ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

反撃開始

 カテドラル・ナイツ。それは魔王に仕えし魔人の総称だ。言葉こそ大した事はないが、これだけで魔王への忠誠心、敵を圧倒する強さ等を表している。
 だがそんな彼らにも欠点があるが―――分かっている。これはカテドラル・ナイツを選ぶ以上仕方ないもの。起こるべくして起きた出来事なのだ。強すぎる個は集団を乱すと言うが、カテドラル・ナイツはそんなレベルではない。
 心の底から悪い訳ではないのだろうが、一部の魔人の仲が、尋常でない程悪いのだ。それこそ魔王アルドが居なければ殺し合ってしまう程には。同じ魔人同士何故仲良く出来ないのか、疑問に思うだろうが、同族嫌悪の一言で全ては解決する。
 扉が開くと、アルドがよく知る魔人達が姿を現した。
 最初に姿が見えたのは、黒と白のコントラストが特徴的なドレス。その色使いと素材から、少なくとも市場に回ってる物ではない事が分かる。そのドレスを着る持ち主も、やはり只者ではない。
「アルド様、只今帰還いたしました」
 女性はドレスの裾をつまみ、頭を下げる。
「ああ、お帰りファーカ。特に面倒事は無かったようで、何よりだ」
 彼女、ファーカの銀髪は月光のような現実離れした輝きを持っている。闇夜においても彼女の髪の輝きが失われる事はないだろう。加えてその肌はこまやかであり、或いは生きている人形にも見える。見方によっては、一番人間からかけ離れている魔人と言えるだろう。
 しかし、そんな美貌も完璧ではない。ファーカの唯一の欠点、それは身長だ。四・九尺しかない身長は、カテドラル・ナイツの中でも随一の低さ。
 これさえ無ければ、妖艶な美女なのだろうが……『雀』という魔人に生まれてきてしまった以上、仕方ないのかもしれない。
「どうかしましたか? アルド様」
「……いや、何でもない」
 周りからはきっと無表情に見えるだろうが、アルドは笑いをこらえている。特に面白い訳ではないが、彼女の後ろにいるディナントとの対比で、彼女が更に小さく見えてしまう。なんとなくそれが可笑しいのだ。
 そんなアルドの気持ちに気付いているのは、きっとフェリーテだけだろう……
「ちょっと、そこのデク! どきなさいよ!」
 和やかな空気にアルドが憩うている時、ディナントの横を通り抜け、アルドへと突進してくる者がいた。
「アルド様ァァァァ!」
 それはファーカとは違い、豊満な胸部を持った魔人。常軌を逸した体のしなやかさは、種族の特性に因るものだろうか。母性の溢れていそうな体型にはあまりに合わぬ蛇のような―――というか。彼女こそがカテドラル・ナイツ『蛇』。メグナだ。
「ァァァァァァ!」
「メグナ……此方に突っ込んで来るのは構わないのだが」
 忠告は無駄だろうが、言っておくべきだろう。「……私の前には既に『骸』がいるぞ」
 それは此方へ突っ込んでくるメグナを見るや否や、拳を構え、虚空へと打ち込んだ。その直後に発生した不可視の圧力。メグナは抗う事すら出来ず、後方へと吹き飛んだ。
「……ディナント」
「ワカッタ……」
 なす術なく吹き飛ぶメグナを受け止めるディナント。不可視の圧力もディナントを退ける事は出来なかったのか、彼の体は少しも動いていない。
「痛ったいわね! 何してくれんのよ!」
 ディナントに抱えられたまま、メグナが嫌悪感を露わに、こちらを―――正確には、アルドの目の前にいるそいつを。
「貴様がアルド様に近づくのが悪いんと思うが、貴様はどう思う?」
「あんたに言われたくないわよ透明魔人! いつも先回りしやがってッ、いい加減姿を見せなさいよ!」
 メグナの両目は、ガラスのヒビを彷彿とさせるほど血走っており、その本気さは素人でも理解できる。
 しかし、そんなものが『骸』に通じる筈がない。
「お断りしよう。我が姿を晒す者は、アルド様のみ。情けで同じ集団に入ってるんが、分からんかい? 本来ならこんな事はありえんぞ?」
「『蛇』を怒らせるなんて、あんた馬鹿ね……死にてぇのか、『骸』」
「狡猾と呼ばれた『蛇』はどこへ行った? 今の貴様はすぐに怒る……まるで猿だ」
「てめえ……」
 いつもの殺し合いに発展しかねないので、アルドは多少殺気を放ちつつ仲裁する。「二人とも、その辺にしておけ。もう何年経ってると思ってるんだ? 子供じゃあるまいし、もうそろそろ勝手に辞めてもいいころだ。だからこそ忠告だけで済ませたというのに、お前らと来たら……いいか。心の中で相手をどう思おうと勝手だが、せめて表面上は仲良くし、協力しろ。お前ら二人の為に時間を割いてやれるほど、状況は甘くないんだ―――分かったな?」
 辺りが静まりかえった。残るは反響したアルドの声のみ。メグナもディナントに抱えられたまま、静止していた。「……下ろしてやれ」
 ディナントはメグナを下ろすが、当の本人は受け身すら取らず―――取れず、無様に落下した。
 あまり感情は出ないアルドだが、その光景を見て思わず溜め息を吐いてしまう。もう二年も経ってるというのに、現状はこれだ。酷すぎる。
「ルセルドラグ。そういう訳だから下がれ」
「……申し訳ございませんでした」
 言われるままに、ルセルドラグは下がった。
 アルドのみが見える『骸』の魔人、ルセルドラグ。その正体は、特徴的な喋り方の痩身長躯の骸骨だが、何のつもりか決して他の者に姿を見せようとはしない。所謂透明人間だが、喧嘩の大半はルセルドラグのために、透明だろうと存在感は半端ではない。透明という個性を殺しているのはもう突っ込まないとして、喧嘩はやめてほしいものだ。
「はあ、もういい。十分時間は無駄になった。仕切り直しだ」
 わざとらしく咳払いをし、アルドは言った。
「さて、お前らを呼んだのは他でもない。今回起きた事件についてだ」
 先程あった出来事を、アルドは詳細に語り始めた。






 それからアルドは次の事を話した。
 人間がいよいよ攻めてきた事。
 リスドとフルシュガイドが関わっている可能性がある事。
 今、事を起こさなければ、確実に村の一つは潰れる事。
 それは、言葉は人によって様々な受け取り方があるように、カテドラル・ナイツの皆もまた、様々な受け取り方をしていた。ディナントは静観を決め込んでいるので、まるで分からない。
「という訳だ。何か質問はあるか?」
「恐縮ながら、主様。妾から一つ尋ねたい事がある」
 手を挙げたのはフェリーテ。先程の喧嘩のせいで、『竜』、『狼』、『からす』と一緒に空気になっていた者の一人だ。その時に着替えたのか、いつの間にか黒い着物から、花が刺繍された黒い浴衣へと変わっていた。血でも浴びたのだろうか。
 心の中で謝りつつ、質問を確かめる。
「何だ?」
「リタルア村に攻めてきた兵士―――アスリエルの事じゃが、どうして主様は名前を知ってたんじゃ?」
「簡単な話だ。私が『勝利』だった頃、訓練を志願された事がある」
「なるほどのう。だからフルシュガイドと特定出来た訳じゃな」
「過去の事だがな。……他に質問は?」
 周囲に目配せすると、一人申し訳なさそうに手を挙げる者がいた。『烏』の魔人である、チロチンだ。
 『烏』の名に恥じない真黒な肌と、腕に生えている羽根を隠す為、襤褸切れのような灰色のマントを着ているが、その恰好こそむしろ烏のようで、たとえ彼が魔人でなくとも『烏』と呼ぶに値する姿である事は、自明の理である。
 むしろ『烏』という言葉程彼に似合うモノはあるまい。
「チロチンか、どうした?」
「リスドがフルシュガイドと結託して魔人を潰す、というアルド様の予想が的中なさってしまった場合、どうなさるおつもりですか?」
「国を潰すか、軍門に下ってもらう。それだけだ」
 その一言に、感心したように、チロチンは言った。
「やはりアルド様は変わっていませんね。元同族に一切の情けをお見せにならないとは」
「私はもう同族ではない。それに―――」
 アルドは一度部下達を見渡す。「お前達がいるしな」
 皆の目が少し開いたような気がした。嬉しかったのか、はたまた驚いたのか。分からないが、皆が反応してくれたのは嬉しく思う。
「他に質問は?」
「俺様だ!」
 調子よく手を挙げたのは、『竜』の魔人ユーヴァン。
 赤黒い皮膚と逆立った赤髪と大きな竜翼は見る者に威圧感を与えるだろうが、実際はこれこの通り。非常に陽気であり、極端な話、ナイツの誰よりも温厚である。
「元気が良いな、それで何が聞きたい?」
「アルド様さえいれば村は潰れないと思うんですが、如何でしょう?」
「もっともな発想だ。……ユーヴァン。魔王とはどんな者か分かるか?」
「魔人を束ね導く者……あっ……申し訳ございません。俺様とした事が、軽率な発言でした」
「いや、分かってくれればいいさ。さっきも言ったように、魔王とはどんな者かを考えなければ、最もな発想だしな」
 さりげなくフォローしたつもりだが、通じたのかな……如何せんこういうのは苦手で、自分自身通じているのか通じていないのか、ちょっと分からない。今後の課題としておくべきか。
「他に質問は?」
「じゃ、じゃあ僕が……」
 アルドの視線に恐怖し、震えている者は、『狼』の魔人、ヴァジュラだ。
 加えてそのプロポーションはメグナにも引けを取らず、水色の髪は清流のように緩やかに伸びている。口を開けば見える犬歯は危険さを醸し出すには少々力不足。常に怯えているような瞳も相まって、彼女から危険を感じ取れる者は殆どいない。
 むしろ危険なのはその体だろう。別ベクトルの話とは言え、そのプロポーションは殺人的すぎる。
 しかしながら、その問題以前に……一体誰が予想するだろう。ヴァジュラという名前から、美女を。
「ヴァジュラか、どうした?」
「えっと、フェリーテから聞いたんですけど、どうしてアスリエルとの戦闘の最中に兜を外そうと?」
「フェリーテが跳ね返すだろうと信じていたからな。信じていたからこそ、数秒後にいなくなる者の為に顔を隠す必要はないと思い、外そうとしてたんだよ」
「な、なるほど」
 それを聞いてから、アルドは今までの違和感をまとめて吐き出す。
「……質問内容がずれてきている気がするんだが……何か質問は?」
 今度こそ、質問はなかった。
「よし、なら本題を入ろう。今回はお前らに三つのチームに分かれてもらう。一つは魔人の村を回り、人間の侵攻を防ぐグループ。もう一つはフルシュガイドへ偵察しにいくグループ。そして最後に、リスド大帝国へ赴き、真実を確かめに行くグループだ。一人一人私が割り当ててしまうが、異論はないか?」
 皆の沈黙を肯定と受け取り、アルドは話を進める。
「それではまず、リスド防衛グループからだ。これに関してはヴァジュラと、ルセルドラグに任せる」
「アルド様の命令なら……」
「畏まりました」
 先程の威嚇で萎縮しているルセルドラグに、アルドは尋ねた。
「ヴァジュラと組ませた理由は分かるよな?」
「……重々承知しております」
「よろしい。では続いて、偵察グループだ。これに関してはディナントとフェリーテ、ファーカとユーヴァン、メグナとチロチンに任せる」
「少し、ええかの?」
「……私に誰も付かない事についてかな?」
「うむ。分かっていたのじゃな」
「……言いたい事は分かるがな。お前等は……根本的に不向きだろう」
 真実を確かめに行くとは、詰まる所潜入のようなもので、相手に怪しまれずに情報を得る事が何よりも大事―――ここで怪しまれず、という点に注目してほしい。
 カテドラル・ナイツのメンバーの容姿はどうだったか。
 大男。
 美女四人。
 竜。
 実体のある透明骸骨。
 真黒い何か。
 どの辺りが目立たないのか説明してほしい。ルセルドラグは透明だから適任であるとも思えるが、可視存在の塊の中に一人、不可視の存在が紛れているなんて……服を着た集団の中に全裸の男が混じるようなもの。
 果たしてその時、そいつは目立っていないといえるだろうか。
「ほほう」
 こういう時に『覚』はありがたい。わざわざ説明をしなくても、勝手に理解してくれるのだから。
「成程、主様の言い分も間違っていない。しかしのう、主様に本気を出させる訳には行かぬし、臣下の一人もついていないのはのう……なら、折衷案で、目立たない者を付けるのはどうじゃ?」
「目立たない者……?」
 くどいようだが、そんな者はナイツの中には居ない。侍女の中にも―――いない。
「誰なんだ?」
 フェリーテが妖しく笑う。
「主様もよく知る者じゃよ。今から連れてくる故、少しだけ時間を頂けるかのう?」
 目立たない従者というなら否定する理由はない。アルドは首肯する。
「決まりじゃのう」





















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