子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第110話、鎮火

 僕と子狐さんはミカちゃんの倒れている馬車内に移動し、御者席にはミランダさんが座り馬車は動き出しました。


 車内で息絶えていたお爺さんの遺体は、馬車に乗る際にミランダさんの手で外へと放り投げられました。この侯爵家筆頭魔術師のミランダさんは、別に侯爵家に愛着がある訳では無く迷い人と別れてからお金に困っていた所、賊に襲われていた侯爵の馬車を偶々助けたのが切っ掛けで今の立場に付いたと説明してくれました。


 彼女曰く、魔法使いは少ないから貴重なのよ! 


 お金さえ貰えれば、悪人だろうと善人だろうと誰でも雇われてあげるわよ。


 だそうで、なんとも残念な女です。


 その結果、敵対している者に殺される可能性も高くなるのに。


 それを尋ねたら、その時はさっきみたいに尻尾巻いて逃げ出すわよ!


 そう言われてしまうと、何とも言えませんね。


 実際、僕の攻撃を1度はかわしているんですから。


 流石にどうやってかわしたかは秘密らしいですが……。


 予想出来るのはこの世界の生き物が持つ事があると言われる、ユニークスキルでしょうか?


 そんなものが無くても僕は自力で強くなりますけどね。


 まだ午前中という事もあり、街は人で溢れています。


 僕達を乗せた馬車は炎が高々と上がる現場のすぐ近くまでやってきました。火事を近くで見物しようとする野次馬、消火の手伝いにやって来た人、これ以上炎が燃え広がってはと心配する近隣の人々で道が埋め尽くされています。


 ミランダさんが言うには、どんな火災もミランダさんの魔法なら1発で鎮火してしまう凄い魔法を放てるらしく、ただし条件は――魔法行使中は息を止める事だそうです。この魔法は迷い人のさんから直接教えて貰ったと自慢していました。


 そんな凄い魔法が使えるなら、ブリザードなんか使わずにそれを使えば良かったのに……そう言ったら「!」と言われましたが、この言い回しも、さんからの受け売りだそうです。


 余計な事まで喋らなければ、もしかして良い人かも知れませんね。


 とはお婆さんが、近所のおばさんたちと会話した後でこっそり教えてくれた言葉です。


 僕もお婆さんの言葉に影響を受けていますが、間違った事を教えられた感じはしません。きっとお婆さんは真面目な人なんでしょう。


 さて大勢の人だかりも、馬車の御者席に乗っているのが侯爵様お抱えの筆頭魔術師とあれば、その中は――侯爵その人なのだろうと勘繰られ、お陰で馬車の進行を邪魔していた民衆が面白いように一気に割れます。


 炎の燃え広がる娼館の目の前に辿り着くと、既に娼館の3分の2は炎に包まれていて、残っているのは右の一部と左の3部屋分位でしょうか?


 窓の間隔から考えて、40室×3階建の殆どが燃えている事になります。


 馬車が門の前に止ると、馬車に駆け寄る化粧の濃いおばさんがいました。おばさんは馬車の窓に向かって「侯爵様、申し訳ありません。奴隷共がまだ中に残っております」と、ここの支配者が侯爵である事を匂わせる発言をしてきますが、残念ながら僕は侯爵ではありませんよ!


 馬車からミランダさんが降り、杖を構え呪文を唱えると杖の先端の魔石が前回以上に明るく光り輝きます。


 なるほど……力をセーブしていたのは事実の様ですね。


 魔力が最高潮に高まったのが魔石を通じて視認出来ます。次の瞬間――魔力の粒子が燃えている屋敷全体を包み込みますが、それだけで水を被せた感じは一切しません。


 何をやっているんでしょう?


 でも建物を覆うように燃え広がっていた炎は一気に消火され、今は煙だけが立ち上っています。


 これだけの規模の火災を食い止めるには、砂漠の民の元に新しく出来た湖の水全てを上空から掛けないと無理だろうと僕は予想しました。


 結果は――水を掛けた気配すら無く鎮火しましたが。


 さっきまで燃えていましたから、まだ建物は熱いでしょうけれど、子狐さんがミランダさんのローブの裾を口で引っ張り、エリッサちゃんの救出を促しています。


「ふぅ、大仕事の後はビールが飲みたいわね!」


 そんなおじさん臭い事を言っていますが、そんな事よりも早くしなさいよ。


 僕も口頭で催促すると、意外な返事が返ってきます。


「救助の必要なんて無いわよ」


 まさか此処まで来て約束を破るつもりなんでしょうか?


 僕の掌には既に魔力が練られていて、発動体勢が整っています。


 ミランダさんも僕が纏った雰囲気を感じ取った様で――。


「ちょ、ちょっと待ってよ! 誤解だから。勘違いしているから」


 何が誤解だと言うんでしょう?


 僕はエリッサちゃん達を助けると言う条件で、馬車での移動を認めた筈です。


 助けに行かないなら、誤解でも何でも無いですよね?


 僕が睨みながら最後に言い残す事はありますか? と尋ねます。


 すると――。


「子猫ちゃん、待つにゃ」


 ほんの数時間ぶりだと言うのに、涙が出るくらい懐かしい声で名前を呼ばれました。



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