子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第188話、エルストラン皇国へ

 ガンバラ王国の間者からの羊皮紙を読んだ僕達は急ぎ出立の準備に取り掛かります。
 元々は国内の反乱勢力を討伐する予定で蓄えはありましたが、国内で行動する為に必要な物資と国外で活動する為の物資では大きくその規模も変わってきます。
 城に戻ると先ぶれからの指示を受けたフェルブスターさんが忙しく準備を進めてくれています。

「フェルブスター、どの位で出立できそうですの?」

 普段は穏やかな性格のエリッサちゃんが子爵様の名代らしく凛々しく尋ねます。

「はい、お嬢様。こちらから参戦出来る兵は主に先だって仲間に入った元騎士団が主でして、サースドレインの守りも考えますと左程人数は多く出来ません。せいぜい500名が良い所かと……」
「それで構いません。なるべく早くお願いしますわ。それと既に知らせは受けていると思いますが、ガンバラ王国側にはお父様も参戦しています」
「はい。旦那様が無事な知らせを受けてわたくしめも安堵しておりました」
「お父様よりも先に皇国へたどり着かなければいけませんから。頼みますよ」

 エリッサちゃんはフェルブスターさんからの報告を聞くと、父である子爵様の無事を2人で喜んだ後で城の警備責任者であるウォルターさんを呼び、留守中のサースドレインの防備を依頼すると僕達が待機している食堂に入ってきました。

「お待たせいたしましたわ」
「いや、ここはサースドレイン家の城だ。留守中の指示を出すのも名代の務め。気にすることは無い」
「そうにゃ。騎士団長と子爵様を連れて戻った時、ここが押さえられていたら大変にゃ」
「アーン」
「それでどの位で出立出来そうなんです?」

 エリッサちゃんは顎に人差し指を置くと、小首を傾げながら――。

「半日もあれば出立は出来そうですわ。ここの守りを考えますと、皇国に一緒に行くのは元騎士団に所属していた彼らとこの城の騎士団だけになりそうですから」

 そう言葉を漏らすとエリッサちゃんは窓の外で整列して隊長格の者から説明を聞いている騎士たちを指さします。
 成程――フローゼ姫の配下に付けるにはもってこいですね。
 向こうにつけば騎士団長だっていますから。
 きっと元騎士団の連中も張り切って手柄を立ててくれるはずです。
 問題はこちらに援軍として来たワイバーン部隊と王子達ですが……。
 彼らは元々3日はかかる帰路を想定した物資を積み込んでいたので即出発出来ますが、あんな大勢のワイバーンとか道すがら目立ちすぎですね。
 かといって一緒に行かないという手も無いですし。
 皇国までの道で魔物が出現してもあの数のワイバーンが一緒にいれば、恐れおののいてきっと身を隠してくれるでしょうからね。
 それでも騎士団の移動は馬車で街道を、ワイバーンは空からですか……。
 ワイバーンが騎士団の移動の遅さにイライラしてしまいそうですね。

「王子を呼んでもらっていいですか?」

 僕は滞在中の世話係をしているメイドさんに頼みます。
 帰還を取りやめて一旦子爵城に戻っていた王子を呼んで、移動方法を相談することにしました。
 もし僕の重力魔法を掛けた馬車を運んでもらえるなら道程が2日は縮まります。
 流石にガンバラ王国軍にはそんな真似は出来ないので、いくら向うの方が早く進軍を開始していたとしてもこちらの方が早く到着する可能性があります。
 メイドさんは丁寧にお辞儀をすると食堂から王子達が滞在している迎賓館に音を立てない早足で駆けていきました。
 何もする事がなく待機状態だった王子はすぐにメイドに連れられやってきます。

「急にどうしたんだい、まだ出立には早い時間だろう? もしかして僕の知識が必要になる時が来たのかな?」

 なんでしょうね……このイラっとくる登場の仕方は。

「別に河童の知識は必要ないですよ。僕が聞きたいのは、重さの無くなった騎士たちを乗せた馬車をあのワイバーンで運べないかって事ですから」

 王子は重さが無い馬車、それに乗っている騎士達? と呟くと――。

「重さの無い馬車なんてある訳が無いじゃないか! ワイバーンは騎乗定員2名が限界だよ。それは君たちも知っている筈だろう?」

 確かにガンバラ王国の王都からヒュンデリーの街までワイバーンで行く時に定員の話は聞いています。
 でも今回はそれとは別の話です。
 僕の魔法を掛ければ――そんな定員など意味が無くなるんですから。

「僕は物の重さを0に出来る魔法が使えます。重さが0になった馬車と騎士達をワイバーンで吊るして運べないか? 僕が言っているのはそういう事ですよ。河童」

 僕がこれほど詳しく説明しているにも関わらずに尚も懐疑的な王子を納得させるために、掌に魔力を集めると王子の目の前にある良質で重厚感のある木のテーブルに重力魔法をかけました。
 ん?
 何で頭を押さえているんです?
 王子の変な挙動をスルーすると僕は王子にテーブルを持ってみる様に伝えます。

「こんな大きな物、うちの騎士団長だって持てないよ」

 そう愚痴を漏らしながら片手でテーブルを持つ動作をする王子でしたが、想像していた重みが一切無かった事で勢い余ってテーブルを投げ飛ばしてしまいます。
 当然、テーブルの上に乗っていた僕達が飲んでいるティーカップもお菓子が入った容器も飛んでいき、ガシャン、と破壊音を残して砕けてしまいます。

「あーあ、やっちゃったにゃ」
「これは後で弁償して頂きませんと――」
「妾はこうなると思っていたぞ!」
「アーン、アーン」
「どうです? これで納得して貰えましたか?」

 非力な王子自身いつの間にこんなに怪力になったのかと疑うくらい呆気なくテーブルをひっくり返し、目が点になっていますがこんな事で驚かれたら困ります。
 僕の問いかけに対し王子は、

「あぁ、まったく重みを感じなかった。これが馬車にも適用出来るなら――理論上は可能だ」
「それではフェルブスターに命じて、馬車を吊るせる長さのロープを大量に用意させますわね。これで持っていく物資も少なくて済みますわ」

 全軍で飛行して行く事により、当初用意する予定だった僕達の食糧も半分以下に抑えられ、また馬を使わなくなった事でそれに伴う飼い葉や水も積み込む事なく出立の準備は終わり、昼前にはサースドレインの湖の畔に集合しました。

「さて諸君、これからガンバラ王国、アンドレア王国による侵略国家エルストラン皇国への侵攻作戦を開始する。ガンバラ王からの報告では皇国には魔族が加担している事が明らかになっている。これは先の人種間戦争の再現になるやもしれぬ。皆気を引き締めてあたってほしい」
「今、フローゼ姫からも話があったが長らく睨み合いを続けてきた皇国を打ち破る日が来た。すでに父も皇国へ向け侵攻している。我らも遅れを取らないよう全速で向かうぞ!」

 フローゼ姫とトベルスキー王子が檄を飛ばすと、ワイバーンの騎乗兵と騎士団の精鋭達は大きな声で叫びます。
 相手が最大国家の皇国だというのに士気は下がっていませんね。
 皆が馬車に乗り込んだ所で、僕が1台ずつ魔法を掛けていきます。
 馬車に乗り込んだ騎士達は僕の強さは知っていてもこの魔法は初めてですからね。
 幾分か緊張した面持ちで窓から外を眺めています。
 僕が全ての馬車に魔法を掛け終えると――王子が腕を高く掲げ、一気に振り下ろします。
 それを合図に先頭のワイバーンから次々と飛び立っていきます。
 当然、ワイバーンの足に括りつけられた馬車も一緒に――。
 丁度太陽が真上に差し掛かる中を、その光の中に溶け込むようにワイバーンと僕達を乗せた馬車はどんどん高度をあげて行きました。
 向かう先に困難が待っているとも知らずに……。

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