子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第140話、国王派の現状

 夜を通して馬車を走らせ続けたミカちゃんと、初めて災厄クラスの黒竜と遭遇して疲労していた面々が起きたのは、既に街が活気づき所々に露店が並び出した頃合いです。

 黒竜のお蔭で食料を失いお腹が減っていた事の影響が大きいですが……。

 露店から漂ってくる美味しそうな食べ物の匂いに釣られ誰ともなしに意識を覚醒させていきます。

 僕は一足早く起きて、御者席と座席の間に備え付けられている窓枠に座り街の様子を窺っていました。当然、匂いの元である露店もチェック済みです。

 ミカちゃんの可愛い小粒な鼻がピクピクと動きます。

 いつもの様にミカちゃんを見つめていると――。

 薄っすらピンク掛かった白い瞼の壁から、薄く青い瞳が顔を覗かせます。




「ミカちゃんおはよう!」




 真っ先に僕が挨拶すると、まだ寝ぼけているのか鼻をクンクンと鳴らし馬車内にまで立ち込めてきた御馳走の匂いを嗅ぎ、次の瞬間――。

 ガバッと起きるとキョロキョロと周りを見回しました。

 当然、僕に見つめられている事にも気づき恥ずかしそうに、




「子猫ちゃん、おはようにゃ!」




 と、挨拶を返してくれます。




 僕がこの世界で一番お気に入りの瞬間です。




 ミカちゃんが声を出すと、それに釣られたように他の皆も一斉に起き出します。

 皆の鼻も料理の匂いを捕らえた様です。フローゼ姫が起きるなり、




「おはよう。何やらいい匂いがするのだが……」

「皆さま、おはようございます。美味しそうな匂いですわね」

「アーン!」




 皆も匂いの原因を探ろうと、挨拶を交わすと窓から外を眺め出します。

 露店の位置は馬車の正面に出ているので、皆が窓から眺めても分かりません。

 僕があそこですよ。と教えると、馬車の窓から顔を乗り出し露店を認めます。




「この街は早起きなのだな。もう露店が――」




 フローゼ姫は自分が寝過ごして居た事に気づかず、感心しながら声を漏らしますが日の位置に気づき顔を真っ赤にすると呟きかけた言葉を引っ込めました。




「私の持っているお金がここで使えるのは到着した時に聞いているにゃ。露店で朝食とするにゃ!」




 ミカちゃんが提案すると皆も首を縦に振って賛成しています。

 流石にお腹が空きました。魔石ではお腹に溜まらないので当然ですね。

 見張りの兵士さんに、露店に行く旨を伝えこの場所に馬車を置かせてもらい僕達は露店へと駆け出します。

 3つ出ている露店はどれも違う料理で、小麦を使った生地に肉を挟み込んだ料理や、串焼き、寒い今の季節には有難い鍋料理がありました。露店の前には座って食べられるように座席も用意してあり、そこに大きな皿を出して貰うと3つの露店から買い揃えた料理を皆で食べあいます。

 やっぱり出来立ての料理は違いますね。

 皆、食べている間は声を漏らさず無心で頬張りました。

 テーブルの上に置かれた大きな皿3枚の上にはもう料理は残っていません。

 皆、満足そうな笑みを浮かべお腹をさすっています。




 ――すると。




「お嬢さん達も朝食かい?」




 昨晩、僕達に色々と話してくれた兵士がテーブルの脇まできて声を掛けてきました。ケバブの様な露店の親父さんに、いつものと注文をいれると僕達の隣の座席に座ります。夜番の兵士さんの勤務が先ほど終わり、これから帰る所らしいです。




「ここの料理は旨いだろう? こいつらも俺と同じで鉱山で大金が稼げると聞いて移り住んだ口でな、料理店での雇われ生活が嫌で逃げ出して大博打を打ったつもりが、結局元の鞘におさまっちまったと言うわけだ」

「お前だって鍬を使った畑仕事が嫌で逃げ出して、それが剣に代わっただけじゃねぇか」




 ガハハ、と大声で笑いながら露店の店主さんと兵士さんが仲良く話し出します。

 似た者同士の2人をフローゼ姫が冷静に見つめると、昨晩聞けなかった事を尋ねました。




「所で、昨晩アンドレア国からの奴隷の話が出ていたが……アンドレア国はどうなっているのだ? しばらく振りにこっち方面へ来たもので気になってな」




 自らの出自を語らずに、上手くアンドレア国の現状を探ろうとすると――。

 露店の親父さんの顔色が、笑顔から渋いそれに変わります。

 それに気づいたミカちゃん、僕、フローゼ姫が警戒すると、エリッサちゃんが呑気に声を掛けました。




「どうされたんですの? 難しい顔をなさって……」




 流石、権謀術数の世界から隔離されて育ったエリッサちゃんです。

 皆が細心の注意を払っている所を難なく打ち壊します。

 そんなエリッサちゃんの問いかけに親父さんは――。




「すまんな。アンドレア国が最近滅んだ話は知っているのか?」




 僕達が首肯すると、




「なら話は早い。あの皇国の侵略はアンドレア国の貴族派が、国王派に潰されまいと抵抗した為の内乱だともっぱらの噂だ。実際に現在皇国の一領土となってはいるが、それを取り仕切っているのがアンドレア国で侯爵をしていた貴族派の――なんて言ったか、そうそう。なんとかレイクだ。その侯爵が敵対勢力派閥の貴族や親族とその子息達を奴隷に落とし格安で鉱山や奴隷を必要としている国へ斡旋した。そのお蔭で、ここで稼ぐ為に移住してきた俺やこいつのお仲間は――首寸前まで追い込まれている。そんな訳で一般の鉱夫達は皆憤っている。お嬢ちゃん達も悪い事は言わねぇから早くこの街から出て行くんだな」




 親父さんの口から語られた内容は、奇しくも、いや当然と言うべきでしょうね。 大国ガンバラ王国の間諜が正確な情報を国へ届けていた事の証明になりました。

 フローゼ姫の口元が震え、ギリッ、と真横にでも座っていなければ気づかれない程、微かに歯ぎしりがなりました。

 さっきは呑気に親父さんに尋ねていたエリッサちゃんも、話の内容が貴族派に及ぶとテーブルの下に隠した指が震えています。




「分かったにゃ。買い物を済ませたら出て行くにゃ」




 アンドレア国の貴族で知り合いはサースドレイン子爵だけのミカちゃんが、親父さんに返事を返すと、親父さんは申し訳無さそうな面持ちを浮かべて、




「こんなご時世だ。嬢ちゃん達も気を付けてな」




 僕達を気遣ったのでしょうか、帰りにお土産を包んでくれてそれを受け取り、馬車へともどりました。




「ゆっくりとしても居られないな。必要な物を買ったら直ぐにでも出立しよう!」

「国王派の子息達も奴隷落ち――」




 フローゼ姫の口元には先程歯を強く噛んだ時に湧き出した血が微かに付き、彼女の悔しさを物語り――エリッサちゃんは自分と同じ立場の人達の現状を改めて知り茫然としています。




 僕達は数日分の水と、食料を買い込むと鉱山へと人を送り込んでいるこの街を後にしました。


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