子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第154話、旧アンドレア国騎士団

 森の手前に止めた馬車から少し距離を取り、騎士の2人は止まっています。
 何か様子がおかしいですね。
 不審者の捜索であれば近づいて誰何するのが普通です。
 ですが騎士達は一向に近づこうとはせずに、むしろ援軍が来るのを待っている様相すら感じられます。

「あの騎士達は何を怯えているんですの?」

 流石に馬からも降りずに、ずっと離れた場所から見ているだけの騎士を訝しみエリッサちゃんが声に出します。

「さぁな。妾にもさっぱりわからん。既に子爵城は落ちているにも関わらず、四方に物見を出す――そうか!」

 フローゼ姫も疑問に思いながらも、敵の挙動をなぞって口にしている最中で何かに気づいた様です。

「何か分かったのかにゃ?」
「あぁ、既に勝敗が決し城を占拠しているにも関わらず、四方へ偵察を出すというのは――重要人物を取り逃がしそれを躍起になって捜索していると考えた方がしっくりくる」
「それでは――」
「ああ。子爵殿か、騎士団長かもしくはその両方を捕らえていない可能性が高い」
「お父様が城を捨てて逃げるなど考えられませんわ!」
「だとすると騎士団長が――すまん。騎士団長が逃げるなど妾にも考えられんな」
「だとするとどういう事にゃ?」

 フローゼ姫はしかめっ面を作ると、眉間に手を置き唸っています。
 確かにその2名が城を捨て、兵を見殺しにして逃げ出す様な薄情な者には思えませんね。では一体誰を探しているんでしょう。
 僕達は森の中でも馬車が良く見える場所に移動していますが、前方に林も乱立している事から身を隠している限りは騎士に見つかる事は無いでしょう。
 もっとも相手の興味は停車している馬車に向いていて、森に視線を投げては来ませんが……。

 しばらく睨み合う様に時間が過ぎ去ります。

 すると――騎士達が出てきた西門から大勢の騎士達が飛び出してきました。
 思ったよりも行動が早いですね。
 伝令が戻ってそれ程時間は経っていない筈なのに、まるで出陣の準備は出来ていたとでもいう速さで駆け付けた事になります。

「――くっ!」
「まずいにゃ。敵がどんどん門から出てくるにゃ」
「フローゼ姫には悪いけどもう戦うしか無いですね」

 僕が無情にもそんな言葉を吐くと、フローゼ姫は奥歯を噛みしめ僕を睨みつけてきました。そんな威嚇をされても僕は怯みませんよ!
 僕は掌に魔力を纏わせ待機します。
 フローゼ姫は依然として躊躇っていますが、ミカちゃん、エリッサちゃんも掌に魔力を纏わせ始めています。

「子猫ちゃん殺さない様にやるにゃ!」
「私も気を付けますわ」
「やってみますが……保障は出来ませんよ」
「それでもやるにゃ!」

 ミカちゃんの注意を受け、準備していたメテオからブリザードに切り替えます。
 そうこうしている間にも先行していた騎士の1人が片手をあげ、後続の集団へ何やら合図を送っています。それを見て取り門から出てきた騎士達は陣形を大きく広げていきます。

「あれ何やっているんです?」

 僕が皆に尋ねると――フローゼ姫がそれに応えます。

「何て事だ。あの者達は皆、元アンドレア国の騎士団の者達だ。最初に騎士が出した合図は――馬車を取り囲めだ」

 なるほど、馬車からの反応が無いから警戒して取り敢えず囲んでしまおうと言う訳ですね。馬車には誰も乗っていないのにご苦労な事です。

「アンドレア国で精強と言われたあの騎士団ですのね」
「戦えば妾達の敵では無いがな……」
「騎士団長が一番強かったのなら、余裕にゃ」
「雑魚と同じですね」

 僕の失言に嫌そうな面持ちを浮かべたフローゼ姫にまた睨まれます。
 やはり同じ釜の飯を食べて一緒に訓練を積んできたから、貶されるのはいい気分じゃない様ですね。でも今は敵ですよ!

 馬車を騎士達が取り囲んだ所で、騎士団に合図を送った騎士がゆっくりと馬車に近づいていきます。一歩、また一歩慎重に歩を進め馬車の脇までくると、扉に付いている取っ手に持っている剣先を挟み込み勢いよく扉をあけました。
 周囲の騎士は既に抜剣していて、その剣先を馬車へと向けています。
 一瞬の静寂の後――馬車の内部が見える位置にいた騎士達が騒ぎ出します。
 馬車には誰も乗っていないぞ! 周囲を探せ! 警戒を怠るな! など様々な怒号が響き渡ります。
 森に捜索隊が入り込むのも時間の問題ですね。
 僕が魔法を放つのに都合のいい大木に足を掛け昇ろうとした時――。

 ザワッ、と林が音を立てフローゼ姫が立ち上がりました。
 ここで自分達の姿を晒してどうするんですか!
 皆が呆気に取られている中、フローゼ姫が声をあげます。

「騎士団の諸君、剣を下ろし投降しろ!」

 森の中に生え茂る林から突然、銀髪の少女が顔を出し騎士達は一瞬固まります。
 着ている装備は依然のフルプレートアーマーではありませんが、その姿を知らない者はこの騎士達の中には誰一人としていません。
 騎士達は皆、複雑そうな面持ちを浮かべその姿を瞳に焼き付けます。
 一緒に苦楽を共にしてきた仲間で、しかも自分達が裏切った国王の娘です。
 捕らえれば王族に対し行ったように、処刑の道しか残されていません。

 出来ればここで会いたくなかった。

 複雑な思惑を顔に出しながらフローゼ姫を憐憫の眼差しで見つめています。
 すると――騎士達の中から一人の小柄な男が一歩前に進み出てきました。
 小柄な男は他の騎士とは違い、嫌らしい目つきでフローゼ姫を見つめると、大げさな身振りで両腕を広げ声を張り上げます。

「これは、これは。誰かと思えば姫騎士、いやフローゼ元姫では無いですか! いったい今まで何処で何をしていらしたのやら。あなたが巻き起こした騒動で国は滅び、ご家族は皆処刑されたというのに……」
「――っ」

 この人何様なんでしょう?
 他の騎士達とは違い、この小男は今にも笑い出しそうな面持ちを浮かべ嫌味を言ってきましたよ。
 あまりの心無い言葉にフローゼ姫が絶句していると、

「それにしても大物が見つかりましたね。逆賊のハイネとサースドレインを捜索していたらまさか――フローゼ姫が見つかるとは。ふはは」

 はっ?
 この人今重大な事を言いましたよ。
 小男の言葉に怪訝そうな面持ちを浮かべたフローゼ姫とは対照的に、隠れていたエリッサちゃんが立ち上がり、声を飛ばしました。

「お父様は無事なんですのね!」


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