子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第135話、思い上がり

 木の魔物と巨大な猿を4匹倒した僕達は、魔石だけ抜き取るとそのままその場を後にします。
 この魔物達を倒しても森がまだ静けさを保ったままなのは、原因はそれではない事を示しています。木も猿もランク的には恐らくBからCでしょう。それよりも強い魔物がいるという事は当然――Aランク相当もしくはAランク。更にその上が居るかもしれません。
 皆で話し合った結果、そんな危険な橋は渡れない。
 今は最短でアンドレア国を目指すのが先決という事になり、魔物の死体処理もそこそこに馬車は動き出しました。
 魔石を食べるのは休憩までお預けですね。
 次の国まではヒュンデリーの街から馬車で2日掛かるとは聞きましたが、まさかこんな深い森の中を延々2日も走る事になるとは、思ってもみませんでした。
 普通に馬車を走らせた場合で2日なので実際はもっと早く着く計算になるのですが……。

「さっさとこんな場所は抜けたいにゃ」

 ミカちゃんには未だにサースドレインの森での、オーガ戦の記憶が脳裏をよぎるらしく強い魔物を待ち望む僕とは正反対に怯えてしまう部分もあります。
 砂漠でビックウッドローズと戦った時は、森では無く砂漠だった事もあり左程気にしていませんでしたが、ここはあの場所とは違いますが森の奥です。オーガが現れる可能性も当然ですがあります。不安そうな面持ちのミカちゃんを慰めようと僕は肘掛によじ登り、ミカちゃんの頬を舐めます。僕の舐め技はヒーリング効果がありますが、怪我をしていないミカちゃんには効果がありません。それでも――。

「子猫ちゃん、ありがとうにゃ」
 
 茶色い耳の先端を下げた状態で、薄い青色の瞳を震わせお礼を言ってくれました。

「ミカちゃん気にする事ありませんよ。あの頃とは僕もミカちゃんも違います。強くなったしなにより――仲間が増えましたから」

 僕達だけでは倒せなくても、今は強力な魔法を使える仲間もいると説明する事でミカちゃんの不安を払拭しようと試みます。

「そ、そうにゃ! 皆で戦えばオーガもいちころにゃ!」

 漸く元気になってくれたミカちゃんにピタリと寄り添いながら、朝まで馬車は走り続けました。

 時間にして何時位でしょうか……。
 上空を眺めれば木々の隙間からお日様の光が漏れて暗い森に、光の筋を指しています。流石に走り通しでミカちゃんの顔にも疲れの色が出始めています。

「そろそろいいかにゃ?」
「うん。もう夜目が使えない普通の人でも見えますよ」

 僕がミカちゃんにそう伝えると、ミカちゃんは街道の広くなっている場所に馬車を停車させます。まずは馬にヒーリングを掛けないとですね!
 僕が近づくと怯えた為に、ミカちゃんが2頭に近づきハイヒールを掛けます。
 さすがは僕のヒーリングとは違います。ハイヒールを掛けられた馬は、これまでの疲労を忘れたかのように元気な顔になります。
 元気になってもお腹は空きますからね。ミカちゃんが馬車の後部にある荷物入れのスペースから木の桶を取り出し、馬の目の前に置きます。そこに積んである水瓶から柄杓で水を汲んで入れます。餌も出してあげると馬達はご飯を用意してもらい満足そうです。

 そんなに熱い視線をミカちゃんに注いでも無駄ですよ!
 ミカちゃんは馬に恋愛感情は持ちませんから!

 馬に餌を与え終わったタイミングで、馬車の中からフローゼ姫、エリッサちゃん、子狐さんが出てきました。

「ミカ殿、おはよう。暗い夜道を走り通して疲れたのでは無いか?」
「ミカさん、おはようございますわ」
「アーン!」

 皆の元気な表情を見てミカちゃんも嬉しそうです。

「私はさっき馬さんにハイヒールを掛けた時に、自分にも掛けたにゃ。だから問題ないにゃ」

 ミカちゃんはそう言って皆を安心させますが、ヒールは体力や傷を回復させますが、空腹や寝不足を補ってはくれません。馬さんは獣人と違って僕と同じなので睡眠不足でも少しの休息の間に短く睡眠を取れば問題はありません。

 でもミカちゃんは違います。
 皆もそれは分かっている様で――。

「食事を取ったら予定通り妾が御者を代わろう。今日の夕方にはドレイストーン国へ着く筈だ。それまでゆっくり休んでくれ」

 ミカちゃんは軽く食事を取った後、馬車の座席で横になりました。 
 僕は御者席と座席の間にある小窓の枠に横になり、いつでも突発的な事態に対処出来るようにして眠っていました。

 日差しの方向が真上から照り付け、そろそろ昼時かという時分に前方に破壊された馬車の残骸と、人間の死体が2体ありました。この森は僕達が危惧している通り、魔物の巣窟です。こんな場所で活動する盗賊が居る訳ありません。
 となるとこれを行ったのは魔物という事になりますが、馬車の木造部分が壊れているのなら左程心配はしません。でも壊れているのはそれに止まらず馬車の車輪、車軸もへしゃげてしまっています。

「子猫ちゃん、これをどう見る?」

 フローゼ姫が目も前にある残骸を指さし、僕の見解を求めてきます。
 余程の怪力でなければ強化された車輪や車軸までも破壊する事は不可能です。
 僕は思いつくままに声に出します。

「これはBランクの魔物では不可能ですね。良くてA、最悪だと――Sもありえるかも知れません。どんな魔物かは聞かないでください。恐らく初見の魔物ですから」

 僕がそう伝えると、フローゼ姫は眉間に皺を寄せ難しい面持ちを浮かべます。
 こんな物騒な場所はさっさと出るに限りますよ。と言えれば良かったのですが、僕は強敵との遭遇に密かに心躍らせていました。

「そうか……Aならば妾も前回の砂漠で対峙した事で、多少は役に立てるだろうが流石にSランクとなると――その意欲も湧かぬな。Sランクの魔物と遭遇して生存した者は皆無と言われておるからだ」
「ちなみにSランクとはどんな魔物を指すんです?」

 フローゼ姫がSランクとの遭遇の危うさを説明してくれた事で、未知のSランクに興味を持ち尋ねます。

「Sといえば代表的なのは――竜だ!」
「なんだ……竜ならワイバーンと近い種じゃないですか」

 僕が小馬鹿にした態度でそう告げると――。

「いくら子猫ちゃんでも、相対すれば待っているのは――死だぞ」

 僕の心情を見破ったうえで、フローゼ姫が脅かすでもなく子供を諭す母親の様にゆっくりとした口調で教えてくれました。最近、僕は強くなって自惚れていた様です。
 初めてオーガと戦った時に、油断をして怪我を負った時に思い知った筈なのに……。
 自分の命を軽んじて、ミカちゃんにだけ逃げてと願ったあの戦闘を。

 ミカちゃんの想いを――。

 僕はばつの悪さから、俯き加減で返事を返します。

「わかりました。竜が現れたら、一目散で逃げましょう」

 僕の態度から最悪竜と遭遇しても、無謀な戦いは避けると判断したのでしょう。フローゼ姫は満足そうに微笑むと破壊された馬車の残骸を避ける様にして馬車を動かし始めました。

 しばらく進むと先程は馬車の残骸が周りにあって昼休憩が出来なかったので、休憩をする為に広い街道の路肩に馬車を乗り上げます。僕は馬さんに嫌われてしまっているので、ミカちゃんを起こしその際にハイヒールを掛けてくれる様にお願いします。
 ヒュンデリーで用意してくれた食材も、水も残り僅かとなっていますが今日の夕方には次の目的地へ到着予定なので何とかなるでしょう。
 ミカちゃんはフローゼ姫が周囲の石を積んで用意した竈を使い、薄い鉄板を乗せそこに燻製肉と野菜をカットし乗せていきます。調味料は塩と胡椒です。
 周囲に美味しそうな匂いが漂い、食べ頃を迎えた時に上空からけたたましい大音響の咆哮があがりました。

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