憎んですらいたが、死にかけの今では感謝している。
悪人が死ぬ。誰もその結果に口出しはしないだろう。悪は―――滅びる運命にあるのだから。
勝算はゼロではなかった。勝とうと思えば、勝てた戦いだ。何故、負けたのか。
死にかけの今だからこそ言える事だが、自分は死にたいと思っていた。少女達を浚い、悪の言いなりになる自分に、嫌気が差していたのだ。でも自分は臆病で、家族が気がかりで死ぬ事ができなくて、そんな時に彼が現われた。
あれほどの強さを見た者は、皆、彼を魔王と呼ぶだろう。しかし、デュークは敢えてこう呼ぼう。偽悪者と。
彼がどれ程の闇を抱えているかは何て想像も付かない。只言えることは、間違いなく、デュークよりも辛く、苦しい体験をしてきたという事だ。理解など出来ないし、したくもない。ウルグナも誰かに理解させる気はないだろう。
意識がまた一段と遠のいてゆく。思考は絡まり、一つの事など考えられない。デュークの思考は、既に別の人間の事を考えていた。
ワドフ。ワドフ・グリィーダ。
彼女には申し訳ない事をしてしまった。自分が臆病だったせいだが、本当に申し訳ない。この体が動けるなら、今すぐにでも土下座したい気分だ。それが出来ないとなると、やはり何か贈り物でも―――
―——そういえば、ワドフは彼に好意を持っているように見えた。
どんな感情かは知らない。只、彼女の性格では思いを伝える事は出来ないだろう。ウルグナは気づいていないだろうし、たとえ気づいていてもそれを望まないだろうが……むしろ本望だ。自分は悪人なのだから。
このまま死ぬのも悪人らしくない。せめて、二人の仲を掻きまわすくらいはしてみせようか。
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『命刻』。
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