子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第180話、皇国の闇

 渚さんとアッキー達が姿を消した事で、真っ先にミカちゃんの元へと駆け寄ります。ミカちゃんの顔色は良くなっていますが、若干疲れた表情です。

「ミカちゃん大丈夫?」

 一目見れば怪我が無いのはわかりますが尋ねます。

「私は大丈夫にゃ。それにしても強かったにゃ。あの人達――何者にゃ?」

 僕はどう説明していいか刹那考えましたが、ミカちゃんに隠し事は出来ません。
正直に話す事にします。

「僕と対峙していた人は、元の世界で僕を拾ってくれて育ててくれたお婆さんのお孫さんで……僕を探していてこの世界に迷い込んだって言っていたよ。もう一人はその弟子だと言っていたけど――」
「それで子猫ちゃんがあの人にあの魔法を使わなかったんだにゃ?」
「それは――」
「子猫ちゃん、ミカ殿無事な様で何よりだ!」

 僕が消滅魔法とか重力系をあの人に使わなかった理由を話そうとすると、駆け寄って来たフローゼ姫から声を掛けられました。

「間一髪間に合った様ですわね」

 先程ミカちゃんをフォローしてくれたエリッサちゃんも続きます。

「フローゼ姫、さっきは助かりました」
「エリッサちゃんも、ありがとうにゃ。お蔭で助かったにゃ」

 僕とミカちゃんの言葉を聞き2人とも満更では無い様子で頷きます。

「それであの者達は何者だ?」

 フローゼ姫は昔に見た事がある筈ですが、忘れている様なので一から説明する事になりました。
 僕がミカちゃんに説明した話を再度すると――。

「なるほど――あの女性があの時の迷い人なのか」
「迷い人とその弟子ですか……」
 
 フローゼ姫は当時を懐かしく思った様で瞳を細めていますが、エリッサちゃんはそれとは対照的に2人が敵側に居た事に困惑をしているようでした。
 迷い猫とその仲間と迷い人とその弟子。
 先程、戦った感じではまだまだ全力で戦った感じは受けませんでした。
 エリッサちゃんの心配事は最もですね。
 今回は物資を潰した事で何とか撤退に追い込んだ形ですが、次に戦えば――双方に甚大な犠牲が出る可能性もあります。
 そして何より、僕がお婆さんの孫である渚さんを倒せるのか?
 全力を出し切れば勝てるかもしれません。
 でも僕が渚さんに重力魔法や消滅魔法を撃てるのか?

 僕のせいでこの世界に迷い込ませてしまったあの人を――。

 本人はこの世界を気に入っている様子でしたが、それが本音かは分かりません。
 戦っている事に迷いを感じさせる場面もありましたから。
 それを抜きにして考えても、あの不可思議な結界を攻略出来ない事には僕が単体で相手をするにしても不安が残ります。
 これまで僕が戦ってきた相手は、戦う事に何の抵抗もありませんでした。
 でも今度の相手は――戦闘力でも恐らく互角かそれ以上なのに、こんな気持ちではまたミカちゃんを危険に晒してしまいます。
 ミカちゃんが戦いたくないのに、殺したくないのに……そんな気持ちを抱きながら仕方なくオードレイク伯爵を殺した時はこんな気持ちだったんでしょうかね。
 僕が思考の中にいると、気持ちを察したミカちゃんが明るく声をあげます。

「とにかく皆無事で良かったにゃ!」
「ああ、そうだな。次の侵攻が来る前にここを囲う湖を完成させよう」
「そうですわね。今夜は祝勝会ですわ!」
「アーン」

 皆に元気付けられ僕達は城へと帰りました。
 壊れた箇所は概ねミカちゃんの修復魔法で直りましたしね。


             ∞     ∞     ∞

「それは本当かい?」
「はい。間違いなく――黒竜様から情報があがっていた猫でございました」

 ここはエルストラン皇国首都、レイスルーンにある皇帝陛下の居城。
 まだ昼間だと言うのに暗く締め切った部屋の一室で、この国の最高権力者である皇帝がアッキーからの報告を受けていました。

「その猫はどんな猫だったんだい。人化は出来るのかい?」
「姿は白地に灰色の毛が生えている小さな猫でございました。恐らく人化の術は使えないかと――」
「あはははは。小さな猫か。黒竜が面白くなりそうだなどとほざくからどの程度かと思えば――」
「ですが重力系の魔法を使っておりました」
「はぁ? 何処にそんな力が――あ、そうか。渚君と同じ世界を渡って来たんだったね。まったくあいつもつまらないシステムを構築したものだ。君から見てそれが脅威になりえると判断したと言うんだね?」
「はい。ですからアンドレアの反抗勢力を野放しにするのは気が引けましたが、撤退の魔道具を使い戻ってまいりました」

 皇帝は難題を抱えたかのように眉を顰めると、ゆっくりと瞳を閉じます。
 そして――。
 少しの間、その姿勢で思考していた皇帝は瞳を開けると、

「うん。君の判断を尊重しよう」
「では――」
「ああ。当面の間、アンドレアと関りを持つのは止める。勿論奴隷達にはこれまで通り働いてもらうけどね」
「ですがもし鉱山を襲撃される事になったら……」
「鉱山かぁ。それは僕が望んだ事じゃないんだけどね。もし僕が休んでいる間に鉱山を欲したら、この国の兵だけで対処してくれるかい?」
「分かったっす」

 皇帝が闇に溶ける様に意識を手放すと、アッキーは小首を下げその場からその姿を消しました。

「それにしても子猫ね……ふふっ」

 誰も居ない薄暗い部屋には声だけが漏れていました。

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