竜神の加護を持つ少年 【番外編-侍と子竜-】

石の森は近所です

第02話、厄介者

 この道が何処に続いているのか分らないが源三郎はひたすら歩き続けた。


この世界で生きていくにしても食い扶持くらいは探さなくてはならない。


しばらく歩き続けると、遠くの方に村が見えてきた。


この世界の事がわかるかもれない。


源三郎は真っ直ぐに村を目指した。


ここは村だと思ったのだが、源三郎に目をかけてくれた武家のお屋敷と似た門があった。


門の上には櫓が立ち、見張り番の者がこちらを見て何か言っている。


「おい、そこの変な格好のお前だ。いったいどこから来た」


初対面にしては随分と無愛想な事である。
源三郎は服装はお粗末なものだが、きちんと髭も剃っていればまげも綺麗に整えている。
決して変な格好ではないのである。


戦国時代の日本においては、という条件は付くのだが……。


「拙者は越前国から参った、坂田源三郎と申す」


拙者の言葉がわからぬのか、
それとも国名がわからぬのか、
見張り番の者は隣に立っている若い男と何やら相談し始めたようである。


しばらく2人で話し合った後、櫓から1人下りて村の奥へ走って行ったようであった。
恐らくは村でも偉い御仁に相談にでも行ったのであろう。


源三郎は門の外でその様子を窺っていたが、
村の中から大勢の男衆が駆け寄ってきた事で警戒の色を強める。
大抵この場合は不審者扱いをされるものだからである。


男衆がいきり立つ中、1人の老人がこちらに歩いてきた。


「何やら聞いた事が無い国から来られたそうだが、いったいこの村に何様ですかな」
「拙者、食い扶持を探しておりまして、何か仕事があればご紹介願いたいのだが」
「こんな小さな村では、よそ者に任せられる仕事は無い」
「左様でしたか。それではどこでしたら仕事があるかお教え願えないだろうか」
「そこの道を2日歩けば街が見えて来るはずじゃ」
「わかり申した。ちなみに火石などはないだろうか」
「火なら魔法を使えばいいじゃろう」
「魔法とはなんでござろうか」
「魔法は魔法じゃ。用が済んだのなら立ち去れ。旅の方」


源三郎は老人の言った魔法という言葉に首をかしげながらも、
これ以上何を言っても無駄なのだと思い、その場を立ち去った。


街まで2日も歩かなければいけないと成れば、途中で何か食べるものが必要になってくるだろう。
せめて火でもあれば途中で倒した兎を焼いて食べられるものを……。
仕方ない。
大昔の様に枯れ木を擦って火を点けるか。
思い立ったら行動が早いのが源三郎のいい所である。


枯れ木を探し、その上に枯葉を乗せると、ひたすら擦り始めた。
半時ほど経った時に漸く白い煙が噴出し、
その後、バチバチ、音が鳴って火が点いた。


源三郎は兎を木に括り付け丸焼きにしてみた。
焦げないように回しながら焼き、途中で脇差を使い中まで火が通っているのか確認した。


何も味付けはしていないが、食わねば生きられない。
源三郎は薄味の肉を腹いっぱいになるまで食べた。
源三郎が食べている間、子竜は生で肉を啄ばんでいた。




丸二日掛けて、源三郎は道を歩き続けた。
腹が減っては、途中で現れた兎を殺し、食糧としていたので食うものには困らなかった。


目の前には、大きな市壁が聳え立っていて、それを始めて見た源三郎はおおいに驚いた。


「これは砦か」


源三郎のいた戦国時代に石垣を組んだ城は存在していたが、この様に石を積み重ねた巨大な壁は存在していなかった。


驚くのも無理はないであろう。


源三郎は市壁の中央に人が集まっている事に気づき、そこへ行ってみる事にした。


何やら関所の様に、
荷物と人相を検められて居る様であったが、
そもそも源三郎には、やましい事は一つも無い事から、
そのまま並んでいる人混みに一緒に並んだ。


源三郎の番になり、前に進み出ると。


「おい、そこの変な格好のお前、いったい何処から来た」


二日前に立ち寄った村で言われた事と、全く同じ事を聞かれた。
ここでまた同じ事を言って良い物か、
源三郎は少し考えたが、普通に旅の者と説明をした。


「拙者は旅の者で御座います。食い扶持を求めてこの街にやってきました」
「その懐に隠している物は何だ」


別に源三郎からすれば、隠しているわけでは無いので、素直に子竜を抱え上げ、門番の男にそれを見せたのだが。


「その子竜を何処から盗んできた、そんな災いの種をこの街に入れる訳には行かない。早々に立ち去れ」


源三郎だけなら街に入れて貰える様であったが、
この子の親と約束をしたのだ。たとえ平侍であっても侍の矜持に掛けて、
約束は守らなくてはならない。


「仕方ない」


源三郎は、元来た道とは逆の方向へと歩き出した。




半日も歩いただろうか、遠くの方に森が見えてきた。
森であれば、野生に自生する果実や、
食べられる野草、きのこなどが有るかも知れない。
そう期待しながら森の入り口まで来ると、森から5人のおかしな人が歩いてきた。


「これもまた面妖な」


源三郎からすれば、この世界の普通の人間の髪の色、
格好も全てが面妖なのであるが、
目の前から来た人間はそれに輪をかけておかしかった。
なにせ、肌の色が緑なのだから。


源三郎に気づいたその集団は、源三郎の方に駆け出してきたかと思うと、
次の瞬間には囲まれていた。


その者達は皆、太い木の棒を片手に持っており、
源三郎に向けて振り下ろした。


流石に、見ず知らずの者から殴られたり、
叩かれたりするいわれは源三郎には無い。
袈裟懸けに振り下ろされた木の棒を、見切り、横に移動してかわした。


「拙者は、この森で暮らしたいだけなのだが」


源三郎が目的を話すが、今度は5人がかりで木の棒を振り下ろしてきた。
これには流石に源三郎も慌てた。
多対一の訓練などした事も無いのである。
仕方なく腰に下げていた刀を鞘から抜いて威嚇した。


如何な暴徒であろうとも、当れば大怪我をする刀を振りかざせば、逃げていくだろう。そう思っての策だったのだが。
それでも緑の人間は尚も諦めずに、棒を振り下ろし、突き、横なぎに払って源三郎に襲い掛かった。


「切り捨て御免」


源三郎は仕方なく、木の棒を振り下ろし一番近くにいた人の隙をついて袈裟懸けに斬りつけた。
肩から腹にかけ切られた人は緑の血飛沫を撒き散らしながら倒れた。


「なっ」


切られた者ではなく、源三郎から驚愕の声が漏れたのは如何なる理由からか、それもそうだろう。


人間の血は真っ赤なのが普通である。
だが、今切り捨てた人間の血は緑だったのだから。


「お主等、物の怪もののけの類であったか」


源三郎はもう遠慮はいらぬと、相手の隙をつき刀を袈裟懸けに、
または足を狙い横なぎに斬りつけた。


木の棒の長さは40cm程度であったが、源三郎が所持している刀の長さは80cmである。
余裕で間合いの外から斬り付ける事が出来た。


1人、また1人。呆気なく切り殺されていき、源三郎が息を切らす前に全て切り倒された。


「この森、大丈夫なのであろうか」


そんな弱音も吐きたくなる。
入る前から物の怪に襲われたのだから。
それでも生きる為には仕方ない。
源三郎は森の奥深くへと入っていった。


森の中には、源三郎の予想通りに自生している果実や、
食べられるきのこ、野草が沢山あった。
それだけでは勿論足りない。
そこは、この森に生息していた狼や、兎を狩った。


木の蔓を使い、小屋を造り、石をかき集めかまども用意した。
流石に風呂はなかったが、近くに小川が流れていた事から、毎晩、その川の水で体を洗った。




源三郎達がこの森に入って3年がたっていた。
子竜も少しずつだが、飛べるようになり、自分の餌は自分で狩れる様にまでなっていた。
体長は頭から尻尾までが1m、左翼から右翼までが90cmとまだ子供でありながら、兎を狩るには丁度いい大きさになっていた。


それでも、源三郎の側から片時も離れようとはせず、
いつも源三郎の後ろをくっ付いて歩いてきていた。


「お前もそろそろ独り立ち出来るのではないのか」
「クワァークワァー」


いつまで経っても、甘えん坊な子竜を源三郎もたいそう可愛がった。


託された当初は、約束を守るためという、義務の様なものであったが、
3年間一緒に暮らしているうちに愛情も芽生えていたのである。


最近では、緑の人間に襲われる前に、この子竜が退治してくれていた。


この子竜、不思議な事に口から冷たい息を吐き出し、
獲物目掛けて吹き付けるのである。


吹き付けられた獲物は一瞬で凍り付く為、獲物が少ない冬場には保存が出来、本当に重宝した。


あの追い返された街へはあれから一度も赴いては居ない。
ここまで大きくなった子竜を連れて行けば、また大騒ぎされるのがわかり切っていたのだから。


また1人でこっそり行こうとしても、子竜が、野生の勘なのだろうか、目の届かない場所にいても気づけば頭の上を飛んでいた。


こっそりも何もないのであった。


今日も、いつもの日常が終わり、森が暗くなってきた頃、それは聞こえてきた。
小川で源三郎と子竜が体を洗い、もう小屋に戻って眠ろうか。
そう思っていた矢先であった。
遠くの方で女子おなごの泣き叫ぶ悲鳴が聞こえてきた。
耳を澄まして様子を窺って見れば、緑の人間の声に混ざり、女子の声も聞こえる。
源三郎と子竜は薄暗い森の中をゆっくり駆け出した。


声が大きくなってきたので、
木の陰に隠れ様子を窺うと、
女子が、両手、両足を縄で縛られ一本の木に括り付けられており、
その木を緑の人間が4人がかりで持ち、運んでいたのである。


この状態を見れば、如何に源三郎がこの世界の世情に疎くても、何が起きているのかは、はっきりとわかる。


刀を鞘から抜き、こっそり後ろから近づき、最後尾で木の棒を担いでいた者に斬りつけた。
切られた者が倒れれば、他の3人にも当然気づかれた。
だが、最初の一撃で一人目を倒した源三郎の次の行動は早かった。
振り下ろした刃を、円を描く様に振り回し、逆側で木の棒を担いでいた緑の者へ下から上に振り上げた。


ビュンと風を切り裂く音の後、切られた者の体は股からわき腹にかけて両断された。


残るは2名。だが、その2名へは子竜が襲い掛かっており、いつもの冷気を口から吐き出し、既に2名は事切れていた。

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