初恋の子を殺させた、この異世界の国を俺は憎む!

石の森は近所です

18話、ダンジョンと岬の復活

 ここはエルドラン王国、王城内の一室である。


 跪く、禿げ上がった頭のオドリーは目の前にいる、
結婚適齢期を少し過ぎた白い髪が光の当り方で青にも見え――。
奥二重の瞼には秋人が名付けた残虐姫の名に恥じない、
深く冷たいブルーの瞳が印象的な自分の主を前に、
顔色を白く染め上げていた。
それこそ美白肌の主人の様に……。


「申し訳御座いません、アヴューレ王女」
「オドリーよ、わらわは謝罪が聞きたい訳では無いのじゃ!」
「まさか五十鈴殿が城から抜け出すとは……予想外でした」
「使えぬ勇者とて、この国の勇者召還を知る生き証人じゃ。これでもし他国にでも逃げられれば――分っておろうの?」
「はっ。重々承知しております」
「それに何じゃ?追っ手に勇者2名を出し、口封じも出来ずアキトとやらに逃げられたと言うでは無いか。お主の部隊は何をやっておったのじゃ?」
「はっ、其れに付きましては先触れでお知らせした通り……」
「あぁ、ヤマトの勇者が邪魔したとか?――わらわは何故、他国に逃げられたかと行っておるのじゃ」
「それが……兵の報告では勇者の能力に覚醒しており――」


 秋人が完全に勇者の能力を覚醒させていた為に、普通の兵では殺す事も、
生け捕る事も不可能でした。
そう、アヴューレに報告した。


「勇者の能力を覚醒させた者が、我が国にその力を向けたら……一大事では無いか!」
「はっ、それに付いては例の案件で対応が出来ると思っております」
「あの、生まれたばかりの化け物が使えるのか?」
「はい、後1週間もすれば十分な戦力になるかと……」
「数で押せば、問題は無いとお主は考えておるのじゃな?」
「はい。いかに勇者とて同じ能力を持つ化け物が相手なら――」


 対処は可能で御座いますと、オドリーは報告した。
環が抜け出した翌日、秋人にまで逃げられた事を知ったオドリーは、
オークの子を妊娠した生徒を監禁し、
無理矢理に出産させて。
さらに、精神が幼児化した、池澤菜摘を、
オークを捕らえている牢屋に放置し、
強制的に襲わせ妊娠させていた。


 唯一残っていた五味岡珠江にも、全ての悪事を見られた為に――。
これも池澤同様……オークの子の苗床にされていた。
『勇者はあの男2名で十分。汚らしい勇者候補など必要ない!』
このアヴューレの下知で、他の女子生徒の運命が決った。
結局、秋人が助けた女子生徒でオークの子を身篭らないで済んだのは、
五十鈴環ただ1人であった。
















「ここがそんダンジョンどす」


 秋人と環の二人がアオイと共にやってきたのは……。
白鷺城の地下、神殿へと降りる階段の横に頑丈な鉄の扉があり、
その手前でアオイ王女の説明を受けていた。


「最初は準備運動がてら1階からいきまひょか」


 秋人も環も首肯した。
秋人はいつもの槍を手に持ち、
環はアオイから提供された、弓を持っている。
環が勇者の武器じゃないのは、まだ覚醒して居ないからである。
秋人の肩の上にはシルバーが乗る。


「まさか、城の中にダンジョンがあるなんて……」
「初代はここに吹き溜まりがおしたから、城をここに築おいやしたと。
 文献ほな残ってやはった。そん為ん神殿やてありますしね」


 何でも魔素が濃い場所だから、
その魔素を利用して城の結界や、
ダンジョンの運営を、
する事が出来たと教えてくれた。
無尽蔵に湧き出ている魔素を使えば、
魔石や人の魔力に頼らず結界で城を守る事が可能らしい。
なんてご都合主義な……。


 だが、その結界のお陰で、
ヤマト皇国が周辺各国に隷属させられた時に、
城を壊されなくて済んだらしい。
まさに、白鷺城は要塞なのである。


 鋼鉄の扉を押し中へ入る。
中に入った後は、中から鍵を掛けた。
これは、いくら結界があっても肝心の扉が開いている状態では、
効果が無いからである。


「ほな、行きますよ」
「「はい!」」


 ダンジョンの内部は岩で囲われており、
ゲームに登場するそれと大差無い感じを受けた。
秋人の世代ではヴァーチャル専用機器が販売されており、
秋人も家では、ヴァーチャル(以後VR表記)のRPGを使い現実さながらの、立体映像での冒険を楽しんだものだ。


「すげーな、VRでやったFTオンラインと大差無いわ」
「秋人君も、他の生徒達と同じでゲームとかするんだね」
「VRとはなんでっしゃろ?」
「あぁ、こっちだとゲーム機が無いから説明し難いかな……」
「あれですね、仮想空間で遊ぶ為の遊具ですよ」
「なっと。よお分りまへんが、発達どした場所からきたんどすなぁ」


 アオイ王女がひたすら感心しているが、
そんな話をしている内に――。
前から頭の上に角が生えている白い兎?が、
ピョンピョン飛び跳ねながらやってきた。


「あれか?動物っぽいけど……」
「兎ですね」
「あれやて魔獣や」


それにしても……。


「シルバーでも十分勝てそうだけど……」
「クウゥーン!」


 シルバーは任せて!とでも言う様に鳴いた後、一角兎へと飛び掛った。
『シュパッ』シルバーの体が一角兎と交差した瞬間……。
シルバーの爪は容易く一角兎を切り裂いた。
まさに瞬殺であった。


「やっぱりな……」
「兎と狼では……」
「そうどすなぁ……」


初当りにしては、弱すぎる相手であった。


「気を取り直しいや、次にいきまひょか」


準備運動にもならへんねぇと、流石にアオイ王女も苦笑いだった。
恐らく、秋人達の現在の実力を測っているのだろう。


 このダンジョン、奥まで行かなくても途中までは、
ヤマト皇国で攻略する度に階段を設置している為、
直通の階段が入り口付近にあった。
ただし、階層ごとに厳重に鍵が掛かっているが。


「弱い魔獣でもいいですけどね。環さんがまだ覚醒してませんから」
「それも。そうどすなぁ」


2階層はゴブリンが出てきた。
ゲームでお馴染みだが、お嬢様の環が知る筈もなく……。


「蛙だわ!蛙、気持悪いから近寄らないで!」


そう言って、近づかれる前に弓を番えては放ちを繰り返していた。


 さすが、弓道部期待の新人。
狙い違わずに、真っ直ぐゴブリンを刺し貫いた。
そんな調子で2階は、全て環が倒し……。
秋人とアオイは、影からこっそり近づいてくるゴブリンの処置をしていた。


 1時間は経過しただろうか?
行き止まりまで到達したと思ったら『ゴゴゴゴー』と音がして、
岩の壁が開き、下への階段が現れた。
このダンジョン、ほぼ真っ直ぐな通路しか無い。
途中、途中に小部屋があるだけで、ほぼ一本道であった。


「なんか難易度低いなぁ」


秋人が気が抜けた様な台詞を洩らす。


「こんな簡単なら、レベル上げも楽ね!」


環も調子に乗っている様だ。
アオイはと言うと……。


「10階層まほな、こないな感じや。それ以降がキツくなって来るんどす」


どうやらここはまだ、
初心者用のコースらしい。


3階層はコボルトが出てきた。
ゴブリンとコボルトの混成で、これに環は――。


「私、猫派なのよね!」


そう言いながら、情け容赦無く弓を番えていた。
猫派……だからシルバーを可愛がっていたのか。


ここまでゆっくり歩いてきたので、既にダンジョンに入ってから、
3時間が経過していた。


「そろそろ、お昼にしまひょか」


 そのアオイ王女の発言で休憩となる。
お昼は当然……おにぎりだ!
これには、秋人も環も喜んだ。
味噌汁が無いのは物足りないが……。
保温用のポットが、この世界には無いのだから仕方ない。
たけのこの木を利用した水筒から水を飲み、喉を潤し、おにぎりを頬張る。


「うめぇ~、やっぱり日本人はおにぎりだな!」
「そうよね、この中に入ってるの何のお魚なのかしら」


おにぎりの中には、魚の切り身が入っているが、
鮭で無いのは、味ですぐ分った。


「こん魚は、こん国ん東南にある大河で取れた魚どすなぁ」


秋人は大河と聞いて、思い至る事があった。


「もしかして、全長4mはあるワニがいる川ですか?」
「そうどすよ。よお知っておるんやね」


秋人は逃げている時に、川の傍で休んでいて見かけたと話した。


「よお無事で、生きんこれたんやね」


 何でも、漁師でも1人では川に近づかないらしい。
何も知らないという事がこれ程、危険だとは……。
秋人も環も、不用意に川に近づかないと決めたのであった。


 昼食の後は4、5、6、7、と順調に階段を下りて行く。
4階層目で漸く、環も勇者の力が覚醒した。
環の武器は――やはり弓であった。
しかも矢を出す必要の無い。
狙いを定め、弦をただ引いて放つだけで光の弓矢が飛んでいく。


「すげー便利な弓矢だな。近接戦闘じゃなかったら連射出来るんじゃ?」


秋人の言である。


そうして初日は腕試しとして、
また、環の覚醒を目的とした訓練としての狩りが終わった。


帰りは当然、階の途中からでも直通で帰ってこられた。
























 レミエルは声を掛けても、一向に起きない岬に焦れて――。
岬の背中を舐めた。
それも、わざと不快に感じる様に……。
いつものレミエルの悪戯であったのだが――。


 夢の中に居た岬は、寝ている間にまた――。
私を手篭めにするのか!
そう憤った。
そして……。
その憤りが岬の勇者としての能力を覚醒させ、
自身の持つ魔力を怒りの魔法へと変換。
『アルテミス』
声に出さずとも魔法は発動できる。
勇者特有の能力で魔法名を無意識に唱えた。


天空が光り輝いた瞬間!


『ゴゴゴゴゴゴゴゴドバァァァーーーーン』


天空から打ち下ろされた光の矢、その数、無限。は岬自身をも巻き込む、
超特大魔法となって降り注いだ。


 これに驚いたのは、正人だけでは無かった。
レミエル自身、まさか背中を舐め回しただけで、
これ程の、神にも匹敵しそうな攻撃を受けるとは思っても居なかった。
魔法が発動された瞬間――。
とっさに、最大級の結界を、自身を含む半径1mに張った。
だが、レミエルの魔力は地上に降りた事で半減している。
『ゴゴゴゴゴゴゴゴドバドバドドドドドーーーー』
いつ終わるのか分らない光の矢が、
漸く止んだ時。


 岬の体は無傷。
レミエルは着ていた服は全て消え失せ、
生まれたままの全裸に――。
そして正人は……服は消し飛び、全身に火傷を負っていた。


岬が目を覚ます。
あたり一面を見渡すと……。


「なんじゃこりゃぁぁぁーーー!」


 まるでコントである。
それも無理は無い。
固められた土の線、道の周辺は林だったのだが、
それが、岬が見た光景は……。
辺り一面に、蜂の巣の様な穴が、
半径100mに渡り開いていたのだから。
自分の体が小さくなってハニカム構造の中に、
置き去りにされたかの様に……。


「お主はわらわを殺す気かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


そう叫んだレミエルの気持も分る。
いや、自業自得であった。


「あれ?あなた――どこかで?」
「あなた、どこかで?では無いわ!こんな地上で超破滅魔法なんか使いおって!わらわが死んだら、どう責任を取ってくれるのだ!」
「えっ?」


 岬は再度周囲を見渡す。
まったく見覚えの無い場所だ。
どうして自分はここに?
それにこの幼児は……どこかで……。
そう考え思い出した。


「あなた、神様の隣に居た……」
「そうじゃ!わらわは天使のレミエルである!」
「お主が貞操が失われたと、勘違いして殻に引き篭もったお陰で、神様に地上に落とされたのだ!しかも1万年の期限付きだぞ!いったいどうしてくれるのだ!わらわの趣味が――」


レミエルの趣味はさて置き――。


「えっ?私、犯されましたよね?あの王子に……」
「それはお主の勘違いじゃ。あの糞王子が、食事に薬を盛ったのは天界からモニターしていて知っておったからな。王子が襲い掛かった時に、お主の体を操って顔面に膝蹴りを食らわしてやったのだ!血はその血じゃ!それで諦めもせずにお主の服を脱がしに掛かった王子と格闘して二人共全裸であったが――。王子は体力が付き気絶。お主はわらわの魔力が切れて裸のままだったのだ!分ったか!分ったらわらわを天界に返すのだ!」


岬にそんな事は出来ないのであった。


「それじゃ、私は――まだ汚れていない?」
「そうじゃ!」
「まだ秋人君との赤い糸は切れては居ない?」
「そうじゃ!」
「あれ?声が戻っている?」
「そうじゃ!神様があの夜に失くした声を探して戻してくれていたのだ」


 岬が安堵からか脱力すると、
岬とレミエルの横から微かなうめき声が……。
岬がそちらを見ると……服は消し飛び、全裸の姿で肌が焼け爛れた――。
正人の姿がそこにあった。


彼は?どうしてここに?
そう思ったのだが、自分の姿もまた裸だった事に気づき……。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁー」


今日、3度目の悲鳴を上げた。



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