子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第181話、突然の来訪者

 翌日、僕とフローゼ姫の姿は街壁の外にありました。
 先日は皇国軍の襲撃によって作業の中断を余儀なくされた街を覆う湖を完成させる為です。

「では子猫ちゃん、この位置から川に向かって消滅魔法を放ってくれるか」

 フローゼ姫は湖の底から川の方向を指さし僕に指示します。
 僕が消滅魔法を放ったら直ぐに神速を使い、街壁側の岸辺に取り付けた階段を使い駆け上がる予定になっています。

「それじゃ行きますよ!」

 僕は掌に魔力を集めると、一気に川へ向け消滅魔法を放ちました。
 ゴボゴゴゴゴゴゴゴゴゴーーーー、っと激しい轟音を周囲にまき散らしながら予定通りに川に向かって漆黒の本流が流れていきます。
 僕の掌から流れ出た漆黒のブレスが収まると、フローゼ姫は僕を抱え上げ一気に走ります。
 僕自身まだ駆ける余力は残した筈ですが、僕が魔力をうまく調節出来ない事から、魔力切れで倒れる事を危惧した結果決まった事です。
 フローゼ姫は僕を軽々と腕に抱きしめると神速を発動、あっという間に階段を駆け上がり街壁まで到着します。
 しばらくすると――。
 ゴゴゴゴゴゴゴーーー、っとうねりを上げながら僕が築いた溝をなぞる様に川から分離された水が一気に押し寄せます。
 その勢いを見て取りフローゼ姫は壁沿いに駆け出します。

「これは予想外だったな――」
「砂漠の時はこんなに勢いが激しくなかったですよね?」
「うむ。砂漠の街に引いた川の水は元々平野部を流れていた為に勢いが穏やかだったがここは――山が近くにある事から勢いが強い。それを失念しておったわ」

 この世界にベルヌーイの定理などという法則がある訳もなく、フローゼ姫がそれを見誤っていても仕方の無い事です。
 勢いよく下って来た水は街壁にぶち当たると大きく飛沫を飛ばします。
 街壁の上では僕達の偉業を見物に大勢の人々が見学にやってきていましたが、皆飛沫を被ってずぶ濡れです。
 ですが高い壁を水が越える事は無く、その力が左右に逃げるとフローゼ姫が掘った穴を満たす様に回り込んでいき、その後に勢いが止まると街壁の上から観戦していた大勢の人々から歓声がドッと沸き上がりました。
 僕達が正門から街の中に戻ると、ミカちゃん達が出迎えてくれます。

「お疲れ様にゃ。すごい勢いで水が押し寄せてきたにゃ。でも成功して良かったにゃ」
「水が迫って来た時はヒヤヒャ致しましたわ」
「アーン、アーン」

 皆から労いの言葉を掛けてもらい、僕達は皆で作業の完成を街壁の上に登って確認します。
 川からの流れが止まると、当然水流そのものも止まり巨大な湖が完成していました。水の流れは殆どありませんが、濁り切った水は砂が沈殿していく事で次第に綺麗になっていくと水面には銀色の鱗を光りに反射させ泳ぐ――ここに迷い込んだ魚たちの姿も見受けられます。
 後はミカちゃんの魔法で緑地化を促進させ湖の外側に緑を増やし景観を構築すれば完成ですね。
 僕にはまだ地下に穴を掘る役目が残っていますが、それはまた後日です。
 その後街は新しい湖の街サースドレインの完成を祝い、夜を徹して賑やかな祭りが執り行われました。
 またエリッサちゃんの発案で、貴族派との戦いで消えていった人々を弔う為に木で出来た簡単な灯篭を湖に浮かべました。
 街の中にある噴水広場に花を手向ける人は居ましたが、城主が公に亡くなった者を弔うのはこれが初めてです。
 子爵の代行として、次代を担う子爵としての役目をエリッサちゃんはしっかりと務めあげていました。

 その後、隠し通路も順調に完成し7日が経過しました。
 しかし皇国軍を警戒し街もそれに合わせて警備体勢を布いていましたが10日が過ぎてもそれはやっては来ませんでした。

 代わりにサースドレインにやって来たのは――。

「やぁ、またお会いしましたね。こんな所でお会い出来るなんて最早運命――」

 何でこの男がここに居るんでしょう……。
 ボロイ行商人が使用する馬車に乗り、以前国王の遣いとしてやって来た騎士団長と爺やさんを共に連れてサースドレインにやってきました。
 その顔は以前よりは引き締まっていますが、フローゼ姫の姿を見るとその表情も和らぎ以前のだらしない面持ちに変っていました。

「トベルスキー王子、どうしてここに?」

 フローゼ姫が眉毛を跳ね上げ尋ねると、

「フローゼ・アンドレア殿、いやフローゼ姫。僕は貴女の力になりたくてこの国にやってきました」
「そなた何故妾の素性を……」

 フローゼ姫がこの国の姫である事は、旅をしている間はずっと秘密にしていました。それがよりにもよってガンバラ王国の王子に知られた事を疑問に思い問いかけますが今更ですよね。
 白雪城の晩餐会での出来事を振り返れば、想像するのに難くはありません。
 問題はこの王子がなんの為にこの国にやって来たのかですが、それは本人の口から既に語られています。
 色ボケもここまで来るとたいしたものです。
 以前被っていた尖がり帽はもう被ってはおらず、頭頂部も髪が生えもう河童の面影は残っていません。ここで再度失言をすればもう一度――。
 そう考えましたが、トベルスキー王子は言葉が拙いなりにも、ゆっくり言葉を選んで話している様に見受けられます。ガンバラ王国で出会ってまだ1月弱ですが、彼を成長させる出来事でもあったんでしょうか?

「僕達はここへ来るまでに王都の他、他の街を巡ってきました。貴女の素性を知る手掛かりを得る事は難しくはありませんでしたよ」
「妾の素性を知ったとしても、既に国はこの有様だ。妾はもう王族でもなんでも無い」

 フローゼ姫が遠回しにつけ放そうとしますが、

「先日の皇国軍を撃退した話はこのサースドレインに止まらず、他の街でも噂されていました。第三国の人間の立場から言わせて貰えば、皇国に侵略されたばかりだと言うのに、この国の民も兵もおかしい。まるで洗脳を施されている様だ!」
「なっ、何を根拠に――」
「これまで善政を敷いてきた王族をたかが15パーセント税を下げられただけでここまで敵視するのは異常だ。しかも国とは民の拠り所。王族に不備があったと雖もこんなにあっさりと皇国を受け入れるのはおかしい」

 この王子、何を言っているんでしょうね。
 民達が王族を憎んでいるのはその15パーセントの税を王族が私腹を肥やすために搾取していたからという話だった筈です。
 洗脳と言えるほど大げさなものではありません。

「それは集めた税の行方が不明で、王族が私腹を肥やしていたからと――」
「ですからそれがおかしいのです。それまで信頼されていた王族が民の将来を慮って集めた資金です。そんな人目につく場所に保管している事が珍しい。しかもそれを民達に公表したのは王族の敵です。敵からの情報を簡単に鵜呑みにしている事が既に洗脳を受けている証拠では無いですか」

 どういう事ですかね……。
 僕達は普通に民から集めた資金が王城内から見つからなかった事で、民や兵達が王族への不満を爆発させたと思っていましたが、王子の考えは違うようです。

「我が国は長年皇国とは国境を境に睨み合いを続けてきました。当然、皇国へも大量の間者を放っています。皇国は皇帝を神の様に崇め奉る国なのは周知の事実ですが、この世界の神を信仰する者が誰一人としていない事に私達は注目していました。今のアンドレア国の現状はそれと良く似通っています。それまで民からの信頼が厚かった王族を一瞬で失墜させるのは容易な事ではありません。皇国の民が帝を神と崇めている事、アンドレアを乗っ取った手法、今はまだ憶測でしかありませんが、精神を侵食、書き換えると言った方が早いでしょうか――そんな手法を取っているとしか思えないのです」

 突然現れた王子のこの言葉によって僕達の行動も、変更を余儀なくされる事になりました。

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