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Heat haze -影炎-

石の森は近所です

第38話、雛の行方

 雪が通話の切れた状態のスマホを、睨むように見つめていると、


「ねぇ、雪君。雛ちゃんからだったんでしょ? 今何処にいるって?」


 雛からの着信だと雪が漏らした言葉に安堵していた水楢が、雛の所在を問いかけるが……。


 雪は黙ったままスマホを睨みつけているだけだった。


 実際には雪は、自分の分る範囲で犯人の予想を立てていたのだが。


 一般的には雪達がパンだという事は知られていない。


 富士の演習場が動画でアップされた時にも、雪達3人は映っていなかった。


 ではいったい何処で知られたのか?


 それと雛を狙った目的は何か?


 雪の実家は浅草の和菓子屋で、古くから創業しているが別に金持ちとか裕福といった感じでは無い。


 態々、こんな人目に付きやすい場所で誘拐するリスクは無い筈だ。


 そう考えると、答えは一つに収束する。


 雪がパンだから。


 深刻な面持ちでスマホをジッと見つめている雪の袖を、珠恵が引っ張った。


「雪、雛ちゃん、何処?」


 雪の表情とさっきの通話から、何と無く察したのだろう。珠恵が問いかける。


 雪も袖を引かれた事で、漸く正気に戻り珠恵と水楢を見回して口を開く。


「あぁ。ごめん。知らない女の声で、雛は預かったと言っていた。どこに連れて行かれたのか分らない」


「ちょっとあなた、それならこんな所でジッとしていないで探さないと――」


 水楢が興奮気味に雪に突っかかる。


「通話は車の中からの様だった。もうこの付近を探しても居ないと思う」


 短い通話の間から、それが掛けられたのが車内だと判断出来るだけ理性を保っていた雪を今回は褒めて良いのか、無駄に探し回る手間は省けた。


「それなら今すぐに大まかな道路に一斉検問を敷いてくれる様に手配しないと――」


 そう言うなり水楢が自分のスマホを取り出し、履歴から姉に電話を掛け出すが、それを雪が止めた。


「ちょっ何を――」


「ごめん。雛の身は既に犯人の手の中なんだ。大騒ぎして相手を刺激したくない」


 万一検問に引っ掛り、犯人に人質にでもされたら――今更だが雛が臨床実験を受けていなかった事が悔やまれた。


 雛がパンであったなら、犯人に簡単に捕まる愚も侵さなかった。


 雪は自分がここに来て感じた違和感を思い出していた。


「あのスーツの奴等か!」


 雪が思い立ったのは、これだけ広いテーマパークなのに一日に3度も見かけた事の不自然さであった。


 私服で来場している中にスーツ姿だったから、目立っただけともいえるが。


「そういえばあのスーツの3人を買い物の途中で見かけたわね」


 雛が攫われた現場付近に居たのならば、4度も見かけた事になる。


「この広いテーマパークの中で4度も僕達に接近している。偶然か?」


 水楢からの報告を受けて、雪の犯人像は既にスーツの3人組みに決っていた。


「いえ。あたしも偶然だとは思えないわね」


「うん、隙、探られた」


 犯人の心当たりが出来ても、それでどうなる訳でも無い。


「取り敢えず軍に非常線を張って貰って、犯人の行方を捜した方がいいわね」


 結局、雪にはどうして良いのか判断が出来ず、保土ヶ谷に来ている燈に連絡して不審車両の割り出し、管轄の警察と連携し防犯カメラの映像解析を行うように手配したのであった。


 雪達の背後では軽快な音楽と共に、大きな花火が大輪を咲かせていた。


 燈に連絡した所、一度保土ヶ谷まで来るように指示され、雪達は先日もやって来た保土ヶ谷の本部に顔を出す。


 既に時間は20時近かった。


 誘拐されたのが18時少し前だったのでもう2時間も経過した事になる。


 雪達が到着すると、本部の入り口に立っていた守衛に敬礼で向かえられた。


 前もって守衛には連絡が来ていたようだった。


 守衛の案内で栗林大尉や燈の詰めている部屋に通される。


「あなたの周りは常に問題が多いわね」


 栗林大尉から辛辣な言葉を投げかけられるが、嫌味で言っている訳では無いのはその表情から窺えた。


 深刻な面持ちを浮かべ、テーブルに備え付けられているモニターを見つめながら、犯人と思しき車が到着した場所に付けられたマーカーを指差した。


「舞浜付近の防犯カメラから割り出した不審車両の行方を、偵察衛星で追わせた所、その車が入っていったのが――ここよ」


 雪達は栗林大尉の指し示した場所に書かれている建物の名前に目を通すと、そこは日本とは敵対関係になった国の大使館であった。


「それじゃここに踏み込めば――」


「残念だけれどそれは出来ないわね。たとえ領土紛争を行っている国でもここは他国の領土なの。東京にあってもね。治外法権とか外交官特権とか聞いた事位はあるでしょ? ここから出る車も不逮捕特権に守られている以上は逮捕する事も出来ないの」


 雛の居場所が分っても、助ける手段があっても、法という壁に守られた大使館では何も出来ない事に等しい。


「じゃどうしろって言うんだよ! このまま雛を見殺しにしろって言うのかよ!」


 雪はあらん限りの感情を栗林大尉にぶつけた。


 自分が付いて居ながら、みすみす敵の手に雛が攫われた。


 ファウヌスという強大な相方を得て、得意になっていたのかも知れない。


 恐らく桜を誘拐した目的は、強大な力を持つ自分だ。


 自分がパンを宿したから、自分が夏休みに臨床試験を受けたから。


 自分を責め続ける雪の隣で、珠恵は放さないとばかりに腕にしがみ付く。


 そうしなければ、雪が何処かに行ってしまいそうな予感がしたから。


「とにかく大使館から犯人が出てこなければ、雛ちゃんが無事なのかどうかさえ分らないわ。今は監視衛星と張り込んでいる特殊部隊からの報告を待ちましょう」


 雪を諭す為に言った言葉だったが、雛が無事なのかどうかもわからないと言われ、雪は逆上した。


「雛が無事じゃなかったら――僕はファウヌスと共に犯人とそれを指揮した国家を全て滅ぼしてやる!」


 ファウヌスの力は先日、栗林大尉も実際に目にしている。


 雪が暴走すればそれだけで、世界が破滅してしまってもおかしくは無い。


 栗林大尉はフッと吐息を漏らし、その後で再度同じ事を告げた。


「とにかく様子を見ましょう。必ず助け出す隙はある筈だから」


 犯人も直ぐには動き出さないだろうと判断し、雪のスマホに盗聴器を任意で仕掛けさせその場は解散となった。


 既に軍から実家の方には連絡が入っていて、落ち込んだ両親に迎え入れられ雪は自分の部屋に篭った。


 雪が1人部屋に篭った為、水楢と珠恵は居間で雪の両親に今回のあらましを説明していた。


「それじゃ~雛を攫ったやつ等の目的が雪だって言うのか?」


「お父さん、それじゃ雪を責めているみたいじゃないの」


 雪の両親も攫われた結果だけは聞いていたが、その内容、犯人までは聞いていなかった。その犯人が国家と聞いて憤怒の表情も血の気が失せ真っ青になる。


「とにかく軍と私達に任せてください。必ず雛ちゃんは助け出します」


 水楢が両親を宥めようと奮戦し、珠恵は娘を心配する両親を羨ましく見つめていた。


 そこに水楢のスマホが鳴る。


 発信先は栗林大尉からであった。


 他の皆がその通話内容を、耳を澄まして聞いているが、それをよしとしない水楢が居間から出て土の通路を店の方に歩き出す。


『これはまだ久流彌少尉には話さないで欲しいんだけれど……先程、大使館から輸送用ヘリが羽田に向かったわ。生憎と誰が乗ったのかは植え込みとシートに隠されていて衛星でも視認出来なかった』


「それって――」


『ええ。恐らく雛ちゃんを攫った犯人が国外へ逃亡を図った。雛ちゃんを連れてね』


「――そんな!」


『今、ファウヌスに出られると問題が大きくなるの。だから久流彌少尉には話さないで。久流彌少尉が犯人達に呼び出された時に、あなた達に別行動で動いて欲しいの』


 察しの良い水楢も、栗林の言っている意味が理解出来なかった。


 軍が雛を助けるものだと思っていたのだが、軍は動けないという。


 代わりに水楢と珠恵に、隠密作戦への参加要請が来たのだから。


「何故軍は出せないんですか!」


『今はパンを増強するかどうかの大事な時期なの。上層部は久流彌少尉の功績を重く受け止めているけれど、パンを増やせばどうにでも出きると判断したみたいなの』


「そんな、散々お台場戦で数の問題じゃない事を証明したのに……」


『ファウヌスが特別なヒートヘイズだというのは、私達の中だけの秘密にしているから仕方無いのよ』


 ファウヌスの事を軍上層部に秘密にしたのは、雪や水楢達だ。


 今回はそれが裏目に出た形になる。


『とにかく犯人からは必ず久流彌少尉に連絡を取ってくるわ。それまで静観しましょう。雛ちゃんの行方はこちらで随時監視はするから』


 栗林大尉の通話はそこで切れた。


 雛の行方が気になっていた面々が、居間から飛び出し通話の内容を聞いていたが、栗林大尉の声は聞こえず水楢が発した、軍が出せない。という内容の話を聞き一同沈んだ表情を浮かべていた。









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