子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第201話、玉砕

 ガンバラ国王は暗くなった街道を騎士達に囲まれ馬車を進めていました。
 ワイバーンを出撃させてからまだ1時間程度です。

「皇国の兵が慌て逃げまどう姿を見る事が出来ないのは残念だが、夜陰に乗じてワイバーンの猛攻を受ければ流石に壊滅、いや全滅させる事も可能だろう」
「はっ、此度の戦いは乾坤一擲の戦いとなるでしょう」

 敵が騎士と騎馬しかいない事を知っている中にワイバーンの様な戦力を投入して乾坤一擲も何もあったものではありませんが、ガンバラ王は僅かに唇を吊り上げると、ご機嫌な面持ちで笑い声をあげます。
 そこに――。

「陛下、ワイバーン部隊が戻ってきたようでございます」

 馬車と並行し駆けていた騎馬兵からの知らせを受けて、やけに早いなと首を傾げますが我が国が誇るワイバーン部隊ならば当然かと思いやり窓の外に視線を飛ばします。
 綺麗に隊列を組み飛行する様は、現代の航空ショーさながら。
 見ごたえ十分の光景に満足そうに瞳を輝かせると騎乗兵を労おうと窓から半身を乗り出します。
 そして――手をあげた所で空に浮かぶワイバーンの口腔内が真っ赤に染まっている事に気づきました。

「あ、あれはなんだ!」

 ガンバラ国王に促され将軍も窓から上空を飛行するワイバーンを見つめます。
 丁度その時――口腔内で圧縮された真っ赤な火の玉が100匹分。
 地上をゆっくりと行進するガンバラ王国軍へと放たれました。
 ドバァァァァァーン、一斉に放出されたファイアーボールは着弾と同時に燃え上がり。万を超える騎士、騎馬兵達は逃げ場を失い逃げ惑います。

「あはははははははは――」

 ワイバーンの背中には地上の混乱の模様を、高笑いをあげて見下ろしている金髪の少年がいます。
 炎に包まれた馬車の車内からガンバラ国王は上空を睨みます。
 既に熱により馬車のフレームは歪みドアを開ける事もままなりません。
 最早これまでかと諦めかけた時、それは起きました。
 突然周囲を包み込んでいた炎が一瞬で鎮火されます。

「いったい何が……」

 ガンバラ国王が馬車から地上を見渡せば、温められた土の上をゆったりとした歩みで馬車に近づいてくる3人の人物の姿が。
 一番長身の男は馬車に近寄ると抜剣し一閃。
 曲がったフレームを切り裂きガンバラ国王の逃げ場所を確保します。

「助かったぞ、ハイネ殿」
「ガンバラ王、今はあれを――」

 ハイネ騎士団長が上空を指さしますが、その時には既にワイバーン達の口からファイアーボールが放たれていました。

「何で毎回こんな役回りなのよ! いっけぇー」

 ミランダが放った魔法は上空から落とされたファイアーボールとぶつかると、一瞬でその熱を失わせます。

「――ちっ」

 ワイバーン上の魔族は短く言葉を吐くと、次の瞬間にはワイバーンの背中から消えていました。
 刹那彼の姿はハイネ騎士団長達の背後にあります。

「また君たちか――厄介な。だけど今度は見逃したりはしないよ」
「お前はあの時戦っていた魔族の仲間か。見逃してもらった覚えは無いが――今度こそ切る」

 ハイネ騎士団長は振り向きざまに剣を下から上に吊り上げます。
 ヒュッ、という風切り音の後には剣は頭の上に掲げられ、既に袈裟懸けに振り下ろされようとしています。
 魔族の少年は剣が振り上げられた瞬間、半歩後ろに下がりそれをかわしました。

「そんな剣が僕に通用するとでも?」

 少年は飄々とした口調でハイネ騎士団長が振り下ろす剣先を見つめ言葉を吐き出します。

「通用するかどうかは対峙してみないとわからんな」

 引き続きハイネ騎士団長の大剣が振り下ろされますが、その時魔族の少年の瞳が微かに光りました。
 そして剣先が少年の脇を通り過ぎると――。

「口ほどにもないね」

 ハイネ騎士団長の巨体は突然力を抜かれたように崩れ落ちました。

「なっ、何が――」
「ハイネ殿!」

 ミランダさんとサースドレイン子爵がハイネ騎士団長の背後で驚き声を上げますが、その時既に遅く、魔族の少年の標的はミランダさんに迫っています。

「君が火の魔法を打ち消した魔法師だね」

 少年に声を掛けられミランダさんも少年の瞳を見つめてしまいます。

「ミランダさん、魔族と視線を合わせちゃダメだ!」

 サースドレイン子爵が咄嗟にミランダさんにタックルし、弾き飛ばしますが既に遅く弾き飛ばされたミランダさんはそのまま気を失ってしまいました。

「はは、もう遅いと思うよ。それよりお前は僕達の種族特性を知っているようだね」

 黒い短剣を懐から取り出した少年はサースドレイン子爵の前から一瞬で姿を消すと背後に現れ、ドスッ、と鈍い音を残し黒光りした剣先を子爵の背中に突き立てました。

「ぐはっ――」

 少年が短剣を引き抜くと、子爵の背中からは夥しい質量の液体が流れ始めます。 思わずうめき声を漏らしますが子爵が流している温かい液体は生命を維持するに足りる量を超え始めます。

「僕達を知っている者を生かしておくのは危険だからね。死んでもらうよ」

 子爵はうつ伏せに倒れこみながらかすれた声音で、エ・ッサ、と吐き出しますがその声は誰に届くこともなく子爵の心臓は生命活動を停止しました。

「さてさっさと終わらせて後続隊に合流しないとね」

 魔族の少年は子爵を刺した短剣を握りしめたまま、逃げ出そうとしていたガンバラ国王の正面へ転移し――。

「どこへ逃げようと言うのかな? これから面白くなるというのに」
「な、何を言っておる」
「これから死ぬお前に話す義理は無いけどね。せっかくだから教えてあげるよ。これから僕の洗脳を受けた兵とワイバーンは――ガンバラ王国へ進軍を開始するんだよね」
「そ、そんな事許されると思って――ぐはっ」

 国王の言葉の途中で、少年の持つ短剣は国王の胸へ深々と突き刺さります。

「お前の許しは必要ない。我等の主の許可は出たんだからね」
「陛下!」

 国王を守ろうと魔族の少年と王の間に割って入った将軍でしたが、少年が転移した事でその姿を見失っていました。そして気づけば既に短剣は王の胸にあり思わず声を上げますが、魔族の少年がその隙を見逃すはずも無く、国王に続いて将軍の首に短剣は吸い込まれていきました。

「さて、邪魔が入ったけどそろそろ合流しないとお祭りに遅れちゃうね」

 楽しそうに笑いながら少年は意識を取り戻したハイネ騎士団長に声を掛けます。

「それじゃ僕は一足早くワイバーンで現地に向かうから君達は騎馬で急いで来てくれ」
「はい。承知いたしました。陛下」

 意思を持たない瞳でハイネ騎士団長は少年にそう返事を返したのでした。

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