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Heat haze -影炎-

石の森は近所です

第11話、わが名は……。

 その場に居合わせた者達は、この喋るヒートヘイズに視線が釘付けになる。
 今までの研究では、半獣神を体内に宿し、発現させた状態がヒートヘイズと教えられてきた。
 だが詳しく原初の半獣神を理解している者はいないのだから。
 既に亡くなった、牧田博士が何処まで知っていたのかは、今では定かではないが――。


『我が、ご主人を守る為に手を貸した。それだけの話じゃ』


 雪のヒートヘイズは飄々と語った。


「何を言っている。そもそも、何故ヒートヘイズである貴様が、話せるのかの説明にはなっておらん」


 学園長が、眉間に皺を寄せ睨みながら、この得体のしれないヒートヘイズに食って掛かるが、先日の水楢 澪が聞いた時の様に、柳に風となるだろうと雪も澪も考えていた。だが――このヒートヘイズは曖昧な表現で語り始めた。


『お主等が、我等をヒートヘイズと呼んでいる事は知っておる。そもそもお前達が、人の子に宿した、原初の半獣神とは何かを正確に理解しておるのか。お主達は原初の半獣神を体内に宿した子をパンと呼んでおる様だが――。我等、パン一族の力を求めればその力に食われる。奴の復活は近い。気を付ける事じゃ』


 最後に謎かけの様な言葉を紡ぎ、注意を促すヒートヘイズに困惑する一同。


「一体、何を……」


 特に、学園長の狼狽は激しい。


「あなたが、何者なのかという質問の答えになっていませんよね」


 雪に、学園前で先程声を掛けてきた、レイヤーボブの髪型の綺麗なお姉様といった容姿の栗林がヒートヘイズに詰問する。


『我か、我はパン一族の1柱それ以上でも、それ以下でも無い』


「あなたの名前を伺っているのです」


 栗林は更に食い下がろうとするが――。


『我の名か――それを聞いた所で、どうする。我をお主等のモルモットにでもするか。我は既に発現した。そんな出来もしない事は考えん事だ』


 このヒートヘイズは抑揚の無い声音でそう告げる。


「あ、あ、あなたの名前がまだですよ。私は栃 楓とちのき かえでです。貴方の名前も教えて下さい」


 痺れを切らした楓先生が、ヒートヘイズに礼儀を持って接すると――。


『ふん。我の名は――ファウヌス』


 大きく嘆息し、漸く自らの名を言の葉に乗せた。


 ファウヌスは名を告げると発現を解き、煙となって雪の身体の中へ戻っていったのであった。その名前を聞いた知識のある者達は固まってしまう。
 ギリシア神話における、ファウヌスとはパンの別名であり父親はゼウスやヘルメース。母親がニュンペー、英語ではニンフと呼ばれる精霊であるのだから。


「まだ話は終わって無いぞ……」


 学園長が困惑から立ち直り問いかけた時には、既にファウヌスは煙となって消えた後だった。周囲が学園長を温かな眼差しで見つめていると、楓先生が声をあげた。


「流石、美味しい所を持って行ってくれるのは変わらないね。聖ちゃん」


 微笑みながら楓先生は学園長をちゃん付けした。
 楓先生が最初に2回どもらない事に、周囲の注目が集まるが、楓先生は気にした風でもなく、その場に居合わせた一同を学園の談話室へと誘ったのである。
 この先生、学園長にだけはどもらないで会話が出来たようである。
 学園長の顔が真っ赤になっていたのだが、夕焼けが反射していた為に皆にばれなかった様である。


 談話室までの道中一行は一言も話さず、雪に関しては逃げ出したい心境であろう。
 談話室に入ると、雪達が初見の者もいる事から、各自の自己紹介から始まった。
 滝と仲間の2人は、既に学園の警備担当によって連行されていった。
 恐らく、もう雪と会う事も無いだろう。
 最前線以外では……。


「では、この中では階級が一番上の、私が仕切らせてもらう」


 集まったメンバーの中で、階級が一番高い少佐の学園長が取り仕切る事になった。


「まずは久流彌と水楢妹は初めてだろう。先程からお姉さんぶった感じで話していたこいつは、この学園の卒業生で、フレイムヘイズ遣いとしては、国内最強と目されている、栗林 未来くりばやし みく大尉だ。お淑やかそうに見えるが見た目に騙されるなよ」


 学園長は暗く湿った空気を払拭するように、努めて明るく振舞った。


「ふふ、学園長は相変わらずですね」


 学園長の嫌味もなんのその、微笑みながら華麗にスルーする所は、出来た大人の女にも見えるが、その瞳は冷たい。


「こちらの頑張って、大人の女ぶっているが、元来の活発な性格で台無しにしているのが水楢の姉で、水楢 燈みずなら あかりだ。今年からフレイムヘイズの能力で昇進したから階級は少尉だ。テンションが高いから長時間一緒にいると疲れるぞ」
「何を言ってくれてるんですか、学園長」


 水楢姉の方は、学園長の策にまんまと嵌められた様である。


「それでこちらの学生だが、水楢の妹でしずくだ。最近流行っているのか、みおと書いてしずくと読むのは……姉にそっくりな性格に見えるが、姉よりも賢そうだぞ」


 水楢妹は、無言で腰を折って挨拶する。


「えぇ、最後に、この学園開校以来の問題児。久流彌 雪くるみ せつだ。頑張っておしゃれな髪型にしてはいるが、私の見た所オタク臭がプンプンする虚弱体質な新入生だ。だが、先程のヒートヘイズを見ても侮っていい相手ではないな」


 一同が、真剣な眼差しを雪へと向けると雪の頬が引き攣った。


「楓は皆が知っている事だから紹介はいらんな」
「えぇ、それは無いよ、聖ちゃん」


 楓先生のちゃん付けに、一瞬苦い顔をするが、スルーを決め込み学園長の話は続く。


「先程の件だが、あれは何だ。久流彌」


 この場では一番ファウヌスと近しい雪に詰問するが、学園長も軍の臨床試験の結果である事は知っている事からその声音は緊張を孕んでいるが優しい。


「何だと言われても……そもそも新薬臨床試験のバイトにきて、あれを植えつけられたのは僕の方ですよ。僕が知りたい位です。それにあのヒートヘイズも言っていたじゃないですか。自分はファウヌスだって。そもそも何なんです、ファウヌスって……」


 被害者と加害者で区分けするなら間違いなく雪は被害者である。
 その立ち位置を殊更強調し雪が言い張った。
 そして軍の極秘研究で、新薬臨床試験のアルバイトと称し、パンの覚醒する者を集めている軍としては、雪の言い分に苦い顔をするしか無い様であった。


「ギリシア神話におけるファウヌスと同じで有るとするなら、神と精霊の子供の名前が――ファウヌスだ」


 学園長が自分が知っている知識の中で皆に説明をする。


「流石、大学を出ただけあって神話系の話には詳しいね。聖ちゃんは」


 楓先生が茶化して言葉を漏らしたが、学園長の場合は大学の授業で学んだというよりも、興味から独学で学んだといった方が近いだろう。


「いい加減、その呼び方はやめろ。楓」


 皆の前で恥ずかしくて、居た堪れなくなった学園長が楓先生を叱るが、これこそファウヌスでは無いが、柳に風である。
 雪は、学園長と楓先生が言い合いをしている間に、ファウヌスを心に刻んだ。
 次にもしファウヌスを呼び出すにしても名前を覚えていないのと、いるのでは違ってくると思われたからだ。
 今まで発現したのは、全てファウヌスの意思であって、雪の意思では無かったのだから。


「それで、あのヒートヘイズは最初から会話が出来たのか」


 さらに学園長からの質問は続く。皆が興味がある事だからか、雪の言葉を真剣に漏らさず聞いていた。


「はい。新薬臨床試験のアルバイトの5日目に突然、話しかけられました」


雪が落ち着いて話し出す。


「何と言ってだ」


如何にも取り調べの様な口調ではあるが、声音は優しい。


「ご主人は、我を見ても驚かないんだな。とか何とか。6日目の朝には、旨そうな食事だな、我にも食わせろと……」


 僕は臨床試験の行われた施設でのファウヌスの発した言葉を記憶から引き出しそのまま淡々と伝えていく。


「なっ、発現するだけでなく、言葉も交し、その上、食事まで取ると言うのか」


 今までのヒートヘイズは食事や食べ物は口にしていないらしく、食事の話で学園長は細い目を広げて驚いていた。


「あっ、それは間違い無いです。昨日、あたしと雪くんで滝先輩に絡まれた後で、あたし達が頼んでいたケーキを食べられちゃいましたから」


 水楢はその流れのまま、楽しそうに余計な事を口走るが――誰もその件には触れなかった。


「む、何のケーキだ……」


 茶化しているのが、ファウヌスと邂逅した時の恐れを隠すためなのか、それとも単にケーキの話題だからか分らないが、むきになって盛り上げる学園長に雪は感謝していた。


「聖ちゃん、ケーキ大好きだからって……ここで情報を得ようとしなくても……」


 楓先生もその意を組んで茶化しだす。


「むっ、ち、違うぞ。ヒートヘイズの生態を知るためだ。楓」


 だが、学園長の発言にも一理ある事で場の空気は漸く柔らかなものに変わってきた。
「またまた、無理しちゃって――」


 周囲は、あぁ。また始まった。そんな雰囲気が充満してきていたのだが……。


「久流彌君と言ったわね。最初から会話出来たなら何故、早くに報告しなかったのかしら」


 栗林のこの発言から和らいだ空気がまた暗いものに変わる。
 キツイ口調で問い詰められる。が、学園長程の威圧感は無かった。


「それは、他のヒートヘイズが話せないとは知らなかったから、僕のヒートヘイズが、普通とは違うとは思っていなかったんです」
「あたしも雪くんと、一緒の部屋なので何度か聞きましたが、別に隠そうとしていた訳ではありませんでした」


 水楢妹が、雪を庇って嘘を言ってくれたのだが……。


「澪、あんた今何て言ったの。一緒の部屋ってどういう事よ」


 妹思いの姉が聞き捨てなら無い言葉を聞いた為に、話が急に逸れ出した……。


「それに関しては、私から説明しよう。水楢姉が在学中は、男女別の部屋割りだったのだが、今年から軍上層部のお偉いさんの決定で、男女ペアの部屋割りに変わったのだ。理由は――馬鹿なお前でも分るだろう」


 学園長が、そう説明すると水楢姉は思考の海へと潜ってしまった。

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