子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第168話、サースドレイン水上都市計画

「それではお嬢様方はそのエルフが過去に作ったと思われる転移の穴に落ちたのですな……」
「そうなのです。皆で話し合った結果、恐らく――父様達も」

 元騎士団の連中の処遇を決め罪人を拘束する牢屋に貴族派の子弟を移した僕達は、子爵城に戻り食堂で紅茶を嗜みながら、今回の一連の出来事をサースドレイン家筆頭執事のフェルブスターさんと子爵城の警備責任者であるウォルターさんを交えて話し合っていました。
 長く子爵家に仕えているフェルブスターさんもまさか子爵城からそう遠くない森の中にその様な魔道具が仕掛けられているとは思わずに唖然としていますが、事実ですからね。その穴が全ての原因でもありますが、過ぎた事を言っていても仕方ありません。
 今現在子爵様、騎士団長が何処にいるのか予想は出来てもどんな状況にあるのかは想像でしか出来ませんからね。

「それで皆様方はこれからどうなさるおつもりなのでしょうか……皇国に反旗を翻した子爵城はこれから否応無しに戦火に包まれるでしょう。私奴としましてはこの子爵城を守る為に粉骨砕身、老体に鞭打っても守り切る所存で御座いますが――」

 貴族派の猛攻に逃げも隠れもせず抵抗を続けたフェルブスターさんはそう告げてエリッサちゃんに跪きました。
 エリッサちゃんは驚きそれを止めようとしますが、子爵様の行方が分からぬ以上はこの城の最高権力者はエリッサちゃんです。
 幼子を諭すようにフェルブスターさんに請われエリッサちゃんは翡翠色の瞳に決意の色を見せ頷きます。
 この城を守るのはサースドレイン家に連なる人だけではありませんからね。
 僕達も協力するので何とでもなるでしょう。
 問題があるとすれば、これからフローゼ姫が何を成すのかです。
 元騎士団の連中を前に、この国を取り戻すと宣言しましたから……大変ですね。

「それであの騎士達はどうするにゃ?」

 ミカちゃんは外を指さし、子爵城の警備兵と訓練を行っている平民出身の騎士団の処遇を尋ねます。
 フローゼ姫の説得が功を奏し元国王への疑念も晴れ、皇国と貴族派へその矛先は向けられました。皆は皇国が貴族派に請われ人道的支援の名目で侵攻してきたと思っていたようですが、実際は王家が管理運営していた鉱山が目当ての侵略だった事を聞かされ、貴族派と皇国に騙されていた事に憤っていました。
 そして民から集めた税金の行方と王亡き現在でもその意思が続いている事に感銘を受け、皇国と争う事を決めたフローゼ姫に付き従う事にしたようでした。

「貴族派や皇国と戦う上でこの子爵城が当面の本拠地になる。守りが多くて困る事は無かろう?」
「それはそうですが……」

 元騎士団の連中は騙されていたとはいえ、このサースドレインの街に攻め入った者達です。任務とはいえ多くの兵を殺した者と仲間を殺された者を一緒の場で訓練させても大丈夫なのか……エリッサちゃんの心配はもっともですね。

「何、心配はいらぬ。騙され一度は敵になりはしたが、元アンドレア国の騎士団だ。エリッサ嬢の心配事は、あやつらも良く分かっておるよ」

 貴族派の子弟の騎士なら権力を傘に横柄な態度を取るかもしれませんが、彼等は皆平民から騎士団に入隊した者達ですからね。
 そう考えれば子爵領を守って来た一般兵であっても、彼等より先輩にあたりますから。そんな意味での序列は体で理解している事でしょう。

 仲間になった元騎士団の件を話終えた僕達は次の議題に移ります。
 フローゼ姫が考えた奪還作戦の概略ですね。

「まずは――このサースドレインの街を水上都市に作り直させてもらう」
「――なっ、一体何を」

 いきなりの突拍子もない提案にエリッサちゃんが翡翠色の瞳を大きく見開き絶句します。一体どういう事なんでしょうね。
 子爵様が不在の今、ここの責任者はエリッサちゃんです。
 そんな勝手は許せないとばかりにフローゼ姫にキツイ視線を投げます。

「エリッサ嬢、そんなに睨まないでくれ。妾はこの街を守る為に提案しているのだ」
「お父様が不在の現状で、街を作り替えるのは――」
「うむ、分かっておる。正確には作り替えるのは市壁の外側になる。砂漠で妾が作った湖は皆も見ておろう? あの湖でこの市壁全体を覆うのだ」
「私奴には理解が及びませぬが……そんな事が可能なので?」

 フローゼ姫の提案にフェルブスターさんも懐疑的な言葉を吐きます。
 確かに時間を掛ければ可能でしょうけれど……そこまでする意味があるんでしょうかね。
 皆の視線を一気に集めフローゼ姫が続きを話します。

「可能か否かで言えば――可能だ。今後、このサースドレインは戦火に巻き込まれる。位置的に妾達が王都を奪還に行っている隙を付かれ落とされる可能性も否定は出来ぬ。何せ皇国はここから東。王都は西にあるのだからな。王都奪還の最中にサースドレインを守るには兵が簡単に踏み込めぬ様に湖で覆ってしまうのが手っ取り早い。幸いにもそれを数日で成し遂げる策が妾達にはある」

 そう言ってフローゼ姫は僕の方を見つめます。
 そんなミカちゃんより濃い青の瞳で見つめても僕の気持ちは揺らぎませんよ!
 僕は薄い青色の瞳が好きなんですから!

「妾が穴を掘り、子猫ちゃんが川から水を引く。砂漠の国でやった事の再現だな」

 フローゼ姫の案はこうです。
 市壁の外に湖を作り容易に進軍出来ない堅牢な要塞にする。
 街への入口は馬車2台がやっとすれ違える分だけの細い道が一つ。
 湖の水は西にある川から引いてくる事で、常に新鮮な魚を獲る事が出来る。
 門が1つしか使えなくなる事での弊害は、東西からの訪問が混み合う事。
 これに関しては入門時間を早くするなどの時間を長くする事で対応する。
 弊害は出るが門が一つになる事で、侵攻された時の守備をばらけさせる事が無く、少人数での防御が可能である。
 子爵城にある隠し通路は現在のものを廃止して湖のさらに下に通路を作る事で対応する。その際の出口は当然森の中になるが、出る先は――あの魔道具のある場所とする。

「新しい隠し通路の出る先が転移の穴なのは何でにゃ?」
「そ、そうですわ。またあんな思いをするんですの?」
「まぁ、よく聞いて欲しい。敵から逃げる事態という事はそれだけ追い詰められているという事だ。ならばここから離れたあの場所に逃げた方が、追手も容易にはやって来られないと思わぬか――あちらには幸い妾達が親交を交わしたお蔭で伝手もある事だしな」

 湖の下に隠し通路ね……そんな簡単に出来るんでしょうか?

「尚、湖を作るのも隠し通路を作るのにも子猫ちゃんのあの魔法が無ければ出来なかった事だがな」

 なるほど――そういう事ですか。

「では、明日から早速工事に取り掛かろう。子猫ちゃんはあの穴までの正確な方角を把握しておいてくれ」


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