子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第215話、誰も居ない街

 翌日僕達の姿はエルストラン皇国の首都レイスルーン正門前にありました。
 幸い天候が崩れる事も無く、晴れ渡った上空から見下ろした時点でこの首都に人の姿が無い事に気づきそれなら堂々と正門から入る事に決まりました。
 何故、直接皇帝がいる城に降下しなかったのか?
 その理由は城を囲んである城壁から先が何も見えなかったから――。
 恐らく魔法による結界なのでしょう。
 上空からは首都の全景が見渡せましたが、恐らく城があると思われる場所だけぽっかりと開いた穴の様に真っ黒な闇に包まれていました。
 見渡せない以上は無理に突っ込む訳にもいかず、かといってワイバーンで街に直接降りるのも躊躇われた為に正門に移動しました。
 人の気配が無いのなら街に直接降りればと言う意見も出ましたが、僕達はここで暮らす人々を苦しめる為にやって来た訳ではなく、統治している魔族の討伐が目的です。
 魔族さえ倒せば後は洗脳を解いて新しい統治者に任せるだけですからね。
 後々の事を考え出来るだけ街に被害が出ないように配慮した格好です。
 僕は皆に結界魔法を掛け突入する準備が出来ると声を掛けます。

「じゃ行きますよ!」
「ああ、洗脳されている者への対応は穏便にな」
「なんだかドキドキしますわね」
「ガンバラ王国の王都も大きかったけどここはそれ以上にゃ」

 ミカちゃんがその広大な街を支える巨大な門を見上げながら言葉を漏らしますがそれも当然です。ここの街に居住していた民と観光や商いで赴いた者達だけを洗脳し200万人もの兵を用意した位です。女性や老人、子供、警備兵、兵士をも含めればその倍以上の人員が暮らしているのですから。
 昔の江戸時代末期の江戸の住人の数が150万人です。
 それでも当時、世界中で最大の都市だったわけですから、ここがどれだけ巨大な街かは推し量れると言うものです。
 上空からは全景が見渡せましたが、地上に降りてみれば正門の両端はもう見えません。
 10メートルはあろうかという高さの門は何故か開かれていて、通常ならその守りについている守衛も警備兵の姿もありません。
 先程の話ではありませんが、まるで無血開城の様なとでも言いたげな状況に僕達の警戒も高まりますが、ここまで来て引き返す愚は犯しません。
 僕を先頭に巨大な門をくぐり短いトンネルを抜けます。
 若干ひんやりとした空気が漂いますが、僕の気配察知には何も引っかかるものは無く先へと進みます。
 トンネルを抜けるとそこは白い雪景色などは無く、綺麗に碁盤の目に整地された都市が広がっていました。

「ん~誰も居ないにゃ」
「まさか全ての兵をガンバラ王国に差し向けたなんて事は無いだろう」
「では何故人が居ないんですの?」

 皆も静まり返った街並みに驚き言葉を交わしますが、きっとこれは罠です。
 油断させて一気に返り討ちにする作戦ですよ!

「油断は出来ませんよ? 気を付けながら進みましょう」

 僕の忠告に皆は頷くと子猫の歩調に合わせてゆっくりと進みます。
 誰です?
 子猫の歩調に合わせていたら日が暮れるなんて言っている人は!
 僕は子猫ですけど賢い子猫ですよ?
 ちゃんと早歩きしているに決まっているじゃないですか!
 そんな僕の後を息を潜めて皆も付いてきますが、しばらく歩いても人の姿は見かけません。
 緊張感漂う中1時間は歩いたでしょうか……。
 僕達の目の前には第2の門が鎮座していますが、ここも正門と同様に開ききっていて人の気配もありませんでした。

「なんだか歩いているだけですのに疲れますわね」
「うむ、気を張っている分余計にな」
「まさか! それが作戦にゃ?」
「それこそまさかですよ。戦力的には多分互角の筈ですからそんな相手に扉を開けておく意味は無いはずです」
「それでも精神的にはだいぶ疲労が溜まってきているぞ」
「わたくしも疲れてきましたわ」
「そこで一休みするにゃ?」

 ミカちゃんが指差した場所は、普段ならば第2の門を守っている警備兵が滞在している小部屋なのでしょう。
 4畳半弱の部屋に椅子が4脚あるだけの部屋を指し示します。
 ここでも僕の気配察知に反応はありませんから休憩するのもありですね。
 この先に敵が待ち構えていたとしても疲労を蓄積した状態で戦うよりはマシですから。

「この近くには人の気配はありませんよ。油断は出来ませんが少しだけなら休憩をしましょうか」

 僕の返答に皆はホッと吐息を吐きだすと、疲れをほぐすように肩を回しながら小部屋に入っていきます。

「一体こんな所で何を――」

 後続に続いていたトベルスキー王子が休憩の為に僕達が中へ入っていくと慌てて追いついてきて声をかけられます。

「何って緊張しっぱなしでは疲れるから休憩ですよ」
「だがまだ半分も進んではいないじゃないか!」
「王子は僕達の後を続いて進んでいるだけで疲れては居ないでしょうけれど、先頭を進む僕達は常に周囲を警戒していて疲れるんですよ。いいでしょ。休んでも――」

 僕に言い返され、返す言葉が見つからない王子が口を噤み、僕達が休んでいる最中はキリング騎士団長と王子が受け持つ事に決まります。
 それにしてもどういう事ですかね……ここまで無人の状態だと疲労ばかりが蓄積して、仲間内で意見の対立も湧き出しそうです。
 これで物音でもしようものなら、緊張から過剰な攻撃をしてしまいそうです。
 僕がそう考えながら窓枠から街並みを見つめていると、一軒の家の窓からこちらの様子を窺っている視線を感じました。
 僕は慌てて窓から外へ飛び出し、神速を使ってその家に向かって駆け出します。
 相手は僕が窓枠から飛び出し接近している事すら気づかずチラチラと顔を覗かせては隠れてを繰り返しています。
 そこへ――。
 僕が辿り着きかすかに開いた窓から小さな体を忍ばせ中へ飛び込むと、

「ひゃっ!」

 そこにはミカちゃんよりも幼いまだ5歳くらいの少女がいました。

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く