子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第212話、ハイネ騎士団長との再戦

 サースドレイン子爵様とエリッサちゃんが再会を果たした日から2日後、上空を偵察飛行していたワイバーン騎乗兵から騎馬隊と見られる一団がこの岩山に近づいている事を知らされます。

「こちらに向かっている騎馬隊の総数は3000。大柄なフルプレートを着た者が先導をしている模様でございます」

 偵察が戻った事を知らされた僕たちは、王子のテントに集まり騎乗兵からの報告を受けていました。

「うむ。ご苦労だった」

 王子が騎乗兵を労うと一礼して下がります。

「あの魔族によって洗脳されている我が国の騎士隊は今聞いた通りにこの岩山から半日の所までやってきている。敵対するのならワイバーンで一思いに――とも思うが、フローゼ姫達には洗脳を説く手立てがおありなのでしょう?」
「ああ。勿論だ。皇国の民達に掛けられた洗脳を解いた時と同様の作戦で行こうと思う」
「今回も私のスリープミストの出番ですわね?」
「話に聞いたエリッサの範囲魔法か……楽しみだ。それにしても大柄の体躯でフルプレートを着て先陣を切っているというのは――」
「ああ、サースドレイン子爵の想像通り、ハイネ騎士団長だろうな」
「ハイネ殿と剣を交える事になるとは――」

 この場には僕たちの他に、新たにサースドレイン子爵、キリング将軍がいます。王子の側にはキリング騎士団長、ワイバーン部隊の隊長。兵団の団長と早々たる顔ぶれが集まっていました。
 一度は助けられたハイネ騎士団長と今度は剣を交える事になる事を危惧し将軍が声を漏らします。
 その中において静かにしていながらもひときわ異彩を放っているのは、僕とミカちゃんです。朝方から降り始めた雪の影響で気温は0℃を下回り、吐く息は煙のように白く、薪が炊かれている陣の中であっても隙間から入ってくる冷気の寒さだけはどうしようもありません。他の女性陣は少しの厚着で耐えているようですが、猫科に属する僕たちには厚着だけでは耐え切れず、厚着の上から毛布を巻いて話し合いの場に赴いていました。

「今回も怪我人の方はミカ殿にお願いしても?」
「いいにゃ。さっさと終わらせて暖かい所で休みたいにゃ」
「僕もミカちゃんに同感ですよ。それにしてもこんなに寒いのに何で皆は平気そうな顔でいられるんです?」

 僕が信じられないものを見るような視線を他の皆に向けると、

「あはは、ミカ殿も子猫ちゃんも猫科だから寒いのは苦手なのだな。妾達も寒くない訳ではないがただ慣れているのだ」

 フローゼ姫が苦笑いを浮かべながらそう説明してくれますが、そんなものに慣れたくは無いですね。体に毛が生えていても寒いものは寒いんですから!

「なぁに、前回と同じく妾が穴を掘り、エリッサ譲が眠りの霧で騎士達を眠らせれば直ぐに終わるさ」
「だといいにゃ」
「でも騎士団長だけなら対魔法戦は得意じゃ無さそうだから楽に済みそうですけど、渚さんの元弟子もいるんですよね?」

 僕が子爵様に視線を投げると、子爵様は微妙な面持ちを浮かべた後で首肯します。

「ああ。ミランダ殿だね。でも彼女なら問題は無いんじゃないかな? 一緒に同行している時に使える魔法の話を聞いてみたが、彼女が使える魔法で最大の魔法は火を消す魔法だと言っていたから……」

 僕達が見たミランダさんの魔法も子爵様の話にあった酸素を一時的に失くすものですが、隠し玉が全くないとは言い切れません。なにせ渚さんが使っていた魔法は全く未知のものが多かったんですから。
 僕は渚さんと対峙した時の事を皆に話し警戒するように注意します。

「迷い人とその弟子か……」
「伝聞では見ておったがまさかその様な者が実際にいるとは――」

 子爵様と将軍にしては初耳の話題だったようで、迷い人の話を聞くと二人共顎に手を置き考え込んでしまいました。
 この二人が考え込んでも実際に戦うのは僕達ですから意味はありませんけどね!
 それよりもさっさと話し合いを終わらせて温かい布団に包まりたいですよ。
 話し合いは呆気なく終了し、午後に入って上空を旋回していたワイバーンが嘶いた事で洗脳された集団がやって来たことが皆に知れ渡りました。

「では妾は高台から穴を掘れるタイミングを計るとしよう。エリッサ譲は一先ずここで待機して妾からの指示を待っていてくれ」
「わかりましたわ」

 ハイネ騎士団長達の接近を知らせるワイバーンの鳴き声を聞いた僕達は午前中に集まっていたテントに再度集まりました。
 フローゼ姫はエリッサちゃんに短く指示を出すと、急いで高台になっている場所へと掛けていきました。
 魔族に洗脳され彼の命令に忠実に行動し、遅れる事わずか6日で到着した事を考えれば、ほぼ休みなく馬を飛ばし続けた事がわかります。
 洗脳されていなければ騎士の士気はガタガタ。
 既に体力も限界でまともに戦おうとは思わない筈です。
 ですが彼等はやってきました。
 洗脳されるとタガが外れるようですね。どれだけ体を酷使しようとも目的にまっしぐらなんですから。皇国の200万人の民達を相手にした時にわかってはいましたが、戦闘訓練を積んだ騎士達も同様であった事にうんざりとしながら僕はその場に集まった人たちを見渡します。
 僕とミカちゃんは相変わらず寒さに震え毛布を巻いた状態で、エリッサちゃんは子爵様の隣で何やら話をしています。
 僕とミカちゃんには筒抜けですが、その内容は娘の出陣を心配する父と娘の会話です。
 あえてここで言葉に出す事ではありませんね。
 尚、将軍と騎士団長は机の上に敷かれた地図を指さしエリッサちゃんの催眠魔法が成功した後の兵達の行動を確認しています。
 王子はただ黙ってそれを見つめています。
 どれだけ時間が経ったでしょうか、ここに集まった時に入れてもらった紅茶が冷たくなり飲む気も失せた頃になってから高台のフローゼ姫から合図の笛が鳴り響きます。

「ではお父様、行ってまいりますわ」
「ああ。私もここから活躍を見させてもらおう。気をつけてな」

 エリッサちゃんが天幕から飛び出し掛けていきます。その足取りは今までになくはしゃいでいる様な気がします。
 授業参観にきた親に良い所を見せようと張り切っている子供のそれの様ですね。
 張り切りすぎて失敗しなければいいのですが……。
 僕達もエリッサちゃんの後を追う様に続きます。
 彼女に護衛の一人も付けず敵の中には出せませんからね。
 僕達と違って接近戦は不得意ですから。
 弾むように掛けるエリッサちゃんの後ろ姿はどこか嬉しそうです。
 やはり子爵様に見られているというのが嬉しいのでしょう。
 そんな姿に微笑みながら僕達はガンバラ王国側の街道に開いた巨大な穴へと視線を向けます。既に先頭の騎士団長を始め騎馬隊は穴の中へと落ちており、中にはスリープミストを仕掛けていないにも関わらず気絶している人も見受けられます。
 穴の中に落ち気絶している者の上に、さらに後続の騎士達が積み重なるように落下していきます。

「同じ所に積み重なっているお陰で階段が出来上がっているにゃ」

 ミカちゃんの言う通り、落下して積み重なった騎士の上に次々と騎士が積み上がり、それが穴の上まで届き、騎士を踏み台にしながら穴の中へ駆け出しています。
 これは初期段階の穴に落下させて意識を失わせる作戦は破綻しています。
 人柱の土台を躊躇せず駆け穴の中へ無傷で入り込んだ騎士達は、その先へと突き進みますがそこには土の壁しかありません。
 出口を探して外周を動き回っています。
 全ての騎士が穴の中に入るにはまだしばらく掛かりそうです。
 僕達は馬鹿みたいにまっすぐに突き進む騎士を呆れた面持ちで見つめていると――。
 突然穴の中から魔法が放出され、土の壁に立てかける様に斜めに石の階段が出来ました。

「にゃにゃ!」
「あーこれ渚さんの弟子だったあの人の魔法ですね」

 こんな魔法の使い方はこの世界では一般的ではありません。
 こんな魔法の使い方をするのは僕の生まれた世界。
 おばあさんが生きていた世界で過ごしていた渚さん位しか存在しません。
 でもこの場に渚さんが居ない事はわかっていますから、となれば当然。

「何でこんな所に落とし穴なんてあるのよ! それもこんな大きな――」

 魔法を放ったミランダさんは大きく僕達に届く声音で恨み言を叫びます。
 あーそういえば僕と初めて会った時も、似たような事を叫んでいましたね。
 それにしても洗脳されているにしては以前と変わっていない様に思えます。
 渚さんも洗脳されている時におかしな様子が無かったですから気は抜けませんが……。

「ミランダ殿、これで道は開けた――この忌々しい落とし穴から脱出するぞ!」
「分かっているわよ。もう! なんで毎回こんな役回りな訳?」

 僕達が声のした方向を見渡せば、そこには全身シルバーのフルプレートアーマーに身を包んだ巨体に隠れる様に、掌を石で出来た階段へ向けている女性の姿がありました。
 フルプレートアーマーは落下した時に大きく凹んで傷だらけの状態ですが、落下と同時に転がり移動したのでしょう。後続に折り重なられる事も無く意識は保っています。
 流石はアンドレア国の盾とまで言われた騎士団長です。
 あの程度の落とし穴では気絶しませんか。
 声がした方向を見つめていると、穴の中にいた2人もそれに気づき僕達と視線が交差します。
 何故かミランダさんだけは驚いた面持ちでこちらを見ていますが、騎士団長は敵を認めたとでもいう様に瞳を細めると睨みをきかせます。
 やっぱり洗脳されていると言うのは本当の様ですね。
 エリッサちゃんはまだ騎士の全員が穴に入っていない事で様子見をしています。

「騎士団長が何か叫びながら走って来るにゃ!」
「エリッサちゃんが魔法を放つのはまだ先になりそうですから、僕が騎士団長の相手をしますね」

 僕達がいるすぐ傍まで駆けてきた騎士団長に僕は掌を向け、以前騎士団長を倒した時の魔法を放ちます。
 轟音と共に騎士団長の目の前に轟々と燃え盛る隕石が落下し始めると、それらを左右に体を振ることで器用に避けだします。
 以前はひいひい言いながら避けていましたが、今は洗脳の影響か?
 無尽蔵な体力があるかのように息を切らせずに全弾避けられてしまいました。

「洗脳されている方が騎士団長――強いんじゃ?」
「子猫ちゃん嬉しそうな顔をしている場合じゃ無いにゃ。もう下まで迫っているにゃ」

 僕は爪に魔力を纏い、今にも石の階段を駆け上がろうかという騎士団長めがけその爪を飛ばしました。
 その数3本。
 3本とも致命傷になる部位は狙ってはおらず、足首、腕、脇腹を標的に飛んでいきます。
 洗脳前の騎士団長であれば剣でかわせた攻撃です。
 目の前に飛んできた爪に対し、以前同様騎士団長は剣一閃。
 抜剣と同時に脇腹へ向かっていた爪を難なく弾きます。
 続いて剣先を上段へ振り上げ腕を狙った爪に当たると、ギャン、と甲高い音を残し弾かれ、足首を狙った爪は切り裂く寸前に片足を引かれた事で避けられました。
 洗脳の効果っていうのは凄いですね。
 人の感覚をも研ぎ澄ませる事が出来るのでしょうか……。
 以前は足首への一撃には気づかれませんでしたが、今回はすべて避けられた格好です。
 次はどんな手を打とうか、刹那思考していると爪をすべて避け調子を良くしたご機嫌な声で騎士団長が言葉を投げかけてきました。

「ふふっ、俺は以前の俺では無い! 強くなった姿その瞳に焼き付けるといい!」

 言葉を放つと同時に姿が消えます。
 姿が一瞬消えますが、僕にしてもこれを試されるのは2度目です。
 僕の目の前に最上段に剣を振りかぶった騎士団長が現れるのと同時に僕はテレポーテーションで彼の真後ろへ移動します。
 剣が空を切り裂き地面へと突き刺さった瞬間――僕は下げ気味になった騎士団長の首にジャンプして蹴りをおみまいしました。
 僕の蹴りが首に当たると騎士団長は振り返り頽れる瞬間に、

「見事だ! 英雄殿」

 短く言葉を漏らし、満足そうな面持ちを浮かべ意識を手放しました。
 あれ?
 洗脳されていたのに僕を子猫ちゃんと知っていた?
 僕が首を斜めに傾け首を捻っていると、

「あーあ。だからハイネさんにはこんな事止めましょうって言っていたのに……」

 何がどうなっているんでしょう?
 洗脳され敵だと思い込んでいる筈のミランダさんは以前と何も変わらず、僕達に対しての敵意も感じません。
 その答えは、次に掛けられた言葉で明らかになりました。

「お久しぶりです。迷い猫さん、ミカさん」

 まるで久しぶりに会った友人へ対する挨拶の様に、笑顔を浮かべられます。
 これはきっと罠に違いありません。
 隙を見て攻撃に転じる、あのミランダさんなら考えそうな策です。
 僕は神速を使ってミランダさんの背後に回ると、ミカちゃんの静止する声が飛んできますが、勢い余って首筋に強烈な蹴りを放ってしまいました。
 崩れ落ちる寸前、ミランダさんも言葉を残します。

「仲間なのに――何故」

 地面に這いつくばるように崩れ落ちたミランダさんを心配するようにミカちゃんが駆けてきます。
 あれ?
 僕、何か間違いました?

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