子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第214話、行動開始!

「では、サースドレインの方は貴殿達に任せたぞ!」

 サースドレインに戻る人員にフローゼ姫が言葉を掛けます。
 あの後の話し合いで子爵様、ハイネ騎士団長は予定通りサースドレインに戻ってもらう事になり、彼等の交通手段としてガンバラ王国からワイバーンを3匹借り受ける形となりました。馬で1週間掛けて戻るよりは2、3日で到着するワイバーンの方がずっと迅速に行動出来ます。しかもこの戦乱が収まるまで借り受ける事が出来たので、サースドレインの守備にワイバーンを編成する事が可能になり防戦とはいえ過剰な戦力をサースドレイン側が持つ事になりました。
 これで負けるようならアンドレア王国の盾なんて名乗れませんよね?
 相手は貴族派の弓兵、騎馬兵が相手です。
 空から一方的に攻撃できるワイバーンがいるだけでハイネ騎士団長が居なくても勝てそうなものですから。誰もそれを口にはしませんが……。

「うむ。姫もくれぐれもご無理をなさらない様に……貴女に万一があれば国は本当に滅びます。努々忘れませんように」
「ああ、分かっておる。今の妾はおぬしと鍛錬を積んでいた妾ではないぞ。迷い人、いや子猫ちゃんのお蔭もあってあの時分より数段強くなったからな」
「ふはは、戻ってきた時が楽しみですな」
「ふふっ、もう2番目とは言わせぬ」
「「ふふ、ふははははは」」

 フローゼ姫を心配しハイネ騎士団長が言葉を贈りますが、それをチクリと棘のある言葉で彼女は嗜めます。実際に今のフローゼ姫なら余裕で騎士団長には勝てるでしょう。
 一方、子爵様の方はといえば、

「今回エリッサの魔法を使う場面はハイネ殿を天幕へ運んでいて見られなかったが、伝わってくる雰囲気は感じた――必ずサースドレインに戻って来るんだよ」

 親の元を離れ最終決戦に赴く愛娘に子爵様は愛情のこもった言葉をかけます。
 しばらく見ないうちに成長した娘の姿を眩しそうに見つめながら。

「はい! わかっていますわ。戻ったら一緒にお母さまの花壇を直しましょう」

 エリッサちゃんもこれが今生の別れにはならないと自信満々で返事をします。
 貴族派に荒らされた花壇を完全に元に戻すには数年は掛かりそうですから。昨夜子爵様と遅くまで何を話していたのかと思えば、花壇の話や子爵城の現状を説明していた様です。
 きっと今の子爵城を見たら驚くとは思いますが……いろいろな意味で。
 前もってエリッサちゃんから報告されていれば安心ですね。
 2人を乗せた馬車を運ぶワイバーンの準備は既に出来ており、鞍の上にはいつでも飛べるように騎乗兵が乗り込んでいます。
 名残惜しそうな面持ちを浮かべ、2人が馬車に乗り込み窓が開くと――。

「では、英雄殿――皆の事頼むぞ!」
「子猫殿、必ず戻ってきてくださいね」
「心配しなくてもさっさと終わらせて戻りますよ」
「それを聞いて安心した。戻ったらまた一勝負――」
「それは遠慮しときます。手抜きとか案外疲れるんですから」
「むう」

 出発する前に下知を取られるような愚は犯したくないですからね。
 どうせ戦うならフローゼ姫と戦ってください。
 今の彼女は本当に侮れない位強いですから。
 ばっさりと再戦申し込みを断られたハイネ騎士団長は悔しそうな面持ちを浮かべ、子爵様はそんな様子を横目に苦笑いを浮かべています。

「では。そろそろいいですかな?」

 ワイバーン部隊の隊長さんが声を掛けてきたので皆頷くと、隊長さんは右手を大きく上に掲げて騎乗兵に合図を送ります。
 次の瞬間、ふわっと持ち上がった馬車は一気に大空高く舞い上がっていきます。
 窓から見える二人の表情は真剣で、僕達がこれから向かう戦いの行方を案じているのが伝わってきます。
 僕達はそんな2名を安心させるように大きく手を振りました。

「ふっ、行ってしまったな」
「行きましたわね」
「行ったにゃ」
「アーン」
「さて、それじゃ僕達も向かいますか」

 今回皇国へ乗り込むのは、アンドレア王国側からは僕達3人と2匹。ほかにサースドレインから一緒に来た騎士達。
 ガンバラ王国軍からはキリング騎士団長、トベルスキー王子とワイバーン部隊です。
 この岩山までやって来た弓兵と歩兵、洗脳が解けたばかりの騎馬隊は2日の休養の後でキリング将軍と共にガンバラ王国へ戻る手筈になっています。
 将軍さんは、自分も皇国へと言ってききませんでしたが、王子が国王の崩御を妃に伝える任を与えた事で渋々承諾させていました。
 世代交代だとか息子に華を持たせろとか言い訳を積み重ねていましたが、老いぼれは引っ込んでいろと正直に言わない所は僕とは違いますね。

 僕達がこの場を去る際に一番の懸念事項だったエリッサちゃんの魔法によって閉じ込めた魔族の少年の処遇はいろいろ皆で話し合った結果、放置する事に決まりました。
 ガンバラ王国の団長さんが隷属の首輪を持っていたので、それを付ければ――。
 そんな意見も飛びましたが、牢屋を解除した時点で逃げられるのがおちです。
 転移で飛ばれたら再度捕まえるのが難しい事を鑑みて放置に決定しました。

 将軍等に見送られながら、僕達を乗せた馬車も最初に来た道を戻る形で進んでいきます。
 昨日ちらついた雪も今日は止んでおり、肌寒くても雲一つない快晴の中を黒い馬車を吊るしたワイバーン、総数60匹が飛んでいきます。
 毎回重力操作魔法を掛けるのも大変なんですよ!
 1台1台に地道に魔法を掛けるのは苦行なんですから。
 余談ですが、サースドレインに向かった馬車は3匹のワイバーンが馬車を吊るしている事で、僕の重力操作は必要ありませんでした。

 ここから皇国の首都までは1日あれば到着します。
 洗脳を解かれた民で皇国に戻っている者達の上を通過すると僕達を認め呆気に取られたのか足を止めて手を振っています。
 彼等からの情報で現在の首都には人が少ない事が明らかになりました。
 住民はご存知の通り、僕達の下を徒歩で戻っていますからそれも当然ですね。
 悪い君主を退治して平和主義な統治者が現れる事を期待して手を振っているのか、洗脳を解除した僕達を労っているのかはここからでは分かりませんが……。
 恐らくその両方でしょうね。
 僕達は自分達の平穏を脅かす魔族を退治するだけです。地上を見下ろす皆の表情は各人決意の籠った面持ちを浮かべています。
 皇国の帝が魔族なのは確実として、以前対峙したアッキーと呼ばれた少女、そしておばあさんの孫である渚さんがいる以上楽に勝利出来るとは思えませんが、誰もそれを口に出す事はしません。
 と思えば――。

「なんだか私の事を忘れてはいませんかね?」

 馬車の中に設けられた化粧室に入っていたミランダさんから声を掛けられます。
 あーそういえば、僕達に同行を申し出た中に彼女も居ましたね。
 僕達から渚さんの話を聞いた彼女は、渚さんが犯した残虐な行為を聞いて、

「そんなの渚じゃない! 渚はきっと洗脳されているわ!」

 そう言って付いてきました。
 僕達の中で実際に洗脳前の渚さんを知っている人が居ない以上は、ミランダさんにその判断をしてもらうしかありませんから仕方なく同行を許可した感じです。

「お姉さんの面倒まで僕は見られませんから、自分の身は自分で守ってくださいね」
「えーっ、せめて結界位は掛けてくれるんだよね?」

 はぁ、本当にうざいですね。
 勝手についてくるんだから自分の身位は自分で守ってもらわないとですよ!

 僕達は首都手前で野営を行い、翌朝日が昇ると同時に首都に攻め込む手筈になっています。
 本当にどうなる事やら。

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