Heat haze -影炎-

石の森は近所です

第14話、メーデー

 ここは、学園内の食堂である。
 学生と違い、遊びに来ていた栗林と燈は学生が授業の間、暇を持て余し、この場所で優雅な午後を過ごしていたのである。


 「そういえば、栗林先輩の妹さんって明日、学園に到着されるんですよね」


 紅茶のカップを傾けながら、楽しそうに問いかける燈。


 「ええ、そう聞いています。先程、学園長にも確認しましたから」


 燈よりも上品な飲み方で紅茶の入ったカップを傾けていた栗林は、首肯してそう語った。


 「それは、楽しみですね」


 「私と違って、本当に言葉少なく、大人しい子だから……心配だわ。特に、今年から男女同室になったでしょう。尚更よね」


 栗林にしても軍上層部が今年から無理強いした男女同室は予想外だったらしい。
 妹の身を案じ、憂い顔で掌を頬に当てながら言葉を紡いだ。


 「私は一昨日、澪と同室の雪君にガツンと言ってやりましたよ」


 ガツンと言うのが恫喝する事と同義なら確かに雪には効果はあった。
 そもそも雪は童貞で燈が心配する程の甲斐性は無いが……。
 栗林に見せ付けるように、右手で力瘤を作りながら自慢するようにそう話した。


 「あの妹さんなら、そこまで心配は要らないのでしょうけど――」


  はぁ、と栗林は深い溜息を吐くのであった。
 その溜息が何を指すのか、燈には理解出来なかっただろう。


  一方、昨日に続き、天羽々斬の説明を雪と澪は、楓から受けていた。


 「楓先生、天羽々斬があるのなら僕達パンが戦場に出なくても、普通の兵隊さんに持たせれば済むのでは無いですか」


 パンの特性を知らなければ、当然疑問に思う質問を雪は投げかけた。


 「そ、そ、それはですね。これは実験結果から導き出された結果なのですが、パン意外が、その武器を使っても武器に成り得なかったのです。個々に作られた天羽々斬は、その製作に久流彌君であれば、ファウヌスの遺伝子と、久流彌君の血液が無ければ久流彌君の武器は作れない。また、澪さんの天羽々斬を久流彌君が使っても効果は期待できないのです」


 「それって……」


 意外そうな面持ちで雪が呟くと――。


「雪くんの武器は雪くんだけしか使えない。あたしの矢も、あたし以外は使えない。そういう事よ」


 面倒見のいい水楢である事から、雪を馬鹿にしている訳ではない。
 まるで数学の解き方を教えるように、親身に説明をしていたのであった。


 「なるほどね。それならパンを殺せるのはパンだけって言うのも理解出来るか……」


 「そ、そ、そんな訳ですので、天羽々斬を他者へ貸し出したりはしないで下さい。万一紛失したら再度、採血ですからね」


  昨日の採血を思い出し、嫌な顔をする生徒2人であった。


  翌日の授業は、今日の昼にはこの学園に到着する予定の新入生を迎える為、教科書を開いての自習時間となった。
 もっとも真面目に読んでいるのは澪だけで、雪は窓の外を見ているだけなのだが……。


  その時、構内の警報装置が鳴り、学園内のスピーカーに、『メーデー、メーデー、メーデー、こちらはCH-47J、CH-47J、CH-47J。メーデー、CH-47J。位置は北緯27度40分、東経142度08分。未確認生物による攻撃を受けている。すぐに救援を求む。搭乗人数は10名。メーデー、CH-47J。オーバー』


  雪も澪も、正式な軍での教育をまだ受けていないが、緊急事態が起きた事は声の調子から理解出来た。
 直ぐに教官室へ駆け出したが、途中で楓先生に事態を見守る為に視聴覚室で待機を命じられた。


 一方、この緊急連絡に心穏やかで居られない女性が1人、栗林大尉である。
 恐らく位置からすれば、このCH-47Jに乗っているのは、本日学園に入学する生徒達なのは明らかだったからだ。
 栗林も雪達同様、教官室へ駆け出した。
 教官室は慌しく情報収集に追われており、口を挟める余地は無かった。
 そこで栗林は一緒に来ていた水楢少尉に声をかける。


 「水楢少尉、ペガサスは出せますか。私のヒートヘイズでは目立っちゃうから現場まで乗せてもらえないかしら」


 自分のヒートヘイズを出せば早いが、大きいヒートヘイズは偵察衛星に発見される恐れもある。
 ヘリから連絡があった場所はジャミングの効果範囲外である事から、それを危惧したのであった。


 「私も気に成りますし――行きましょう」


慌しい教官室を出て、2人は頷き合うと外へと走り出した。


   ∞      ∞      ∞      ∞




「軍への連絡は着いたか」
 「分りません。この付近はジャミングの影響で、元々電波の繋がり難い区域ですから」


 那珂の島ではヘリからの無線を傍受する事は出来たが、保安上の問題で島からの連絡は出来ない。
 東京の軍本部からも連絡が無いという事は、ヘリが微妙な位置を飛んでいる事になる。


 「あれをどう見る」
 「どう見るって言われても――ヒートヘイズにしか見えませんよ。先程の攻撃を見たでしょう。あれはどう見てもブレスですよ」


  この会話からもわかる通り、生徒達を乗せたCH-47Jはヒートヘイズの攻撃を受けていた。
 軍の極秘開発で情報が漏れたという話は聞かない。とするならば、これを操っているのは――日本人のパンである。
 果たして、軍から裏切り者が現れたのか、それとも暴走なのか、ヘリのパイロット達には理解不能の事態であった。


  ヘリの中では、泣き叫ぶ生徒や、ジッと息を潜めて震えている者、また接近してくるヒートヘイズをただ見つめている者など様々だが、殆どの生徒は混乱していた。
 ヘリに乗っている生徒達が事前に軍から聞かされていた話では、ヒートヘイズとは日本独自の兵器であると。
 それならば、現在の状況は、味方から攻撃されているという事になるのだから。


  CH-47Jまで後、50mに迫る。30m、20mここまで近づけば、嫌でもその姿が良く見えた。
 ランクBのワイバーンである。異世界ファンタジー小説や、ゲームでも馴染みがある生物で、最初に遠くから炎の玉を吐き出された時点で、もしや……とは皆思ったが、まさか本物だとは。


  『メーデー、メーデー、メーデー、こちらはCH-47J、CH-47J、CH-47J。メーデー、CH-47J。位置は北緯27度40分、東経142度08分。未確認生物はワイバーン。すぐに救援を求む。搭乗人数は10名。メーデー、CH-47J。オーバー』


  パイロットが悲痛な声で何度も救援を求めるが、そもそもこの海域に軍隊は居ない。
 あるのは観光名所の小笠原諸島と学園だけであった。








   ∞      ∞      ∞      ∞




「なぁ、水楢、これどういう事だと思う」


 雪が机に突っ伏しながら顔を横に座っている水楢の方を向け問いかけるが――。


 「あたしに聞かれても分らないわよ。でも、今のが本当なら、裏切り者のパンの仕業か、暴走――」


 水楢にしてもパンは日本独自の技術と燈から教えられていた為に、この異常事態に困惑を隠せない表情でスピーカーを見つめ、自分の見解を述べた。


 「そんな頻繁に暴走なんてあるのか」
 「ある訳ないじゃない。頻繁にあったら学園に生徒が居なくなるわよ」


  その通りである。






  教官室では更に輪をかけて大混乱に陥っていた。


 「未確認生物の正体が判明、ワイバーンです」
 「そんな事は傍受した無線を皆が聞いているのだ。分っている。だが――何故。あの近海にパンで出動している者は居ない筈だが……」


  学園長も困惑していた。この学園の生徒では無いと思うが、それでもヒートヘイズを扱えるパンであるなら、この学園の卒業生という事になるのだ。
 それが、反乱なのか、暴走なのか定かでは無いが、現在10名を載せたヘリを攻撃しているという。
 一昨日の雪の件以外でも、学園長の頭を悩ませる事態が起きたのであった。








 「水楢少尉、急いで」


 栗林達は携帯用無線機などもって来ていない。
 現場がどうなっているのか全く分らない不安から、苛立たしげに栗林が催促するが――。


 「これ以上は無理ですよ、栗林大尉」


 燈のヒートヘイズも戦闘機やジェット機とは違う。
 竜であればまだしも、ペガサスでは所詮馬に羽が生えただけの生物で速度は早くは無い。
 だが、現場に駆けつけている者が栗林達だけなのだ――自ずと、ヘリの運命はこの2人に掛かっていたのであった。

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